立石…鎌倉時代 花崗岩製 高197㌢
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当寺では立石(たていし)と呼んでいる笠塔婆が本堂の前に建っている。もとは一条通りにあったが、防犯・管理のために昭和50年頃境内に移転し
た。四方に梵字が薬研彫りで、刻まれている。上段に宇宙を表すという五大の真言、中段に金剛界四仏の種子、下段の南面に光明真言、北面に大随
求小咒、東面に十三仏、西面に三帰依真言と大日真言、一番下は蓮台である。西方は少し剥落している。もとは頂上に笠と宝珠がのっていたと考えら
れている。
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石棺…古墳時代 砂岩製 刳抜式割竹形 縦長271㌢
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境内中庭に五世紀の石棺が置かれている。当寺西方に築造された平塚古墳から幕末に出土したもので、発見当初は蓋(亀の甲羅形)や副葬品があったらしい。一時、付近の薮の傍ら(本堂の後)に移す。近隣の農民が石棺を砥石の代わりにして鎌を研いだために、表面が窪んでいる。
蓋は割って各自持ち帰ったという。(刀鍛冶が刀を研いだのではないかとも言われている)その後、不退寺の境内へ石棺を移転したという。
昭和43年国道24号線バイパス工事事前発掘調査により、奈良時代の遺構の下から古墳を検出する。小字名をとって平塚古墳と名付けられた。
当古墳はJR関西線と国道24号線になり跡形もない。
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