ピンポーン、ピンポーン。


玄関チャイムが鳴り響いている。

和葉はむくりと億劫そうに身体を起こした。
ついさっき、平次への想いを自覚したばかり。

自分は現在のところ東京在住でこっちの友人には誰にも連絡はしていない。
近所の人だとしても父関連だと思うし、このまま居留守を使おうとも考えた。

でも、近所の人ならば自分が帰って来ていることに気づいている。
それに、大事な用事だとしたら放ってはおけない。

あれこれ考えたけれども結局出ることにして部屋を出た。
出る直前には洗面所に寄り、自分の身支度を軽く整える。

そうして漸く鳴っているドアホンに応対した。


普通ならばこれだけ時間をかければ帰ってしまっている。
そんなことに和葉は気づけるほどには頭は今、働いていなかった。


「はい。どちら様ですか?」

ドアホンへと通じる受話器を持ち上げ、若干よそ行きの声を装う。
返答してきた声に和葉は驚いた。


「あ、毛利と申しますが・・・。和葉さんはご在宅でしょうか?」
「ら、蘭ちゃん!?」

慌てた和葉は受話器を持ったまま、玄関の扉を開いた。


ガラガラッ!!

勢いよく開け放たれたドアの音に驚いたのか?
ビクリと身体を揺らした蘭と平然と立つ新一の姿が見えた。

「蘭ちゃん・・・、新一君も。」
「あ・・・。か、和葉ちゃん・・・!!」


驚いた顔の和葉。
出てきてくれて本当に安堵した顔の蘭。
そして和葉に対して新一は軽く右手を上げた。

「な、何で・・・!?」
「あ、あのね・・・その・・・。」

疑問をそのままぶつけるしかない和葉と言いたい言葉を言いあぐねている様子の蘭。
新一はそのままクールにただそこに立つだけだった。


玄関の最後の門を隔てて3人がいつまでも動かないのでその様子をちらり。と横目で見て通り過ぎた
近所でもおしゃべりと有名な2件先のおばさんの姿を目に留めて漸く和葉が動きを再開させた。

「あ、あ・・・。とりあえず上がって?」
「ん、あ。うん。」
「お邪魔します。」

キイッと油を挿し忘れたような金属音を立てて小さな門を開けて、和葉は訪問者を漸く家へと迎え入れた。






「コーヒーでええ?」
「あ。お構いなく。」

和葉はキッチンで普段父親が愛飲しているであろうインスタントのコーヒーを3人分淹れようとした。
だが、ブラックで飲む父がフレッシュを置いている訳も無い。
ミルクを入れて飲む蘭のために昨日購入した牛乳を用いてカフェオレを作る。
ブラックを好む新一の分のコーヒーとあわせて3つを二人の待つ居間へと運んだ。


「はい。待たせてごめんな?」
「うっ、ううんっ!私こそ急に来ちゃってごめんなさい。」

カップを差し出しながら和葉は謝罪する。
そんな和葉に釣られるように蘭は慌てて首を振りながら謝った。


「エエよ。ずっと休みっぱなしやもんなぁ、私。」
「か、和葉ちゃんっ!」
「自分で休ませるな、騙すな。とか言っといて思い切り無断欠勤やもんね。」

あはは・・・と笑うがその和葉の笑い方が不自然で蘭は覚悟を決めた様に思っていたよりも少しだけ大きな声を出した。


「違うのっ!!!」

その声に驚いた和葉は目を大きく開けて呆けている。

「蘭・・・ちゃん?」
「違うの、和葉ちゃんは悪くないの!私がっ!!・・・私が変に気を回したからっ!だ、だから・・・!!」
「もう・・・エエよ。休まへん私の身体の事気を使ってくれたんやろ?・・・ソレくらい分かってる。」
「和葉ちゃん・・・。」
「でも、ソレ言うなら蘭ちゃんかてそうなんやで?」

柔らかな表情と声で言葉を綴る和葉にほっとした顔を見せた蘭に対して和葉はちくりと釘を刺すことを忘れない。
蘭も苦笑いを浮かべて応える。

「分かってる。・・・志保からも園子からも責められた・・・。」
「似たモノ同士やもんね、うちら。」
「ホントだね。」

くすくすと蘭と和葉は笑い出す。
そうしてひとしきり笑った後、蘭は「ごめんなさい。」と和葉に告げて和葉が「エエって!」と言うことで決着がついた。


そうして二人が仲直りを果たしたことを見て取ると、ずっと黙ったままだった新一が静かに口を開いた。

「服部は・・・来てないみたいだな?」
「・・・うん。」

いきなりの核心を突いた質問に和葉は思っていたよりも低い声で応えてしまった。
すぐに「しまった!」と思ったが、鋭い新一の事だ。
すぐに動揺が見破られるだけだと諦めて和葉はそのままやり過ごすことにした。

新一もそこは重要どころでは無い様子でそのまま話を進めた。


「俺たちに大阪行きを勧めたからてっきり、来ているものだと思っていたんだけどなあ。」
「え?」
「俺たちの事をダシにしてくるのかと思ってたけど・・・違ったのか。」

思案する様子をそのまま顔に乗せて新一は呟く。
それに対応するようにソレまできょとんとしていた蘭が口を挟んだ。

「だって。私が行かないの?って聞いた時、服部君行かないって言ってたじゃない・・・。待つしかないって。」
「待つしかない?・・・なんやの、それ?」

自分が居ない間に展開した話の内容に和葉が思わず身を乗り出す。
そんな和葉を見て、新一はこらえ切れないように、くくくっと笑いを零してしまった。

「新一君、何なん・・・?笑われるようなことした?」

あからさまにむっとしたように頬を膨らませて不機嫌そうに声を漏らす和葉を見て、こらえ切れないように笑いこけた。

「や、わ、悪い。」

すぐに体制を建て直し、今にもかかってきそうな和葉を片手一本で制して少し気分を落ち着ける。

「和葉ちゃんにさ。自覚なしって言ったけど・・・あれ、チャラにしてくれな?」
「えっ?」
「だってさ。態度見たら分かるよ。・・・好きなんだろ?服部の事・・・。」
「えっ!?そ、そうなの?和葉ちゃんっ!」
「・・・。」

確信犯的な言い方をする新一。
ずっと言い続けてきてたくせに、びっくりしている蘭。

そして・・・。
顔を真っ赤にさせてその場から動かなくなった和葉。
それだけで彼女の気持ちがはっきりと見える。

それ程付き合いの長くない自分がはっきりと分かるほどなのに服部には伝わっていない。
「待つしかない」と殊勝に言った服部だが、それは彼女にせっついてどういう結果を招くのかを想像しての事だろう。
そうしてフラれる日が一日でも遠ければいいと思っているに違いない。
それは新一の勝手な想像ではあったが、さほど間違っては居なかった。


普段の服部平次という人物を知っているならば、ここまでもどかしく動かない彼に対して疑問符が頭に浮かぶだろうから。


”近すぎる関係”ってのも時には上手く動くものも動かなくなるのだろうと新一は納得した。
助けてやりたいが、自分ではどうしようも出来ない。
ココまできたら何とかできるのは本人たちしか無理だから。

そう考えて新一は思わず苦笑いを零した。


ばっかで〜・・・。
俺だって同じじゃねーか。


そう。
新一だって蘭とはっきりと仲直りしたわけではないのだ。
その証拠にぎこちない蘭の態度はなんら変わっていない。
ほんの少しだけ、楽に話せるように戻っただけだった。

「和葉ちゃん・・・。」
「・・・。」

真っ赤な顔を隠そうともせずにうつむいたままの和葉を気遣ってそおっと顔を覗き込む蘭。
そんな蘭に気づいて和葉は、くすくすと笑う。
いきなりの和葉の笑いに蘭がぎょっとしてちょっと飛び退いた。

「か、和葉ちゃん?」
「流石やね、新一君。」
「え?」
「なんでやろ?そんなに私って解りやすいんかなあ?」
「多分。一般的には分かりやすい部類に入ると思うよ?」
「そっかぁ〜・・・。」

そう言いながら和葉はそのまま机に臥せってしまう。

「・・・でも、気づいたんはついさっき。」
「え、そうなの?」
「うん。・・・勢い余ってこっち帰ってきて何にもせんとぼーっとしとって。
 何にもやる気起きひんのに、ずっと頭に浮かぶのは平次の事ばっかり。あ〜あ。
めちゃくちゃ近場で見つけるなんてな〜・・・お手軽。」
「それ、違うよ?」

自虐的に笑いに変えた和葉の言葉に真っ先に反論したのは、蘭だった。

「そう?」

和葉がむくりと顔を起こして蘭を見据える。
下手な慰めなんて要らないよ?といったところだ。

「奇跡っていうんだよ?」
「奇跡?」
「そうっ!だって、大好きな人がこんなに近くに居ることそんなにあることじゃないよ!」
「・・・ありがと、蘭ちゃん。」

力説する蘭に押されて和葉はぺこりと頭を軽く下げながら感謝の言葉を告げる。

「私もそう思うことにする。・・・しょうがないかっ!だって私が料理人になった切っ掛けって平次やしね。」
「そうなの?」
「ん。・・・昔、むか〜しに聞いた平次の言葉が凄く嬉しくて・・・もっと聞きたくてはじめたから。」


そういいながら和葉は懐かしそうな顔をした。



漸く新蘭と和葉が再会してくれました。
一気に蘭ちゃんと和葉ちゃんを和解へと持ち込み、和葉ちゃんの恋心にも気付いてもらいました。

新蘭が「幼なじみ」じゃない設定なので、平和を表して「奇跡」と表現する蘭ちゃん。
・・・・実は、一度やってみたかったのです(笑)
和葉が料理人を目指すきっかけは描くつもりなかったんだけどなぁ?
ちょっとちび平和が書きたくなったらしいです(爆)←とゆーか、平和書きたくなった・・・のです。

平ちゃんに春が訪れるのが”また”延びそうです。