「嫌っ!私絶対に嫌だからね!!」
とある部屋の一室にて蘭の声が家いっぱいに響き渡る。
「もお・・・。いい加減、諦めたらぁ、蘭〜・・・。」
近くのイスに座り、呆れたような口調で園子は蘭をなだめる。
「園子!?園子まで何言い出すのよ!?」
「だーあってさぁ〜・・・。自分の意見曲げないことについては2人ともよく似てるんだけどね〜・・。
今回に限ってはあんたの方が歩が悪いよ〜・・蘭。」
「そんな事言わないでよ、園子ぉ〜・・・。」
蘭は最早泣きそうな声で園子に哀願する。
「諦めついた?蘭。」
冷静に。しかもにっこりとイヤミなくらい普段見せない笑顔全開で志保は蘭に詰め寄った。
「志保っ!!私はっ!絶対にっ!イ・ヤ・で・す!!」
強い口調でキッパリと言い切る蘭。
そんな彼女を見ながら苦笑いを零す園子。
何の興味も示さないような無表情で見据える志保。
ここは東京の中心からちょっと外れた米花市。
そこに存在し、高級住宅街と呼ばれる一帯の一区画。
丸い屋根を持つ一風変わった居住建物。
その家の一室の中に、同じ制服を着ている種類の異なる3人の美少女が居た。
ここまでの言い争いのことの起こりは放課後。
珍しく志保が2人を誘い、志保の自宅で宿題をしようと提案したのだ。
志保が人を誘うことは珍しく、めったに無いことだったので園子も蘭も反対することなく志保の自宅へとやってきたのだ。
家へたどり着き、志保が2人ためにお茶の用意をして、まず宿題よりも先に買ってきたケーキでティーパーティーとなったのだ。
そのときに、志保が2人を家に誘った真の目的が語られた。
「2人に手伝って欲しいことがあるのよ。」
おもむろに切り出された志保のお願い。
志保がお願い事をすることも珍しかったし、園子も蘭も断るようなタイプではなかったので快くオッケーを出した。
「有難う」と親切に感謝して切り出された内容は園子はともかく、蘭にとっては驚愕以外のなにものでもないことだった。
「今日、学校で話題になったでしょ?アメリカの大学院までスキップで卒業したっていう天才がウチの学校に転校してくるって話。」
「もっちろん!あのネタ仕入れたのこの園子様だもの!」
「それがどうかしたの?志保。」
ゆっくり紅茶を飲みながらおもむろに話し始めた内容に、蘭と園子は不思議そうな顔をした。
「あのね、その天才が実は隣の家の住人だったらしいのよ。」
「隣・・・ってあの・・・?」
さらりと言われた事実に蘭はすぐさま、固まった。
「そう、10年前までっていうから私がこの家に来る前に家族でアメリカに移住したらしいから私も会った事は無いんだけどね。」
「会ったこと無いわりによく知ってるわね、志保。」
園子の疑問に志保は苦笑いをしながらカップを置いた。
「阿笠博士よ!博士の古くからの友人らしくてね。それなりに付き合いはあったみたい。」
「へー・・・。隣って人住んでたことあったんだ。」
志保の住む家の隣は彼女達が知ってから、もう既に空き家状態で、人の住んでいた形跡さえ見たことは無かった。
彼女達がこの家に寄り付くようになったのが、志保がこの家に住むようになってからなので、それ以前に隣に人が住んでいたのならば。
彼女達が知らなくて当然なのだった。
「で、その天才が隣に住むようになるらしくてね。阿笠博士に頼まれたのよ、掃除しておいてくれないかって。」
「え〜・・・・?10年ほったらかしの家を掃除!?」
「ああ、定期的にハウスクリーニングの人間入れてたらしいから大概は綺麗らしいんだけどね。」
そこで園子は顔をしかめた。
「まさか、志保の頼みたいことって・・・掃除の手伝い?」
「ピンポン!流石に広そうだから一人じゃ無理だと思ってね〜・・・。ほら、博士から鍵は預かってるのよ。」
ちゃりんと近くのボードの上に乗せてあった鍵を志保は手にとって見せた。
「い、いや〜!!」
それまでずっとおとなしかった蘭がいきなり叫んだ。
「ら〜ん?どしたのよ。」
苦笑いをしながら園子がなだめた。
・・・理由は分っている。
蘭は隣の洋館が苦手なのだ。
10年近く人の住んでいない、うっそうとした古い洋館。
それだけでも蘭の恐怖をあおりそうな代物なのに、ここにはそれに加えて蘭の苦手な話のオンパレードだった。
「い、いやよ!魔物が住んでるとか、少年が魔物に食われたとかって噂の家になんて私、近寄りたくない!!!」
「あのねえ、10年、人が住んでなかったってだけじゃない。」
呆れて志保は蘭をなだめようとする。
「だ、だって!!私この家来るとき、いっつも隣の家怖いから走り抜けてるのに!!まともに見れないのよ!?」
蘭の身体は誰が見てもわかるくらい、震えていた。
本気で怖いのだ。
それがわかるから園子は苦笑いを浮かべているのだ。
しかし、園子と違って志保は、「お化け」とか「心霊現象」なんてものを一切信じていない超現実人間なのだ。
「お化けが出るって噂だから嫌だ」なんて蘭の主張は当然、通らない。
志保と、蘭。2人の静かなにらみ合いが続き、始めの話に戻る・・・となるのだ。
志保は、かたくなに拒絶する蘭にいくつかの攻撃を仕掛けた。
科学者らしい、現実的な意見。
「この世の中にお化けなんて非科学的なもの、いるわけ無いでしょう?」
「魔物がいたって私のとっておきの薬で退治してあげるわよ。」
・・・・少し、危なげな言葉も含まれていたことに気付いた園子だったが、其処は友人として、スルーした。
どんな言葉にも首を立てに振らなかった蘭だったが、「高校生として必須なこと」について攻撃されると、やはり弱かった。
「蘭って、明日数学当たるんだよね、確か。」
「え!?そ、そうだっけ!?」
急に振られた志保からの事実に蘭は慌てた。
「それも確か、練習問題の最後の応用だったような。」
志保はそんな蘭の慌てぶりを横目で確認しながら、なおも言葉を続ける。
もちろん、確信犯だ。
「し、志保、教えて・・・。」
「ギブ&テイクって言葉知ってるよね、蘭?」
「それって・・・つまり・・・。」
にっこりと笑う志保と志保の意図に感づいて、あとずさる蘭。
にっこりと笑う志保はそのままの表情で言葉を続ける。
「もちろん、隣の掃除手伝ってくれたら教えてあげる。」
「そんなあ〜・・・!!」
蘭は最早泣きそうだ。
そんな蘭を見て、志保の攻撃はなおも続く。
もちろん、もう少し押せば落とせると確信しているからだ。
「数学の山本先生、結構厳しいもんね〜・・・。」
「志保ぉ〜・・・・。」
「出来なかったら、練習問題、何問くらい追加かなあ?」
「志保の・・・意地悪。」
蘭がぷうっと膨れて志保を睨みつける。
当然、そんなものが志保に効くわけも無く、志保は勝利を確信した笑みを浮かべただけだった。
「はい、決まりね。」
ぱんっと両手をたたき、志保は立ち上がった。
「そうと決まれば早速行動!行くわよ、掃除。」
「「え!?今から!?」」
志保の早すぎる行動に園子は純粋に驚き、蘭は恐怖に満ちた声で問い返した。
「しょうがないじゃない。今日、明日中にって博士に言われたんだし。」
「相変わらず志保、博士に弱い!」
「今更、分りきったこと言わなくて良いわよ、園子。」
園子と蘭の言葉に苦笑いを返すものの、反論はしない。
志保も気付いているから。自分が、博士に弱いってことくらい・・・。
「ほ、ホントに入るの〜・・・?志保ぉ〜・・・。」
「往生際が悪いわよ、蘭!」
蘭は園子にぴったりとすりつき、洋館を目の前にして、既に恐怖におののいているようだ。
大方、今まで聞いてきたこの館にまつわる、恐怖話でも思い出しているのだろう。
そんな推測を持って、志保はすっぱりと切り捨てた。
「だけどこんな大きな家を処分もしないで放って置けるなんてお金持ちなのね〜・・・。」
「それ、園子にはいわれたくない。さて、行きましょうか。」
志保は玄関の重厚な扉の鍵を開けた。
ギイッ・・・っと重そうな扉が開き、中へを進む。
「ふうん?確かにハウスクリーニングされてるだけあって、確かに綺麗だわ。」
「ほんと。ホコリもあんまりたまってないみたいね。」
「あんまり汚れてなければ掃除する必要も無いわけだし、手分けしてみてみましょ。」
「そうね。」
「え!?手分け!?」
園子にぴったりと掏りついていた蘭は、その提案に素っ頓狂な声を出した。
「いつまでも怖がってないで、蘭。」
「だ、だって!!」
「いいから!園子そっちの部屋見てくれる?私、2階見てくるから。」
「了解。」
「蘭、あっちの部屋見てきて。」
「はあ・・・い。」
志保はてきぱきと役割分担をし、各自、行動を開始した。
志保は、2階への階段を登り、園子は部屋のドアを開けた。
蘭一人、玄関に取り残された。
怖くて怖くてたまらないのだが、ここでじっとしていてもしょうがない。
とりあえず、震えながらそおっと広い廊下を進み始めた。
進んでいくと、その突き当たりにひときわ大きなドアが目に入った。
「大きなドア・・だけど・・・ここなんだろう・・・・?」
ま、まさか魔物が住む部屋とか!?
ありえない想像を張り巡らし、蘭は恐る恐るそのドアをそおっと開けた。
蘭の目に飛び込んできたのは魔物・・ではなく。
重厚そうな椅子に座り、何かの本を読んでいる一人の少年の姿だった。
「・・・・・・。」
窓ガラスから差し込む日の光だけでは足りない明るさを補うためにつけられたライトの下。
真剣に本に向かっている少年の姿に蘭は見とれた。
・・・・男の子・・・だよね?
かっこいい・・・・。
あ、もしかしてあの子が移り住むっていう・・・天才さん・・・??
少しだけ開けられたドアの隙間からじっと覗き込んでいた蘭に2階の捜索を終えた志保が話しかけてきた。
「蘭、あなた何やってるのよ?」
「きゃ!・・し、志保・・・。」
蘭は心臓が飛び出しそうなほど驚いた。
「2階は綺麗なもんだったわ。蘭は?どう?」
「え・・えっと・・。」
まさか部屋の中の男の子に見とれていました・・と言えるわけも無く、蘭は口ごもった。
と。その少しだけ開けられていたドアが大きく開かれた。
「人の家で何してるわけ?」
蘭が見とれていた少年が、不機嫌そうな声もそのままに固く、問いかけてきた。
「あ、あの、えっと・・・。」
「私は隣に住む宮野志保。阿笠博士に頼まれてこの家の掃除に来たのよ。」
初対面の人間なのに不機嫌そのものの横柄な態度の少年に志保が軽くいらついて突っかかるように自己紹介をした。
「ああ、そりゃどうも。でもハウスクリーニングに頼んであっから別に必要ねーし、帰ってくれて結構だぜ。」
志保のそんな態度をあっさりと流し、さっさとドアを閉めようとした。
「あ、あの!お名前は・・・!?」
そんな少年に蘭は焦ったように思わず、大声を上げてしまった。
蘭の態度に志保は大きく目を見開いて驚いた。
だが、少年は不機嫌な態度を崩そうとはせずにいた。
「人の名前きくんだったらまず自分から名乗るのが礼儀ってモンだろ。あんた、誰だ?」
「あ、あの、わたしは毛利蘭と言います!志保の友人でこの家の掃除に・・・!」
「さっきも言ったけど、別に頼んでねーし、帰ってもらって結構だから。」
そう言い放ち、少年はさっさと書斎のドアを閉めようとした。
「あ、あの!お名前・・・!!」
「・・・・工藤新一。」
蘭の必死の問いかけに少年・工藤新一はそれだけを伝えて、今度こそ、書斎のドアを閉めた。
「何よ、あの態度!!もう良いわよ、蘭、帰るわよ!」
新一の横柄な態度に怒りを爆発させた志保は蘭の手を引っ張り、その場から離れた。
しかし、引っ張られていく蘭は新一のことで頭がいっぱいになっていた。
「もう、本気で最悪!なによ、あの男!!」
「そんなに最悪だったんだ〜・・・その天才君。」
先ほどの出来事に未だにご立腹の様子の志保はその場にいなかった園子に事の顛末を説明する。
「頼んでないって何よ!もっと言い方あるでしょ!?蘭もそう思うでしょ!?」
「え!?・・・あ・・・えっと・・・。」
かなり腹を立てている様子の志保に急に話を振られてぼうっとしていた蘭はすぐには反応できなかった。
・・・正確には、先ほど出会ったばかりの新一のことを考えていたため、話がまったく聞こえていなかっただけなのだ。
「蘭、どうしたのよ?さっきからぼおっとして〜・・・!!」
「あ・・・。ううん、なんでもないの・・・。」
「だったらいいけどね〜・・・。ま、隣の掃除はもう放っておいたらいいわよ!」
「そ。あ!やだ、もうこんな時間!帰らないとヤバいわ!」
壁に掛けられていた時計の時刻を確認して園子はカバンを持って立ち上がった。
「じゃ、今日はホントごめんね。」
「んん!気にしないで!じゃ〜ね!・・・って蘭、帰らないの?」
ぼおっとしてそのまま動こうとしない蘭を不思議に思って園子が声を掛けた。
「え!?あ、やだ。うん、帰るよ。お父さんおなか空かせて待ってるわ!」
急に話掛けられて蘭は慌てて立ち上がった。
「ほんと・・・大丈夫、蘭・・??」
「ん、平気。」
「蘭もごめんね、今日、やな思いさせて。」
「え・・・??」
「あ、だから隣のやなヤツのせいで・・・。」
「ううん・・・気にしないで・・・。」
「これ!宿題!」
「ありがと・・・。」
蘭は志保から数学のノートを受け取り、阿笠邸を後にした。
「じゃーね!蘭!」
「うん、ばいばい。」
園子とは反対方向へ進むため、家の前で別れ、蘭は一人になった。
蘭はついさっきまで怖くて仕方なかった洋館の前で立ち止まった。
まだ・・・家の中にいるよね・・・?さっきの子・・・。
・・・・工藤新一・・・君。
ウチの学校に転校してくるって・・園子言ってたよね・・・?
だったら・・・明日、会えるかな・・・・?
変なの。
さっき会ったばかりなのに・・・・。
彼のことを考えるだけで・・・もう、こんなにどきどきしてる・・・・。
・・・一目ぼれ・・・なんて信じてなかったのに・・・な。
ふわり。と微笑んで、蘭は工藤邸を後にした。
明日、また新一に逢える事を心待ちにしながら・・・・・。
翌日、蘭は阿笠邸へと急いでいた。
まだ、登校には早い時間だ。
も、もしかしたら工藤君に逢えるかもしれない・・・・!!
そんなかすかな期待を胸に急いでいた。
「志保・・・!!」
「蘭、どうしたのよ?こんなに早く・・・。」
志保は意外な人物の登場に目を丸くしながら問いかける。
「え、あ、えっと・・・。」
言い訳を全く考えてなかった蘭は口ごもったが、すぐにいい言い訳を思いついた。
「ノート!そう、数学のノートを早く返そうって思って・・・!!」
「ああ・・・。でもソレくらい別に学校でもよかったのに・・・。」
「そうはいかないわよ!はい!有難う!」
そう言いながらカバンから昨日借りた数学のノートを取り出し、志保に手渡した。
「・・・ん、どういたしまして。」
志保はそう言いながらかなり蘭をいぶかしく思いながらノートを受け取った。
「じゃ、行こう。」
そう言いながら志保はさっさと歩き始めた。
学校へと向かって、工藤邸とは逆方向へ。
「あ、し、志保・・・!!」
蘭は慌てて志保を呼び止める。
「何よ?」
だが、志保はその蘭の慌てぶりを感知せずに不思議そうに問いかける。
蘭は学校へと転校するからもしかしたら志保が工藤新一を案内すると思っていた・・・。
とは流石に言えずに言葉を濁し、志保へと駆け寄った。
朝から・・・逢えるかと思ったんだけど・・・な。
志保に気付かれないように蘭はため息をついた。
「おはよ!志保、蘭!」
「おはよ、園子。なに?この異様な盛り上がり。」
学校に着いた蘭と志保はクラスメイトたちの異様なまでの盛り上がりに圧倒されていた。
「ほら、アメリカ帰りの天才君。ウチのクラスに入るらしくって大盛り上がりなのよ。」
「え・・・。」
彼が同じクラスに・・・・!?
蘭はうれしそうに顔をほころばせた。
ガラリっ!
大きな音をたてて、教室のドアが開かれた。
「席に着けよ〜!」
そんな言葉とともに担任がホームルームを行うために教室へと入ってきた。
クラスメイトたちはいっせいにがたがたと各席に着席する。
くるりと教壇の上から生徒たちの顔を見回し、担任教師はふむ。と一息ついた。
「どうやら、その顔見てると転入生の事、知ってるみたいだな。入りなさい!」
期待に満ち溢れたような生徒たちの顔を見て確信した教師はドアの外へと声をかけた。
がらりと音を立てて教室のドアが開き、制服姿の男子生徒が入ってくる。
きゃあああ!!
男子生徒の容姿を見た女子生徒たちは歓声に沸いた。
・・・・やっぱり、人気でそうだな・・・。
入ってきた工藤新一をみた女子生徒の反応に蘭はため息をついた。
「工藤新一君だ。アメリカにずっといたらしい。よろしく頼む。工藤、挨拶を。」
「工藤新一です、よろしく・・・。」
短く挨拶した新一に教師は周りを見渡して一点に注目した。
「鈴木!」
「はい?」
いきなり教師に指名された園子はきょとんとして教師に返事を返した。
「工藤に校内案内してやってくれ。」
「え〜・・・?」
「工藤、彼女がこのクラスの委員をやっている鈴木だ。分からないことは彼女に聞くといい。」
「はい。」
新一は殊勝に担任教師に返事を返しながら教師の示す席へと移動した。
新一の席は蘭の斜め後ろだった。
彼が移動する際、女子生徒たちはちらちらと新一を目で追っている。
新一はそんな視線に気づかないのかはたまた気づいていて無視しているのか無表情のまま、蘭の席を素通りしていく。
蘭は新一の通り過ぎていく手しか見れないままにため息をついた。
・・・昨日の事・・・覚えてるよね・・・?もしかしてもう、覚えてない・・・?
ちらりと新一のほうへ振り向くが、新一はもうすでにつまらなそうに頬杖を付いているだけだった。
昼休みになり、園子が蘭の手を引いて新一の前にやってきた。
「ちょ、園子、なに・・・!?」
「はい、は〜い、ちょっとごめんね〜!」
新一の前に山を作っている女子生徒たちをよけ、新一の前に立ちはだかる。
「なに?」
新一はいきなり目の前にやってきた園子に向けて不機嫌そのものの声で問いかけた。
「何って、私鈴木園子。先生に校内案内するように頼まれたからね。」
「ああ・・・・そりゃどーも。」
「私一人じゃなんだし、この子も一緒にね。」
「え!?」
蘭はいきなりの園子の言葉にすっとんきょうな声を出した。
「や〜・・ホントはもう一人も道連れにしようかと思ったんだけど思い切り断られちゃってね。」
「ま、別にどうでもいいけど。」
そういいながら新一は席を立った。
園子が先頭にたち、新一と蘭は教室を出た。
「まさかこんなに素直についてきてくれるとは思わなかったわよ。」
「まあ・・・あの場に居ても鬱陶しいだけだし。」
園子が嫌味っぽく新一に話しかけても新一は我関せずの態度を崩さないままあさっての方向を向いている。
「やっぱり昨日志保の言ってたことってうそじゃなかったんだ。」
「何が?」
「サイッテーな奴って。」
「だから?」
「別に。それだけ。」
新一は表情も変えずにそのまま歩いている。
園子も普通に対応している。
ただ、蘭だけが二人の間でおろおろとしているだけだった。
「ちょっと園子〜!」
廊下でばたばたと音を立てて一人女子生徒が園子を呼び止めた。
園子と同じテニス部の部員だ。
「なに?」
いきなり突っ走ってきて話しかけた彼女に園子は不思議そうに話しかけた。
彼女のほうも園子の言葉に呆れ顔だ。
「んもう!ミーティング忘れたの?」
「あ・・・。」
「もー!早く!」
「ごめ〜ん。蘭、案内あとお願い!じゃ!」
「あ、ちょ、園子!!」
蘭が止める間もなく園子がばたばたと走り去り、蘭と新一だけが残された。
「え・・・っと。」
蘭がどうするべきか悩み、立ち往生していると、新一はそのまま、ふいっと歩き出した。
「あ、く、工藤君!?」
「図書館。」
「え・・・?」
「図書館、どこ?」
首だけを蘭の方向へ向けて問いかけてきた。
「と、図書館・・?図書室で・・いいのかな?あ、こ、こっち・・・。」
新一に乞われるまま図書室へと案内した蘭。
図書室に到着すると新一は蘭など居ないかのようにまっすぐに目当ての本の前に立ち、ソレを抜き取り、読み始めた。
「く、工藤君・・・??」
蘭が恐る恐る話しかけるが反応は一切返ってこない。
それだけ新一が本に集中しているのだと蘭は思った。
本・・・好きなのかな?
昨日も真剣に読んでたよね?
あ、もしかして昨日機嫌が悪かったのは読書を邪魔されたからかな・・・??
ああ・・・でも、やっぱりかっこいいなあ・・・・。
声をかけることなく、蘭は新一の本を読んでいる横顔に見とれていた。
・・・・時間がたつのも忘れるくらいに・・・・・。
キーンコーンカーンコーン
すぐ近くでチャイムのなる音が聞こえ、蘭ははっとした。
「え・・・??」
すぐには反応できなくて、それでも腕時計を見た。
その音は5時限目の授業の終わりを告げる鐘の音だった。
「う、うそ!?く、工藤君、ごめんね!」
「何が?」
突然謝られても新一にはなんのことだかさっぱり分からない。
「あ、だ、だから授業終わっちゃったから・・・。」
「別に?」
新一は無表情のまま、読んでいた本を閉じ、そのまま図書室を後にしようとした。
「く、工藤君・・・!!」
「別に俺・・・好きで此処へ来てるわけじゃねーし。」
「え・・・?」
新一の言葉の意味が理解できずに一瞬立ち尽くした蘭を尻目に新一は一度も振り返ることなく、図書室から出て行ってしまった。
好きで来てるわけじゃない・・・・?
だって、じゃあどうして大学院まで終了してる工藤君がわざわざ日本の高校へ来る必要があるの・・・?
わたし・・・・工藤君のこと、もっと知りたい・・・・・。
蘭は強くそう思った。