カランカラン・・・と音を立てて店の扉を開く。

「おはよう〜・・・。」

いつもの通りに新一は店へと現れた。

「おはよう。」

そういって、にっこりと蘭の笑顔が出迎えてくれる。
それに新一がぼおっと見惚れる。

それがいつもの日常の風景だった。


「ん・・・?」

新一が不思議そうに顔を上げた。
それもそのはず、いつもの蘭の「おはよう」が聞こえてこなかったからだ。
変わりに蘭の声は別の場所で聞こえた。


「ほんと!?うわあ、嬉しいっ!ご馳走いっぱい用意しておくね?
やだぁ。私だってちゃんと上達してるんだから!うん、うんっ!!」
「・・・??」


目当ての人物は電話中だと正しく理解できたが、相手が誰なのかが全くわからない。

久しぶりであること。
かなり親しい人物であること。

くらいは読み取れたが。


「おはよう、工藤君。」
「あ、おはよう、和葉ちゃん。」
「たった今気づいたような顔やね。」
「え、何が?」


にやあっとした笑顔で冷やかすような和葉の言葉の意味が分からず、思わず聞き返してしまった。
いつもの新一らしくない態度。
そんな新一の態度が面白くないのか、和葉はすぐにふいっと厨房奥へと消えた。


「ま、エエけど。」
「だから何が?」


和葉の変わり身の早さに不快感を覚えるものの、それに逆らってはいけないと本能が告げる。
こと蘭に関しては寸分狂いないので、本能に従うことにして自分の役割分担を果たそうと動き出した。
蘭は、まだ電話中だ。

女の電話が長いのは分かるけど・・・なんなんだ??

蘭の砕けた口調から相手が心を許した親しい間柄だと確信出来る。

学生時代の友人?

それが一番妥当だろう。
でもなんだか違うようにも思える。

男・・・・とか?

まさかっ!!

思わずした想像は新一を不快な気分にさせた。

ほんの数ヶ月だけど、男の影は見えなかった。
それはありえない。

でも、蘭の口から零れ出てくる言葉からは随分と会っていないように感じられる。


つまり、遠距離恋愛で・・・ずっと会えてないってこと・・・か??

リアルに出来る想像は映像を伴っていて見たくも無い場面ばかりが頭の中でくるくる回る。


そんな新一の一喜一憂をみて、和葉は大変おかしそうに笑いはするが、フォローは決してしようとはしなかった。
今の状態の新一に何を言っても無駄だろう。と正しく理解しているからかもしれない。
そして、余裕で構えるその姿からは彼女が蘭の電話の相手が誰かをちゃんと知っているという証でもあった。

もうちょっと遊んだってバチはあたるまい。

そんなことを和葉は考えていた。




「うん、うんじゃあね。」

かちゃん。と音を立てて電話機が元の位置に戻される。
蘭の電話が終わったのだ。


終わっても尚、嬉しさを隠し切れないのか、鼻歌まで聞こえてきている。

「ら、蘭・・・?」
「あ、おはよう、新一君!」

やっぱり上機嫌で言葉を返す。
新一の不機嫌には気づいても居ない様子で厨房へと向かう。
頭の中は、まだ先ほどの電話の主で占められていると思うと新一の不機嫌はより一層増す。

「あの・・・さ、蘭?」
「ん?なぁに?」
「や・・・なんでもねー・・・。」
「・・・変な新一君っ!」

くすくすと笑って蘭はそのままフライパンを手にする。


聞きたかった。
どうしても。

でも。

本当に「恋人だ」と言われたらと思うと聞けなかった。

新一の頭の中には園子や志保に聞こうかとの考えも浮かんではいた。
だが、彼女たちがそうそう簡単に自分には種明かしはしないと分かっているからすぐに却下となった。


からかわれて嘘八百並べ立てられるのが目に見えてるのにわざわざ罠にはまりに行くようなことするかよ!

ぶつぶつといってはみたものの。
さて、どうしたものか?と思案していた。


しかし、その種明かしはすぐさま行われることになった。
しかも、意外なことに園子や志保のおかげによって。



開店直後やって来た園子と志保は、蘭の様子がすこぶるいいことに気づいた。

「あれ?蘭ご機嫌ねっ!」
「本当に。なにかあったの?」

興味深々の園子とちょっと探るような志保。
蘭はえへへvと笑いながら「分かる?」なんて答えている。



「実はね?来週お父さんとお母さんが帰国するのっ!!」
「え・・・?」




満面の笑みで明かされた謎はなるほど。蘭を上機嫌にさせる内容だった。
蘭の両親は3年前から某国のお抱え料理人として働いており、蘭とは離れて暮らしている。
志保いわく、仲のよい親子だというのであれば、両親の帰国は何よりも嬉しいことだろうと分かる。


「へぇ?おじさんとおばさん帰国するの。解任?」
「違うわよ。長期休暇を貰ったからって。」
「蘭のご両親が帰国って1年ぶりくらいじゃない?」


姦しく話す女性人からちょっと離れたところに居た新一はほっとしていた。
両親ならばあんなに喜ぶのも頷ける。

そんな新一の分かりやすい気分に気づいていた志保は、蘭が厨房奥へと姿を消すとおもむろに話しかけてきた。

「工藤君。」
「・・・んだよ?」

志保の声にこたえた新一の声は明らかに不機嫌だった。
それもそのはず。
新一に話しかけてきた志保の口調は明らかにからかいがにじみ出ていたからだ。
過去の経験から完全に遊ばれると気づいたからこそ、新一は不機嫌だった。

話の内容も透けて見えるようだ。



「大変ね、工藤君。」
「何がだよ?」
「蘭の両親の帰国よ。」
「はぁ?」


分からない新一に代わって和葉はぱちんと指を鳴らした。

「あ、そっか。工藤君大変やな!!」

園子もにやにやと人の悪そうな顔をしている。

「新一君、大変〜!!」


新一はますます訳が分からない。

「蘭の両親・・・特に父親はね、娘を溺愛してるの。凄いのよ?蘭に近づく男に対するおじさん。」
「え。そりゃまあ・・・娘を持つ父親ならある程度はしょうがねーんじゃねーの?」
「甘いわよ、工藤君!あの蘭が今までなんで清らかだと思ってるのよ。父親の徹底的な排除のおかげでしょ?」
「は・・・ははは。」

最早新一は笑うしかなかった。


「なぁに?どうしたの?みんな。」

蘭が用事を済ませたのか厨房奥から戻ってきた。

「ああ、なんでもないのよ。」
「そうそ!」
「たわいもないおしゃべりしてただけやで?」


口々に白々しく発言する3人を苦々しそうに見ながらも真実を伝えられるわけもなく、新一は黙っていた。
蘭もさして気にも留めずに会話の輪のなかへと入ってきた。
そんな蘭にブラックコーヒーを飲んでいた志保が問いかけた。

「そういえば蘭。」
「なぁに?志保。」

手に持っていた真っ白な皿を手近な棚に置きながら蘭は質問に答えようと志保を見た。

「ご両親の帰国っていつなの?」
「あ、来週なの。」
「え?」

にこにこと話す蘭の言葉に問いかけた志保だけでなく全員が動きを止めた。

「来週って・・・随分と急やね?」

和葉の言葉には驚きがにじみ出ている。

「1日2日ならともかく帰国できるくらいの長期でしょう?」

園子が不思議がる。


「うん。急に取れたお休みなんだって。お母さんも慌てたって言ってたくらいだもの。」
「なるほどね・・・。」

新一は蘭の言葉に納得した。



とにもかくにも蘭の両親が帰国する。
茨の道は覚悟の上。
こんなことくらいで蘭を諦めるなんてしたくない新一は、ぐっと構えた。
その姿は、新一の新たな決意表明にも似ていた。



漸く新蘭バージョンへと突入しました。
いや、長かった。
今までずーっと虐げられていた新一さんだったので、漸く幸せになれる・・・はずです。<マテ