新一が転校してきて、一週間が過ぎていた。
はじめのうちこそ、きゃあきゃあと騒がれていた新一だった。
しかし、あまりにも反応しない新一に女子生徒たちも引いていた。
教師たちも、アメリカで大学院まで出た新一に対して、どこか壁を作っていた。
新一もそんな態度に呼応するように、授業にもあまり出ないでいた。
・・・・工藤君・・・また、授業サボってる。
蘭は新一の席が空白なのをちらりと見て、ため息をついた。
また図書室で本読んでるのかな?
学校にはきちんと来てるのに、授業にだけ出ないなんて・・・。
やっぱり良くないよね。うん!
蘭は今が授業中なのも忘れて思案していた。
そうして、決心したようにうんうん。とうなずいていた。
授業が終わり、蘭は新一が居るであろう場所へと赴いた。
からり・・と音を小さく立ててその部屋のドアを開く。
案の定、新一は図書室の本棚にもたれて本に没頭していた。
「工藤君。」
「・・・また、あんたか・・・。」
このところ蘭が立て続けに新一を呼びに来るため、うんざりといった顔を隠そうともせずにいた。
「もう!授業出なきゃ駄目じゃない!」
「・・・・!」
「頭いいかも知れないけど、学校ってそれだけじゃないんだよ?」
「・・・・。」
「工藤君の知らない事だっていっぱいあるんだから!」
「・・・・。」
いくら話しかけても、なだめても新一からは何も返ってこない。
さすがの蘭も、ため息をおもわず零してしまう。
ああ。どうやったら授業にでてくれるのかなあ?
授業で教えてくれることってお勉強だけじゃないんだけどな・・・。
結局今日も新一を授業に出させることには成功せず、蘭はとぼとぼと帰り道を歩いていた。
「いい加減、蘭も頑張るねえ・・。」
「園子。」
「ホント。いい加減あんなヤツのことなんて放っておけばいいじゃない。」
「駄目よ!」
「どうしてよ?蘭の言う事だって聞いてもいないじゃない。」
「それは・・・そうだけど。」
「そんなヤツ相手に動くなんて無駄よ。」
「それは違うわよ、志保。」
志保は興味もなさそうに新一を突き放すような発言をする。
蘭にしてみたらそんなことで納得は出来ない。
したくないのだ。
「工藤君、学校にはちゃんと出てきてるのよ?何かきっかけさえあれば授業にだって出るわよ!」
「で?そのきっかけって何?」
蘭の決意に志保は少しジト目で問いかける。
「え。そ、それは・・・・。」
「ないの?」
「・・・・・。」
志保は口ごもる蘭に更に追い討ちをかける。
「確かに?きっかけがあれば出てくるだろうけどさ。
・・・だからってわざわざ私たちがソレをやらなきゃならないって理由はないわ。」
「まあね・・・。高校生にもなって言われなきゃ出来ないって言うのはちょっとね〜。」
「・・・・。」
志保と園子。
二人の正論に蘭は全く言い返すことも出来ず、黙ってしまった。
蘭は二人と別れ、一人家への道を歩いていた。
確かに志保の言うとおり、此処までやる必要なんてない。
第一、工藤君だって迷惑がってる。
高校生にもなってっていう園子の言い分も凄く判る。
・・・・でも授業に出て欲しい。
どうして?
そんなの理由は簡単よ。
私が彼を好きだから。
退屈な授業中、彼を見ていたいから・・・・。
くすり。と蘭は笑ってしまった。
なんて自分勝手なんだろう。
わがまま。
工藤君が授業に出て欲しい理由が自分のためだなんて。
いろんな理由つけようとしたけど、志保にいえなかったのはそのため。
言えるわけないじゃない?
あああ、でもどうしたら工藤君、授業出てくれるのかなあ?
いろいろと思案していた蘭はふっと考えが頭をよぎった。
あ・・・。
もしかして工藤君、授業がどんな風に進んでるのかが解らないから出ないんじゃ・・・?
普通に考えてみると15歳で大学院まで修了させた天才がそんなことを理解できないとは考えられない。
だが、蘭はもう飽和状態になっており、そんな簡単なことさえも気づけないでいた。
そうよ!だったらノートにまとめて渡してあげれば工藤君も授業に出てくれるわ!
そうと決まれば善は急げよ!
蘭はソコからダッシュで家に帰り、机に向かった。
「真っ暗・・・。まだ、工藤君帰ってきてないのかな・・・?」
工藤邸の前に着いた蘭は明かりが全く灯っていない屋敷を見て、ため息をついた。
数時間後には、これまで勉強したことなんてないんじゃない?
っというくら真剣に纏め上げられたノートを抱えて薄暗くなってきていた道を走っていた。
せっかく作ってきたのに・・・・。
もう少しで帰ってくるかな?
工藤君のためにノートをまとめたなんていったら志保にまた何か言われちゃうし此処で待ってよ・・・・。
蘭はそう考えて工藤邸の門に自分の体をあずけた。
蘭が待ち始めて30分。
漸く待ち人のシルエットが蘭の目に飛び込んできた。
「あ、工藤君!」
「あんた・・・俺の家の前で何やってんだ・・・?」
「授業の内容、ノートにまとめてみたの。」
「・・・・ソレを届けるため・・に俺の家で待ってたの・・・か?」
「あ、ほ、ほら!志保の家隣だし、丁度いいと思って・・・!」
「・・・・・。」
だが、新一はそんな蘭の行動に目もくれず、そのまま静かに玄関の扉を開けた。
「く、工藤君・・・!!」
そのまま家に入っていってしまいそうな新一を呼び止めるように蘭は思わず大きな声を上げてしまった。
だが、新一は涼しい顔のまま蘭のほうへと顔を向けていた。
「・・・・え?」
「何つったってんの?入れば?」
「く・・・工藤君・・・?」
蘭は新一の言葉を全く理解出来なかった。
今・・・工藤君なんて・・・??
[わざわざ家の前なんかで待っててくれた奴を無下に追い返すような育ち方はしてないつもりだけど?」
「え・・・っと。」
まだ対応できない。
工藤君がいつもと違って表情豊かに話しかけてくれてるというのに。
「お礼にコーヒーくらい淹れるし飲んでけば?」
「あ・・・は、はいっ!」
やっとうなずいた蘭に新一はやれやれと安堵のため息をついたように蘭には見えた。
私がぼーっとしているから・・・・工藤君、呆れてるじゃない・・・。
蘭の・・・ばか。
新一のため息を半分しか理解できなかった蘭は自分を責めた。
リビングに通された蘭は緊張していた。
新一はというと、「適当にその辺座っててくれていいから。」との言葉を残し部屋をでていった。
・・・・すごいなあ・・。
園子の家も凄いけど、工藤君の家も凄く広くて豪華。
・・・10年もヒトが住んで無かったとは思えない。
・・・っていうか?
一週間前まで怖くてたまらなかった家にこんな風に堂々としているなんて不思議・・・・。
「あれ?勝手に座ってくれてて良かったのに。」
「あ・・・うん。」
すっかりラフな格好に着替えてきた新一はそのままキッチンへと歩いていく。
手馴れた手つきで豆を挽き、コーヒーをコーヒーメーカーにセットする。
「あ、わりい。コーヒー平気か?」
「え?」
「たまに居るだろ?コーヒー駄目な奴って。」
「あ・・・うん、平気・・・・。」
飲み物ひとつが駄目なことなんて聞く人なんてめったにいない。
そんなところが工藤君は良く気づく。
・・・アメリカで育ったからかな?
解っててやってるのかな?
ううん、違うだろうなあ。
これは持って生まれた工藤君の性質。
口はちょっと悪いけど、とても優しいヒト。
また、工藤君の新しい一面を知っちゃった。
なんだか得をした気分になっちゃう。
やだ、私ったら!
「・・・?なに?」
思わずにやけ顔になってしまいそうで必死にポーカーフェイスを保とうとする蘭。
そんな彼女にあっさりと気づき、コーヒーを両手に持って近寄ってきた新一が声をかける。
「な、なんでもないの・・・!!」
「あ、そう?ならいいけど・・・。」
蘭の動揺に新一は気づかない振りをしてくれた・・と蘭はまた誤解した。
新一がそれ以上に動揺していることには全く気づけてない。
コーヒーをすする新一をカップ越しに見つめる。
・・・・やっぱりかっこいいなあ。
やっぱり高望みだよね・・・・?
工藤君にはもっと素敵な女の子が・・・似合うよね・・・?
蘭はそう思い、涙がこぼれそうになる。
だ、駄目よ、蘭!!
こんなところでいきなり泣いたりなんかしたら工藤君がもっと変に思っちゃう!!
蘭は渾身の力で少しでも油断すると零れそうになる涙を押しとどめた。
勘違いしている蘭が、悲しみではない涙を流すまで、あと何分??