「シンイチ、居るんだろ?」
「ドタドタとうるせーぞ、カイト・・・。」
突然の慣れた訪問者。
いきなりやってきては、家に入り込むカイトはヘイジと共に最早諦めの様子で見られていた。
だが、次のせりふでシンイチは我に返ったようにその光景を凝視していた。
「まあまあ。あ!ランちゃん、今日もきれいだね〜。」
「やだもう、カイトくんったら〜!」
「お、おい、お前・・・。」
ランは俺にしかみえねーはずなのに!?
やってきたカイトがランに平気で話しかけたことに、シンイチは驚いていた。
「シンイチも水臭いよなあ、こんな可愛い幼なじみがいたなんて隠してたんだから。」
「お、幼なじみって、誰がだよ!?」
「へ?」
「あ〜!!シンイチ、こっち手伝ってよ!」
シンイチはいきなり叫び出したランに引き摺られるようにキッチンへと連れ出された。
「おい!オメーどういうつもりだよ!」
「だって貴方以外のヒトに私は見えないんだから私としゃべっていたら貴方ただの危ない人だよ?」
「え。」
「だからソレを阻止するために他の人間には二週間限定で偽の記憶を植えつけました。」
「それが俺とオメーが幼なじみって言う設定だってのか?」
「貴方の深層心理を覗きましてよく使われているようでしたので・・・。」
「そりゃ、近くにに幼なじみ持ちがいりゃ、そうなるわな。」
つまりはカイトはこいつに偽の記憶を植え付けられたってことか・・・・。
「設定としてはこうよ!」
カイトが帰った後、ランは仰々しく2週間限定の設定を説明した。
俺とランが幼なじみであること。
10年前にランは両親の都合で遠くへ引越したこと。
今回は、用事ついでに観光をしようと2週間、俺の家に居候することになったこと。
「おい、用事ってなんだよ?」
「野暮用よ。貴方はソレについては詳しく知らないって事にしてあるから安心して?」
「秘密主義かよ。」
「そういうわけでもないけど?もっともらしくみえるでしょ?」
「まあ・・。ンなことが出来るなら俺にもそーゆー記憶植え付ければいいじゃねーか。」
シンイチはふと疑問に思ったことを素直に口にした。
「ソレが出来れば苦労しないわよ。」
ランはふ〜・・っとため息をついて言葉を返した。
「あん?」
「天使の姿が見えてしまった人間にはそれが通用しないの。」
「記憶の植え付けがか?」
「そ。消すことも次の満月までは無理なのよ。」
「ふうん?じゃあ、おれオメーの存在の記憶を持ったままってことか?」
「だから、”次の満月までは”って言ったでしょ?満月が来たら全ての記憶が消せるの。
私と出会ったことも全て・・・ね。」
「・・・・・。」
「・・・・・・。」
システムの説明の途中でシンイチもランも言葉を失くしてその場で立ちすくんでいた。
「え?」
はっとしたようにランは微妙に下がっていた自分の顔を上げてシンイチを見た。
シンイチもあさっての方向を見ていたようだったが、ランの視線に気づき無意識にシャツをつかんでいた手を離した。
「あ・・・・。悪い。なんだろ。急に・・・ちょっと胸の辺りがちくっとして・・・。」
「私も。・・・何?風邪でも引いたのかな?」
「天使も風邪なんて引くのか?」
「一応ね。順応できるようになってるから。」
「便利なんかどうなのかがわからねーな・・・。」
「ホントにね。」
シンイチモランも不思議な現象に頭をひねりながらも笑ってその場をやり過ごした。
二人が共に感じた不思議な感覚はただの生理現象として処理されてしまった。
確かに、二人とも気づくにはまだ早すぎたし、ソレについて知らなすぎた。
もっとも、知ったからといって何かが出来たわけでは無かったので意味は無いが。
出会って間もないシンイチとランだったが、二人の関係について疑問を持つような人間は居なかった。
近所の住人はおろか、カイトやヘイジさえも疑問を抱かなかった。
頭の回転のいい二人にばれなかったことで、シンイチはランのかけた術が強力なんだろうと思っていた。
ランもシンイチがうまく立ち回ってくれているからだと信じていた。
「ランちゃん、こっちこれでええの?」
「ランちゃ〜ん!こっちはこの後どうするの?」
「あ、ちょっと待ってね、アオコちゃん。あ、カズハちゃんそれで大丈夫!続けて〜!」
ラン、アオコ、カズハ。
3人はとても楽しそうにキッチンで動き回っている。
男は邪魔!と声をそろえられて、シンイチ、カイト、ヘイジはリビングに居た。
声の聞こえる方向へシンイチが耳を傾けているのを見て、ヘイジとカイトはニヤニヤと近づいてきた。
「なんだよ?」
「あれ?気づいてたのか?」
「ねーちゃん見てデレデレしてるから気ぃついてへんと思ってたわ。」
「誰が、でれでれだって・・・?」
「だーってさあ、シンイチってばランちゃんを見るときの目って明らかに違うぜ?」
「せや、せや!あんな穏やか〜な目ぇで女の事見てるクドウ見んの初めてや。」
「・・・・・。」
ヘイジとカイトの言葉にシンイチは言葉を失った。
「俺が・・・・?」
「そうそう!」
「別に・・・・そんなわけねーだろ?」
「解ってへんなあ、自分。」
「10年以上かかってな〜んにも出来てないオメーに何がわかる。」
「なんやと、こらあ!」
「ヘイちゃんもシンイチもやめろよな〜・・・。」
シンイチの言葉にヘイジが胸倉をつかんでキレそうになるがカイトは我冠せずで言葉だけもっともらしく出す。
別に自分がでしゃばらなくても大丈夫だとわかっているから。
「ヘイジなにしてんの?大声出して、みっともない。」
「か、カズハ!!!」
「食事出来たで?」
「おう、今行く!」
カズハに呼ばれ、ヘイジは部屋を後にし、ダイニングへと向かう。
それにあわせるようにカイトとシンイチもダイニングへと向かう。
「お、うまそーじゃん!」
「こら、カイト!つまみ食いしないでよ〜!」
ヘイジはすでにカズハの隣に座っている。
カイトも当然のようにアオコの隣に座った。
シンイチはいつものように、二組のカップルを横目に自分の席に着いた。
このカップルを見学しつつ、自分ひとり座るのは慣れていたので特別何かを感じることも今までは無かった。
5人全員席に着いたとワイングラスを持ち上げ、口に含んだとたん、声が聞こえてきた。
「もー、シンイチって全員揃うまで我慢できないの?」
「え・・・?」
突然の声。
その先に居るのはランだった。
「あ・・・・」
そうだった。
今はランが居るんだった。
当たり前に気づいたシンイチは、手に持っていたワイングラスを慌ててテーブルに置いた。
「わりい・・・。」
「おなかすいてるのは解るけど、もう少し我慢してね?」
「シンイチ君、子供みたい。」
「ランちゃんに甘えとるんやね。」
アオコとカズハがくすくすと笑うから、シンイチはばつが悪そうにそっぽを向いた。
そして、自分の思う以上にランが自分たちの生活の中に入り込んでいることを再確認した。
今まで、カップルに挟まれてそんなに気まずい思いもしてなかったと思っていた。
寂しいと思ったこともなかった。
でも、この時が心地いいと思った。
そう思ったのは産まれて初めてだった。
6人の食卓はとても楽しくて、初めて心から笑ったような気がした。
その証拠に、昔なじみのカイトやヘイジがシンイチが笑うたびに、驚いたような顔をしていた。
それが、何故なのかシンイチは、深く考えなかった。
否。
考えたくない心がシンイチも気づかないままに無意識に働いたのかも知れない。
ランとの生活は楽しかった。
今まで一人きりで生きてきて寂しいと思ったこともなかったし、これが当たり前だと思っていた。
他人との生活なんて考えもしなかった。
でも今、ランと過ごす時間が心地いい。
それが恋だと気づくにはシンイチは恋を知らなすぎた。
そして、ランもまた気づかなかった。
シンイチと過ごすこの時間が心地よすぎて、ヒトと過ごすのも悪くないと勘違いしてしまった。
「天使」であるが故に、感情の変化にも気づかなかった。
時折、シンイチを見つめては、胸が痛くなる意味さえも・・・・・。
二人が奇妙な同居生活を送り出して、1週間が過ぎた。
とはいっても、二人とも知り合って1週間しか経ってないとは思えないほどだ。
趣味・思考はまるで違うのに、何故か二人で居る時間が一番居心地が良かった。
シンイチは、今までのただなんとなく過ぎ去る一日が嘘のように感じていた。
彼女に・・・ランに出会ってから、初めて感じることが沢山あった。
流れる空気・毎日の食事・ヒトのぬくもりなどなど数えたらキリがないくらいだ。
「しかし、こんなにお似合いなのにあと1週間でランちゃんが居なくなるなんて惜しいよなあ。」
「せやなあ・・・。」
「え・・・?」
カイトとヘイジはお互いにやっと人間感情を持ち合わせるようになった痛いな。親友に実に残念そうにそう話しかけた。
二人の目にも明らかなくらい、ランに出会ってシンイチは変わった。
冷酷無比な一面しか持ち合わせてないのではないか?と心配していた親友が変われた存在。
だが、聞くところによると、彼女は2週間の限定でこちらにきているらしい。
もうそろそろ1週間経とうとしているのだから、残りはあと1週間。
僅か7日しかないのだ。
「なんとかしてやりたいんだけどな〜・・・・。」
「気持ちは解るけどやめとき。んな気遣いされてもクドウの事や、おもきし睨まれるだけやで。」
「わ〜かってるよ!それくらいヘイちゃんに言われなくても!」
解り切っていることをヘイジに今更のように釘を刺され、カイトはむっとする。
シンイチの性格は百も承知だ。
そんなことは解っている。
でも何とか、してやりたいのだ。
「多分・・・さ、シンイチ。自分が恋してるなんてコトさえ気づいてないんだぜ?」
「自分がどんな目して彼女の事見てるなんて知らんのやろな。・・・・姉ちゃんのほうも。」
「ふうん?恋愛音痴のヘイちゃんでも解るんだ?カズハちゃんに随分と鍛えてもらった?」
「うっさいわ!今は俺のことやのーて、クドウのコトやろ!」
「まあねえ・・・。あ、噂をすればシンイチじゃん!」
うーんとうなっていたカイトが一軒の店の前でじーっとしている。
「なんやあ?」
不思議に思ったのはヘイジも同じらしく、素っ頓狂な声を出して走りよる。
先を越されたカイトは、ヘイジの後ろをついていく。
「・・・・・これ・・・。」
早く帰ろうと早足で歩いていたシンイチは一軒の店のウィンドーに魅せられて立ち止まった。
じーっと覗き込んだまま、シンイチはしばらくそこから動かなかった。
「10分経過。」
「!?」
いきなり聞こえてきた声にシンイチは珍しく慌てた。
「ほお!珍しいな。クドウのそないな驚いた顔。」
「・・・・・カイト、ハットリまで・・・。」
「何見てんの?」
驚いたままのシンイチを放ってカイトがひょいっと覗き込む。
「チョーカー?珍しいね、シンイチがこんな宝飾品見てるなんて。」
「そないなこと聞かんでもわかりきってるやろ。あの姉ちゃんにやろ?」
「・・・・・オメーら・・・。」
図星をずばずばと言い当てられ、シンイチはふるふると怒りに満ちた声を出す。
だが、いつもなら震え上がるシンイチの声も今の真っ赤な顔とセットでは半減する。
「いや・・ランに・・・似合うかなって・・・。」
「ふうん?モノで釣れると思うのは良くないと思うけど女の子の喜ぶアイテムではあるよね?」
「ほお?そうゆうもんなんか?」
しどろもどろにつぶやかれる言葉にカイトはうんうんとうなずく。
ヘイジは生徒のように聞いている。
「そりゃそうだよ。女の子は綺麗なもの好きなんだしね。」
「・・・・。」
カイトの言葉さえ、素通りしているようにシンイチはずっとそのチョーカーを眺めていた。
「どうすんだよ、これ・・・・・。」
シンイチは綺麗に包まれた細長い箱を眺めていた。
結局、あの時にカイトとヘイジにあおられて購入してしまったのだ。
それから数日、シンイチはランに渡そうと思いながらもどうやって渡せばいいのか悩み抜いていた。
それに自分の柄じゃない・・・とのテレもあった。
「シンイチってば何ぼーっとしてるのよ?」
「うわっ!」
ひょいっと覗き込まれたランに思わず大声を上げてしまう。
「なあに?」
「いや・・・なんでも。」
ランの不思議そうな顔を直視できずにあさっての方向を向く。
「ふうん?あ、ご飯出来たよ?」
「あ・・ああ・・・。」
ランはそれだけを伝えて部屋を後にした。
シンイチとランはテーブルを挟んでランチを楽しむ。
どこでどうやって覚えるんだろう?と不思議に思うくらいランの料理は上手い。
一度、「何故?」と聞いたときは「天使ですから!」の一言でかわされてしまった。
「あ、シンイチ!」
「え、何?」
「今のうちに言っとこうと思って。」
「え?」
いきなり改まったランの言葉にシンイチは不思議そうな顔をした。
「あのね、短い間でしたが、お世話になりました!」
「え・・・・。」
「明日、満月だからね。」
「明日・・・・。」
ランのさらりと言われた言葉にシンイチは衝撃を受ける。
あまりにも衝撃過ぎてすぐには対応出来なかった。
「シンイチ?どうかした?」
「あ・・・・・。わり、おれ・・・・。」
「あ・・・・!」
シンイチはふらりと立ち上がり、そのまま部屋へと姿を消した。
取り残されたのはラン一人。
悲しそうな、泣きそうな顔をしてることにシンイチは気づかなかった。
もう・・・終わり?帰るのか?俺の記憶を消して・・・?
あっさりと?俺はランを忘れてしまうのか・・・??
嫌だ・・・・!!
何も出来ないまま・・・・・!?
いくら考えても、どう考えてみてもシンイチは自分が納得できる答えが出ないまま、夜を迎えた。
「あの・・・さ、ラン。」
「え?」
リビングでくつろいでいたランにシンイチはそっと声をかけた。
ランは不思議そうにシンイチを見返していた。
「明日、デートしようぜ?」
「デート・・・・って何?」
「あ、えっと。一緒にどこかに行かないかって事。」
「・・・・うん、行く。」
「決まりな!」
シンイチはそれだけ言い切って、部屋のドアを乱暴に閉めた。
そのシンイチの真意はランには伝わらなかったけれども。
ランは何も言わないつもりだった。
言ったらどうなるか知っていたからこそかもしれない。