Angel Sugar

第4夜 「寒い日の三人」 (超短編)

タイトル
 毛皮のコートを着ても少しも暖まらない。
 珍しいことに今日は酷く寒いのだ。この地方は一年を通して気温の変化はあまり無く、温暖で、湿気のない気候が人々の生活を豊かにしていた。にもかかわらず、本日はうってかわって気温が低い。
 ルースは生まれて初めて、寒いということがどのようなものであるか、今朝から降り始めた白い冷たいものを見つめながら感動していた。
 木戸を下げることなく、窓を開け放ち、外の景色を眺めるのだけれど、城下に見えるはずの景色を白い粒で曇らせ視界を閉ざす。
「王子さまぁ、窓締めて下さいよ。おいら寒いです~」
 羽毛を逆立てたレイヴァンがブルブルっと大きく身体を震わせて言う。
「ええ~。寒いけど、なんだか綺麗だよ」
 吹き込む冷気をものともせず、ルースは鼻を真っ赤にしながら、不服げなレイヴァンに言った。
「……絶対なんか、おかしいですって。おいら、一応、王子様より長生きだけど、こんなの聞いたこと無いですよ~。おいらが人間だった頃でもこんな冷たいものが振ってくるなんて死んだじいちゃんからも聞いたことがない」
「そうなんだ。以前もこんなことあったのかなあ……でもほら、スペンサーは父様と出かけているし、聞ける相手がいないよね……」
 あまりにも寒がるレイヴァンの姿が可哀想に思えたルースは、そこでようやく木戸を閉めた。急に薄暗くなる部屋の明かりのためにルースは机に置かれたランプに火を灯す。
「馬番のアンクか騎士のセイルを探してきましょうか?何か知ってるかも……」
 レイヴァンは相変わらず羽毛を立てて、いつもより一回り大きな体を左右に揺らした。そうすれば温かくなるのだろう。
「僕も行くよ」
「駄目ですよ。風邪でも引いたらどうするんですか~。おいらが行ってきますから、王子様はここでおとなしくしていて下さい。あ、くれぐれも扉には鍵を閉めて置いてくださいよ。おいらがいない間に何かあったら、スペンサーにこっぴどくしかられちまう」
 一時は収まったものの、最近また義母の行動が怪しいのだ。スペンサーが出かけるときもそのことを随分心配しながらも、レイヴァンに任せることで、ようやく納得したのだった。ルースは自分が子供だと思わないのだけれど、スペンサーからするとまだまだお子さまなのだろう。
 たが、ルースはいつまで経っても子供扱いをするスペンサーに不満を感じる。
 スペンサーを好きになって告白出来るくらいルースは大人になったのだ。
 もう小さな赤ん坊ではない。
 なのに、スペンサーは相変わらずルースを小さな子供だと思っている。
 それが最大の不満だ。
「そういえば、フェンは?」
 大きなオオカミの姿をしているフェンリルは昨晩から見あたらなかった。そのことでもスペンサーは気を揉んでいたようだ。フェンリルはライバルなのであるが、嫌いではない。
 ルースの遊びにつき合ってくれるのもフェンリルなのだ。
 ライバルでなければ親友になれたかもしれない。とはいえ、同じ相手を好きであっても正々堂々と張り合っているのだから、フェンリルとルースはそれ以外では友人なのだ。
 こういう関係も大人だと言わないのだろうか?
 ルースはフェンリルを大人で立派な男だと思っている。フェンリルも……少しくらいはそう思ってくれるから、スペンサーとのことも対等に張り合ってくれるのだろう。
「さあ、おいら、奴の事は知ったこっちゃ無いですよ。じゃあ、ちょっくら行ってきます」
 レイヴァンはフェンリルが嫌いと言うより苦手のようだ。以前、酷い目にあわされたからかもしれない。ただ、ルースはあのときのフェンリルの行動を、嫉妬したためにおこしたものだと信じている。もちろん、レイヴァンに酷いことをしたのは、多少許せないかな?と、思いつつ、フェンリルはあくまで恋敵にルースを邪魔に感じたための行動であったのだから、レイヴァンに酷いことをしようと思ったわけではないのだ。
 だから許してやっても良いのではないかと考えるのだが、レイヴァンは違うようだ。
 きっと、元々そりが合わないのかもしれない。
「気を付けてね」
 先程しめた木戸を半分だけ開けて、レイヴァンは飛び立っていった。
 急に一人になったルースは、少々寂しく思いながらも、自分の部屋にきちんと鍵がかかっているかどうかを確かめるために扉に歩き出した。
 ルースが扉の鍵をきちんと締まっていることを確認したと、同時に、締まっている筈の扉からフェンリルが大きな灰色の身体を揺らして入ってきた。
「フェン!どうやって入ってきたの?ぼ、僕、今、鍵がかかっているのを確かめたんだけど……」
 扉とフェンリルを交互に見ながらルースは驚きの声を上げた。
「私の行く手をそんなもので押し止めることが出来ると思ったか?」
 鋭い牙を見せてフェンリルはフンと鼻を鳴らす。
「……別に……いいけど……」
「ところでおこちゃま。寒くはないか?」
「え、うん。なんだか急に寒くなったし、空から一杯白いものが降っていて、僕、びっくりしてるんだけど……フェンは知ってる?」
「あれは雪というものだ。ここからもっと北の地方は、毎年決まった時期に降って、周囲に沢山積もる。人々は屋内でじっと、寒い季節が通り過ぎるまで待つんだ」
 鼻高々にフェンリルはそう言った。
「あれ、雪って言うんだ。すごいやフェン!物知りなんだね」
 ルースが尊敬の眼差しを送ると、益々フェンリルは鼻を高く上げた。
「私が知らないことなどこの世にはないぞ」
「そか。レイヴァンには悪いことしたかも……寒い中、何が起こっているのかアンクかセイルに聞きに行ってくれてるんだ。だってフェン、昨日からいなかったし……」
「私も色々と用事があってな。で、おこちゃま。私の毛はふさふさしている」
 突然、ふさふさと言われてルースは目を丸くした。フェンリルが何を言いたいのか分からなかったからだ。
「うん。ふさふさしてるね」
「毛に埋まって、暖まってみたい~などと考えたりしないか?生きた毛皮だぞ。暖かいぞ~」
 オオカミ特有の大きく裂けた口をニヤリと歪ませて、フェンリルは言う。   
「……うん。ほんとだ。暖かそう……」
 フェンリルの背を撫でてみると、自分が着ているコートよりも柔らかくて、ふわふわしている。しかも暖かい。
「じゃあ、暖かくしてやるから、来い」
 カチカチと爪を鳴らしながらフェンリルはルースのベッドまで歩くと、後ろ足を蹴って上に登った。そうして身体を横たえる。
「え~いいの?いいの?」
 柔らかい、毛にくるまれた自分を想像して、ルースはわくわくしながら自分もベッドに登った。
「ほうら~暖かいぞ~」
 ごろんと横になったフェンリルの身体に、ルースはそろそろと身体を近づけて、豊かに生えている毛に顔を埋めてみた。ふわふわの毛はとてもいい香りがして、肌触りも優しい。
「暖かい~!」
 ギュウッとフェンリルの身体にしがみついて、ルースが生きた毛皮の感触に酔っていると、フェンリルが小さな声で囁いた。
「おこちゃま、もっと暖かく、気持ちよくなりたくないか?」
「え、もっと暖かくなれるの?しかも気持ちいいの?」
 ルースは目を輝かせながらフェンリルの長い鼻を眺める。
「もっと気持ちよくなれる。保証するぞ」
 と、フェンリルが言ったところで、スペンサーの声が響いた。
「一体何を今度は企んでいるかと思ったら……。いい加減にしろーーー!」
 フェンリルと同じく、締まっている筈の扉を全く開けることなくスペンサーが入ってきてフェンリルの耳を掴んで引っ張る。
 あれえ……
 鍵って役立たずなのかなあ??
 だが良く扉の方を見ていると、誰かが外に置き去りにされているのか、ドンドンと扉が叩かれていた。
「おいらを忘れないでよ~」
 レイヴァンだ。
 では扉を通り抜けてきたのだろうか?
 二人を見回しながら、ルースは困惑していたが、その間もスペンサーは怒り、フェンリルは不満そうな声を上げていた。
「貴様……きーさーま……城に入られないと思ったら、貴様がまた訳の分からない術を使ったからか。しかもなんだ、どうして城の敷地だけに雪が降ってる?え?犯人は貴様だろう、きーさーま~だろうっ!」
「異常気象なんだろう」
 耳を引っ張られても、平静な顔でフェンリルが返す。
「馬鹿者がっ!誰がそんなことを信用すると思ってるんだっ!さっさと城の四方に張った術を解いてこい!城内の人間がこのままでは凍えてしまうだろうがっ!」
「そうだ。スペンサーも一緒に暖かいことをしないか?私はいいぞ」
「訳の分からないことを言うな!さっさと後始末をしてこい!分かったな。これ以上私を怒らせるな。いいな。いーいーなっ!」
 スペンサーはルースが見たこともない表情で怒鳴ると、チッと口を鳴らしてフェンリルはベッドから降りた。
「またな。おこちゃま」
「うん。また暖かいことしようね」
「王子っ!駄目です」
 すかさずスペンサーは言う。だが、今まで気が付かなかったが、何故か涙ぐんでいた。
「スペンサー……僕、何か悪いことしたの?」
「いえ……いえ……いえその……。ただ、その……。あの馬鹿オオカミの口車に乗ってはなりません。よろしいですね?スペンサーと約束してください。でないと、私はもう、あなた様を置いて外出が出来ません」
 訴えるように言うスペンサーに、ルースは理由が分からないながらも頷く。そうしなければ、スペンサーが心労で倒れてしまいそうだと感じたからだ。 
 ただ、ちょっぴり。
 またこんな風に自分に必死になってくれるスペンサーを見てみたいと、訳が分からないなりにもルースは思った。

―完―
タイトル

なんていうか、相変わらずの三人ということでしょうか? フェンリルは一体誰をターゲットにしているんでしょうねえ。多分二人ともでしょう。あはは。

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