彼女の事情と彼氏の想い (1)



 ・・・ちょっとした、アクシデントだった。

 朝の登校時間、横断歩道を渡ろうとしている小柄なお婆さんを見かけて、その足取りの危なっかしさに、つい目が離せなくなってしまった。
 おぼつかない足取りで杖をついて歩いているそのお婆さんの姿を、何の気なしに目で追って・・・自分もその横断歩道を渡ろうとしているところだったので、必然的にお婆さんの後をついていく格好になっていた。
 追い越して自分だけさっさと渡ってしまえばよかったのだけれど、何となく気になって。

 ここの信号は、道路の幅の割には青になっている時間が短いな、とは、前から思っていたのだ。
 高校生である自分が早足で歩いても、青の間に渡り切るのが精一杯。
 このお婆さんの歩く早さで安全に渡りきるのは、難しいんじゃないのかな・・・なんて思いながら、その後姿を見守りつつ、同じ速度で歩いていた。

 案の定、横断歩道の真ん中にある中央分離帯にたどり着いたところで、信号が点滅をし始めた。
 やっぱり1回の青では渡りきることができなかったな、と思い、次の青になるまでお婆さんに付き合ってその場で待つことにする。
 ところがお婆さんは信号が点滅し始めたことに気づいていないのか・・・中央分離帯で立ち止まらずに、そのまま先へ進もうとし始めたのだ。

 この速度で、赤になる前に向こう側にたどり着くなんて、絶対に無理だ。
 きっとお婆さんは歩くのに一生懸命で、信号を見ていないに違いない。

「危ないから、待ったほうがいいですよ!」

 お婆さんを引きとめようと、大きな声で呼びかけた。
 その声に、すでに中央分離帯から車道のほうに2、3歩足を進めていたお婆さんは、立ち止まってこちらを振り返る。
 だから・・立ち止まらないで、戻ってきてくれればいいのに!
 お婆さんに駆け寄って、その腕を取った。

「もう赤になりますから・・・次の青までここで待ったほうがいいですよ」
「え? あら、本当だわ・・・」

 すでに信号は赤に変わっていた。
 お婆さんはようやくそのことに気づいたようで、ゆっくりと体を反転させ、中央分離帯に戻ろうとする。

 だがそのとき、すでに対向車線の車は、動き出していた。
 朝の通勤ラッシュ時。なかなか車の進まないイライラから、信号が青に変わるや否や急発進させる車は多い。その1台が急加速して、こちらに向かってくるのが見えた。

 自分ひとりなら、さっと飛びのくことができる。
 けれどお婆さんは、そうそう身軽に動けないわけで・・・。

「危ないっ!」

 咄嗟に、お婆さんに手を伸ばし、抱きかかえるようにして中央分離帯のほうに引き寄せる。その背後すれすれを、猛スピードの車が通り過ぎていった。
 何とか間一髪、車には跳ねられずにすんだのだが・・・咄嗟のことにうまくバランスがとれず、そのままお婆さんの下敷きになるような格好でアスファルトの上に倒れこむ。
 お婆さんの全体重と、引き寄せた勢いとをすべて引き受ける形で、しこたまお尻を地面に打ち付けてしまった。

(・・・痛っ!)

 一瞬顔を歪めてしまったが、お婆さんに余計な気を使わせるのは嫌だったので、何でもない振りをして体を起こした。

「・・・大丈夫ですか?」

 自分もゆっくりと立ち上がりながら、優しく声をかけて手を差し伸べると、お婆さんは混乱したように周囲をきょろきょろと見回した後、自分に対して差し出された手におずおずと触れてきた。
 その手をぐっと引っ張って、立ち上がらせる。
 見たところどうやら五体満足のようで、ほっと胸を撫で下ろした。

「・・・ありがとうね、お嬢ちゃん」
「あ、いえ。お怪我がなくてよかったです」

 お礼を言って頭を下げるお婆さんに、にっこり笑顔で返事する。
 お婆さんの体についた汚れを払ってあげてから、自分の制服もぱたぱたとはたき、取りあえずお互いに見た目は何ともないことを再度確認。

「じゃ、これで失礼しますね」

 なおもお礼を言い続けようとするお婆さんをその場に残し、信号が再び青になったのを確認すると、何事もなかったかのようにその場を立ち去ろうとした。

 そのとき。
 左足に、嫌な痛みが走った。

(・・・やばっ)

 お婆さんを庇って倒れたときに、誤って捻ってしまったらしい。

 自分の後姿を見送っているであろうお婆さんを心配させないように、平静を保って歩き続けながら、困ったなあと、途方に暮れる。

 ・・・明日は、空手のインターハイ予選の、団体戦の日なのだ。


※※
 

 横断歩道での一件のあと、蘭はその足でまっすぐに学校に向かった。

 今日は土曜日なので、授業があるわけではない。
 明日の大会に向けての軽い練習と、ミーティングに参加するためだ。
 他の部員に余計な心配はかけたくなかったので、足の怪我について、蘭は誰にも何も言わなかった。
 ランニングもストレッチも、さりげなくタイムを計ったり監督係に回ったりしてうまく避け、極力足に負担をかけないようにして、練習時間をやり過ごす。

「みんな、明日に備えて今日はゆっくり休んでね!」

 練習後のミーティングも終え、主将として精一杯の元気と笑顔で部員たちを送り出すと、「はーい!」とこちらも元気な答えが返ってきた。

「じゃあね、蘭。明日がんばろうね!」
「主将、明日は頑張って下さいね!」
「蘭先輩、お疲れ様でした!」

 口々にそんな言葉を口にしながら、部員たちが帰ってゆく。
 いつもなら蘭もみんなと一緒に帰途につくところなのだが、「今日はちょっと先生と打ち合わせがあるから、先に帰ってて」と嘘をつき、一人、部室に残った。
 すべての部員を送り出してから、ふう、と大きく息をつく。
 治療もせずにずっと我慢していたから・・・足の痛みは、今朝よりも増したようだった。

「・・・まずいなあ・・・」

 子供のころからずっと空手を習っていたから、怪我をするのはこれが初めてのことじゃない。
 特に、足首や手首を捻ってしまうのは、最近ではさすがに少なくなってはいたのだが、まだ初心者の頃には本当によくやっていたのだ。
 だから痛みの大きさや触った感じなどで、自分の怪我の程度がどのくらいなのか、だいたいのことはわかってしまう。試合に出ても大丈夫なのかどうか・・・医者に見てもらうまでもなく、自分で判断できてしまうのだ。
 今回の捻挫は、ちょっとまずい感じがした。

 怪我をした部員のために、部室にはちゃんと救急箱が常備されている。
 シップや包帯、テーピングテープなどをごそごそと準備しながら、蘭はほとほと途方に暮れていた。

 昨年度の都大会個人戦優勝者である毛利蘭を擁した帝丹高校女子空手部は、本年度のインターハイ予選において優勝候補と目されている。
 個人戦の優勝候補でもある蘭は、当然団体戦の大将でもあるのだ。
 他のメンバーもそれなりの実力者は揃っているのだが、やはり優勝を狙うとなると、蘭を欠いては難しいだろう。
 何事にも自分のことを実際よりも低く評価してしまうという、奥ゆかしさが美徳の蘭ではあるが、さすがに自分が担っている役割の大きさぐらいはわかっていた。
 そう・・・蘭が怪我で欠場となれば、明らかな戦力ダウンとなるだけでなく、他の部員たちの精神的な支えまでも失われてしまうだろう、ということぐらいは。
 それを思うと、とてもではないが、この怪我のことは言い出せなかった。

 子供の頃から生傷の絶えない悪戯小僧といつも一緒にいたおかげで、怪我をしたときの応急処置はお手の物。
 蘭は痛めた足首に手早くテーピングを施した。・・・練習中は道着に裸足のため、怪我を隠すためにテーピングすらできずにいたのだ。

 問題は、明日である。
 試合に出場するとなると、テーピングなしでは難しい。
 だが、テーピングをして出場すれば、怪我をしていることを敵にも味方にも宣伝するようなものである。
 ・・・そもそも、テーピングをしたからといって、まともに試合ができるのかどうか・・・。

 きっちりと足首を固め終わると、取りあえず部室の中をうろうろと歩いてみる。
 その都度、やはり嫌な痛みがぴりりと伝わってきた。
 ・・・ゆっくりと静かに歩いただけでも、こうなのだ。軸足となるこの左足一本で、体重を支えつつ蹴りを繰り出したり飛び上がったり着地したり・・・できるんだろうか・・・。

 試しに、その場で軽く両足でジャンプしてみる。
 ・・・そして着地の瞬間に、やはり左足が悲鳴を上げた。

「・・・痛・・・っ!」

 あまりの痛みに思わず床にうずくまる。
 ・・・こんな状態で・・・試合なんて、絶対に無理だと思った。

「・・・どうしよ・・・」

 うずくまったまま、ますます途方に暮れて呟いたとき・・・ガラリと、部室の扉が勢いよく開かれた。

 まずい、と思った。・・・部員の誰かが、忘れ物でも取りに戻ってきたのかと思ったのだ。
 せっかく練習中は我慢して、隠してたのに・・・。

 だが、恐る恐る振り仰いだ扉のところに立っていたのは、空手部の生徒ではなかった。

 呆れたように自分を見つめる新一の姿を戸口に認め、蘭はその場で固まった。
 

※※
 

「・・・で? そんなカッコで、何をしているわけかな?」

 うずくまったままで思考が停止し、そのまま動けなくなってしまった蘭に対し、戸口に寄りかかって腕組みをした新一の呆れ声が降ってくる。

「な、何って・・・べ、別に・・・」

 誰が見たって「別に何もない」とは思ってくれないだろうなあ、と思いつつも、とりあえず言ってみた。・・・恐らく、そんな言葉くらいで、この名探偵さんが見逃してくれたりはしないだろうけれど。

「・・・ふうん。別に、ね」

 案の定新一は、蘭の背筋に嫌なものが流れるような、ものすごく含みのある言い方をしてくれる。まるで、そんな言葉で誤魔化せるとでも思ってるのか?・・・と言わんばかり。

 ・・・どうしてこんなときに限って、まるで見計らったように登場してくれるのだろうか、この人は。
 蘭は偶然の神様を、少し恨みたい気分になった。

 他の部員たちに知られるのは、明日の大会のことを考えると、どうしても嫌だった。だが、それとは別の意味で・・・新一に怪我のことを知られてしまうのも、ちょっと嫌だなあと思っていたのだ。
 なぜなら、付き合いの長い幼馴染・・・兼、蘭の恋人であるこの人は、蘭の怪我や病気に対し、昔からかなりの過保護ぶりを発揮してくれるのだから。

 だいたい部活動もしていないくせに、どうして授業のない土曜日に学校に出てきてるわけ?
 今日学校に来るだなんて、昨日は一言も言ってなかったくせに・・・。

「・・・何でこんなとこにいるのよ」

 ついつい、恨みがましい視線で見上げてしまうのは、この際仕方ないだろう。
 それに対して新一は、口角をちょっと上げて、ふふん、と笑い、つかつかつ部室の中に入り込んできた。

「サッカー部のインターハイ予選が明日からだからな」
「・・・いつからサッカー部員になったのよ」
「田嶋に、練習見てくれって頼まれたんだよ。コーチが都合悪くて来られなかったらしくてさ。・・・で」

 一旦言葉を切ると、新一は部室の真ん中でうずくまったままの蘭の正面にしゃがみこみ、唇を尖らせている蘭の顔を嫌味たらしく覗き込んでくる。

「明日が団体戦だってーのに、ランニングもストレッチも組手もせずに見学を決め込んでる空手部の女主将さんを、病院に連れて行こうかと思って、ここまで迎えにきたわけなんだけど?」
「・・・見てたのね・・・」

 田嶋は、サッカー部の現部長だ。
 新一とは中学校の頃から同じサッカー部で一緒に活躍してきた仲で、新一が辞めたあとでも、何かといってはサッカー部に巻き込もうとしている。
 やれ、練習試合の助っ人に来てくれだの、部内紅白戦の人数が足りないから入ってくれだの、3年生が試合の練習で忙しいから新入部員の練習をみやってくれだの・・・。
 新一自身、嫌いでサッカー部を辞めたわけではないので、迷惑そうな顔をして見せつつも実は結構嬉しそうに田嶋の頼みを聞いてあげていることを、蘭は知っている。・・・グラウンドで楽しそうにボールを蹴っているところを何度か目撃したが、「田嶋がうっせーから、しゃーなしで参加してやってんだよ」という本人の言い分が本音とは、とても思えない。
 サッカーをしている新一を見るのは蘭も嫌いではないので、ときどき遭遇するそんな場面を、けっこう嬉しく思いつつ見ていたりしたのだが・・・。

(・・・今日ばっかりは、恨むわよ、田嶋くん・・・)

 そんなことを言われても、なぜ自分が恨まれなければいけないのか、きっと田嶋にしては納得いかないであろうが・・・。

「・・・な、何でわたしが、病院なんかに行かなきゃいけないのよ・・・」
「へえ。説明して欲しいんだ?」

 精一杯の抵抗も、新一にはまるで効き目なし。「オレの目を誤魔化そうったって、無駄だぜ?」と言わんばかりに目を細める新一に、蘭は諦めたようにため息をついた。

「・・・いらない」

 いつもなら部員の先頭に立ってランニングしていることも、下級生への模範演技も兼ねて一番手で組手を行っていることも、なぜかちゃっかり新一は知っているようで。・・・大会の前日で軽い練習だけとはいえ、真面目な蘭がまるで参加しようとせずに見学しているのを見れば、何かあったな、と思い当たるのは・・・名探偵としては、朝飯前のことなのだろう。
 さらに言えば、蘭の性格を考えれば、ちょっとした怪我ぐらいなら他の部員たちに余計な心配をかけないためにも、多少は無理をして練習に参加するであろうこと、そして、そうしなかったということは、それができないくらいに怪我の程度が重いことも、新一にはすっかりお見通しのようで。
 だからこそすぐに「病院に連れて行く」という言葉が、新一の口から出てきたのだろう。

「とりあえず、ちょっと見せてみろよ」

 蘭が諦めて素直に怪我のことを認めたのだと判断したのか、新一は心配そうに眉を寄せ、しゃがみこんだままの蘭の身体を支えて立ち上がらせた。
 壁際の椅子を片手で引き寄せると、蘭をそこに座らせる。その正面にしゃがむと、蘭の左足を取ろうとした。

「い、いいわよ」
「よくねーよ。いいから見せろ」

 なんだか恥ずかしくて左足を引っ込めようとしたのだが、新一はそれを許してはくれず、すばやく蘭の左ふくらはぎを捕まえる。
 今さっきテーピングを施したばかりの足首が、新一の目の前に晒された。

「・・・いっ・・・痛っ!」

 固くテープで固めたはずなのに、足首を握られて蘭は思わず悲鳴を上げた。・・・本当は新一に心配させたくなかったので、極力平気な顔をしていようと思っていたのに。
 ・・・新一はそれほど強く握ったわけではないというのに・・・自分で思った以上に、怪我の程度は重いのかもしれない。

 思いのほか大きな蘭の悲鳴に、それまでは心配しつつも蘭をからかうような含みのあった新一の表情が、一瞬にして厳しいものになる。
 眉間に深く溝を刻むと、心底心配そうに・・・それでいて怒ったように、蘭の顔を見上げてきた。

「・・・かなり無理してただろ」
「そ、そんなこと、ないわよ」
「嘘つけ。さっきまでテーピングしてなかっただろ? 歩くだけでもキツかったんじゃねーか?」
「・・・大丈夫だもん・・・」
「・・・ったく、意地っ張りめ・・・」

 そして新一は、蘭がもっとも言われたくなかったことを、あっさりと口にする。

「・・・明日、絶対に試合に出るなよ」
「えっ!」

 有無を言わせぬ命令口調。
 ちょっとむっとさせられたが、蘭を心配しての言葉だというのはわかっている。
 わかってはいるが・・・でも、頷けない。

「・・・でも、わたしが出なきゃ・・・」
「ダメだ」
「・・・みんな、インターハイに出るために、今まで頑張ってきたんだよ?」
「ダメだっつってるだろ」
「・・・わたし、主将なんだよ?大将なんだよ?」
「バーロ!歩けなくなってもいいのかよ」
「そんな、大げさに言わないでよ!・・・大丈夫よ、ちゃんとテーピングして、痛み止めの注射打ってもらえば・・・」
「・・・練習中にテーピングしなかったのは、何のためだ?他の部員に余計な心配かけさせないためなんだろ?・・・明日、テーピングしていっていいのかよ」
「それは・・・」

 痛いところを突かれて、蘭は口ごもった。
 『蘭の怪我』は、単にチームの戦力ダウンにつながるだけではない。仲間の動揺を誘い、敵には付け入る隙を与えてしまうことになる。・・・だからこそ、他の選手たちの精神的安定を考えると、怪我のことは知られたくないのだ。

 それきり黙りこんでしまった蘭に、新一は大きくため息をついてみせた。
 蘭の左足をそっと離すと、ゆっくりと立ち上がる。

「・・・総当り戦か?」

 突然の話題の変換に、何を聞かれているのか一瞬わからなかったのだが、明日の試合形式のことを聞かれているのだとわかって蘭は首を横に振った。

「ううん。勝ち抜き戦」
「・・・じゃ、副将までに勝負が決まれば、蘭は出なくていいんだな?」
「う、うん。そうだけど・・・」

 確かに新一の言うとおり。
 大将である蘭に回ってくる前に、つまり副将までに相手の大将に勝つことができれば、蘭が試合をするまでもなく、帝丹高校は勝利を収めることができるのだ。

「・・・試合は、するな」
「新一・・・」

 新一の言いたいことがわかった。
 怪我を隠して試合場に行くのは、構わない。・・・ただし、蘭が出ざるを得ない場面になってしまったら・・・棄権しろ、ということだ。

「で、でも・・・」
「あんだよ。これでも妥協してやってんだぜ?」

 本当なら、絶対安静でベッドに縛り付けておきたいところなのだ、と言われて、蘭はしぶしぶ頷いた。
 大将としての仕事はしてはいけない。・・・けれど、主将としての役目・・・他の選手たちの心の支えになるという役割は、やってもいいといってくれているのだから。

「・・・わかった」
「ん」

 蘭の頷きに、新一は「よろしい」と、偉そうに笑った。
 そして素早く蘭の座る椅子の右側に回りこむと、蘭が抵抗しようとする暇も与えずに、横からひょいと抱き上げたる。

「ちょ・・・ちょっとっ! 何するのよっ!」
「何って、病院に行くに決まってるだろ?」
「って、嘘っ!」

 あっという間に新一に抱き上げられてしまい、蘭は慌てた。
 新一の「病院に連れて行く」というのが、こういう意味だとは思わなかったのだ。・・・せいぜい、肩を貸してくれるとか、歩くときに身体を支えてくれるとか、その程度のことだと思っていたのに。
 ・・・土曜日なので校医の新出先生は出てきてはいないだろうし、学校の近くの外科といえば、校門を出てから歩いて10分くらいのところにある診療所ぐらい。

 まさかそこまで、この状態で連れていかれるの・・・?

「やっ!・・・歩いてくから、降ろしてよっ!」
「・・・あんまり暴れると、明日、うちに監禁するぞ?」
「え・・・っ」

 それは困る、とばかり、蘭はぴたりと大人しくなった。
 ・・・新一は、やると言ったら本当にやるのだ。
 せっかく試合会場に行くことはお許しが出たというのに、ここで機嫌を損ねて本当に家から出してもらえなくなってはたまらない。

 胸の中で大人しくなった蘭を満足そうに見やると、新一はそのまま蘭を抱えて、部室を出た。
 体育館から出てグラウンドの横を抜け、校門を通り抜けて診療所まで。

 ・・・なぜか嬉しそうに軽やかな足取りで歩く新一と、その胸の中に大人しく抱かれながら真っ赤になっている蘭の姿を・・・土曜日の学校に練習に出てきていた運動部の生徒たちの多くが、目撃していた。