金曜日の放課後。帝丹高校2−Bの教室。
その日は、特別な日と言うわけでもなかった。
ただ、新一の事件への応援要請がなかっただけ。
そして、今日から三日間、小五郎が仕事のため、毛利家を空けるということ。
そのため、蘭が工藤邸に泊まる事が決定していただけ。
蘭が新一の家に泊まることは、実はそんなに珍しい事ではなくなっていた。
黒の組織の事件を解決させ、やっと「江戸川コナン」から、元の「工藤新一」へと戻り、
勢いをもって、蘭にやっと、本当に、やっと告白できたのだ。
恋人として付き合うようになり、恋人として普通にすべき事をこなしていく事に関して、
告白までのていたらくさはなかった。
「蘭〜!帰ろうぜ!」
「あ!待ってよ。新一!」
授業が終わると、速攻で帰ろうとする新一をたしなめるように、蘭はかばんを持ち上げる。
新一としては、せっかく事件もなく、蘭と二人きりで過ごせる貴重な時間。
一刻も早くと、焦る気持ちも分からなくはない。
「じゃね!園子!」
「おーおー!夫婦そろってお帰りとは仲のよろしい事!」
園子が蘭に冷やかしを入れる。
「もー!園子ってば、そんなんじゃないもん!」
蘭が、園子に反論を入れるが
「はいはい。」
あきらめ切った答えが返ってきただけだった。そして、新一に忍び寄り、
「新一くん、明日休みだからって、無茶しないようにね〜。」
からかいの言葉を残し帰っていった。
残された2人は園子の言葉に呆然としつつ、
「あ!か、帰ろうよ、新一!」
「そっ・・、そだな。」
どこか焦ったように学校を後にした。
「ねえ新一、1.5リットルのペットボトルもう一本買っといたほうがいいかなあ?」
「あー、いらねえだろ。」
「そっか。じゃあ、これくらいでいいのかなあ?」
近くのスーパーで買い物を済ませ工藤邸への帰路を急ぐ。
「和葉ちゃんと服部君、何時頃着くって言ってたっけ?」
「あー、さあ。多分6時か7時頃じゃねえの?」
「そっか。じゃあ新一の家ついたらお掃除する時間くらいはあるかな。」
実は今日、明日からの連休を利用して大阪から服部平次と遠山和葉が出てくるのだ。
そうしたら二人きりの時間がますます限られてくるため、新一は一刻も早く家へ帰りたかったのだ。
新一と蘭が工藤邸へ帰り着き、蘭が当然のようにキッチンへ行き、買ってきたいろいろを冷蔵庫に直していく。
「蘭〜!これはこっちでいいのか?」
「え?ああ、未開封だし常温で大丈夫なやつだから。コーヒーメーカーの傍にでも置いておいて。」
「んー。」
新一もとりあえずは蘭に従う。
「ん!なんか喉がいがらっぽい。水・・・。」
「ん?これは・・飴か。これでいーや。」
喉に少しの違和感を感じた新一が、ダイニングテーブルの近くに置かれた飴を手に取り、袋を開けて口の中に放り込む。
「しっかし・・・こんなとこに飴なんておいたっけ?ま、蘭のもんだろーけど。」
そこに何故飴があったのか。あまり深く考えもせず口にした新一だったが、
まさかそれがとんでもない落とし穴だったとは今は気づきもしなかった。
「新一〜。ねえ、これ捨てちゃっても良かったの〜?」
「あ?どれだよ。」
蘭がキッチンから顔を出す。
「えとねー。こ・・・」
ゴホゴホッ!
話途中で蘭がせきをした。それを新一が聞きとがめる。
「あん?お前風邪か?」
「違うわよ。ただちょっと喉に詰まっただけ。もう大丈夫よ!」
「とはいってもなあ・・・。」
蘭を心配し、考えていた新一は、あるとんでもない方法を思いつき、それを実行に移した。
「・・・。だったら・・。”これ”でもなめてろよ!」
「え?しんい・・・?」
突然の新一の行動。いきなり蘭の口を塞いだ。・・・勿論、彼の口で。
「んっ・・・!」
突然の新一の行動に驚いたが蘭にはどうする事も出来ずにそのままキスを受ける羽目になった。
軽いもので終わると思っていた蘭とは裏腹に新一のキスはそのままだんだん深くなっていく。
「んっ・・・!な、なに!?」
いきなり舌と共に蘭の口の中に入ってきた物質。
「あ・・・飴・・・?」
未だ目を白黒させる蘭に対して、新一がしてやったりの顔をして言い放つ。
「それでもなめてりゃ、少しは喉うるおうだろ?」
「だ、だったら新しいのくれればいいじゃない!」
「しゃーねーだろ。それ一個しかなかったんだからよ。」
「だからって・・・いきなり口移し・・なんて・・・」
「少しは喉、潤ってきただろ?」
蘭の反論なんて我関せずで、新一は問いかける。
「・・・ありがと・・・。」
蘭も、顔を真っ赤にしながらも素直にお礼は言っておく。
その蘭の言葉に満足したように、新一は動き出そうとした。
「さて!さっさと片付けちまおうぜ!」
「そ、そだね!」
蘭もその言葉に同意し、動き出そうとした。
・・・が、体が震えて動けなかった。
(え・・!?な・・・に・・これ・・・?)「し、新一・・・」
戸惑いながら新一を見ると彼も同じように震えているように見えた。
「ら、蘭・・・?だ、大丈夫・・か?」
「新一・・どっか・・痛い・・の?」
「ああ、俺は大丈夫・・・。それより、蘭・・・おま・・え・・」
「しん・・・い・・ち・・」
新一が蘭を支えるように倒れこみ、意識を失った。
「ん・・・」
「あ・・・」
どのくらいの時間が過ぎたのだろう、気がついたときには震えは消えていた。
「蘭!大丈夫か!?」
「新一!!大丈夫!?」
二人の声が同時に広い家に響き渡る。
一瞬の空白。
・・・そして、違和感に気づいた。
「え・・・?なん・・で私が・・・目の前にいる・・・の・・・?」
「俺・・・が、い・・る・・!?」
「えええええ!!!」
「うそおおおお!!」
間違うことなどありえない。新一と蘭の体が入れ替わってしまっていた。
「や・・・だ、冗談でしょ?ゆ、夢よね?」
自分の声が女言葉で聞こえてくる経験なんて初めてした。
コナンだった頃、園子の声を使ったりして、女言葉をわざと使った事もある。
けれど、意識なく使われる声がこれほど気持ち悪いものだとは思わなかった。
「夢、じゃねーみてーだぜ。ったくかんべんしてくれよ!子供の次は女なんてよ!」
蘭の格好の新一がスカートである事も忘れ、胡坐をかく。
「やだ!新一!私の格好でそんな事しないでよ!」
「だったら、その女言葉やめてくれ!気持ち悪くてしょーがねー!」
「そんなの仕方ないでしょ〜!あーん、もう!どうなっちゃうのよぉ〜!」
「知るかよ!んなこと!!」
完全にパニックに陥ってしまった新一の格好をした蘭とふてくされた蘭の格好をした新一がそこに居た。
ピーンポーン!
ドアのチャイムが鳴り響いた。
「え・・・だ、誰?服部君と和葉ちゃん・・?」
「いや、あいつらにしては早すぎる。」
「相変わらず無用心ねえ。この家。工藤くーん!蘭ー!居ないのー!?」
「志保!そうよ!志保なら分かるかも知れない!!」
声の主に安心した蘭が、自分の今の格好も忘れ、駆け出していく。
「お!おい!蘭!!」
新一が止めようとしたが、すでに聞こえず。
「あら、いたの。」
隣に住む宮野志保はそう、”新一の”姿を見つけ、声を掛ける。
「志保ぉ〜!どうしよう〜!」
「・・・は?」
志保は当然、戸惑ったような声を上げる。新一が志保を名前で呼ぶことはない。
しかもこんな風に甘えて駆け寄ってくる事もありえない。
「頼むから俺の格好でそんな声出すな。」
「ら、蘭?」
ふてくされたように出てきたいつもと違う蘭。
「え・・・?」
普段は冷静沈着な彼女も戸惑いは隠せない。
「志保!私と新一、体が入れ替わっちゃったの〜!」
「からだ・・・の入れ替わり・・・?ってことは・・・工藤君が蘭で、蘭が工藤君・・って事?」
「あー、まー、そーゆーこった。」
「志保ぉ〜・・・。」
(そっけない蘭はどこかカッコよさも感じられるが、女っぽい新一はもの凄く気持ち悪い!!)
志保は心の中で突っ込むが、このままこうしていても埒があかない。
「とりあえず、話は聞くわ。どうしてこんな事になったのよ?」
玄関先でのやり取りもどうかと思われ、三人は、リビングへと移動する。
志保の一番の質問にもこの結果がまったく分からない二人にとって、説明など出来るはずもなかった。
「だーかーらー!んな事わかってりゃ相談なんかするかよ!」
「・・・じゃあとりあえず、家に帰ってきてからを説明して頂戴。」
志保はため息をつきつつとりあえず話は聞いてみることにした。
「う、うん・・・。」
蘭(この場合、新一の格好をしている蘭)が、とりあえずの説明をする。
だけど・・・。キスして、飴の渡しっこをしたなどとは言えず、黙っておく。
「うーん・・・。おかしなことなんて全くないじゃない。」
さすがの志保も、お手上げ状態。
「そんなあ〜!」
「まあ、とりあえずお水もらうわね。少し冷静になりなさいよ。」
気弱になっている蘭を置いて、とりあえず喉を潤すためにキッチンへ向かう。
シンク横に置かれている洗い立てのコップを手に取り、志保が冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し注ぐ。
注がれた水を喉に通しながら考えてみる。
(うーん・・・。何の変化もない状態なのにどうしてそんな事になるのかしら??
APTX4869の影響??でもそんなの蘭には関係ないしなあ。)
と、水を飲み終えた志保の目が止まった。
「あ・・・ら?無い・・・じゃない。」
何かを探すように目を動かしダイニングテーブルを見て、何かに思い当たった。
!!!
「工藤君!あなたダイニングテーブルに置いてあった飴どうしたの!?」
慌てたようにリビングに掛け込んだ志保は、新一にまくし立てる。
「あ・・め?ああ、あの飴おめーのか?・・・!!ま、まさ・・かおめー、あの飴・・・。」
「え?飴って・・?(新一が口移しでくれた飴の・・事?)」
何かに気づいたように志保を見る新一と、未だ分かってないような蘭。
「食べたの・・ね。蘭と入れ替わり・・ってことは・・・。もう聞かないわ。馬鹿らしくなるだけだし。」
志保は、全てを悟った。だから、脱力して諦めたように言葉に出す。
「・・・て、事は、やっぱりこれおめーのせいか!!」
「まさか貴方が蘭と二人で食べるとは思わなかったわよ!!」
そう、志保は新一を実験台にするべく、ダイニングテーブルに薬剤の混ざった飴をわざと置いたのだ。
もともとは一人用の実験。だから飴にしておいたのだ。
なのにまさかその飴を、新一と蘭が二人で分け合って食べるなどとはさすがに想像できなかったのだ。
結果、新一と蘭の体が入れ替わる。という志保の想像を超えた実験結果が出たのだった。