第1夜 「暑い日の二人」 (超短編)
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タイトル
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クーラーが壊れてた。こんな日は図書館にでも行けば良いのだろうが、悪いことに戸浪は仕事を家に持ち帰っていて、それが人目のあるところでは広げられない図面だった為、出来なかった。
暑くて堪らない中、戸浪は団扇を片手にもち、赤鉛筆で目の前に広げたA1の図面に目を通しては赤でラインを引く。
窓は全て開放しているが、それでもリビングは既に蒸し風呂状態で、吸い込む息すら熱をもっていた。
祐馬の方は戸浪が仕事をしていたから外に出かけていった。例え恋人であっても同じ建設業界にいる為、戸浪は図面を見せることをしない。もちろん、祐馬もそれを心得ていて気を利かせて出ていったのだろう。
ありがたいことだ。
多分、何処かで涼んでいるはず。
気を使ってくれた祐馬に感謝しつつも、自分だけが涼しいところに避難している事に腹が立って、図面に引く線も歪む。
本当は嬉しいくせに、この暑さの所為で普段なら絶対に思わないことで祐馬に腹を立てているのだから、暑いということは人間の知性を麻痺させるのだ。
駄目だ。
暑いと言うことは考えないようにしよう。
戸浪は額から流れ落ちる汗をこまめにハンカチで拭いながら、作業の手を早めた。さっさと終わらせて図書館にでも行けばいい。そうすれば涼しいところで沸騰しそうな身体を冷やすことが出来るだろう。
暫く無言で戸浪は図面に集中していたが、開け放たれた窓から生ぬるい風を頬に受け、また暑いことに苛立ちを覚えた。
なにより、ベランダで気持ちよさそうに身体を伸ばしているユウマを見てしまい、よけに暑くなったのだ。
何故ユウマはこの暑いさなか、日の当たるベランダで、涼しげな風でも受けているような顔で寝ているのか理解できない。全身毛だらけのユウマがだ。
暑苦しい。
あの毛を刈ってしまおうか?
バリカンがあったはずだ。
はっ!
私は一体何を考えてるんだ。
見た目は暑苦しくとも、動物は身体を包む毛を刈ると、余計に体温が調節出来なくなるのだ。ユウマの毛を本当に刈ってしまうと大変なことになる。
暑いからだ。
暑いから酷いことを平気で考える。
平常心を必死に取り戻し、戸浪は一枚、また一枚と図面にチェックを入れて、暑さで気でも失うのではないかと思う頃、ようやく仕事を終えた。
図面を丸めて、長細い専用の箱に押し込むと、戸浪はキッチンで麦茶をコップに一気飲みして息を吐く。
家の中、何処にいても暑い。
それでもあまりの暑さに外に出るのも億劫だった戸浪は、少し外に出ると涼しい場所がいくらでもあるのに、リビングでタオルケット一枚敷いてそこに横になった。
静かに横になっていたら少しは涼しいかと思ったが、流れている空気が暑いのだ。しかも湿気を大量に含んでいるのかべたべたする。
だが、戸浪は動く気力も無かった。
暫くすれば夕方になり、涼しい風も入ってくるだろう。
ごろごろ……
ハッと気が付くと、ユウマが戸浪の側に近寄ってきて横にしていた身体に密着させて丸くなった。
暑い……。
頼むユウマ……
近寄らないでくれ……!
心の中では叫んでいたのだが、口に出してしまうとユウマはショックを受けるだろう。
暑いから寄るなと言ったところで、所詮動物。こちらの言葉など理解できずに、怒られたことでショックを受けるはずだ。
仕方ない……。
暑いが寝るしかない。
汗をうっすらと肌に浮かばせながら戸浪はそれでも眠りにつくことが出来た。
さすがに寝苦しい暑さで、戸浪はうつらとした意識の中、何度も寝返りを打った。身体を左右に何度も動かしていることが半分だけ覚醒している部分で気付く。
暑くて寝てられない……
そう、思いつつも目を開けられない。
だが、暫くすると涼しい風が身体を包むのが分かった。
そよそよと身体を撫でていく風は外から来るに違いない。日が傾くにつれて辺りの温度が下がり始めたのだろう。
戸浪はようやく眠りにつくことが出来た。
ふと目を覚ますと、目の前で祐馬が団扇を扇いでいるのが見えた。寝苦しかった筈の睡眠が、途中で心地よくなったのは祐馬が扇いでくれたお陰だったのだ。
「祐馬……いつから?」
「二時間くらいかな……戸浪ちゃん寝苦しそうだったから、扇いでたんだけどさ、あんまり効果無かったみたい?」
からりとした笑みで祐馬は言い、なおも団扇を扇ぎ続けている。強い風では無いが、自然に身体に当たる心地よさがあった。
「いや。気持ちよかった」
照れくさかった戸浪は目を閉じてからそう言った。
「良かった」
ぱたぱたと聞こえる団扇の音がふいと止まる。
「そうだ戸浪ちゃん。アイス買ってきたから食べないか?暑くて死にそうだろ?」
「アイスは嬉しいな。だが、もう少しこうしていたい……」
戸浪が言うと、祐馬は嬉しそうな顔になり、休めていた手をまた動かした。
祐馬は優しい。
大らかで小さな事にこだわらない祐馬の性格に、戸浪はどれほど助けられただろう。
「あ、電気屋さんな、夕方来てくれるってさ。早く修理してほしいよな」
「そうだな……」
またうとうととしながら、戸浪は答えた。
このまま行くと、また寝てしまう。
その前に戸浪は言っておきたいことがあった。
「祐馬……」
「何?」
「ありがとう……」
戸浪は、照れくさそうに頭をかいている祐馬の姿を見ることなく、また夢の中に落ちた。
―完―
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なんだか暑い、寒い企画になりつつあるこの超短いお話シリーズ。ほのぼの、あまあまでいいかもしれない? |