「お〜い!新一!!面白いゲーム見つけたんだけどやらねーか?」
本日の全ての授業が終了した帝丹高校、2−Bの教室内。
快斗は、幼馴染である新一に誘いをかけていた。
「あ?ああ、悪ぃ。今日は無理だ。」
新一は謝罪の言葉を述べながらいそいそと教室内から出て行こうとしていた。
「何でだよ?事件か?」
「いや、そうじゃなくて・・・。」
あからさまに機嫌を損ねた快斗の声とは裏腹に新一の声はどこかはっきりとしない。
そこで快斗はピンと来た。
「あ〜・・・。蘭ちゃんね。」
「あ・・・ああ・・・まあ・・な。俺も事件ねーし蘭のほうも部活休みだって言うしな。」
「蘭ちゃんじゃ、しょうがねーな。」
「悪いな、快斗。」
本当に悪いと思っているのかいささか疑問が残るような態度のまま新一はそそくさと教室から出て行ってしまった。
出て行った新一を見送りながら快斗はため息をひとつ零した。
・・・ま、しゃーねーっちゃーしゃーねーんだけど・・な。
もともと新一の頭は「事件」しか無かった訳だし。
それに意外といえば意外だけど、「女」が出来たんだしそっちにどっぷり・・・ってのも・・・まあ、わかるし。
・・・でも、なあ?
何か・・・すっきりしねえ・・・。
快斗はここのところずっともやもやが取れなかった。
しかもこれは厄介なことに、何が原因で「もやもや」しているのか全く検討もつかないことだった。
あーくっそ!!もともとごちゃごちゃ考えてるの性にあわねーんだよ!
この俺の「もやもや」が何なのか・・・見つけてやろーじゃねーか!!
快斗は決意も新たに机の上においてあった学生鞄をひっつかみどこかへと走っていった。
「ね、蘭!!渋谷に美味しいケーキの店見つけたの!今日、行かない!?」
本日全ての授業が終了した、江古田女学院、2−Aの教室内。
青子は、幼馴染の蘭にニコニコと話しかけた。
「あ、青子、ごめん。今日は無理。」
蘭は、申し訳なさそうに、両手を合わせ、頭を少し下げた。
「え〜!?蘭、無理なの〜!?」
心底残念そうな声を出す青子に蘭は困ったような表情を見せた。
「どうして〜・・・??」
「そーんなの、決まってるじゃない〜・・・青子!」
蘭を羽交い絞めするように後ろから抱きついた園子が呆れたような声で青子に話しかけた。
「園子!?」
「園子、決まってるって・・・・?」
「彼氏よ!か・れ・し!!」
「彼氏・・・・??」
具体的に言われても青子は理解不能のようで、園子に鸚鵡返しをしてしまった。
園子は自分の頭をぱちんと軽く叩きながらあきれ果てたように大げさに演技をしてみせる。
「あああ〜・・・。青子わかんないの〜・・・?」
「だから・・・何よ?」
「だからね、蘭に、彼氏が迎えに来るのよ!!」
「あっ・・・!!」
そこまで言われてようやく青子は気がついた。
蘭が、犯人扱いされてた事件で知り合った、「高校生探偵の工藤新一」と付き合い始めた・・・と聞いたのは
確か数週間前だった。
ちらり・・・と蘭の方を見た青子に気づいた蘭が苦笑いを零していた。
「ごめん・・・ね。」
「も、もう!そうならはっきり言ってくれたらいいのに!!」
「だ、だってえ・・・。」
もごもごと真っ赤な顔をしてうつむく蘭を見て
あいかわらず、恥ずかしがりやなんだから・・・・。
なんて、ほほえましく見ながら青子はどこかもやもやしていた。
「あ、ごめん、そろそろ行くね、私。」
「はーい、はい!!ラブラブカップルの邪魔なんてしないわよ!!」
「もう、園子ったら!!」
「ほーら、行った、行った!!」
「青子まで!!もう!!・・・ばいばい!!」
蘭を茶化していた園子に便乗するように一緒になって茶化していた青子だったけれども
蘭が教室を出て行くととたんに表情を曇らせた。
「?青子?どうかしたの?」
「ん?なんでもないよ。青子も、もう帰るね!」
「あ・・・うん。ばいばい。」
「ばいばい!!」
足早に教室を出た青子だったが先ほどケーキ屋に蘭を誘うほど余裕のある放課後。
何があるわけではない暇を持て余しそうなほどの時間。
どうしようかな・・・?
一人で・・・ケーキ屋さんって・・気分じゃ・・・ないなあ・・・。
でも早く帰ったって・・・お父さん、今日も遅いって言ってたし・・・。
はあ・・・っ・・・とため息をつきながら一人とぼとぼ歩いていた。
公園を通りすぎようとしたとき、ふと、言い争いの声が聞こえてきた。
「なんで、てめーまで来るんだ!!さっさと帰れ!!」
「いーじゃんかよー!!たまにはー!!」
「こっちだって二人きりがたまなんだよ!!」
言い争いって言うより一人の人が激昂してもう一人の人がのらりくらりと交わしてるというほうが
この場合、正しいのかもしれない。
青子は気にすることも無く、そこを通り過ぎようとしたのだが、その瞬間、聞こえてきた声に振り返った。
「し、新一、落ち着いて、ね?」
「けどよー!蘭!!こいつはなー!!」
「蘭ちゃん、やっさしー!!」
「蘭ちゃんなんて呼ぶんじゃねー!!」
「し、新一・・・。」
「・・・蘭。」
「蘭なんて呼ぶんじゃねー!!・・・って・・・え?」
「え・・??」
「え?」
明らかに言い争いとこの場合言うのか、とにかくその場にいた3人以外の声が聞こえてきていっせいに振り返った。
新一と蘭が待ち合わせしていたのは二人の通う高校のほぼ中間にある憩いの公園の噴水前だった。
先に到着したのは少し息を切らした新一だった。
「っと・・・よし、5分前!!間に合った!!」
この一週間、電話でしかコミュニケーションが取れ無かったせいか久しぶりに会える嬉しさから駆けてきたのだ。
新一の「探偵業務」や、蘭の「試合前の強化練習」などでなかなか会えなかったから。
数日、新一を悩ませていた「事件」が解決し、蘭の方も練習の中休み・・と重なったため、
久しぶりに二人きりで映画でも・・・ということになったのである。
あ〜・・!!この一週間!つらかったぜ!!やっと、やっっっと、蘭に会える!!
「新一〜!!」
「蘭!」
蘭が飛び切りの笑顔とともに、新一へと駆けてくる。
「ごめんね、遅れちゃった。」
「いや、時間ぴったりだぜ?」
「でも新一待たせちゃったから・・・。」
「んー・・・俺が蘭に早く会いたくて早く着いちまっただけだよ。」
「も、もう!新一ってば・・・!!」
新一の気障な物言いに蘭が真っ赤になって新一を上目使いで睨んでみるも新一にはあまり効果は無いように笑顔を見せていた。
いや、実際には蘭に上目使いで見上げられた新一は心臓が壊れるんじゃないか?と思うほど、どきどきはしていたのだけれど。
それに気づくほど、蘭は敏感では残念ながら無かった。
「あ・・・じゃ、行こうか。」
「うん。新一、今日の映画、何みたい?」
「ん?んー・・・蘭は?」
「うーん・・・と・・・。」
「あ、俺、カーチェースアクション見てーなー・・・。」
「きゃっ!!」
「うわっ!」
新一と蘭は二人しかいないはずの会話に3番目の意見が出され、思わず、飛びのいた。
そこにはにへら・・と笑った快斗が二人の目の前に立っていた。
「あ、傷つくなあ・・・。二人して、避けるなんて・・・・。」
「快斗!!!」
「く、黒羽君・・・!!」
「て、てめーなんでんなとこにいんだよ!!」
「やあ、蘭ちゃん、久しぶり〜♪」
「聞け!!人の話を!!」
「やだね、新ちゃんは怒りっぽくて〜・・・。」
「だ・か・ら!!」
「たまたまだって!!俺もこっちに用事があっただけ。」
最高潮に怒り狂っている新一相手にへらへらと両手を前に上げながら快斗はけろりと言ってみせる。
「ほー・・・たまたま・・・ね。」
「そうそう!!」
「じゃ、行こうぜ、蘭。」
おどけた様に振舞う快斗に対して、目をスッと細めた新一は蘭の肩を抱いて、そのまま歩き出した。
「ちょ・・・!!ちょーっと待てよ、新一!!」
「なんだよ?」
置いてけぼりにされそうになった快斗は慌てて新一の腕を引っ掴んだ。
「なんだよ?じゃ、ねーよ!!いきなり消えようとするなよなー・・・。」
「蘭との貴重な時間をてめーなんぞに邪魔されてたまるか!」
「俺も久しぶりに映画見たいなー・・・。」
「あんだと!?」
「映画、見たいなー・・・。」
「あ、じゃあ、黒羽君も一緒に行く?」
蘭の鶴の一声。
これに快斗は嬉しそうに、大きくうなずき、新一は当然、反対した。
「蘭!何言ってんだよ!」
「でも映画見たいって・・・黒羽君。」
「こいつは、俺たちの邪魔をしたいだけ!映画をホントに見たいなんて、これっぽっちも思ってねーよ!」
「あ、傷つくなあ・・新ちゃんってば!俺は、ホントに映画見たいって思ってるのに〜!」
「だめだ!だいたい、なんでてめーまで来るんだ!!帰れ!!」
「いーじゃんかよー!!たまにはー!!」
「こっちだって二人きりがたまなんだよ!!」
言争いの止まらない新一と快斗。
蘭は、間に挟まって、オロオロするばかりだ。
この2人はどこまで本気なのか、冗談なのか未だに分からないから。
ホントに、「高校生探偵」なんて呼ばれてる人物と、「帝丹一のプレイボーイ」なんて人なのか
真実はいつもひとつかもしれないけれども、100%じゃあないんだなあ・・・と感じてしまう。
とりあえず、今は、大きくなりすぎている二人の声。
特に、興奮しきってる新一を止めるほうが、先決だ。
「し、新一、落ち着いて、ね?」
「けどよー!蘭!!こいつはなー!!」
「蘭ちゃん、やっさしー!!」
「蘭ちゃんなんて呼ぶんじゃねー!!」
「し、新一・・・。」
「・・・蘭。」
「蘭なんて呼ぶんじゃねー!!・・・って・・・え?」
「え・・??」
「え?」
うるさいくらいの言争い。
それでも異質には敏感に反応した。
流石、「名探偵」と「名マジシャン」と言ったところだろうか?
「ご、ごめんね、新一君。でも青子、ずっと蘭のこと、そう呼んでるから・・・・。」
『蘭なんて呼ぶんじゃねー!!』と叫んだ新一に対して青子は素直に胸のうちを明かす。
新一も快斗に対して怒っただけで、蘭の幼馴染に対して嫌悪を示したわけではないのだ。
「青子。」
「いや!青子ちゃんに対してそう言ったわけじゃなくて・・・ただ、俺はこいつに・・・。」
しどろもどろに新一は弁解する。
そんな新一の後ろから覗き見をするような形で快斗が立ちすくんだ。
あれ?この子確か・・・中森警部の娘じゃねーか!!
「あれ?・・えーっと確か黒羽君・・・だったよね?」
くるん!!と少し癖のある髪をなびかせて青子は快斗のほうに振り向いた。
どっきん!!!
「あ、ああ・・・。ひ、久しぶり〜・・・青子ちゃん。」
ん?何だ?今の「どっきん」って・・・・・??
快斗は今までの人生で感じたことの無い感覚にとらわれてそれに戸惑っていた。
今のそれはほんのプロローグにしか過ぎなかったのだけれども。
「せっかくだから、お茶でもしようよ!!」
「え!?蘭!?」
いきなりの蘭の提案に一番うろたえたのは当然、新一だった。
それはそうだろう、何せ今日は、「一週間ぶりのデート」だったのだから。
「映画、最終の回にはまだどれも余裕あるでしょ?」
「まあ・・・な。」
「あわてて駆け込むより、そっちのほうが、ゆっくり選べるし。ね?だから4人でお茶しよう?」
「そ・・・だな。」
蘭の意見ももっともだったし、映画の前に2人を帰せば、2人きりにはなれる。
そう判断した新一だった。
そして、快斗も青子もそれに反対することなく、4人は喫茶店へと向かった。