午後のうららかな陽気。
ティータイムにお茶と特製ケーキで盛り上がるお客様。
そして、そんなお客様とは裏腹にぴんっと張り詰めた空気をかもし出している新一と蘭。
・・・和葉は居ない。
3日前に揉めた以来、店には来ていない。
大阪に帰っているのだ。
「平次がアタシを好き・・・?」
キャラクターに似合わず「静かに」告白していった平次。
平次が去った扉を見つめて和葉は呆然としていた。
まるで夢か御伽噺のようだ。
自分が愛を告白されるなんて思いもしなかった。
しかも好意を持ってくれた相手はずっと昔から一緒に居た幼なじみ。
男と女の垣根を越えて一生付き合っていけると思っていた。
離れ離れになるなんて考えもしなかった相手。
一緒に居ることが当たり前すぎて、自分の感情に気づくこともなかった。
和葉にとって平次は「恋人」以上に「家族」だった。
「だって・・・幼なじみやで?アタシら・・・。」
「幼なじみだからって好きになっちゃいけねーなんて法律ないぜ?」
ずっと「傍観者」を装っていた新一が口を開く。
「新一君・・・。」
和葉は何の返答も返せないでただ、新一の名前を呼ぶ。
「君にとっては『家族愛』だったんだろうけどね。服部のそれとはかなり違う。」
「アタシ・・・どうしたらエエんやろうね。」
ぽそっと呟く和葉。
おそらく返答は求めていないのだろう。
「和葉ちゃん・・・。あの・・・あのね。」
蘭は意を決したように和葉に話しかけた。
おそらくは、謝罪の言葉を口にするためだろうと予測がつく。
だが、それは叶わなかった。
蘭が口を開く前に和葉が蘭へと言葉を発した。
「蘭ちゃん。」
「は、はいっ!」
抑揚のないいつもとはやはり違う和葉に呼ばれ、蘭は素っ頓狂な声を上げた。
なんて声出してんだよ・・・。
新一と志保は同時にそう思った。
そのそばで蘭は顔を真っ赤にしてうつむいている。
「ご、ごめんなさい。」
「・・・ごめん、明日からしばらく休ませて・・・。」
「か、和葉ちゃん・・・?」
「いろいろ・・・考えてみたいんよ。」
それだけを告げると平次と同じようにふらりと店を後にした。
残された人間たちは、それを引き止めるでもなく、見送っていた。
「休みたくないって言ってた和葉ちゃんが有給申請?」
「・・・そういうことになりますよね。」
志保が今までのいきさつを冷静に分析し、答えを導き出す。
光彦はそれに当たり前のように同意する。
「・・・それって、本当に『有給申請』だと思うのか?」
「どういう意味よ?」
新一は、志保の分析を否定する。
志保は当然目つきを鋭く新一を睨むが、新一は志保のきついまなざしに負けてはいなかった。
「愛想つかしてやめちまうってことも考えられるって事だよ。」
!!!!!
びくんっと身体を揺らした蘭。
当然のように気づく新一と志保。
「和葉ちゃんが・・・やめ・・・ちゃうの・・・?」
「まだ決まったわけじゃないでしょ?」
「私が和葉ちゃんの気持ちも考えずに余計なことしたから・・・!!」
「・・・。服部が告白すればこうなってたさ。その時期が少し早くなったってだけだ。」
「新一君・・・。」
蘭を励まそうとしたのか、ただ単に分析しただけなのかは新一自身分からなかった。
だからこそ、新一はそれだけを告げると足早に店を後にしたのだ。
そのあと、残った蘭たちがどうしたかは分からない。
夜、久しぶりに自棄酒をあおるように飲んだ新一。
だが、多量に飲んでいるわりに酔いはちっともやってこなくて。
結局酔いきれないまま帰宅した新一。
取らなかった携帯に残されていた一件のメールと留守電。
それはどちらも蘭からのものだった。
内容的に変わりはない。
今日の謝罪が残されているだけ。
それ以外は何も含まれて居ない。
本当に悪かったと思っての行動だろう。
それは分かっている。
分かっているけれどもどうしても気持ちがついてきてくれない。
「くそっ!!!」
新一はイラつきに身をゆだねるままに近くに落ちていたクッションを蹴り上げる。
だがその行動は、イラつきを増長させるだけだった。
そして新一は、今頃回ってきた酔いに任せてどさりとソファに倒れこむとそのまま眠りについてしまった。
翌日。
二日酔いのまま店に向かった。
休む気はハナからなかった。
気まずいとわかっていても・・・。
それでも蘭に会いたかった。
新一は自分でも驚いている。
自分がこんなにも人を好きになれるなんて思いもしなかった。
確かに蘭に会った時、見惚れた。
一目ぼれだと自分で分かるほどに。
だが、それも一時の感情だろうと思っていた。
彼女が居たことはある。
新一の容姿だ。いくらでも好意は持たれた。
言い寄ってくる女に対してくるもの拒まずで適当に付き合えた。
だが、彼女たちが本気で新一を愛するようになる度に彼は気持ちが覚めていった。
否。
気持ちが盛り上がったことなど今まで一度だってなかった。
それなのに・・・。
服部と同じような気持ちなのかね?
どれだけ想っていても相手には自分以上に大切なモノを持っている。
ははっ!服部よりも俺のほうがきついじゃねーか。
和葉ちゃんはどんな気持ちであろうとも一番に服部を頼る。
だけど蘭は違う。
・・・まるでガキだな、一番じゃないからって拗ねて。
結局、自分からどうすることも出来ないまま。
そして、蘭から何らかのアクションもないまま、3日が過ぎ去ったのだ。
からんっと音を立てて店の扉が開いた。
新一はその音に反応してすぐにいつもどおりに行動しようとした。
「いらっしゃいま・・・服部。」
「よっ。久しぶりやな。」
「あ、ああ・・・。」
告白して以来の平次の来店。
表情は変わらず、さばさばしている。
「服部・・・君。」
「ねーちゃんも元気・・・そうやないな。」
「和葉ちゃんは・・・。」
「大阪。まだ帰ってへんみたいやな。」
「行かない・・・の?」
カウンターに座った平次に水の入ったグラスを差し出しながら蘭が問いかける。
「ねーちゃん、俺告白してんで?・・・もう待つしかないんや。」
「なんか・・・オマエらしくないな。」
「そーか?」
「もっと行動するんだと思ってたから・・・。」
「せやなあ・・・俺らしゅうないよなあ。」
新一の言葉にふっと笑うとグラスを手に取り、その水を一気に流し込んだ。
ことんっと音をたててテーブルに置くと、コップを持つ手が震えているのが分かった。
誰も何も言えずにただ、時間だけが過ぎていった。
それを壊したのは蘭の突然の発言だった。
「私・・・やっぱり大阪行って来るっ!」
「蘭!?」
「姉ちゃん?」
「だって結局私、和葉ちゃんに謝ってないものっ!どんな結果になろうともとりあえずは謝りたいのっ!」
「蘭・・・。」
きっと目を見据えて決意を固めた蘭。
逆に突然の蘭の言葉に新一も平次も驚きを隠せない。
ついさっきまでどうしようかと悩みきっていたくせに。
急に決意を固めてる。
女ってのはこういうものなんだろうか?と新一もあっけに取られる。
平次は驚いた後、じっと何かを考えているようだったが、急にばんっと机を叩いて立ち上がる。
びくりとする新一と蘭にひとつの提案を持ちかける。
「せやったら・・・工藤と二人で行って来てくれ。」
「は!?」
「ちょ・・・服部君!?」
驚きが収まらないまま、今度は平次の提案に呆然とする。
当然、一人で行くつもりであっただろう蘭も慌てる。
それは、もちろんきまずい人間と一緒。というところにも引っかかるのだろう。
「姉ちゃん、筋金入りの方向音痴やろ?今回ばっかりは和葉に迎えに来てもらうって出来へんで?」
「あ・・・。」
「な?だから工藤と行けば迷うことはあらへんやろ。」
「で、でもっ!!」
「それに姉ちゃんも俺と同罪や。せやったらコレに関わってない工藤が居たほうがエエやろ。」
「それは・・・。」
「どや、工藤?」
平次の言うことは正論だ。
確かに騙した蘭が一人で行くよりも、同じ立場にいた新一が一緒のほうがいい。
それは分かる。
そして平次が別の意図も含んでいることも新一は気づいていた。
伸るか反るか?
二者択一。
新一は選んだ。
「俺、行くよ。」
「よっしゃ。」
「し、新一君!?」
「確かに和葉ちゃん説得するのに俺居たほうがいいと思うし。」
「・・・。わか・・・った。」
蘭は渋々といった風にうなづいた。
平次の言葉はあたっていると分かっているからだろう。
ただし蘭は、平次の隠された意図には気づいてないようだった。
本来ならば、決めてすぐに向かうはずだった。
事実、新一はそのつもりだった。
だが、蘭が店を途中で放り投げていくことは出来ないと言い切ったため、翌日の出発となった。
疲れきったはずなのに、妙にさえている。
新一は何をするでもなく、ぼんやりと家でくつろいでいた。
その時、来客が来たことを知らせる玄関ベルが鳴り響いた。
こんな時間に・・・・。
そう思いながらも新一は扉を開けた。
其処に立っていた人物に目を見開いた。
「園子・・・。」
「はあい。」
能天気にそう言って右手をひらひらと至近距離の新一に向かって振る。
「なんだよ、こんな遅くに珍しいな。」
「そう?ま、ちょっと言いたいことがありましてね。」
「言いたいこと?」
そういいながら、新一は園子を家へ上げようと促すが、園子はその場から動かなかった。
「すぐお暇するからいいわよ。」
「んで?何?」
新一の行動を制止させた園子を見据えながら新一は、開いたままの扉にもたれかかった。
「うん。成長したなあって思って。」
「成長って・・・誰が?」
「新一君に決まってるじゃない。」
園子がぴっと新一を指差し、あたらないと分かりつつ、新一はちょっとだけ園子の指から逃れた。
「新一君って、昔から女の子とっかえひっかえだったじゃない?」
「人聞きの悪いこと言うなよ。」
「そうね、女の子たちは本気で好きだったのに新一君は違ったものね。」
「・・・。」
園子の鋭い指摘に図星を指された新一は何も言い返せず、黙ったままだ。
何か言いたげな表情を見せるも、園子に先回りされてすぱっと切られてしまった。
「否定はさせないわよ?」
きつい口調。
さすがに昔なじみだけの事はあると新一はくすりと笑う。
「何よ?笑ったりして。そんなにおかしなこと言った?」
「いや。」
怪訝そうな園子の表情。
確かに不思議なんだろう。
「俺、そんなに分かりやすかったかなあ?と思ってさ。」
「・・・昔からよく相談されてたから。」
「へえ?」
初耳だ。
「小学校からの知り合いなんて早々いないでしょ?」
「まあな・・・。」
「その私が言うんだから間違いないわよ?」
「何がだよ?」
なんとなく意味を分かりながらもあえて尋ねてみる。
「新一君、蘭に本気で惚れてる。」
「・・・。」
やっぱり予想通りだと思って新一は一瞬あっけに取られた後、大笑いした。
「何よ?」
「い、いや・・・悪い。ホントに見切られてたからさ。」
「それで、笑ってるの?」
相変わらず笑いが止まらない新一。
そんな新一を怪訝そうに見たまま、憮然としている園子。
普段と逆だな・・・と新一は思った。
「俺、女の好みの話なんてオメーにしたことねーのに。」
「女の好みって・・・新一君、蘭に会うまで好みなんて存在しないでしょ?」
「・・・まあな。恋愛できねー体質だと思ってた。
京極と園子の高校時代の大恋愛。応援しつつも何故其処まで想い合えるのか心底不思議だったよ。」
「今なら・・・分かるでしょ?」
どこか誇らしげな園子の顔に悔しいと思いながら。
でもさばさばした表情で答える。
「まあな。」
「だったら・・・大丈夫だよねっ!」
「え?」
大丈夫?何が?
新一は突然の園子の言葉に戸惑う。
「どう行動すればいいか、もう分かるよね?」
「園子・・・。」
にこりと微笑む園子。
そこで新一は理解する。
突然の訪問の意味。
園子は新一を励まし、勇気付けようとして来てくれたのだということに。
「オメー・・・ホントに。」
「いい女でしょ?」
「自分で言うか、それ?」
「まっ、頑張んなさいよねっ!」
バシンッと勢いよく叩かれた背中に痛みを感じる。
「痛ぇよっ!」
「じゃっあね〜!」
来たときと同じようにひらひらと手を振って帰っていこうとする園子。
「送ってくっ!こんなに遅くに女が一人で歩くなよっ!」
慌てて新一が扉を後ろ手で閉じようとして園子が遮った。
「心配、ご無用っ!真さんがその角で待っててくれてるからっ!」
「京極・・・帰ってたのかよ。」
「いい男でしょ?」
にこっと笑ってそう告げる園子。
「ああ、オメーにはもったいないくらいなっ!」
「やなやつ!」
いつもの調子を取り戻した新一の発言に顔をしかめながら園子は帰っていった。
園子と新一の会話。
このお話では、園子と新一は蘭よりも付き合いが長いのです。
故にこのように励ましもあります。
裏設定として、かつて新一が園子と真さんを応援したお返し?といった感じだったり。
新一と園子のこんな関係大好きですv
さて、やっと新一と蘭が大阪へ行ってくれます(menu8、長いなあ・・・。)