Angel Sugar

第3夜 「雪の日の二人」 (超短編)

タイトル
 粉雪が舞う中、トシは幾浦を待っていた。
 小さな花びらのような雪は手で掴もうとすると、フッと消える。後に残るのはうっすら光る雪の名残だ。
 後から後から落ちてくる白い粒はよく見ると薄っぺらい紙のようだ。雪は丸いのだろうと思っていたが、目を凝らしたトシはそれらが平たい事に気付く。
 雪って色々あるんだ……
 仕事で雪山に行ったことがあったが、そこで初めて見たダイヤモンドダストに感動した。風に飛ばされた雪が、日の光にキラキラと反射し、本来の姿を変えていたのだ。あんな素晴らしい情景はなかなかお目にかかれないだろう。
 都会でごくたまに降る雪は、気まぐれで、しかも雲が覆った薄暗い空から落ちてくるから日に当たることがなく、雪山で起こる現象はここにない。
 もっとも、都会の空気はあまり綺麗ではないため、空から落ちてくる雪にすら、なにか混ざっているように思えたトシは、最初は雪を受け止めていた手を引っ込めた。
 寒いなあ……
 手を擦りあわせ、どうしてこんな場所で待ち合わせをすることになったのか、トシは思い出そうとしたが出来ないでいた。幾浦が指定したわけではない。トシがここがいいと言ったはずだった。
 公園なんて止めたら良かった……
 暖房の入った喫茶店にすれば良かったのだろうが、朝から降り出した雪を都会の中ではなく、公園で見てみたいと思ったからトシはここを指定した。
 幾浦が遅れてくることなど予想しなかったから、約束の時間に公園の噴水際に立ち、暫く降り積もる雪の姿を眺めている間に迎えに来てくれる。それもいいな、と、考えたのがそもそもこんなところで待ち合わせになった発端だった。
 トシはフード付きのコートを着ていたが、さすがに一時間も屋外にいると身体の芯まで冷えてしまった。暖を取るように何度も手を擦りあわせて、息を吐きかけるものの、気温が低い所為で、暖まることなど無い。
 寒すぎ……
 鼻の頭を赤くして、トシは俯いた。待ち合わせの場所を変えたくて幾浦の携帯を鳴らしてみたのだが、電波の届かない場所にいるのか繋がらなかった。
 仕方なしにトシはこの場に立っている。自分から指定した場所であるからもちろん文句など言えない。いや、文句を言うつもりなど無い。ただ、トシは寒いだけだった。
 寒い~
 トシは両足を足踏みさせて少しでも暖まろうとするのだが、効果など無い。ここに立ってから気温がまた下がったのだ。同時にトシの体温も下がる。
 このまま凍死したら、恭眞は泣いてくれるのかな……
 私が遅れたのが悪かったんだ~って言って、僕の亡骸にしがみついてくれるのかな?
 うん。
 なんだかそんな気がしてきた。
 ふとトシはそんなことを考えて、口元に笑みが浮かんだ。
 本当にここで死ぬなどと本気で考えている訳ではない。ただ、フッと考えただけのことだ。自分が死んだら好きな人はどういう行動を取ってくれるだろう……。そんな、誰もが一度は考えることをトシは想像していただけに過ぎない。
 アルはどうなのかな?
 僕が来る時間になったら玄関で座って、もう二度と訪れない相手を待ってくれるかな?
 あ、これって忠犬ハチ公だよね。
 篠原さんはどうなんだろう……
 あの人のことだから大げさに泣いて、嘘だ……を、連発するような気がする。
 そこでトシは小さな声を出して笑った。
 僕が死んだら……
 みんなは僕のことをいつまでも覚えてくれているのかな……
 覚えていて欲しいな。
 それが利一としての僕でも構わない。
 一人でもいいからずっと覚えていて欲しい。
 僕という人間をどんな形であっても誰かの心に残したい。
 顔を上げ、パラパラと落ちてくる雪を頬に受けながらトシは目を閉じた。静かな公園は様々な事を胸に去来させる。深く考えているつもりはない。ちょっとした想像だった。
 頬に受けた雪は体温で溶け。小さな水滴と化す。いくつもの水滴が重なり合って、肌を滑り降りて地面に落ちていく。
 こうやって目を閉じていると、雪の降り積もる音まで聞こえそうだ。
「トシっ!何をやってるんだっ!」
 幾浦の声が響き、駆け寄る音を聞いたトシは閉じていた目を開けた。トシの着ているものよりも暖かそうなコートで身を包んだ幾浦が目の前に立っていた。走ってきたせいか、幾浦の吐き出す息が白く染まっている。
「恭眞~!雪が降ってるよ」
 見て!と、言わんばかりに空中に手を挙げると、幾浦によって掴まれ、同時に引き寄せられた。
「雪が降ってるじゃないっ!こんなに身体を冷やして……お前は……全く」
 トシの肩に積もった雪を払いながら、腹立たしそうに幾浦は言いった。
「確かに寒かったけど……色々考えることが出来る時間にもなって楽しかったよ」
 幾浦のコートに包まれながら、トシは温かい抱擁に頬を擦りつけた。一人では暖まることが出来なかったのに、こうやって抱きしめられると、あれほど冷えていた筈の身体が温もってくる。抱きしめてくれる相手が恋人だからこんな風になるのだろう。
「楽しかったか……。だが私はトシが風邪でも引くんじゃないかと心配するよ。何を考えていたのか聞きたいが、先に車に乗ってくれ。気が気で仕方がない」
 くるりと身体を前に向けられて、トシは後ろから幾浦に押されるように歩き出した。
「恭眞……僕が死んでも、僕のこと覚えていてね……」
「な……何を突然言い出すんだっ!」
 足を止め、幾浦は驚いた声を上げた。
「ほら、やっぱり忘れられたら嫌だから。約束してね。僕を忘れないでね」
 トシがそう言うと、幾浦はギュッと後ろから小柄なトシを抱きしめてきた。背から感じる温もりが心地良い。
「お前は長生きするよ……大丈夫だ。私たちはずっと一緒だ」
 真剣な声が耳元で囁かれ、トシは照れるように鼻を擦った。
「うん。そう思ってるよ。でもほら、今じゃなくて、もっともっと先のこと。おじいさんになるくらいの歳のことだって。そうなると、僕が先に死んじゃうかもしれないだろ?」
「……どうしてそんなことを考えてるんだ……」
 ちょっと呆れたような声だった。
「なんとなく……かなあ……」
 静かに落ちてくる雪を見ていて、考えたことだった。
「おじいさんか……」
「うん」
「分かった。私は待っていてやるから、浮気をせずに上がってこい」
 ……
 あれ?
「それってさあ、僕が無茶苦茶長生きして、恭眞が先に死んじゃうって事?」
 肩越しに振り返り、トシが言うと、幾浦は笑って頷いた。
「お前は長生きするよ……」
「根拠はなに?」
「今頃そんなことを考えているようなトシだからね。絶対長生きする」
 幾浦は断言するように言った。
「ええ~違うよ。絶対恭眞の方が長生きだって……」
 何となく嬉しくない言葉だった。
「トシは長生きだ。私は簡単に死ぬよ」
「逆だって」
 そんな言い合いをして、いつまでも車に乗り込もうとしない二人を見たアルが、ため息をついたように、一つ、低い声で唸ったことにトシは気が付かなかった。

―完―
タイトル

読み終わった後、は~ごちそうさま。と、言ってもらえたらしめたもの? いやそれより、遅れた幾浦の言い訳がないなあとふと気がついてしまいました。あわわ。ごめんなさい。

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