新一と蘭が大阪へと向かう日。
二人は東京駅で待ち合わせをした。

新一のほうが、待ち合わせ場所に早く着いており、壁にもたれかかりながら蘭を待っていた。
なんとなく早くに目が覚めたので、さっさと家を出ただけの事だ。

・・・新一は、そう自分に言い聞かせていた。
確かに、蘭と二人きりで遠出することに興奮したわけではない。
今日こそ、ここしばらくの蘭との気まずさをなんとか解消したかった。

謝るとか謝らないとかではなくて。
気まずくなってどうしようもなくなってしまった関係は、当人同士で解消しなければならない。
二人きりで、店を離れて。

今日この日が、千万一隅のチャンスなんだろう。


だからこそ、平次も「二人で」行くことを望んだ。
自分たちのせいで・・・。
平次にしてみれば、そんな風に思っているのだろう。
その平次の気持ちを無駄にすることだけは避けたかった。

そんな風にぼおっとしている割りに、目ざとく蘭の姿を捉えた。

「新一君・・・。」

いつもよりも遠慮がちな蘭の声。
待ち合わせ場所に来たことを知らせるための呼びかけ。

「あ・・・、おはよう。」
「おはよ・・・。」
「あ、じゃあ行こうか。」
「うん・・・。」


気まずさはすぐには解消できるものでもなく。
結局、必要最低限の会話だけで終わってしまう。


新幹線に乗り込み、二人並んで席に着いても無言が続く。
耐え切れない雰囲気に本でも読んでいればよかったかとも思う。
事実、蘭だって読んでいないレシピ本でも持ってくればよかったと後悔していた。

だけれども。
二人とも本に逃げることはしなかった。
どこへ行くにも本を持ってくるのを忘れることのなかった新一が、今日だけは本を家に置いてきた。
蘭だって同じようなものだ。
二人とも会話をして、この気まずさを解消したいという思いは一緒なのだ。
だが。
その方法がつかめずに今の今まで来てしまっていた。


結局、言葉をほとんどかわすことなく、大阪へと着いてしまった。

大阪の陸の玄関口、新大阪。
新幹線の到着ホームに降り立った新一と蘭。
早くなったとはいえ、東京から約3時間の長旅。
ごきり。と骨を鳴らした新一が蘭へと振り返る。

「な、何っ!?」

蘭の慌てた声。
新一の方が唖然とする。

「何って・・・。これから和葉ちゃん家までどう行くんだ?」
「え、どうって?」
「在来線?それとも地下鉄?」
「あ、え、えっと・・・。」

新一の当たり前の質問に蘭はあたふたとする。


その動きは、もしかして・・・・?


「蘭・・・。もしかしてどうやって行くのか、分かってないのか?」
「う・・・。」

もしやと思った新一の考えは図星だった。

「だけど、和葉ちゃん家行ったことあるんじゃ?」
「だって、和葉ちゃんについていくだけだったし・・・。」
「よくそれで、一人で来ようなんて思ったな!」
「だ、だってっ!そんなこと考えてなんてなかったものっ!」

新一の呆れた声に蘭は思わず大声で言い返す。
割と大きな声だったために、周りに居た人たちが、こちらを振り向いている。

「蘭。声、大きい。」
「ごめん・・・。」

真っ赤になってうつむいた蘭は強烈に新一を惹きつける。
しかし今、この場でやるべきことを高速で判断した新一は蘭のほうへ向かっておもむろに手を差し出した。

「え・・・?」

じっと新一の手を見つめたまま蘭はきょとんとしている。

「地図と住所。」
「えっ?えっ?」
「大阪の地図。持ってきてるんだろ?それと和葉ちゃん家の住所、教えてくれ。」
「あ・・・はい。」

てきぱきと響く新一の声に蘭は素直に反応を返す。
手提げのかばんからミニ版の大阪の地図帳を取り出し、和葉の住所を書いた紙と共に、新一に手渡した。

「寝屋川か・・・。だったらJRの周遊チケット持ってるし、京橋まで出て京阪かな?」

地図を見ながら、新一は和葉宅までの道のりをよどみなくはじき出す。
蘭は心底、感動していた。

「じゃあ、まずは東海道線だな。・・・って、どうかした?」

蘭のキラキラした瞳が自分を向いていて、ドキッとした。

「新一君、凄いのねぇ・・・。」
「は・・・?」
「だって地図と住所見ただけですぐに分かるだなんてっ!!」
「いや、まあ・・・コレくらいなら・・・。」

別に凄いといわれるほどのことなんてしてないのになあ?と思いながらも新一は気分が良かった。
今、蘭が頼りにしているのは間違いなく自分自身であるからだ。
それに、今までの気まずさが嘘のように二人が普通に会話できていることも大きい。
今、この場でぱっと謝ってしまえばいいのにそれが出来ないで居るのはお互いの鈍さのせいだ。
蘭も新一と同じようにこの久しぶりの会話が心地いいと思っている。
お互いがお互いを求め合っているのに気づけて居ないのだ。
新一は、「蘭が鈍いせいで」進展がないと思い込んでいるが、新一だって大概鈍いのだ。



「きゃっ!」

ガタンッと音を立てて電車が揺れてそれに対応し切れなかった蘭がよろける。

「大丈夫か?」
「あ・・・。ありがと。」
「しっかりとつかまっとけよ。」

新一は蘭を支える様に肩をまわし、自分のほうへと引き寄せる。
そうして蘭が他の乗客にもまれない様にガードするように隙間を作る。

特別な考えを持ってやっているわけではない、ごく自然な振る舞い。
だからこそ、意識はまるでない。
蘭が顔を真っ赤にしていることさえ、気づけて居ないのだ。
新一が鈍感といわれる所以である。
そして、蘭が鈍感といわれるのはそんな状態の新一に気づけて居ないせいだ。
結局、新一も蘭もまた適当な話も出来ず道中が過ぎていった。

新大阪から大阪駅へと一旦出て、其処から大阪環状線に乗り換えて京橋駅へ。
そこから京阪線といわれる私鉄へと乗り換え約15分。
漸く寝屋川市駅へと到着する。
いわゆる大阪の下町の駅というよりも新興住宅地の新しい駅といった感じである。
東京の駅とかでも見るような感じで新一はちょっと違和感を持つ。
いかにも「大阪人」といった風情の服部や和葉が利用する駅としては異質と感じたのだ。
もっとも、そんな考えも持つことは大阪人へも偏見なのだろうと感じられたので口に出すのはやめておいた。

「新一君、ここからは近いの?」
「どうだろうな。住所からはなんとも・・・。地図で確認してみるよ。」
「ごめんね、何もかも任せきりで・・・。」
「別に気にしてねーよ。乗りかかった船だし、和葉ちゃんは一緒に働く仲間だろ?」
「・・・うん、そだね!」

”仲間”という言葉が蘭には嬉しかったのか、蕩けそうな笑顔が零れる。

ちくしょー!可愛すぎじゃねーか!!

流石の飛び切りの蘭の笑顔に新一はコレには過敏に反応した。
赤い顔に気づかれないようにちょっと必死な自分は情けないなあ・・・と落ち込む。
もちろんど鈍感な蘭が気づくはずも無く、ちらり。と横目で見てもきょとんと幼げな顔を返すばかりだった。


ずっとこんな状態なのかなあ?と新一は天を仰いだ。
和葉の家は住所から見ると此処から歩いて行ける距離のようだ。
新一と蘭は、二人揃って家までの道を歩く。

暫くすると賑やかだった駅前から離れ、静かな住宅街へと差し掛かる。
こういったところはどこも同じような街並みだなあ・・・と思う。
だけれども全く知らない場所。
なんだか不思議な感覚だった。

ちらり。と横目で見ると、蘭はあたりをもの珍しそうに見回していた。
その瞳がキラキラ輝いているようで、また料理のヒントにでもしてるのだろうか?などと考えていた。



駅から歩いて15分ほど。
周りと同じようなごくごく普通の家の前で新一は立ち止まる。

「新一君?」

不思議そうに声をかけた蘭はその家を見上げている新一と目線を同じにするように顔を上げた。

「あ・・・。」

蘭の呟きを耳に入れながら新一はうなづく。

二人は遠山家の前に到着していた。



新一と蘭ちゃんの大阪旅行記。
寝屋川への行き方は他にもあると思いますが。
ま、一般的ということでご了承ください。