新一と蘭・和葉はやっとほっと一息ついていた。
ランチタイムの殺人的な忙しさから漸く開放されたのだ。
時計はすでに2時を回っていた。
これからしばらくはゆったりと過ごせる・・・と新一も安堵していた。
「蘭さあああん!!」
そんな悲痛そうな少年の叫び声と共に、店の扉が開かれるまでは・・・・。
「光彦くん。」
「蘭さあああん!!」
いきなり聞こえた蘭を呼ぶ男の声に新一は目ざとく反応した。
男の声が・・・・。
んだよ、一体・・・?
「光彦君、久しぶりね。」
「聞いてくださいよおおおお!」
「あはは!光彦君の叫びも久々やねえ。」
「ホントね。」
訳が分からない新一をよそに、蘭と和葉は楽しそうに少年を見ていた。
制服姿だ。
あの制服は帝丹高校のブレザーだな・・と新一は観察する。
ってことは、高校生か・・・。
蘭の・・・なんだ?
随分と親しそうだけど・・・・・。
ま、まさか!!
蘭の男とか・・・!?
新一はありとあらゆる想像を繰り広げ、一人あたふたとしていた。
「まあコーヒーでも飲んで落ち着いて?」
「はい・・。ありがとうございます・・・。」
・・・でもあの馬鹿丁寧さ・・・・。
親しげだけど・・・恋人には見えねえな・・・・。
新一がいろいろと想像しているうちに話が進んでおり、今更聞ける状態ではなくなっていた。
そのために新一は余計にいろいろと想像してしまっていた。
「今日志保って家にこもりっぱなしのはずよ?研究発表が近いとかって言ってたもの。」
「知ってます。家に行ったら志保さん研究室に居ましたから。」
光彦と呼ばれた少年は丁寧に言葉を返した。
志保って・・・宮野のことだよな?
ってことは・・・こいつ、宮野の知り合いか・・??
「そこにっ!!男の人が居たんですよ!」
「わあ!志保ちゃんやるやんっ!」
「和葉さんっ!!」
志保のめったにない出来事に和葉が感嘆の声をあげると光彦は、じろりと和葉をにらみつけた。
「ご、ごめ〜ん。」
へへっと笑いながら和葉は光彦に謝る。
本気で謝っているというよりも、事情を知るからこその軽い謝罪だ。
光彦はそんなとりあえずの和葉の謝罪を聞き流し、改めて話し始めた。
「大学とかの研究室とかじゃなくてっ!!自宅のっ!!しかも地下の研究室ですよ!?」
「地下って・・確か志保専用よねえ?」
蘭が指先を口元へと触れながら自分の記憶をたどった。
そんな姿が新一には目の毒だったが蘭は当然そんな新一の視線にも気づかずに光彦の話を聞いていた。
「そうなんです!志保さん専用の研究室に男の人ですよ!?信じられなくて・・・!」
光彦は発狂しそうなほど興奮してばんっとカウンターの机をたたいた。
光彦のすぐそばにあったコーヒーカップがかちゃん!と今にも割れそうな音を立てる。
そんな光彦の興奮具合に蘭と和葉はあはは・・・と苦笑いするばかりだった。
「・・・・・それ、黒羽じゃねーか?」
それまで黙っていた新一が冷静に口を挟んだ。
「工藤君、知ってるん?」
「そういえば新一君、志保と同じ学部だっけ?」
「研究室違うけどな・・・。けど今共同研究してるって聞いたけどな。」
「黒羽・・・さん??名前までは・・・。」
「髪の毛ぴんぴんと跳ねてる奴じゃなかったか?」
新一は思いつく「黒羽」の特徴をあげる。
「あ!そうです、そうです!!髪の毛跳ねてました!・・・って貴方に似てました!!」
「んじゃー、黒羽だな。」
「で、でも、いくら共同研究でも二人きりなんて・・・・!!」
いくら名前が判明しても、目的が判明しても、男女二人きり・・・というのは気が気ではないらしい。
光彦はそわそわとしている。
「あ〜・・・気にすることねえよ。」
「どうしてですか!?」
あくまでのほほんと答える新一に光彦は食って掛かる。
「黒羽、恋人居るぜ?」
「え・・・・?」
「しかもか〜なりベタ惚れ。」
「そ、そうなんですか・・・・?」
「学内じゃ有名なカップルだよ。」
力んでいた体の力を抜いて、かたんっと音を立てて光彦が椅子に座り込んだ。
「な、なんだ・・・。そうなんですか・・・・。」
あからさまにほっとした様子の光彦にさっきまで蘭との仲を疑っていた新一も表情を緩める。
心配することねーな・・・。
こいつは宮野狙いだ。
蘭にちょっかいかけようなんて気はないようだ・・・。
一安心して、新一が蘭に尋ねた。
「えっと・・・ところでこの子は・・・・?」
「え?あ、ごめん、言ってなかったっけ?」
「光彦君、叫びながら飛び込んできたからねえ・・・・。」
「和葉さん、言わないでくださいよ〜・・・。」
光彦はテレながら和葉に言う。
蘭も和葉もくすくすと笑っていた。
「円谷光彦君。近所に住む高校生なの。」
蘭は光彦のほうへ手のひらを向けて、新一に紹介した。
「光彦君、こちら工藤新一さん。新しくウェイターとして手伝って頂いているの。
志保と同じ大学に通っているのよ。」
「はじめまして、円谷光彦です。工藤さんのことは志保さんから少し、聞いています。」
「へ・・・・?」
光彦からの初対面の挨拶にと差し出された手をとろうとした瞬間、光彦からの意外な発言を受けた。
新一にとって、想定外の出来事に一瞬、戸惑ってしまったのだ。
「宮野から・・・聞いてる・・・・?」
「はい。蘭さんのお店に新しくウェイターの方が入ったと。」
「ふ、ふうん・・・・。」
志保からどんな話を聞いているのか考えるだけで空恐ろしい気分に陥る新一だったが、蘭の居るここでは聴きたくない。
光彦のほうも話す気はないのか、その話題はそれ以上、膨らませてはこなかった。
「あ〜・・まあ一応初対面だし。工藤新一、よろしく。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
なので、新一は当初の予定通り、右手を光彦へと差し出し、『はじめまして』の挨拶をすることにした。
頭の回転が早いのだろう。
光彦も新一の差し出された右手を取り、『はじめまして』の挨拶をした。
そんな男の思惑?渦巻く挨拶に蘭と和葉は気づくこともなく、ほほえましそうに眺めていた。
「僕、志保さんのところにも一度行ってみます。」
「え?」
コーヒーを飲み終え、気持ちが落ち着いたのか、光彦はすっきりとした顔をしていた。
「うん、それがいいかも。」
「はい!では、行ってきます!」
「頑張ってきいな〜。」
「はい!工藤さんもまたの機会がありましたら、ぜひ。」
蘭と和葉からの応援を受けた光彦はくるりと新一のほうへと向き直り、丁寧に挨拶をした。
慌てた新一は自分を何とか取り繕う。
「あ、ああ・・・。」
「では!」
光彦は勇ましく店を後にした。
光彦が店を去ると蘭と和葉はくすくすと笑う。
「光彦君も熱心やねえ・・・。」
「そりゃあ、もう10年ですから!」
「あっれ?そんなになんの?」
「彼がまだ小学生だったんだもん。」
「へえ!」
「何の・・話?」
どこか得意げに話す蘭と事情を知っていながらわざと大きく驚く和葉。
そんな二人のやり取りを不思議そうに眺めていた新一は話が見えず、とうとう割ってはいることにした。
「「光彦君が志保(ちゃん)に一目ぼれしてから!」」
新一の問いかけに蘭と和葉は二人声をそろえて答えてくれた。
「10年前って・・・6,7歳のころじゃあ?」
「そうよ!小学校の入学式の日に案内してくれた6年生のお姉さんに光彦君が一目ぼれしちゃったのよ。」
「それ以来ずーっと志保ちゃん一筋なんやって!」
「すげえな・・・・。」
光彦の一直線ぶりに新一は驚いていた。
相手があの「宮野志保」だからというのも関係しているのだろう。
「そーんなに優しくされたのか?」
「う〜ん・・・。別に、志保も決められた通りに従っただけよ?」
「そのころは明るくて活発だったとか?」
「志保が?いいえ、今のあれがあの子のもって産まれた資質よ。早々変わってないわ。」
「あのまま・・・。」
「だって、そのころから『クールビューティ』なんて近所で有名だったんだから。」
「あの性格の小学生・・・。」
新一は今の志保がそのまま小学生の姿になるのかと想像し震える。
「こわ・・・。」
「でも凄い優しいのよ?」
蘭は志保をそう形容した。
「そうなのか?クールビューティっていうのなら今でも変わらないだろ?」
「志保、ほんっとうに心を許した人以外には壁を作っちゃうタイプだから・・・。」
「あ〜・・・それ分かるわ。」
和葉が大きく頷く。
「あたしも志保ちゃんのホントを知るまでって結構時間、掛かったもん。」
「ホントは凄く可愛いのよね、志保って。」
「可愛い・・・宮野が・・・?」
新一は信じられないといった風に考え込む。
「新一君にも随分と砕いてると思うけどなあ?」
「はあ?」
考え込んでいた新一に対して蘭はさらりとこぼす。
新一にとっては晴天の霹靂以外の何者でもなく、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「どこが!?」
「園子と一緒になってからかうじゃない?あれって心許してる相手じゃないとやらないよ?」
「あ〜・・うん、うん!それ分かるわ!志保ちゃんってそういうタイプやんな!」
「あんまり嬉しくねえ・・・。」
新一で遊ぶのが心を許しているという証拠ならば、許してなんてほしくないと新一は心から思った。
「あれ?じゃあ、志保ちゃんって工藤君のこと、好きなん?」
「へっ・・・!?」
和葉はふと思いついた考えを口に出した。
なるほど。確かに心を許しているならばイコール、恋愛感情を持っていてもおかしくはない。
「そりゃ、ねーだろ。」
新一は一瞬驚きはしたが、すぐに否定した。
宮野が自分に恋愛感情を持っているとはとてもじゃないけど、想像付かなかった。
「なあなあ、蘭ちゃんどう思う?」
「ん〜・・・・。新一君のこと、気に入ってるのは間違いないと思うよ?」
和葉に振られた蘭は手元にあった皿を片付けながら意見を述べた。
「でもね、それが即恋愛感情かっていわれたら・・違うと思うな。」
「そうなん?」
「うん。志保、光彦君のこと凄く大切に思っているし・・・デートも結構頻繁よ?」
「あ、そうなんや〜。」
和葉は蘭の言葉にすぐさま納得した。
驚いたのは新一の方だった。
「え・・・?」
「?どうかした?新一君。」
「どうかって・・・。さっきの光彦君・・だっけ?」
「そうよ。円谷光彦君。」
「・・・宮野と付き合ってる・・のか?」
「せやで?」
「光彦君が中学入学した時に告白したの。まあ・・・告白って言うよりもはっきりと言葉にしたって・・ところかな?」
「じゃ・・さっきの彼が飛び込んできたのって・・・なんだったんだ?」
普通に付き合っている恋人同士ならば。
あそこまで取り乱さなくても・・と思ってしまったのだ。
「言ったでしょ?『クールビューティー』なんだって!つまりはそっけないのよね〜・・・志保。」
「恋人同士だって事も極端に隠したがるしな。」
「そうそ。人前で手なんてつないだことないんじゃないかなあ?」
「・・・それは・・・重症だな・・・。」
「でも、志保は光彦君のこと、ちゃんと好きなのよ?それは間違いなくね。」
「ふう・・ん。」
「心あらずって感じやね、工藤君。」
和葉が新一の受け答えを見て、そう声をかけた。
和葉の声にちょっとからかいの色が見え隠れするのは・・・気のせいだろうか?と新一は思った。
「あれ?新一君、志保のこと、好きだったとか?」
「はあ!?」
和葉のからかいの色を読み取ったのか、蘭は新一にとってとんでもないことを言ってくれる。
「な、なんで!?そんなわけないじゃん!!」
「なんで・・・って・・・。志保に恋人が居るって知ってちょっと落ち込んでるみたいだから・・・。」
いきなりの新一の大声に蘭はおどおどしながら、恐る恐る聞いてきた。
和葉は新一が蘭を好きだと知っているはずなのにそれでもびっくりといった風に新一を見ている。
おいおい。
和葉ちゃんは俺が蘭のことを好きだと知っているはずだろう?
なんで、ソコまで驚いた顔をするんだよ・・・。
「大体、何で俺が宮野を好きだなんて考えが出て来るんだよ・・・・。」
はあっと新一は大きくため息をついた。
「凄い落ち込んだように、考え込んだやん、工藤君!」
和葉は反論するように新一に食ってかかる。
蘭は、そのそばで和葉に呼応するように肯いていた。
「落ち込んだんじゃなくて!宮野が本気で人を好きだと思ってるなんてすげー意外に思ったんだよ!」
新一は思わず大声で叫ぶように弁解する羽目になってしまった。
「志保ちゃんも本気を見せへん子やからねえ・・・。」
「まあ、だから光彦君が飛び込んでくるんだけどね。でも光彦君だって頭から志保のこと疑ってるわけじゃないのよ?」
「それは分かるけどさ。信じてるけどあまりにも冷静すぎて不安になるってところだろ?」
「あったりvよく分かってるやん、工藤君!」
和葉が感心したようにぱんっと音を立てて手を打ち鳴らした。
・・・そこまで俺は鈍くないぞ・・・・。
新一は心底感心する和葉と蘭に心の中で反論した。
気持ちが分からなくもない。
目の前の彼女たちはそろいもそろって男の気持ちに気づかない鈍感コンビなのだから。
これをネタに宮野をからかったところで反応は薄いんだろうなあ・・・?
などと新一はぼんやりと考えていた。
これだけでも意外なのに、まさかこれ以上の驚愕の事実を知ることになるとは・・・。
今の新一には一切わかっていなかった。