何もやることが無い。
ポケーっと一日中暇そうに自室に篭っている。

両親は日中仕事に出ている関係上、今家の中は和葉一人きりだった。
そんな状態なのだから新作レシピ創作にでも励めそうなものなのに、不思議とそうはならなかった。
東京のマンションよりも広い充実したキッチンなのに。
『美味しい』と喜んで食べてくれる人も居る。
なのに・・・何故か気分が乗らない。

ぱらぱらと料理の本をめくってみても零れるのは想像力ではなくため息ばかりだった。


「な〜んもやる気がせえへん・・・。」

少し声に出してみたところでやる気がおきるわけでもないのに。


平次と蘭が共謀して自分をたばかっていた。
二人で寄ってたかって自分を店に来させないように。
一度ならず二度までも。
今考えるだけでもむかむかする。

分かっている。
本当は、ちゃんと分かっている。

休みを取りたがらない自分を気遣って無理に休みを取らそうとしていることくらい。
平次とあわせるって言うのは、蘭の策略だと思っていた。

蘭はとにかく平次と和葉の事を誤解していると思っていた。
和葉はいつもの蘭たちのからかいに否定していた。
ずっと「平次とはおさななじみなのになあ・・・。」と少しうんざりしていたのも事実。
そして平次をちらりと見ても、いつも涼しい顔のまま、表情さえ変わらない彼が其処に居た。
もう、からかわれることに慣れた平次が諦めてやり過ごしていると感じていた。

それほどに和葉にとって、平次は恋愛対象からは一番かけ離れた場所に居るといえる。
少なくとも、和葉にとっては・・・・。

だからこそ本気で驚いたのだ。
平次の言葉に。
突然の告白に。

そして事実に。


『俺が耐えられへんのや。』
『和葉の事が好きや。』



まさか平次があんな事言うとは夢にも思っていなかった。

いつも和葉に対して減らず口を叩いて、からかってばかり。
女扱いされてないんじゃないだろうか?と思ったことは一度や二度じゃない。
いつでもどんな時でも二人一緒が当たり前で。
でも離れて暮らすなんて考えられなくて。

だからこそ平次が東京の大学を受験すると聞いたとき、自然に東京の調理師専門学校への進学を決めた。
女の子だし、大事な一人娘。
しかも東京でなくても調理師の専門学校なら有名どころが大阪に沢山ある。
両親の大反対にもめげずに頑固に「東京へ行く」と言い張った。

「絶対に東京へ行く!」と言い張る和葉に両親がとうとう折れた。
平次が一緒なら大丈夫だろう。と信用もされた。

その時、平次が複雑そうな笑みを浮かべていたのが印象に残っている。
その時は、その表情の意味は分からなかった。




調理師と製菓。東京の専門学校で一年ずつ就学し取得した国家資格。
両方の免許を取得した2年後も丁度同じ調理師の専門学校の親友・蘭に誘われたこともあり、東京に残った。
頭のどこかに「平次はあと2年ある」という意識はあったかもしれない。

今、職業にしては居るが、元々コックになんて興味は無かった。
ただ、”誰かの為”に料理をするのは好きだった。
だから道を極めたいと思うようになった。
幸い、蘭と共に働く店は自分のほぼ理想とするところにあった。

だからこそ仕事が楽しかったし、休みなんてもったいない。と思っていたのだ。
何かの約束をするでもなく、夜8時半に店へとやってくる平次は和葉の料理を”美味しい”と食べてくれる。

初めて料理を作ったとき、満面の笑みを浮かべて食べてくれた平次の顔。
其れが忘れられなくて料理を続けていたのだ。
和葉の原点と言っていい。
平次の笑顔が見たくて、ずっと続けていた。

その中に愛や恋があるとは考えたことも無かった。
ただ、ひたすらに「必要な人」だった。
蘭や他の女の子たちが平次と話しているのを見ると胸が痛んだ。
大切な人と引き裂かれる想いまでした。


だけど、和葉は気づかなかった。
平次が恋愛対象と思いながら接しなかったことも原因かもしれない。
二人で出かけて、ご飯を食べて気軽に近くで眠ったりもする幼なじみ。
そんな関係が彼らを”恋愛”から遠ざけていたのかもしれない。
思いを伝え合わなくても自然に傍に居ることが出来たから。



そんな彼らの恋愛とも呼べない関係から一歩踏み出したのは平次だった。

確実に変わった彼女への想い。
なのに確実に変わらない彼女への態度。

人の気持ちに気づくのに疎い和葉相手にコレだけで解れ。というほうが無茶だった。
そうしていくうちに数年が過ぎ去り、変わらない関係を保った二人がいた。

そんな関係が続くうちにもう、真剣に想いを伝えられるような状況ではなくなっていた。
今回の事件は平穏を保っていた二人にとって突然吹いた突風のようなものだった。


ぼおっと天井を見つめるままにベッドに倒れこんだままの和葉。
ぐるぐると回るのは平次との今までの様々な出来事。

怒った顔。
笑った顔。
からかうような意地悪な顔。

どれもコレも印象に残ってる。
どれもコレも大好きな顔。
大切な大切な平次の姿。


離れて1週間。
考えなくてはいけないことは山ほどあるはずなのに。
だけど和葉の頭を駆け巡るのは平次のことばかりだった。


そうして漸く和葉は気づく。


ああ・・・、そうか。


電気がビビビッ!と流れるような突然さはなかったけれども。
静かにゆっくりと理解する。




アタシ、平次の事が好きなんや・・・・。


と。
和葉が気づいたその瞬間、突然の訪問者を告げる玄関のチャイムが和葉の耳に飛び込んできた。



平和メインでやっと和葉ちゃんへと戻ってきました(ほっ)。
和葉ちゃんが自分の気持ちに気付いた所で新一さんと蘭ちゃんご到着ですv