くまちゃんのひとりごと              トップページに戻る。

   いつものたわいないわたしのひとり言。誰かに聞いてもらえるだけで嬉しいです。

    ご意見ご要望 苦情 ありましたら こちらに。くまちゃんへ。

久々に ひとりごと

実生活では 始終 独り言を発しておりますが 公式には 久しぶりでございます。 理由 ブログを毎日更新していて そちらで 独り言しているのが 大きな理由です。先日も 元 くもんの先生とお話していて 自分の時間を持てているかと聞かれました。
あるようで ない。ないようで あるのです。いわゆる 【微妙】って 今の若いこのことばが 合うのですわ。
開設25年 いろんなことがありました。うれしいこと そうでないこと。 でも 今度 生まれかわったら 何している? また 公文の先生 しそうですよ。
公文の先生として 地域はもちろん いろんなところの人と知り合いになれて 毎日 充実しています。
向学心も開設時より 今のほうがあるような気がするし、
子供たちは 皆 可愛いです。
この時期 別れも 出会いも多いけれど とにかく 感謝です。  

夏の花火大会

 子供が小さい頃は 教室日に重なると 誰にお願いしようかと思案していました。お友達のお母様に子供だけ 連れていってもらいましたわ。
教室日でなければ もちろん 一緒に。
母も金魚すくいして りんご飴とみたらし団子は必ず買い
ました。今日の花火大会は 娘たちはそれぞれに今
大切な人を家に連れて行きました。
母は お接待と送迎ががりです。 それでも合間に近所の歩き仲間と ちゃっかり 今年の花火も鑑賞できました。夏は やはり 花火ですよね。 安全面で自粛するところもありますが ココはひとつ k市さん がんばって続けてくださいませね。今年も楽しませていただき感謝です。


       

地下鉄の広告
まろやか。さわやか。はなやか。かろやか。すこやか。など やかのつく言葉と一緒にスポやか
ウマやか。と続いて スポーツ誌の宣伝でした。

電車を待つ間に なるほど 【やか】のつく言葉かと考えてみました。
「ひややか」 これは いやだわ。
「たくやか」 これは おれおれ詐欺に答えるおばあちゃんみたいだわね。

連休ももうすぐ 季節はさわやかです。気持ちもかろやかになります。

          プロの仕事
ぼさぼさに伸びてきた髪がうっとおしくなったのでいきつけの美容室に走っていってきました。
基本的に髪型にポリシーもこだわりもなく すっきりさせてほしいだけのお客様である。
願わくば 年寄りは若く見えて 「あら 髪型変えたのいい感じよ」なんて人から言って
もらえたりしたらやっぱり うれしいかな。かといって ずいぶん前に事務局の近くでオープン
したての美容室に行ったときに 姿見みたいな大きな鏡にうつった自分を若い男性美容師
と二人でじっくり 「どのようなコンセプトをお持ちですか?」と聞かれながらみたときのことを
思い出します。そんなたいそうなもの持ってないので「すっきりさせてください」とはいいにくい
ので 適当なコンセプトを作り上げてしゃべってはみたものの
「早くかえりたい。もう 二度と来ない」と決めていました。
美容師さんとべらべらしゃべるつもりもなく かといって週刊誌を読みに来ているのではない
ので 適当に私の好みやこだわりを知っていてくれて今日はしゃべりたそうと思えば上手に
聞き手にまわってくれたらいいし、お疲れモードだなって思えるときは黙って
いつもよりマッサージを念入りにしてくれたら もう 最高 極楽気分というものです。
「いつもどおりにして」としか言わないのに 季節によって髪の長さもボリュームもセットも
微妙に違う。お疲れ様といわれたときには必ず 「今日の出来 いいじゃん。」と納得できます。
私の求めていた究極の美容師とは この今の行きつけの美容室のK君です。
彼は売れっ子であるにもかかわらず 私の車が駐車場から出るまでずっと外で見送って
くれます。 もう 見てないかなと振り返ったらまだいるのです。
チェーン店の美容室で何年か前に近所に配属になってきてからの私のお気に入りさんです。
もしも 彼が違うお店の配属になったらずっと 美容室にいかずに伸ばすか 頭を丸めるしか
ないなと本気で考えたこともあります。彼のいるお店に行けばいいじゃないと言われるかも。
そうかもしれないけれど。いや そうなんだけれどと 妙にこだわってしまうのです。

  『 プロの仕事って何?』って いつも 彼から学んでいます。
    
                         
 
[ ひとりごと」
ある私の尊敬する方から田中勉著 「ひとりごと」第一集、第二集と二冊をいただきました。
くまちゃんのひとりごとの何倍も内容が詰まっていて読んでいて元気になれるものです。
そのなかのずばり タイトル 独り言をご紹介いたします。
             【 独り言 】
  「ありがたい」「ありがたい」「しあわせだ」「しあわせだ」「たのしいね」「たのしいね」
  「できるんだ」「できるんだ」「すばらしい」「すばらしい」
  
  わたしの「独り言」を唱えると 不思議に勇気がわいてくる。
  
 最近 いろんなことで多忙になりちょっと精神的にもきつい毎日でした。
 そんな私のために用意されていたかのような言葉。
 実際に唱えてみると あら 本当に勇気が沸いてきたではありませんか。
 忙しいは 心をなくすとは真実です。心をなくすと 私が先行した考えになってしまいます。
 余裕がなくなり 待つことやゆとりを失います。
 今日もこのことを唱えながら 老人ホームのお話会に行ってきました。
 準備万端ではなく朝から図書館で選んだ紙芝居や絵本が春にふさわしく大当たり。
  「ぼく にげちゃうよ」 マーガレット・W・ブラウン  ホルプ出版
  「ねこのき」 長田弘    クレヨンハウス
  「ちいさなさかな ピピ」 乙武洋匡   講談社
  「あげはのルン」 紙芝居
  「ああ いいきもち」 五味太郎    リブロポート
  「らくだなぜなぜこぶがある」 紙芝居
  「はなになりたい」 すまいるママ   ソニー・マガジンズ
 
  特に「はなになりたい」の主人公のライオンが自分の食べてしまったウサギの
  残されたあかちゃんうさぎを育てるお話は読んでいて涙が出そうでした。
  主人公も春の野原など背景もすべてアップリケで作られていて絵がかわいいのです。
   お勧め絵本です。



     
 
 



 

【あけおめ】
新年 あけましておめでとうございます。
なのに あけおめっていつから言うようになったんでしょうね。
じゃあ 【ことよろ】今年もよろしくお願いしますになりますよね。
思い起こせば その昔 大阪で開催された万博が世界万国博覧会
の略でそのはしりだったような気がします。
アメリカ館  ソ連館と何時間も炎天下 並んで入館したこと思い出して見ると 長い名まえだったものなと納得します。
それと【あけおめ】は 一緒の理屈ではないよなともう一度考えてみます。
年賀状も 若い人は出さなくなってきているかわりに【あけおめ】って 
メールですます時代が反映されているからかしら。
確かに メールの手軽さと速さに 安さも加わって 手紙離れしてきている
時代の中 元旦に届く年賀状の 【あけましておめでとうございます】の束で新年を実感することを大切にしたいと思っています。



               

                越し方行く末
アルツハイマーで痴呆のすっかり進んでいる実母と ヘルーパー2級が
年齢制限で取れないことを本気で残念がっていたりした実父。
毎日 母の面倒を見ている父を見ていて不思議な感じがする。
介護も最初の頃は【 おんなじことを言う】【 また 何かやった】と
父は 母をよく叱ってたり 嘆いていた。今では 何を言っているか分からないおしゃべりにも気長につきあい 身の回りのことを優しくしてあげてる。
今 お世話になっている方々のおかげで 父にも余裕がでてきたことは
明らか。本当にお仕事といえ 良くしていただいて 感謝感謝。

私たち娘のことは 名前も忘れて呼ばないのに父のことだけは はっきり声に出す。 半世紀以上も縁あって暮らしてたことはすごいことなのだ。
前のようにはならない 今が一番元気だと考えて毎日を精一杯生きようと
している老夫婦。なんでこうなるのと情けなかった思いも消えていく。 
ほのぼのとした時間がゆっくり流れていく。

年の瀬に自分の老後をちょっと 考えかけてしまった。
あと 何十年後の自分はどうなってる?
いや どうありたい? 今からもやりたいこと 行きたいところなど
ありすぎてろくろく考えてなかったこれからのこと。
若さや力がなくなっていくのは避けられない。しかし 今まで見えなかったこともみえてきたり 人生は なかなか これからが正念場。

 はんなり しんなり おっとり すっきり わが辞書に追加しましょうっと。
                     

師走
今年も もう あと残りわずかになりました。こうしておいたらよかったという
後悔の気持ちは ひとつもありません。毎日毎日 一生懸命がんばりました。ただ 来年は また ひとつ年を重ねるのですから いつまでも体力に
ものを言わせるのでなく しなやかに行動したいと考えています。
よく 人の話を聞き 状況を見極めて そして やっぱり 楽しくいきたいです。そのために 健康やペース配分にも気を配り 身も心もかろやかにを
目指します。 そして 周りの人たちに ふくよかな笑顔で対応できる
くまちゃんでありたいです。

今年も 皆様には たいへん お世話になりました。
こころより 感謝でいっぱいです。素敵な 年末年始をお迎えください。

           レディス検診を受けて。
今日 胃がん 肺がん 子宮がん 乳がんの検診を健康福祉センターで
飛び込みで 受信いたしました。去年、サボっていたので久しぶりに
バリウムを飲みましたが 量はとっても少なくてラッキーでした。
そのかわり 握り棒を持って くるくる回らされること 非常にハード。
何でもバリウムの量が減ったので その分 いろんな角度になってもらい
写真をとるのですと説明されました。それで 途中 左腰をあげてそのまま
右にまわって うつぶせになって そして息を大きく吸ってはいとめて
さあ 今度は 右腰を浮かして 仰向けになって。などが 続くのです。
私は 小学校入学前に 左利きだったのを母に無理やり右利きになおされたので 左 右の感覚が 人と違うのです。一度 考え直さないと
お茶碗持つほうって どっち。お箸を持つほうったら どっちだっけが
あって いったん 考えないと判断できないのがいまだに後遺症としてある。それに 握り棒をええ加減に握っているので 大丈夫ですか?ときかれても 【はい】と自信たっぷりに返事したため 逆さになって あやうく
台から 滑り落ちそうで 必死でつかまってたりした。こんなとこで 落ちたらあかん 笑われると命がけでした。そんなわけで 体力をすっかり消耗し
今度は 左右を練習して 握り棒にもしっかりお世話になろうと決めたしだい。     

                      ちとせばあちゃんのこと その2
前にもひとりごとに書いたおばあちゃんのところに今日いってきたら やっぱり去年今年と連続で骨折してました。
しばらくぶりの訪問に最初はだれ?といわんばかりの表情でしたが すぐに【あっちゃん】と呼んでくれました。
いっぱい話して 果物やおやつを食べてきました。主人の母の所に継母として 後妻に来た時の苦労話や
その苦労もこうやっておおぜいの孫やひ孫がいることで 今は一番幸せだとしみじみ語ってくれました。
昔のことだから 世間の口がうるさかったもので子どもたちはみんないい子に育ってくれたのを感謝している
と 私の手を握って何度も【無理をしないで、元気でいてくれたらいい】と言うのです。
97歳でこの間怪我をしたばかりで貼り絵も くすだまも人形作りもやめているけれども 一年かけて治したら
また 作りたいらしいのです。本当に前向きで 頭が下がります。いつも目標を持ってがんばるけれど 周りの人
にはいつも手をあわせて 感謝の言葉を欠かしません。デジカメを向けると 手鏡をもって一生懸命 髪を整えて
いい顔をしてくれました。 真面目で人にはとてもやさしいうえに とてもユーモアがあって大好きです。
【あっちゃん、長いこと生きてきたから 近頃ボケてきたのかして 死にかた忘れてしもうわ。せやから 思い出すまで
いきるつもりやで。100になってしまうなあ。】 ちとせばあちゃん いつまでも長生きしてね。


                          

                         新庄町閉町迫る
9月19日(日)最後の新庄町民体育大会がありました。
23の大字対抗で優勝を争うのですがわが西室チームは選手が少なく 運動会大好きなくまちゃん
「でてください」と役員さんに言われる競技に「はい、はい」と出場いたしました。
綱引き、ジャンボ縄跳び、ムカデ競争、年代別リレー、の 4種目に。去年よりもたくさんでたことになりす。
アテネオリンピックの日本人手のような胸のすくような活躍が出来なくとも 参加することに意義がある
精神でがんばりました。 途中で大雨で みんなテントの中で待機したり ハプニングもありましたが
48回もつづいた この新庄町が毎年 ひとつのグラウンドで 【わーわー】盛り上がったこの運動会ももう
これで最後と思うと 感慨深いものがあります。縁あって この地に嫁いでからはずーーーっと関わってきました。
あるときは 運営する選手係などもしたり、準備委員として会合に出たり、また 村の役員として準備したり
本当に楽しい思い出ばかりでした。この運動会の締めくくりでもって10月1日よりわが新庄町は 葛城市に
生まれ変わります。 お隣の當麻町との合併で市になります。新庄町の良いところは そのままずっと残って
ほしいと 思います。 ありがとう 新庄町。よろしく 葛城市。

                         

                         スポーツの世界
このひとりごとにずいぶん前に書いた田臥勇太君がNBA入りが決まったと報じられました。
並々ならぬ 精神力と努力があったと思うと影ながら ずっと応援している一応援団としても非情にうれしいです。
今後に 期待したいです。 また、今年のオリンピックの日本の選手の活躍ぶりは目をみはるものがありましたね。
もう、すっかり 連日の深夜 テレビに釘付けでした。メダル確実といわれて期待されてとるのも並大抵のことでは
ないでしょう。 水泳もがんばったし、陸上だって リレーに決勝まで残って4位入賞なんて快挙です。
室伏選手に金メダルがまわってきましたが 最後のとうてきのなんてすばらしかった事でしょう。その前に大の字に
フイールドに寝そべって精神統一をしている姿  本当にスポーツマンらしくてかっこよかったですね。
アーチェリーの山本選手も 20年ぶりのメダルもすごいことです。 銅メダルから銀にステップを上げての20年。
20年後に金をめざすっっていってましたけれど もう、脱帽でした。準決勝の時の気迫は インタビューの時の
あの饒舌で楽しいキャラクターとは別人でしたね。マラソンの野口選手だって 負けてたら 高橋尚子を出さなかったから
だわなんていわれそうなプレッシャーだってあったんじゃないかと思うのです。見事にはねのけました。
シンクロも綺麗でしたね。 ああ、みんな よくがんばってました。メダルが取れなかった人も本当に見事に戦いました。
勇気と元気をいっぱいもらいました。 選手を支えた周りの人たち、家族の人たちもご苦労様でした。

         草取り
最近 なぜか草取りが好きになってきたのです。
以前は、集中してやっては 疲れて またやって疲れての繰返しだったのです。
それで、作戦を変えて 毎日子供達に 公文をしなさいといっている手前 自分に草取りを課しています。
 毎日 時間を決めて 本数を決めてやっているのです。 教室の前 中庭 裏庭 家の周りと居住スペースだけでも
かなりです。 もちろん やってもやっても 追いつきませんが 気持ちは さわやかです。
作業中に 今日1日の計画や段取りが出来ます。草取りという 単純作業だから 手を動かしているうちに良い思いつきや
あれとこれをしないといけない思い出します。
いい汗がでて もう少しできるというところで やめて シャワー浴びて 朝ご飯。
草取りって なかなか 好きになれなかったけれど 継続は力なり。
今日は、ここがきれいになってと自画自賛しながら 気持ちを切り替えて なんか 大地からのエネルギーとパワーを
充電してもらった気がする、不思議な時間。
物事は 考え方 やり方なんだなあとつくづく思うのでした。

                          

  

                               エステ体験
3月から予約していたキャンペーン中の格安エステにやっと 行ってきました。
大きなショッピングセンターの中にある専門店で奈良にはあちこちにお店があるようです。
まず、カウンセリング、あらかじめアンケート記入をしていたものに基づいてなにが気になるかを聞かれる。
シミ、しわ 、たるみときっぱリ宣言するものの お試しコースだからという事で特に目の下のくまと口の周りのたるみを
リクエスト。部屋は ヨーロッパのお城のような雰囲気でスリッパまでがゴブラン織りのような素敵なもの。
ロッカーに荷物を入れて さあ、係りのエステシャンさんの所に。まず、念入りなクレンジング、洗顔。全部、寝たまま、
蒸しタオルで マッサージ付き 。次に、パックをしてもらい。思わず寝てしまいそうになる。次は、器具を使ってたるみを押
仕上げていく。 このあいだ全身やってもらったカイロの お顔編というところかな。首や腕もしてもらうので随分気持ち
よい。顔の左半分をしたところで ベッドを起こして 鏡で右半分と比べる。全然違うやんか。目の大きさまで違うぞ。
足にも、寝たまま、ブルブルする機械をつけてもらいこれが フットマッサージ。
すべてが終了したら、 ちょうど 90分。写真をとって また、カウンセリング。きれいなカップに入れてくれた紅茶をいた
だきながら 月に何回これるかというお話に。そして、さまざまなコースの紹介がなされる。
実は、後半の方で 気持ちよく目をつぶっていたらあるお客さんの大きな声がした。【通えっていうことなの、今日、初めて
エステというものを受けたばかりなのに、あれもこれもしろっていうの】かなり 怒っている。それに対応している若い声も
なんだか エキサイトしてる。だから、私の係りの人は 【つきに何回これますか?】の返事に私が 平日も仕事があるし、
土、日も決まってはこれないと正直に言うと 【そうですよね】とすぐ引き下がった。じゃあ、また これる時に予約してきて
下さいねといって お化粧室に連れて行ってくれた。頭がぐしゃぐしゃになっている私を見てドライヤーも持ってきてくれた。
 すっぴんが気持ちいいいのでこのままかえるという私に日焼け止めだけは塗っていってくださいとチューブから出して手にくれた。せっかくだから それだけはぬって 口紅だけつけて帰ってきた。通常なら 1万円以上のコースが五分の一以下。
得したなあ。ようし 今日から、お手入れするぞって思った次第。格安エステさん ありがとう。
                             駆け足北海道のたび その2
ホテルモントレ札幌で迎えた朝はとても気持ちよい。 カイロのおかげで 今朝は50肩のご機嫌も麗しい。
朝ご飯は、昨日買ってあった デパ地下のおいしいパンを紅茶と一緒にいただく。ゆっくりしていると ふじちゃんの
お迎えがきました。フミ君とも、10日ほど前に会っていたので もうすっかりお友達です。
快適なドライブで まずは 小樽をめざします。これは、私のリクエストでして 30年前の20日間の北海道旅行では
行けてなかったのでした。それに、都はるみさんの 【小樽運河】が大好きで 今度 北海道に行くときゃ絶対!
と 思っておりました。ホンとは夜の運河がいいんだけれど。 いいえ 文句はありませんです。
さあ、お昼は憧れの いくら丼です。 大盛りなんてイクラで ご飯が見えません。 並でも充分。それに、ホッケと
ウニも追加して もう、あまりのおいしさに感激。何でこんなに安くておいしいの。余市に住んでる人は幸せだわ。
お味噌汁もおいしいので 満足。ふじちゃんのデジカメの映像をもう一度。ホッケは写ってないけれど 
とっても大きくて180円ぐらいで これにも絶句。


                         

さあ、余市で ニッカウヰスキー工場に見学。無料はいいね。試飲はいいね。原酒って最初飲んだら ぐえっとなった
んだけれど お水ものみながら ちびちび飲むとおいしいの。キャア これもやみつきになりそう。
チョコをお土産に買って さあ、温泉へ。旅の楽しみの一つの温泉。 浅里温泉でしたっけ。 ふじちゃんの探してくれ
所は、ほとんど私たちの貸しきり状態で 外の露天にも入り満足満足でした。50肩もたいそう 喜んでる。
 おへそがかわいいフミ君とも裸のお付き合いをしてよりいっそう仲良しに。
さあ、夕食が また 黒豚のしゃぶしゃぶのコースなんだけれど。豚のいろんなお料理が出てきて どれもおいしいの。
極めつけは しゃぶしゃぶなんだけれど おそばも入れて いただくんだけれど 豚もシツコクナクあっさりとしておいし
くて しゃべるのもわすれて ひたすら食べても まだいっぱい残って食べ応え満点、満足満足。
鹿児島の黒豚のお店を北海道でいただくなんて 一見の観光客ならできない所をふじちゃんのおかげというもの。
腹ごなしに 札幌タワーの展望台にいき 素晴らしい夜景に目を奪われる。函館の夜景もよかったけれどここのも
とっても素敵。 ジャンプ場や 北大 札幌ドーム かなり いろんなものが広範囲に見えて得した気分。
これも、みんなふじちゃんが 車で案内してくれたから中身の濃い一日になったんだわと納得。
とてもよく気がつく 優しいふじちゃんのおかげ。理解あるだんな様のおかげ。きっちり 馴れ初めは聞き出したので
そのうち、ひとりごとで書いちゃうかも。

          
                         駆け足北海道の旅  その1
26日(月) 目いっぱい教室の仕事をして午前様の帰宅をして 朝になって 大急ぎで荷物を詰め込んで出発です。
連休ちょっと前で人はそんなに多くない伊丹空港。新千歳から一目散に札幌のカイロ治療院へ。
北海道だからサイロを見に行く方が普通なのに 何でカイロ?
はい、最近50肩とやらに悩まされています。夜中に痛みで起きるぐらいでして深刻・・・。
何とかしたいが時間がないの毎日をすごしているために 思い切って奈良にもたくさんあるというのに北海道にて
カイロを受ける。カイロは 過去 5,6回 経験していますがここのカイロはたくさんベッドがあって10何人の先生
が てぐすねひいて 私のような遠方よりの患者にも慣れっこでてきぱき 自慢の腕を競ってくれる。
周りで治療中の女性の『 痛い』の悲鳴が飛んでいる。かなリ ぐいぐいマッサージを入念にしていただき 針もして
もらい、副院長さんが仕上げに いちばん痛いところをボキボキってしてくれて終了。 
おっ 痛みが軽くなってきたみたい。なんだか手がきたときより上に上がる。先生曰く 『重症だから必ず 家の
近くでも通うようにといくつか紹介してもらった。 はい。何とか時間を見つけて治さないといけないませんね。

さあ、 それから 教室見学に出かけました。ある人が日本一美しい教室なんて太鼓判つきの教室でして、
もちろんとても広くて美しく先生の教室をこのようにしたいという思いがいっぱいの素敵な教室でした。
もう、中高生の時間でしたが 高教材を取り組む素直でかわいらしい生徒達旅の姿に『公文っていいな』を再確認。

先生とお夕飯をいただきながら指導の話を聞いているうちに あれ 札幌行き最終列車が出るまであとわずか。
構内を走りまわり無事乗り込み ホテルに帰りました。
 楽しいたびはまだつづく。
             

                                 
                    【 狂言 】の世界


琵琶湖ホールという琵琶湖を見渡せる景色のよいところで 野村萬斎さんらの狂言を見てきました。
600年の歴史がある伝統の芸能が今の時代の観客も魅了する理由はなんだろう。
基本がしっかりしていてかたちも心も鍛錬をつんだ人たちによって 継承されているからなのでしょう。
能も素晴らしいけれど、狂言には無条件に人を笑わせ なごませ 元気にしてくれる暖かさをかんじます。
野村さんたちも 茂山さんたちも 狂言の世界をわかりやすく 我々に伝えてくれる努力をされています。
はじまる前の萬斎さんのわかりやすい解説でワクワクしながら 始まりを待つ緊張感。
テレビや映画にはない 舞台と客席の一体感。これは、足を運んだ人にしか味わえないその日その日の醍醐味。
現実から開放され 舞台を見つめ 笑い感動する。幸せなひと時。
心がほっこりして また明日からがんばれるエネルギーが満ちてきたような気がする。

「先生、 宿題 やったけれどもってくるの忘れました。」 の生徒の声。
「そんなんやったら いうてくれたら すぐいってあげたのに。」となにげなくいう 知人の声。
「また、連絡するわな。 」といって してきたことのない古い友人。
それは、すべて 狂言ではないのですよね。 ほんとうなのですよね。
毎日の生活にも 狂言もじょうずに取り入れて ゆとりと思いやりがもてたらそれでいいのですよね。
太郎冠者のように。[ややこしや ややこしや」とはかんがえずに 「 人生 楽しゅう すごしてまいろうぞ。」 

                           

くまさん    まど みちお・ 作

  はるがきて めがさめて くまさん ぼんやり かんがえた
  さいているのは たんぽぽだが
  ええと ぼくは だれだっけ 

                                                           

  はるがきて めがさめて くまさん ぼんやり かわにきた
  みずに うつった いいかお みて 
  そうだ ぼくは くまだった よかったな    
 
                        

まどさんの あったかいこの詩が 大好きです。
春の日差しの暖かさが かんじられるようになると 私はいつも 声に出してみます。
         すっぽり まるごとつつんでくれるやさしさを感じながら。そして、 日の光のほうに歩みだします。

                  くまちゃんとなのるようになった理由
それは、高校一年のときからです。バスケット部に入部した私は、同期のメンバーと部室でワイワイ着替えては、おおはしゃぎ。中学校の時は、初心者で、先輩もたくさんいたし、何しろ、大所帯で、影は、薄かった。ところが、高校になって、3年生がそこそこいるのに、みんな優しくて私なんかから見ると、大人だなあと思わせてくれる人ばっかり。2年生は、人数が少なくて、
3人だけ、おまけに、そのうちの一人は、私の中学の時のキャプテンでした。一年のメンバーは、7、8人いましたっけ。
3年が、引退してからは、超優しい3人が、先輩にいるだけです。おまけに、キャプテンは、中学以来、私にはとって気心も知れた方。3年が引退されてからの部室は、もう、一年生の天下なのです。ぺちゃくちゃうるさい一年生を温かく見守っていてくれていたキャプテンですが、中学校からのあだ名を使っていた【キーコ】【ヒーコ】【シューコ】【オーちゃん】【ブースカ】以外のメンバーに、あだ名をつけてくれました。もう一人と私にです。彼女は、めちゃくちゃおしゃべりでした。キャプテン曰く、「すずめみたいにうるさいなあ」という簡単な理由で【すずめ】に決定しました。私は、旧姓がいいにくいものでしたから、すずめにあわせて生き物で【くまちゃん】にしようということになりました。なんだか、不思議なくらいすっと決まりました。
それからは、先輩たちは、【くま】、同期は、【くまちゃん】、後輩は、【くまさん】と呼んでくれるようになりました。
大学でも、バスケットをしたので、引き続き、そう呼ばれました。それから、くまちゃんとなのっています。

結婚して、子どももまだ小さかったある日、小学校教諭をしている【すずめ】より、我が家に電話が入りました。
当時、4,5歳だった娘が、リーンと鳴った電話に出ると、「すずめですけど くまちゃんいますか?」といったらしいのです。
そばにいたので、すぐ代って電話に出ると、お互いに、弾丸のようなおしゃべりがはじまりました。
その会話の合間に,【ブースカ】とか登場すると娘は、訳がわからなくなったのでしょうね。
やっと、電話が終わった母に、恐る恐るこのようにきいてきました。
           「 お母さんは、昔、なにやったん ?」

                                         

                                 お正月
子どもの頃は、なんであんなに楽しくてワクワクしたのだろう。
少々、遅くまでおきていても叱られない。なのに、【紅白】を途中までしか見られず、【行く年、来る年】の除夜の鐘をごーんと
夢の中でかすかに聞く。朝、おせちやお雑煮をいつもとは違うお箸や、御椀で食べる。
『あけましておめでとうございます。』と、父が言い、みんながあとから言う。
子どもごころに、大晦日から、たった、何時間か過ぎただけなのに、何がめでたいのかと思いつつもおごそかな雰囲気の中で
お年玉を期待する。妹と5歳も違うので、すこし、差がつけてあったように思う。
近所の人、親戚やらがそれぞれくれるので、袋がたまっていく。みんなは、もらえず、母に渡すようにいわれる。
外にでれば、子どもたちが羽根突きや凧揚げをしている。きれいな一張羅を着ているのだけれど、やっぱり思いっきりあそぶ
文句なく、お正月を楽しめた子ども時代が、懐かしい。

                 

田臥勇太くんのこと
バスケットボールが大好きでずっとやってきていたこともあるし、背が低くてもがんばったという自負だけはある。
そんなことから、秋田に田臥くんという身長173cmの天才的な高校生プレイヤーがいることを知った時から応援してきた。
今、23さいの彼は、アメリカでNBA入り目指してがんばっている。先日も、そんな彼を【ZONE】というテレビ番組でみた。
今は、NBAに入れずにいる彼の心中を思うと居たたまれない。身長が低いということがどれだけバスケットの選手に致命的
であるかは、明白な事実である。一種の格闘技ともいえるほど 相手との接触も多い。長身の選手ならゴール前でパスをもらって簡単にシュートすることから比べると、いろいろな技がいる。また、ガードとして、絶妙なパス回しなどにすぐれた采配力が問われる。180度以上の視野でコートを見据えて、瞬間の判断で動いていく。人の何倍も練習をして、メンタルな部分をも
コントロールする力をもあわせもち、夢のために努力しつづける彼の姿をみると勇気がもらえる。
何の応援も出来ないけれど、見守り続けたい。彼ならきっと夢をかなえてくれる。

                             おはなし会
 11月9日 選挙投票を終えて風邪引きゆかりんとくまちゃんの2人組が、老人ホームに行かせてもらいました。
いつもとても暖かく迎え入れてくださり、今日もたくさん読めました。紙芝居 「うまいものやま」「きつねのなきいろ」
絵本 「もけらもけら」「ねえ、どれがいい?」「ねえ おとうさん」 童謡もいっぱい歌い、落ち葉を拾っていったので
動物や おつきさんを作ったりしました。どうして、いつもこんなに、優しい笑顔で聞いてもらえるのかと嬉しくなるのです。
歌の時の活き活きとされる様子も楽しいです。思わず、眠ってしまう方もいて、職員の方が起こされるのですが、気持ちよさそうなので、そのままでいいのにと思ったりしています。これから、寒くなるので風邪を引かないでねと、先に風邪を引いて
いるくせに偉そうにおねがいしてきました。


                       

よしみばあちゃんのこと
私の父の亡くなった兄嫁にあたるひとで、86歳で、淡路島在住。よくしゃべりよく働く。
ちなみに所さんの番組 「笑ってこらえて」の中のダーツの旅の2002年度のグランプリ受賞者でもある。
身長ほどもあるでっかいトロフィーをもらったことで、島のちょっとした有名人になったらしい。ことしのお正月すぎの番組で放送された時は、家でドキドキしてみてしまった。ほとんどあったことのなかった人だが、エネルギッシュな話し振りとタバコをたしなむ姿が印象的であった。決め台詞になった 「うまいぜよ」が、耳に残っている。
いい思い出になったと喜んでいるよしみばあちゃん。働き者で前向きで底値けの明るさは、見習うことにしよう。
ちとせばあちゃんのこと
実際には、主人の母を生んだ本当の母が亡くなってからお嫁にこられた人で,吉村家とは血のつながりはないのだけれど、,
やっぱりおばあちゃんとしてずっとかわいがってもらっている。北海道の千歳で生まれたと聞いている。
96歳の現在、耳は遠くなったものの、すこし忘れたといって思い出すのに時間がかかるけれど、ほとんどボケていない。
話にも説得力があり、笑いを適当に入れながら、また聞き上手でもある。産後に養生せず無理をしてすぐに畑に出て
腸を悪くしていることだけがあるが、そのことも上手に付き合って 長生きしている。おばあちゃんいわく、医者が見離した体と
何十年も一緒にいることで自分のことが良くわかり、経験豊富な人生になったという。友達もきょうだいも近所の人もみんな
いなくなったうらしまたろう状態の今でも、人に何かしてあげれることを探していてる。詩吟、カラオケ,貼り絵、などもとっても上手だったけれど、今のお気に入りは、チラシの紙で作る人形、もう500体は作って、人にあげ続けている。
色紙もいらない、チラシで作るのが廃物利用で良いと満足顔。
おばあちゃん、何十年前から献体することも決めて、登録もしている。病気があっても、人より長く生きさせてもらっているから
このからだは研究する価値があるとおもっていることと、お世話になった世の中に対する最後のお礼だとか。
チラシの人形の作り方、このあいだも習ったのだけれど、おばあちやんほど器用に出来ず、いまだに一つも作れない。
でも教えてもらっているあいだじゅう、心がほっこりしていい気持ちになれる。100までは生きてね。
くまちゃんとゆかりんのおはなし会
10月12日 近くの老人ホームに行ってきました。もう2年続いています。最初は一人だったし、時間配分や段取りに手間取りましたが大阪の公文の先生のゆかりんさんが 主旨に賛同して遠路はるばる来てもらえるようになって
とってもスムーズに行くようになり感謝しています。
今では二人のことを覚えてもらいお話の人と言って
もらえるようになりました。
今日のメニューは 【おだんごころころ】【ちゃっくりがきぃふ】
【ぽんぽん山の月】の3冊の本と【どんぐりの赤ちゃん】の紙芝居を読み、カーデイで童謡を歌い、色紙で紅葉した葉っぱや
クリ、どんぐりを折って大きな紙に張り付けました。




どれも反応が良かったけれど、【ちゃっりがきぃふ】が
皆さんお気に召したようでした。文我さん自ら 私たちJPICのメンバーに読んでいただいたのを聞いていたので
ちょっと自信があったのですが、お話自体もテンポが良くて皆さんの顔が楽しげでこちらまで楽しくなって、熱が入りました。
また、来月も楽しい本をもって来ますとお約束して、お願いしますと笑顔で送り出されて帰ってきました。
山の上のホームの窓からは新庄町が一望できるし、みんなの優しい笑顔に元気をもらっている幸せもののくまちゃんです。

私をキダムに連れてって。 

10月1日衣替えするみたいに 心の衣替えをするため行って来ました。【憧れのキダム】こどもの頃に見たあの○○
大サーカスとは何かも違うスケールの大きさに 口をあんぐり開けて見とれてしまった。もちろんストーリーがあって
鍛錬をつんだ素晴らしい技の数々がテンポ良く繰り広げられていってあっという間の2時間半。
スタッフ、裏方、まかないの厨房さんたちまでがひとつになって今日のこの舞台があるんだなあと思うと感激。
どっか 公文の教室にも共通しているところあるなあと思ったりしてしまう。
教材が素晴らしくて、基本のコンセプトがしっかりして、研究に、研鑚に熱心に取り組む集団であり、スタッフにも優秀で子どもたちを思っていて、そして子どもたちの夢を育む仕事って言えるところ。それが土台にあるからすごい。
 なんだか 秋空にさわやかさと元気をいっぱいもらえて大満足。非日常の時間が日常の疲れを癒し、やるべきことを示唆してくれたような気がする。 誰も連れて行ってはくれないから自分で自分を引っ張り出して大正解。
快く一緒に行ってくれた親友にも感謝。皆さんのお近くに来たら一度は行ってみてください。
九州の皆様、福岡公演がまってますよ。

 
 
                                 

   新庄町の大運動会                            
 今日は町をあげての年に一回のお祭りの運動会でした。花火がなって 23の大字ごとにさまざまな競技で優勝をきそうのです。体育委員としては昨日の準備から今日の朝6時の130人分のお弁当作りに走り回りました。
そして 開会式から始まって くまちゃんは 綱引き、ジャンボ縄跳び、年代別400メートルリレーの出場です。
綱引きは一回戦で見事に負けてしまい、縄跳びは第一位。リレーは 5人で走り、トップで走り確か2位でバトンを渡したのに最終 5位という結果になってしまいました。この年齢で 位置について用意ドンのピストルにドキドキ。  しかし運動会大好きなので 張り切ってしまうわけです。、今年は23チーム中20位でした。ちなみに去年は リレーも一位だったし、総合成績も4位だったのです。しかし、みんなで今年も仲良く打ち上げ会もして来年の選手をもう今から決めたりして大騒ぎでした。さわやかな青空で、新庄町っていいなあと再確認の日でした。  
                        おとこまえになりたい パート2                    
涼しくなったので中庭の草取りをして 整理整頓をして やっぱり教室の準備をしていて 夕方 気分転換したくなった。鏡を見て美容室にカットに行こうと決めて予約の電話を入れたら すぐ来てといわれたので走っていった。
そこで もう10何年も前のことを思い出した。教室である幼児さんが 【先生 おとこまえやなあ】というのです。
子どものときから 「おとこまさり」とか 「女らしくしなさい」とかいわれたこともあるし 半分 「男みたいだ」という 自覚もあったけれど 美形だなんて思ってないし 【ふーん】と聞き流していたら 何度もいう。その男の子のお母さんが迎えにきたら もう一回 【なあ、ママ。先生 おとこまえやなあ】と また 大きな声で言った。
【もう この子は。先生、頭 カットされましたでしょ。うちの子 、昨日 散髪してもらって その店の人にも近所の人にも おとこまえやなあといわれたから。先生にもそういうてますのやわ。】っていわれた。

                                 

  その後 彼は きっちり 幼児方程式を成し遂げてくれたのでした。
阪神優勝セール
 もう混雑もおさまったかと 恐る恐る地下鉄御堂筋線をあがってびっくり。地下の阪神入り口にシャッターが下ろされてる。えっーー。なんで?休みなの日曜日なのにと思ったら 出入り口を規制していたからなのでした。
8階の阪神グッズ売り場に行くためには 阪神を出て延々 長蛇の列の最後尾に並ばないといけないようにしてある。どこの売り場もすごい人だかり。特に お目当てもないのですいた売り場で文房具などをかい、ピンクのジョギングシューズをゲットして。優勝記念ミニゴーフル (缶の絵の星野監督がかわいい)も買って帰る。
ほんでもって こちらはどうなっているのとばかりに 阪急にもいったのです。結構 私のように阪神優勝セールなんて紙袋を持った人が流れてきているではないですか。これは経済復興のパワーじゃないですか?
財布の紐がかたくなっていた関西人も ここらでパーっと紐を緩めて ついでに景気も良くなればいいのにって思ったのは 単純な考えでしょうか? 
おとこまえになりたい。
小さい時から こう思っていました。容姿の事をいっているのでも男の人に生まれたかったとか言っているのでは
ないのです。他人にとっても自分にとっても正直に生きて かといって 真面目に生きるばかりでなく 面白いことが大好きで その場を盛り上げることも自然に出来てしまう。周りを楽しく出来て自分も楽しめる。前向きな考え方のうえに 努力もする。お金の使い方も上手で きもちよい。友達がなんかあったら かけつける。その人がしてほしいことやいってほしいことが タイムリーにわかって さりげなく出来る。一緒にいるだけで 安心感を与えられる。

そんな 一流の人間に出会うと私なりに 【おっとこまえやわあ】と 心で賛辞の言葉を送るのです。
確かに 今 みんな自分のことで精一杯で 余裕がない人が多いからこそ 真実の男前が きらりと光るのです。

どこまでいっても 阿蘇は広くて 今ごろの季節はススキがいっぱいで お馬もゆったりそのかっこいい姿を
広々とした大地にゆだねているという風情。絵になります。そんなことを思っているのに 馬刺しもおいしいとぱくついてしまう。ごめんなさい。m(__)m  田楽は ほんとに囲炉裏のところで炭であぶって味噌でいただく。 ヤマメも新鮮でおいしい。
奈良にはない味覚を堪能して 温泉にゆっくりつかれば 身も心も癒されて ごくらくごくらく。リフレッシュ。
後は 公文の指導話が延々 時間のすぎるのを忘れ 続く。預かった生徒さんをいかに伸ばすかの情報交換。
そのことでベッドにはいっても まだおしゃべりが・・・・。次の日にはある教室をみせていただけることに。
とっても素敵な教室で なるほどがいっぱい詰まっていました。いい事は即まねさせていただきましょう。
参加された公文の先生は みんな とってもお勉強好きで 明るくて 親切でした。
奈良の日常に戻り また もらった元気で がんばります。一粒で何度もおいしい 阿蘇旅行でした

今日 山形の恩師からまた電話があって お話しました。ヘルペスが完治して とても良い気分だそうです。
会えないと言われた時は ガーンとショックでしたが 長く教師をしていてこんななに気持ちよい対応をしていただいたのは 身にあまる光栄だと言ってくださいました。今後 不意にきてくださるのがいちばんいいとも。
ひょっこり行くには 遠すぎます。先生。でも わかるような気もします。年齢を重ねていくと健康状態も精神状態も
その日によって違うだろうし。PCもFAXもないので snail mail でやりとりしたいそうなので くまちゃんの絵手紙が
こんなときに役に立つかもしれません。名月でも いっちょ 描いてみようかな。
ひと恋しくなる 秋がやってくる。 「 澄む月や ひげをたてたる きりぎりす。 」

こんなことは ありませんか?
その人にあったり お話しているうちにこんなことまでしゃべってしまったわ。包み隠さず本音で普段はだれかれに
気軽に打ち明けないようなことも ついつい どうしてだろう。そんなに接点があるわけでもないのに こんなに
気を許してしまうって 何でだろう。今日 そんなことを久々に体験した。不思議かつ素敵なことだと思う。
大切にしたいと思う。ことさらでなく わざわざでなく タイムリーにそんな時間が持てた時 優しい気持ちになれる。
そんな風に 誰かに思われてみたいとも思う。たった一人のひとでもいいから。

今まで行った旅行の中で思い出深いのはっていうとなんだろう。
それぞれその土地の風情、同行した人、知り合った人、自分のそのときの年齢、状況によって感じ方も違い
みんなそれなりの思い出を残してくれていて優劣がつけられそうにない。
期待以上の景色に出会い、うっとりしたり、悪天候でがっかりしたり。食べ物がおいしかったり。
言葉もみんな違って 味がある。海外旅行の経験はとっても少なくて シンガポールに行っただけ。
人と触れ合うのが好きなので 学生時代一人旅した時の九州一周のことは よく覚えている。
北海道にも友達と 20日間 周遊券で一周したんだっけ。どちらもユースホステルばっかりの貧乏旅行。
けれど 時間だけはたっぷりあって 今から思うと ぜいたく旅行といえる。お金はなくても若さと好奇心で見るもの
出会うものに感動してたっけ。お金は借りれても 時間は借りれない。旅に行く前のワクワクと帰ってからの思い出の数々。  
「山形はどうなった?」 恩師が ヘルペスにかかられたので やむなく中止に。残念。
よおし。思い出の九州に行くぞ。阿蘇へ。 もうあと何回 ねるといけるのかなあ。

 

♪八月は夢花火。誰の憧れにさまよう〜♪ 井上陽水の「少年時代」の歌をききながら。

行く夏を惜しみ、これからの秋を 心待ちにする。
いろんな思い出を残し夏休みもおわった。 健康の大切さを考え 健康診断も申し込み
ストレスも夏の疲れも残っているこの現状をどう乗り切ろうかと思って ふと思い出した。
ストレス学説をはじめて主張したハンス・セリエ博士は、「ストレスだらけの世の中で、ストレスに
ならない生き方をするのは極めて困難だけれど ただひとつだけ方法がある。それは常に、感謝の
心を失わないことだ。」といった。正直に、親切に生活をしていく努力とともに、心をいつも愉快にして
つとめて 感謝の気持ちを言葉にして 声に出していうこと。

 HPに来て下さって ひとり言に付き合ってくださって 本当に ありがとう。

 
 


 昨日 高校の同窓会があって20名ほどが集まりまりワイワイやってきました。
職種もさまざまであれば おばあちゃんに成ってしまった人 実子がまだまだ三歳の人 最近親を見送った人介護にあけくれる人 この春子供の東大の入学式に夫婦で出席した人 放送大学に10月入学を決めた人。
本当に人生色々ですが 大阪人は とにかく ようしゃべります。はっきりいって 聞くより話したいのです。
そして 笑ってもらえれば なお嬉しいという大阪人魂があって 話にはおちがあります。
私もそうですが その昔【素人名人会】に出ようと考えた人もいます。実際 出た人もいます。名人賞ゲットだったはずです。 そんなメンバーで 恩師の元担任を訪ねる 山形行きが企画されました。 2年程前 大病をされたという先生ですが 今は体調も良くなられ みんなの来るのを待っていてくださいます。
そんな話もさっとまとまるのりのよいクラスです。それでは 今度は 9月の山形 珍道中をお楽しみに。


よしだたくろうの夏休みを口ずさみながら 小学生の頃の夏休みを思い出してみる。決まって 一学期の終業式の午後は
船に乗って 祖父母のいる淡路島に行き夏中をそこで過ごした。洲本の海岸に海水浴にいったり いとこや近所のこと1日
遊びまわっていた。家の前がバス停だったので 切符やら タバコやパン アイスなどを売るちょっとした店もやっていて
店番もした。いとこたちはいつものことだからやりたがらないけれど わたしは嬉しくて 張り切ってバス料金なども 島中
覚えていた。 いつも 同じ時間に決まったところにいく人には すっと 切符を出したりして『 ようしっとったね。』といって
もらい ついでにガムまで売ったりして結構 商売上手だった。そんなわたしでも 家族でたった一人だけ(妹やら両親は
お盆にきて帰る )なので 時々 ホームシックになった。「おばあちゃん もう帰る」というと 「もう 船は出てしもうたかも
わからんから これ食べて 明日の船に乗ろうな」と 畑のスイカやトマトを切って 食べさしてくれる。
あんなに おいしくてちょっとせつない スイカやトマトは どこにも売っていない。食べ終わった頃には また外へ飛び出し
次の日には 船のことはもう忘れていた。 6月末 その 淡路島に墓参りに帰った。 おじいちゃんおばあちゃんのお墓で
手をあわせていたら あの頃の 花柄ワンピースで 麦藁帽子の自分に 一瞬戻れたような気がした。




わたしの文通の思い出。小学校3年生の時 月刊少女雑誌 【リボン】の愛読者であった。その雑誌の文通欄に住所と名前を
掲載してもらったとたん、全国の 同い年の女の子から手紙がきた。選ぶのは難しかったし行ったことのない都道府県には興味もわき 片っ端からお返事を書いたら 30人ぐらいと文通することになった。ランドセルを背負ったまま 郵便受けをのぞいては 自分宛てのかわいい手紙を見つけ にんまりする毎日がしばらく続いた。しかし何回もやりとりをするうちに だんだん遠のいていくことになっていった。子どもって 次から次におもしろいことをみつける天才だから 文通にあいてくることも当然といえば当然。それでも何人かとは 何年も文通を続けた。ペンパルとかいってその頃から 相手によって愛称を変えていた。今でいう ハンドルネームですね。1番永く続いた 東京のノコちゃんとはお互いに結婚してからも続いた。事情があって 転居先がわからなくなって中断してしまい 本気で 【探偵ナイトスクープ】に依頼しょうとした。
今でも 便箋にイラストも書いて 二人にしか分らない秘密をいっぱい書いて 封筒にシールもはって 記念切手を選んで ポストに入れたいと 願っている。
 ノコちゃん。お元気ですか?タコチャンは ホームページをつくりましたよ。


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