その日、園子は一番の気合を入れていた。
いつもよりも1時間以上も前に目覚め、飛び切りおめかしして、自分を着飾る。
そうして屋敷を出て、約束の時間の2時間前にはすでに店の前に居た。
「おはよう!蘭!」
「園子!?・・・早かったのねえ。」
「だって本番だもの!」
「そうね。」
くすりと笑って蘭は洗っていた布巾をたたんだ。
「今日、和葉ちゃんは?」
「貸切にしたからお休み。服部君とデートじゃないかな?」
「え、貸切?」
「そ!鈴木園子様と京極真様のね。」
「らあん・・・・。」
目をうるうるとさせて園子は蘭を見つめた。
感激しているのだ。
自分のために此処までしてくれる蘭に対して。
「あ、じゃあ、今日蘭が一人で・・??」
「ううん。新一君が来てくれるって。」
「え?」
「久々だから京極さんに会いたいからって。」
「ん、も〜!!新一君、邪魔する気じゃないでしょうね!?」
園子はちょっとむっとして今、居ない新一に対しての文句を言った。
そんな園子を見て、蘭はくすくすと笑っているだけだっだので園子がいぶかしんで蘭を見た。
「ちょっとお・・・らあん?」
「ごめん。でも平気よ?邪魔する気はないって言ってたから。」
「ならいいんだけどさ・・・・。」
園子はからかわれたと思い、ちょっとばつが悪そうにしながらもほっとした表情を見せた。
かわいいなあ・・・。と蘭は言葉には出さずにてきぱきと準備を進めていた。
「さ、さあて!作るわよ〜!!」
取り繕うようにそういうと、園子は張り切って料理に取り掛かった。
「ああああああ!!!」
店内いっぱいにそんな悲鳴が響き渡った丁度そのとき、新一が店に現れた。
「おはよーって・・・なんだあ!?」
突然響き渡った声に出迎えられて新一は目を白黒させた。
「蘭・・・なに?この大声・・・??」
だが、蘭はおろおろとして新一の声さえ聞こえていないらしかった。
そんな蘭の横には悲痛そうな表情を浮かべた園子が居た。
「園子・・・・?何だよ、いきなり大声なんてだして・・・・。」
聞こえてきた悲鳴の主である園子に聞くことにした新一はそう問いかけた。
「新一君・・・・。」
いつもの強気な園子はどこにも居ない。
今にも泣き出しそうな顔を新一に見せた。
「あ〜・・・・。」
新一も園子に近寄ってみて合点がいった。
園子の目の前の床が濡れていた。
白いタイルの床が茶色く変化している。
「こぼしちまったのか・・・・・。」
煮込みハンバーグにするはずだったこの一週間、ずっと煮込み続けていたビーフシチュー。
それが無残にこぼれてしまっていたのだ。
「ちょっと・・・おなべの置く位置が微妙だったらしくって・・・腕に当たって・・・。」
蘭は園子の傷口に触らないように、新一に説明をする。
新一は蘭の説明を聞きながら、園子を見る。
茫然自失とし、そんな蘭の言葉も耳に入っていないようだ。
「ごめん、蘭・・・。こんなのもう出せないし、何かメイン作って・・・?」
「え?だってハンバーグはあるのよ?」
「だって・・・もうさめちゃってるし、こんなの出せないよ・・・。」
痛々しい園子の顔を見ては、蘭も強くは言えず、神妙な顔を返すばかりだった。
もちろん、新一だって園子がこの日のためにどれだけがんばっていたのかを知っているのだから、何もいえない。
「さ、さあって!!真さんが来るまでにセッティングもしなきゃね!!」
園子は動かない二人に気遣うように、自ら明るい声を出し、行動する。
もちろん、そんな彼女の行動に見え隠れする真実が二人に響いていたのだが。
蘭は園子のこぼしたビーフシチューのほんのちょっと残っているなべを見つめ、何かを思案している。
新一もこぼれたビーフシチューを片付けようと、モップを手にした。
すっかりきれいにセッティングされたテーブル。
カラ元気ながらも園子は椅子に座ってそわそわしている。
からんっ・・・。
そんな音を立てて店のドアが開いたとき、もう園子は立ち上がっていた。
「真さんっ・・・・!!」
園子は今まで見てきたいつよりもずっと素敵な輝いた笑顔を見せている。
ああ、本当に好きなんだなあ・・・と実感させられる笑顔だ。
「園子さん。よかった、こちらで合っていたのですね。」
「真さん・・・!!」
今にも飛びつきそうな勢いの園子を止めたのは新一だった。
「よお、京極。久しぶりだな。」
「工藤。ああ、久しぶりだ。なぜ此処に・・・?」
「ああ、ここ俺のバイト先なんだ。」
「そうだったのか。」
「がんばっているようだな、随分と。」
「・・・自分の選んだ道だ。」
気遣ったつもりの新一の言葉を神聖に受け止め、京極は真顔になる。
「相変わらずだな、京極。」
「なにがだ?」
「何って・・・。」
言いかけて新一は最後までいえなかった。
園子に阻止されたからだ。
「んもう!新一君、いつまでしゃべってるのよ!」
「ああ?」
「真さん!こんなのほっといていいから座って!此処のシェフの腕は凄いんだから!」
「園子さん絶賛のお店ですからね、楽しみです。」
京極も園子の言葉に甘くとろけそうな笑顔を向けた。
「いらっしゃいませ。」
蘭が椅子に座った園子と京極の前に立ち、お辞儀をする。
「京極さん、彼女がこのお店のシェフ、毛利蘭さん。」
「貴女が・・・・。」
「今日はお二人のために精一杯サービスさせていただきますね。」
「ありがとうございます。」
挨拶だけを済ませると蘭はキッチンへと引っ込んでしまった。
ここからサービスするのは新一の役目だ。
園子の持ち込んだ上等なワインのコルクを手際よく抜き、二人のワイングラスに注いでいく。
「まずは、乾杯しよ?」
園子がそう言って、ワイングラスを持ち上げる。
それに呼応するように京極もワイングラスを静かに持ち上げた。
「じゃあ、真さん。乾杯。」
「乾杯!」
チン!二人のグラスが重なるいい音をを合図にしてディナーがスタートした。
オードブルにスープにサラダ・・と本格的なコースの料理が少しカジュアルにアレンジされて次々とテーブルに並ぶ。
絶妙なタイミングで出来上がる蘭の料理を新一は指示通りにサービスする。
その間やタイミングはばっちりで二人の息がぴったりと合っている。
久々の再開を喜ぶ恋人の楽しい時間が瞬く間に過ぎていく。
次はメイン料理の番だと新一は思い、ちらりと園子を見た。
案の定、園子の顔は一瞬こわばった。
本来ならばドキドキして、わくわくして、京極の反応を待っていたはずなのに・・・。
蘭は変わらない態度でメイン料理と思われる皿を差し出した。
それは紙で包まれており、中は全く見えなかった。
「これは・・・?」
園子と京極が同時にそれを目にして問いかけた。
すっと蘭が厨房から出てきて園子たちの前に立った。
「いかがですか?」
「とっても美味しいわ、蘭!!ありがとうね!」
園子は満面の笑みで答えた。
「とても美味しいです。園子さんが絶賛されるだけはありますね。」
「ありがとうございます。」
にっこりと笑い、京極の言葉に蘭は答えた。
「ところで、蘭・・・?これ、は?」
園子が目の前にある料理について尋ねた。
「紙包み焼きにしてみたの。紙を破って召し上がって?」
「う、うん・・・。」
中身が非常に気になるものの、おっかなびっくりといった風に園子は紙を破った。
京極も園子に習い、紙を破る。
ふわあっ・・・と香りが鼻をくすぐる。
まさか・・・と園子は思った。
だってそんなはずないわ!
・・・だって、あれはもう・・・・だめに・・・・・!!
戸惑う園子をよそに、京極はそれを食した。
「とても美味しいです。これ。」
「お気に召してただいてよかったです。」
京極の絶賛の声に園子が顔を上げる。
「う・・そ。だって・・・ビーフシチューは・・・もうだめに・・・・。」
「だめになんてなってないよ?ビーフシチューのソースは残っていたんだもの。それとハンバーグを紙に包んで蒸し焼きにしたの。」
「・・・・蘭・・・・。」
「京極さん、これ、園子が貴方のために一生懸命調理したんですよ。」
「これを園子さんが・・・・?」
京極は目の前の料理をもう一口ほおばった。
「真さん・・・!!」
「美味しいです、園子さん。」
「・・・・・え。」
「今まで出てきたお料理、どれも美味しかったです。さすが園子さんのお見立てだと・・・思ってました。
でも、そんな毛利さんの料理よりも園子さんの作られた料理のほうが私はずっと美味しいと思います。」
「真さん・・・・。」
園子は京極の言葉に今にも泣き出しそうなくらい感激していた。
「そ、園子さん。」
「ありがとう、真さあん。」
感激で泣き出した園子に京極はびっくりしておろおろと慌てる。
そんな二人をほほえましそうに見ていた蘭は京極と園子に話しかける。
「お料理、温かいうちがおいしいのよ?食べて?」
「蘭〜!!ありがとうね!!」
「園子が一生懸命だっただけよ?」
「真さんも食べて!食べて!」
「はい。」
上機嫌になった園子は京極とともに、今まで以上に楽しげに過ごしていった。
食事が終わり、園子と京極は何度も何度も蘭に感謝して店を後にした。
新一と蘭は店内の後片付けをしていた。
「蘭、こっち終わった。」
「ありがとう。私も終わり!新一君も今日はありがとうね。」
「や、別に。京極にも久々に会えたし。」
「ならいいけど。」
「あのさ。」
新一は神妙な顔をして、蘭をよんだ。
「?なあに?」
「俺は・・・蘭の料理が一番美味しいと思うから!」
「え・・・??」
園子と京極のあまりのラブラブぶりに触発された新一は思わず言ってしまった。
京極の言葉を借りて、『好きだから』一番美味しい。とそういう意味をこめた。
「ありがとう。」
「蘭・・!!」
新一が気持ちが伝わったと思い、蘭に手を伸ばそうとした。
「慰めてくれたのよね?」
「は・・・・?」
「でもありがとう。京極さんが園子の料理が一番美味しいって言ったから私が落ち込んでるとかって思ってたんでしょ?」
「え、あ、あの。」
「そんなことないのになあ・・・。」
「ら、蘭・・?」
「早く見つかるといいね!新一君が一番美味しいって思える人!」
ぜ、全然分かってない・・・。
分かってないどころか誤解までしてる・・・・。
新一は蘭の鈍さにがっくりと肩を落とした。
二人が結ばれるには・・・・まだ時間が必要なようだ。