「いらっしゃいませー!」
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「すみませーん!!」
「あ!少々、お待ちくださいー!」
新一が一目惚れした蘭に近付く手段としてはじめた彼女の店、「Phalenopsis」でのバイト。
雇用関係・・・とはいえ、とりあえず毎日彼女に会うことはこれで確保された。
「じゃあ、これエプロンです。服は自由ですが、なるべく清潔なものを着てください。」
蘭はそう早速決まったバイト学生に対してエプロンを手渡しながら説明を続けた。
「食べ物を扱うところですからそれを忘れないようにしてください。
えーっと・・・。工藤さんにはウェイターとして店内での接客業務と、後は力仕事なんかもお任せしますね。」
「あ、待った!!」
「は・・・い?何ですか?」
いきなり話の途中でストップを掛けた新一をいぶかしげに見ながら蘭は動かしていた手を止めた。
そんな蘭に対して新一は頬をこりこりと掻きながら少し目線をそらした。
「あー・・・いや、同い年・・・だろ?俺達・・・。」
「ええ・・・。まあ、そうですね。それが・・・?」
「だったら敬語なんて使わなくてもいいし、『工藤さん』なんて呼び方もやめてくれよ。なっ!!」
ひょいっと蘭の顔を覗き込むように腰を折り、「にっ」っと笑う。
不意に顔を覗き込まれて蘭は少し赤い顔をしながらもそれに従うように言葉を返す。
「分かり・・・分かった。じゃあ、よろしくね!工藤君!」
ふわりと微笑んだ蘭の顔に「ドキン!」と新一は心臓が跳ね上がりつつも、冷静な分析をする。
「こちらこそ。」
新一は蘭の手をさりげなく取りつつ、満面の笑顔を浮かべる。
・・・邪悪な笑みは綺麗に隠して・・・・。
よーし、よーし!まずは他人行儀じゃよくねーもんな!!
まあ、一気に攻めるって方法もあるんだけど・・・。蘭、そーゆーの引きそうだもんなー・・・。
ま!まずは”オトモダチ”から始めてのランクアップ方式の方が成功率高いだろうな・・・。
急がば回れ・・・てね♪
新一は悪魔的頭脳で「蘭ゲット作戦」を綿密に作り上げていた。
そんな新一に気づかない蘭の声が
「じゃ!これから3人でお店を切り盛りしましょう!」
と、新一と和葉に向けて、放たれた。
そんなこんなでバイトを開始して早1ヶ月。
都心から少し離れた郊外の店なのでのんびりゆったり、蘭とのコミュニケーションを取りつつ
ランクアップ作戦を実施しようと目論んでいた新一だったが勤め始めて1週間もたたないうちに
その甘すぎる考えは改めさせられることになった。
なんなんだよー!この忙しさは〜〜〜!!!
それもそのはず、”郊外のたかだか喫茶店”と鷹をくくっていた新一だったが、客がひっきりなしにやってくるのだ。
しかも始めは蘭や和葉の美貌目当てのスケベ野郎が来ているのかと思っていたら、そういう客も中には居るが、圧倒的に女性客が多いのだ。
新一は知らなかったのだ。
この店が口コミで広がった、隠れ家的人気を誇る店だという事を。
知らされるはずも無い。蘭だって和葉だってこの店がそんな口コミで広がったなどとは全く知らないのだから・・・。
しかも、もともとの女性客の多い人気店に加えて、今回新たに新一がウェイターとして加わった。
おいしい料理をリーズナブルな値段で食べられる店にイケメンのウェイターが加わった・・・。となれば人気度は加速するものだ。
そんな理由も手伝って、殺人的な忙しさに新一は蘭にアプローチする事が出来ないままで居た。
くーそー!!!大誤算だぜ!!確かに蘭の作る料理はどれも美味いよ!!それは認めるさ!!だーけーどーもー!!
忙しくて何も出来ない事への不満が新一の中に溜まってきていた。
そうでなくても働いている最中の蘭に声をかけ、あまつさえ告白めいた事までやらかしそうになる連中が後を絶たない。
そのたびに相手が一瞬で金縛りにあうような視線を投げかけ、けん制する。
しかもそれは服部との協定のため和葉相手にでもやらなければならず二度手間。
さすがの新一もため息の一つもつきたくなる。
そんな新一を園子がテーブルにひじをつき、あごを乗せて少し背中を丸めて見ていた。
「ねえ・・・志保ぉ〜・・・。」
「何?」
「面白そう・・・って思ってだまってみてたけどさあ・・?新一君ってあーゆー性格だったっけ?
なーんか・・・随分と感じが違うような・・・。」
「あら、工藤君のことなら貴女の方が付き合い長いでしょ?」
「そうなんだけどさー・・・。よく考えてみたら女に積極的って新一君見るの初めてなんだよねー・・。」
何処か寂しそうな声を出している園子を見て、志保は”くすり”と笑みをこぼした。
「あら、残念って顔ね?工藤君の事が「好き」だったって気づいたの?」
意地悪く園子に向かって読んでいた雑誌から目を離すことなく意見を述べていく。そんな志保に向かって呆けた顔をした園子は
「私が新一君を好き〜!?ありえないわよ、それ!」
と、思い切り笑い飛ばした。
志保はそんな園子の言葉に、ようやく読んでいた雑誌をぱたんと閉じて顔を上げる。
「あら、そんな顔してたわよ?」
志保は今度はふわりと微笑みながら園子を見た。
「うーん・・・。でも残念ってのは当たってるかも。」
「ほら。」
「でもそれはさ、新一君を好きっていうんじゃなくってさー・・・。」
園子はどういったら一番しっくりするのか探しているように顔をしかめながら拳を作って頭をコンコンと叩く。
そしてようやくほしい言葉を見つけ、テーブルに両手を”バン”とつき、立ち上がる。
「そうよ!まるでお気に入りのおもちゃを取られたような感じ!!」
そういって満足気にうん、うん。とうなずきながら椅子にドカッと腰をおろす。そんな園子をあっけに取られたように見ていた志保は
「あのね・・・。」
望んでいた反応ではなく、がっかり・・と言うようにため息をついた。しかし直ぐに持ち直し何かを思いついた志保は園子に内緒話を始めた。
「ねえ、園子。一つ面白い提案を思いついたんだけど・・。乗る気・・無い?」
「?」
志保の悪魔的笑顔を見た園子は一瞬引きつつも、とりあえず・・。と内緒話に耳を傾ける。
と、園子の顔が生き生きとして、見る見る間に変わって行った。
「やる、やる!!面白そう!!」
「じゃ、プロジェクト、開始!・・・と、言う事で」
「おっけー!!」
志保と園子。二人によるちょっとしたプロジェクトが開始を告げた。