平次と和葉は一種異様な光景を目の当たりにしていた。
中身が逆転しているのだから当事者たちにとってはごく当たり前の行動なのだろうと分かってはいる。
しかし、英語の原書を楽しそうに読みふける蘭と、キッチンで所狭しとかいがいしく動き回る新一。
確かに二人をよく知る人物が見たら
「気でもふれたのか!?」
とまあ、言いたくなるほどの威力はある。
もちろん、新一だって料理はするし(しかもかなり上手い)、
蘭だって小説くらい読む(英語の成績もよい彼女にとって英語の原書を読むのに苦労はしない)。
それでも新一の家に蘭がきた時はほとんど蘭が家事を担当している。
新一の家に来ているにも関わらず彼女が家事を担当しないのは主に二つの事柄が考えられる。
一つ目は蘭の体調不良の時。蘭自身が気づくほどのものになると新一の家に寄り付くこともないのだが
蘭が「大丈夫!」と思っているときでさえ、新一は目ざとく気づいてしまい、そういう時は新一が作るのだ。
もうひとつは新一が蘭の機嫌を損ねた時だ。
これは新一が小説を読みふけり蘭の言葉を素通りさせて行くことがある。そんな時、たまに我慢の限界を超えた蘭が
時間の有無にかかわらず工藤家を後にしようとするのだ。
蘭さえそばにいればいい新一にとって”蘭に帰られては一大事!!”とばかりに蘭の機嫌をとるために料理をするのだ。
この二つの事柄はたいてい・・・というかほぼ二人きりでないとありえないため、他人様は「工藤家において料理をするのは蘭」
という見解を持っているのである。
「へ・・・平次・・・。アタシ気持ち悪い・・・・。」
「言うな!!俺かてさっきからさぶいぼたちまくっとんのや!」
「うわあ、ホンマや。」
平次と和葉は異様な光景を目の当たりにしてひそひそこそこそと実に正直な感想を述べ合っていた。
「絶対変やろ!お前ら!!」
「反対やろ、普通!!」
料理をする新一とホームズの原書を読みふける蘭の姿・・という異常事態に二人を問い詰め、白状させてから1時間もたっていない。
隣に住む科学者・宮野志保の作り出した薬の間違った飲用方法から新一と蘭、二人の体が入れ替わってしまったことを・・・・。
「い、入れ替わり・・・って工藤君と蘭ちゃんが!?」
「う、うん・・・そう・・・なの。」
「なんとまあ・・・。子供になってみたり体入れ替わったり・・って忙しいやっちゃなあ、工藤。」
「ほっとけ!」
初めこそ驚いていた平次と和葉だったが、さすがに順応力は抜群らしく、すっかり普通に応対していた。
それでも見慣れない光景がこうも続くと二人もさすがにむずむずしてしまっていた。
・・・・男女平等・・・の逆バージョンなのか、蘭がソファでどっしりと構えていても別に違和感は覚えないのに
新一がかいがいしく動き回る姿はとても違和感を覚えてしまう。
「そら、男のヒトが料理するくらい、今の世の中当たり前やと思うし・・・中身は蘭ちゃんやから普通やねんけど・・。
台所で楽しそうにする工藤君の姿って・・・なんかヘン・・やな。」
和葉は、そんな二人を・・・というかより異様な新一にちらりと視線を投げかけて、ため息をついた。
「んなもん!!ヘンどころか!ごっつおかしいで!しかもあの鼻歌交じりの工藤って・・・!!」
「しかも中身蘭ちゃんやから鼻歌も結構上手いし・・・。」
「そしたら、今ねーちゃんの方が歌下手なんかいな?」
「おもろいな、平次!それっ!」
「今やったら歌の上手い工藤が見れるかもってか?」
「おもろそーやな、カラオケいこか、今のうちに!」
・・・さっきまでの話はどこへやら、二人は別方向へ意識を飛ばし、こそこそ笑いあっていた。
「和葉ちゃん、服部君!」
「うわあ・・・!!は、はい!!」
「はいい!!」
悪気はなかったものの、さすがに馬鹿にしたような会話をしていたのを気にしていたのか急に話しかけられて二人はかなり慌ててしまい
飛び上がらんばかりに驚いてしまった。
二人の声に驚いた新一・・・の姿の蘭だったがすぐに気を取り直した。
「ど、どうしたの?二人ともそんなに驚いて・・・・。ご飯できたよ。ごめんね、待たせちゃって・・・。」
「う、うううん!なんでもないの!!うん、気にせんとって!!」
「ああ、そうそう!!飯できたんやな!頂くわ!」
かなり慌てて取り繕った平次と和葉はそそくさと美味しそうな料理が並ぶダイニングテーブルの方へ向かった。
「ほら、新一も!できたよ、ご飯!!」
「んー・・・・。も、もうちょっと・・・・・。」
「だめよ!もう!!」
ソファで小説を読みふけっていた新一の持っていた本を取り上げて蘭は新一を促した。
「ほら!和葉ちゃんと服部君、待たせちゃってるでしょ!」
「わーったよ・・・。」
ようやくソファから動き出した新一と新一の読んでいた本を取り上げ机に本を置き、料理の仕上げへと向かう蘭。
そんな二人の光景を目に平次と和葉はまた、むずむずするような感覚にとらわれてしまっていた。
「・・・推理小説に全く興味示さん工藤・・・・。」
「・・・しかもなんかちょっと女言葉・・・やし?」
「んだよ?服部・・・・。ヒトのこと、ジーッと見て・・・・。」
「い!いやっ!別に何でもあらへん!ははは・・・!!」
じーっと見ていた二人に気づいた新一がどこか不機嫌そうに声をかけたので乾いた笑いを漏らしながら平次はその場を取り繕う。
「蘭ちゃんが・・・怖い・・・。」
「ねーちゃんじゃ・・・あらへんよなあ・・・。」
「そりゃ・・・中身、工藤君やもん・・・・。」
美味しそうに並ぶ料理の数々・・。しかし、平次と和葉はそれより違和感のある二人組に気をとられて食欲をなくしつつあった・・・。
いつもより食が進まない平次と和葉を蘭が心配しつつもそれでもいつもより遅い夕食は終わりを告げたのであった。
プルルルルル!プルルルルルルル!
なんとも重苦しい夕食を終え、リビングでようやくくつろいでいた4人の元へ、電話が鳴り響いた。
「はい、もしもし。工藤です。」
電話を取ったのは、いつものとおり蘭だった。
「あ、はい、え!?あ、はあ・・・そう・・・ですか、はい・・・。」
「「「???」」」
どこか歯切れ悪そうに対応する蘭を不思議に思った3人は顔を見合わせ、「分からない」と肩をすくめた。
「では、はい・・・。」
ようやく電話を終わらせた蘭がため息をつきながらこちらに振り返る。
「蘭?どうしたんだよ?」
「うん・・・。クリーニングに出してた布団がね、手違いで出来上がらなかったんですって。」
「布団が・・・?」
「うん。客間のやつ。」
そういいながら蘭はリビングに散らばっていたカップを片していく。
「て・・・ことは、今日使えるのって、俺のベッドと父さんと母さんのベッドのみ・・・ってことか?」
「うん・・・。」
「・・・どう分かれる?」
くるりと新一が平次と和葉の方へ向き、問いかける。
「んなもん・・・男同士、女同士・・・でいいんちゃうか?」
「そやね、それが一番手っ取り早いしな・・・。男の方が体でっかいし主寝室でいいやろ?」
「まあ・・・。あ・・・・。」
和葉の意見に同意しかけた平次がとあることに気づき、言葉を切り、新一は「やっと気づいたか・・・。」との意味をもってため息をついた。
「?なんやの?」
「どうしたの?」
いまだ分かってない蘭と和葉は初めに考え付いたとおりに女の子同士・・・でつるもうとしてその違和感に気づいた。
中身が女の子同士だと外見「新一と和葉」「平次と蘭」になってしまうのだ。
「い、いや・・・これはちょっと・・・・。」
「まずいやろ・・・・。」
平次、和葉の双方から反対意見が生まれる。まあ、確かに反対する意味も分かる。
入れ替わりは理解するものの、外見がこうではちょっと考えてしまう。
しかし、外見で・・・となっても違和感は抜けない・・・。
「どうするん・・・や?」
「リビング・・ってもまだちょい早いやろうし・・・なあ。」
「布団ないとまだきついやろ・・・?朝晩は・・・。」
うーん・・・と考え込んでしまっていた4人だったが痺れを切らした新一がその話し合い??を強引に切ってしまった。
「あーもう、じゃまくせえ!!蘭!!」
「え・・・?」
ぐいっと蘭の腕を引いた新一が自室へのドアを開け平次と和葉に振り返る。
「俺と蘭で、おめーら二人でいいだろう!」
「え!?ちょ、ちょっと新一!!」
「工藤君!?蘭ちゃん!?」
「おめーらそっちの主寝室使え!んじゃな!!」
「あ!ちょお待て!工藤!!」
慌てた平次と和葉を取り残したまま呆然としたままの蘭の腕を引っ張り、新一は自室へのドアを乱暴に閉め、
廊下には取り残されてしまった平次と和葉はその場に呆然と立ち尽くしてしまっていた。