「ふぁあああああ!!」
大きなあくびをしながら東都大構内へと新一は入ってきた。
蘭に会うためとはいえ、忙しさがハンパじゃないバイトである。
疲れもたまってきていた。
それでも何とか蘭にアプローチをしようと頑張っているのである。
事実、同じ職場仲間である和葉は新一が蘭に気が有ることも十分見抜いていた。
「工藤君、蘭ちゃんのこと好きなんやろ?なんで告白せーへんの??」
「な!!ななな・・・なんで・・・・。」
「見てればわかるやん。」
すっかり動揺しきった新一を気にも留めずに和葉はドきっぱりと言葉を告げる。
その顔は生き生きとしており、自分をからかう事に生きがいを感じている誰かを思い出させるものであり。
恐る恐る・・・といった感覚でふと思いついた恐ろしい事実を確かめる。
「蘭・・・は、このこと・・・?」
「ん?蘭ちゃん?知るわけあらへん!蘭ちゃん、そういうのうといんや。」
和葉は手をひらひらとさせてさも”当たり前”と言ったようなジェスチャーをしたあと、すぐに肩をすくめて見せる。
「・・・ま、といってもアタシも平次から聞いて注意深く見てて分かったんやけどな!」
あんのやろー!!簡単に人の恋路暴露してんじゃねーよ!!
舌をペロリとだして、おどけてみせる和葉の情報源を知り交換条件で、同盟を組んでいた彼女の幼馴染以上恋人未満の男に対して
ふつふつと怒りがこみ上げてくるのを必死でこらえていた。
確かに「自分のことを和葉に売り込み、よく思わせよう・・・」
いわゆる「将を得んとすればまず馬から」を実践させようとしていた新一だったのだが。
だからこそ、和葉目当ての客に対しても威嚇を行っていたのだが。
新一は思ってもいなかったのだろう。
同盟相手が思い人相手にほいほいと他人の恋路をしゃべってしまうような奴だということを。
確かに、平次だって重要なことはきっちりと守るのだが、こと恋愛ごととなると人が変わるのだ。
そうでなければ、とっくに和葉との仲は「幼馴染」から「恋人」へとランクアップを果たしていたはずなのだから。
まあ、もっとも和葉だって新一に恋愛ごとについて薀蓄を垂れてはいるが、そう敏感なわけではない。
平次の送る「ばればれひっそり、ラブ光線」に気付いていないのだから・・・・。
あー・・・どうすっかなあ・・・・。
「はあっ」とため息をつい漏らしてしまった新一の肩に突然痛みが走った。
「お金稼ぐって大変でしょ!?お坊ちゃま!!」
「園子・・・・。」
新一の肩を遠慮なく叩いてきたのは園子だった。
「はっ・・・!!おめーにだけは金を稼ぐ苦労を語られたくねーよ!!鈴木財閥のお嬢様!!」
「失礼な奴ね〜・・・。それに私ちゃんとバイトしてるわよ?」
「バイト・・ね。確かに?あれもバイトっちゃーバイトだな・・・。今はどの部署に??」
「鈴木商事の海外営業部・・・。」
園子は世界でも有数のグループ企業の会長令嬢であり、第2子ながら将来の「鈴木財閥」の後継者なのだ。
5歳年の離れた姉もいるのだが、彼女はおっとりタイプで人の上に立って率先していくタイプではない。
姉の婚約者も「鈴木財閥」と肩を並べる「富沢財閥」の子息ではある。
しかしながら婚約者自身はビジネスとは無関係な「絵描き」であり、財閥自体は彼の兄が束ねているのだ。
高校時代からの約束で園子は大学に入学後から「鈴木財閥」のありとあらゆる部署を渡り歩き、将来のための勉強をしているのだ。
大学を卒業後は父・史郎の秘書となる事が決定済みである。
そんな園子を高校時代からのつてでよく知っていた新一は園子の根性に舌を巻くほどだった。
「やっぱり・・・守るべきものがあると強いな・・・。」
ぼそりとつぶやいた新一の言葉はまっすぐに園子の耳へと届いた。
「んー・・・そうか・・・な?そういう意味では蘭も強いよね。」
苦笑いをしながら園子は新一を覗き込んだ。
ちょっといたずらを思いついた好奇心一杯の目をまっすぐに向けており、新一は思わず警戒心を強めた。
それに目ざとく気付いた園子は新一に気付かれないように笑みを深め、机の上においてあったカバンを軽く突いて床に落とした。
「ああ〜〜!!」
「ったく・・・。ナニやってんだよ、ドジ!」
「拾って拾って〜!!」
園子はさも慌てたように声を上げ、新一を促しカバンの中身を拾い上げた。
「これで全部か?」
「うん。大丈夫、大丈夫。・・・あ。」
「あん?」
園子は一枚の紙切れを見て、声を上げ、それに気付いた新一がいぶかしげに声をかけた。
「しまったなー・・・。」
「何をだよ?何か落としたのか?」
「ううん〜・・これよ、これ!!」
「何だ・・・?」
「映画の試写会のチケット!!」
「映画・・・?」
「うん、雑誌の懸賞で当てたのよ。でもこの日丁度用事あって駄目でさー・・・。」
「ふーん・・・。」
その時の新一はその映画試写のチケットにさほど興味も抱かなかった。
ちらりと見たその映画が新一がもっとも苦手とする「恋愛映画」だった為だ。
「おはよう。」
いつもどおりの冷静な声を伴って志保は二人の前に現れた。
「おはよ、志保。」
「?園子、なに?その手に持ってる紙。」
志保は園子の手にあった紙・・・・映画の試写チケットを見て不思議そうに声をかけた。
「ああ、これ?映画の試写チケットなんだけど私この日用事あって駄目でさー・・・。」
「ふう・・ん。あら、これ蘭が見たがってた映画だわ。誘ってみようかな?」
志保の言葉にいち早く反応した新一。
正確には志保の言った「蘭」という言葉にだが。
「蘭・・ちゃんの見たがってた・・・映画?」
「そう、蘭こういうべたべたの恋愛映画好きなの。園子、これいつ?」
はがきを手にした志保が園子へと顔を向けた。
「あ、はがきに書いてない?来週の日曜日!」
「来週の日曜日かあ〜・・・。」
明らかに落胆した志保のつぶやき。
「あれ?駄目?」
「うーん・・・。来週の日曜日は・・・先約ありなのよ。」
「えー・・・!!志保も駄目なの〜・・!?勿体ないなあ・・これ。」
園子が志保から受け取った試写会のはがきを手に残念そうな声をだした。
「な、なあ。それいらねーんだったらオレにくれないか?」
新一がちょっと伺うような声を出した。
「へ!?」
明らかにびっくりしたような園子だったが、すぐに思い当たり、にやりとした顔を浮かべた。
それは隣に居た志保も同じだった。
「ああ・・・。蘭が見たがってた・・・って言ったから誘うつもりなんでしょ・・・?」
「ど、どうだっていいだろ!使い道ねーんだったらオレにくれよ。」
「んー・・・あげてもいいけど・・交換条件。」
「交換・・・条件?」
「そっ!!今度のキャンプあんた参加決定ね!」
「はあ〜・・?」
園子の出した交換条件に呆れた声を出した新一。
「だから前から言ってるでしょ?あんたが来たら女の子の参加者が倍増するって!
その女の子たち目当てで男も参加増えるでしょ?一石二鳥なのよ。」
「それで・・・それだけでこの試写チケットくれんだな?」
「もちろん!」
「わーったよ!いきゃあいいんだろ?」
「オッケー!じゃ、交渉成立!はい、チケット。」
園子がニッと笑い新一に試写チケットを手渡した。
「サンキュー・・。」
新一が試写チケットを受け取ったと同時に志保が口を開いた。
「これからバイト?」
「ああ。ま!忙しいのはいいことなんだろうけど・・な。」
「ねー志保〜・・。今日このお店行ってみない?」
カバンに入っていた雑誌を取り出し、そのページを開けながら園子が志保に話しかけた。
「どこ?」
「ここ〜!最近話題のカフェレストラン〜。」
「ああ、美味しいって噂のところね。いいわよ。」
志保も知ってる店らしく、快諾した。
その様子をじっと見ていた新一だったが、そろそろタイムリミットだった。
バイトの時間に遅れてしまう。
「やべ!オレもう行かなきゃ遅れちまう!」
「しっかり働けよ!青少年!!」
「うっせーよ!!」
最後まで茶化しっぱなしの園子を置いて新一は講義室から出て行った。
それを確認した後で園子と志保がニヤリとした笑みを浮かべた。
「ここまでうまくいくとはね〜・・。」
「工藤君も案外分かりやすい人ね。」
「で?確立はどんなもの?」
「工藤君が私たちの考えたとおりに動いてくれるのなら・・・100%でしょ?」
「やっぱし。」
表情も変えずに言い切った志保の言葉を受けた園子は苦笑いで答えるしかなかった。
志保と園子の悪巧み?分かりました?って、無理だっての!!
このお話でホントに書きたかったこと・・・やっと次で書けます。
時間掛かりすぎねえ・・・・。
園子のバックグラウンドも書くつもりはなかったはず・・・なのに。
あれれ〜・・・??