トントントントン・・・・。
まな板で野菜を切る小気味いい音が聞こえる。
和葉はこの音が大好きで、聞こえるとすぐに台所へと駆けていった。
和葉が台所からひょこっと顔を出すと母親がタイミングよくくるり。とこちらを振り向く。
そうして「和葉」と呼んでくれるのがたまらなく嬉しかったのだ。
大好きだった母親は今はもう、居ないけれども。
ひょこっと顔を出してくるり。と振り向いてくれる人が居るから、今も大好きなのだ。
「和葉ちゃん。」
「えへへv」
振り向いたのは和服がよく似合う古き良き時代の日本の母そのもので、穏やかな笑みを浮かべてくれていた。
「和葉ちゃんはホンマにこの音が好きなんやねえ?」
「うんっ!おばちゃんの音も大好き!」
「そう。」
ニコニコと満面の笑みを浮かべて飽きることなく静華の手元を見ている。
「和葉ちゃんもやってみる?」
「えっ!?そんなんエエの、おばちゃん?」
「エエよ?おばさんが教えたるさかい。」
「うわあ〜vv」
静華の言葉は和葉にとってとても魅力溢れる言葉で、簡単に魅了された。
「包丁は慎重に扱うんやで?乱暴にしたらあかん。人に向けたりなんてもってのほか!やで?」
「はいっ!」
「ん。いい返事やね。」
殊勝に静華の言葉に従って、大きな声で返事を返す和葉に静華も好感を持つ。
確かに、今から使う「包丁」は大変危険なものだ。
料理をするために欠かせないものではあるが、取り扱いは危険。
肝に銘じておく必要性がある。
そのことを言い聞かせてから静華は、和葉に包丁を持つように指示した。
「うわ・・・あ。」
水で丁寧に手を洗った和葉が初めて持つ包丁に感激の声を上げる。
「じゃあ和葉ちゃん、その大根を3cmくらいの幅で切ってくれる?」
「3cm?・・・このまま?」
「そう、丸のまんまで。」
「うんっ!・・・えと、3cm・・・。」
「それが和葉ちゃんの初めての料理だったのね?」
「うん。初めて包丁持たせて貰って切ってん。・・・ストンって切れた音、今でもよう覚えてるわ。」
蘭が興味深々で、和葉に話しかける。
きっと蘭も自分が初めて料理したときの事を思い出しているのだろうなあと新一は思っていた。
二人の話はとても盛り上がっているが、新一的にはあまり面白みはない。
服部と和葉ちゃんののろけ話きかされてもなあ・・・。というのが半分。
もう半分は、幼い頃に料理などしたことが無いから、その時の感激が無いのだ。
でも、二人はもうその世界に入り込んでしまい、もう止めることは出来ない。
諦めたように、息をふうっと吐き出した。
「ね、ねっ?それでそれで?」
新一のため息など見てもいないのか。
それとも蘭にとっては関心ごとなのか、早く、早く。と和葉をせかす。
「うん。そんでな。」
和葉も人に話したいのか、せかされて嬉しそうに笑い、話を先へと進めた。
幼い和葉が包丁と真剣に向き合う姿に静華は目を細めて微笑んだ。
彼女の子供は平次一人だけ。
料理をしてくれるようなタイプでもないので、このようなことは諦めていたのだ。
それが、こんなにも可愛らしい子と一緒に料理を作ることが出来る。
その幸せに浸っていた。
「おばちゃん、出来た〜!」
大根を最後まで切り終えた和葉が、満面の笑みで振り向く。
そんな彼女に近づきつつ、3cmに切りそろえられた大根を見る。
静華が見つめるのをドキドキしながら和葉も待っている。
「うん。和葉ちゃんは上手やねぇ?」
「ほんま!?」
「おばさん、嘘なんて言わへんよ?ほんまに上手。」
「うわあ・・・!」
ぱああっと輝くような笑顔で本当に嬉しそうに笑う。
和葉は本当に嬉しかったのだ。
母と共に台所へと立つ夢は消えてしまったが、こうして一緒に立ってくれる人はいる。
それが嬉しくて。
そしてその料理の先生にほめられたことが本当に嬉しかったのだ。
「じゃあ、次はね・・・。」
「はいっ!」
和葉の嬉しそうな笑顔を見た静華も、一つ一つ教えていく。
この日和葉が包丁で大根を切っただけだったが、それでもひとつの達成感を味わっていた。
それからというものの、時間があるときは静華に料理を習っていくことになった。
そんなとある日の出来事。
平次と二人して帰りついた服部家。
「ただいま〜!」
「おばちゃん、こんにちは〜!」
「オカン、おやつー!」
「平次、手ェ洗わんとアカンで!」
「うっせーなぁ。和葉だんだんオカンに似てきたで?」
「ええやん、私おばちゃん好きやし。」
「うげっ!」
帰り道同様、平次と和葉は上がりながら手を洗いながらいつもと同じように言葉のキャッチボールを続けいてた。
だから、暫く違和感に気づかずにいた。
「ん・・・?」
漸く、平次が違和感に気づいた。
「どしたん、平次?」
「オカン・・・おらへんみたいやな・・・。」
「え〜?」
和葉は平次の言葉にいぶかしむようにきょろきょろとしていた。
「いつもなら、このくらいでゲンコが飛んで来んのに来おへん。」
「そう言われたらそうやなぁ?」
平次の言葉に和葉も首をかしげる。
手を洗い終えた二人がそろって居間へと顔を出すと其処には一枚、紙が置かれてあった。
「平次、手紙!おばちゃんからっ!」
和葉が声を上げて指差すよりも早く、平次は居間の机に置かれていた白い紙を取り上げる。
確かに其処には達筆な母・静華が書いたであろう文字が刻まれていた。
『平次・和葉ちゃん、おかえり。
少し用事があって出かけます。
宿題があるなら先に済ませなさい。
母より』
「・・・だってさ。」
母親からの手紙を和葉へと向けて読み上げて、平次はぽいっとその手紙を放り投げる。
「おばちゃん出かけとるんやね〜。しゃあないわ、平次宿題やってしまお?」
「・・・腹減った。」
「え?」
その言葉通り、ぐうっと大きな音が鳴り響く。
当然、出所は平次のおなかだ。
「ほれ、ぐうぐう言ってしもてる。」
「ん〜・・・おやつとかないん?」
「オカンあんまり買わへんからなぁ?それに腹持ち悪いやろ?」
「まあねぇ。宿題しとるうちにおばちゃんかえってくんのちゃう?
せやったら先宿題してよ?そのうちにおばちゃん帰ってくるかもしれへんし。」
「せやなあ・・・。」
和葉の言葉に平次は珍しく素直に従い、宿題を片付けることにした。
今日の宿題は国語の漢字書き取り。
数をこなすだけで、さほど頭も使わない作業なので、二人して机を挟んでもくもくと仕上げる。
書けば終わりと思っている平次は一字一字丁寧な和葉に比べて格段に早い。
終わった傍から近くにおいてあった漫画に手を出し、読み始める。
よほどつまらないのか、ぱらぱらとめくるだけで読んでいるようには見えない。
だが、平次はその場から動こうとはしなかった。
漫画を取りに行くのさえ、嫌だったのかもしれない。
その証拠に、平次は漫画を読むフリをしながら、時たま、ちらり。と和葉を見ていたから。
見られていることなど一切気づかず和葉は真剣に宿題に向かい合っていた。
「出来た〜vv」
和葉が嬉しそうな声を上げて、ぱたんっとノートを閉じた。
和葉も宿題を漸く終えたのだ。
それを待ち構えていたように、ぐうっとひときわ大きなおなかのなる音がした。
「平次〜・・・。」
ぷうっと頬を膨らませて和葉が鳴らした張本人をちょこっと睨む。
「しゃあないやん、はら減ってんねんから!!」
平次は不可抗力だとばかりに開き直る。
和葉はその言葉を受けて顔を少しだけ玄関へと向ける。
「おばちゃん、遅いね。・・・って、平次?」
いきなり立ち上がった平次は、すたすたとそのまま台所へと入り込む。
「食うもんないか、物色する。」
「ちょお、平次!!」
和葉は慌てて平次の後を追う。
「無いなあ・・・。」
ふうっとため息を吐いて平次が諦めの声を出す。
先ほどから家捜しをするように台所をあさっているのだが、手軽に簡単に食べられるようなものが何も無かった。
もともと静華が、お菓子を買い置きしないし、インスタント食品を好まないせいもあった。
「は〜ら〜減った〜!め〜しく〜わせ〜!!」
平次はとうとう座り込んでしまった。
どうしようかな?と和葉は考え込んでしまったが、ココまで弱りきっている平次を見るに忍びないと思い立った。
「和葉?」
冷蔵庫をおもむろに開けて、食材を取り出す和葉に平次はいぶかしむように声をかける。
しかし、和葉は気に止めることなく、取り出した卵をボールに割りいれた。
かちゃかちゃとかき回しながら、でも和葉はドキドキしている。
大丈夫かな?おばちゃんと一緒にしか料理してないけど・・・。
でも平次流石にこのままやったら可哀相やし・・・。
大丈夫!絶対出来る!
不安を吹き飛ばすように自分に言い聞かせて和葉は暖めたフライパンに一気に卵を流しいれた。
「出来たで、平次!」
ほこほこと湯気の出るソレ。
和葉がたった今、平次のために作り上げた卵焼きだった。
「食ってエエのか?」
「エエよ。おなか空いてんねやろ?」
「ああ・・・。そんじゃ、いっただきます〜!!」
がつがつとかっ込むように卵焼きを食べる平次。
「そないにがっつきなや。おばちゃんにいつも言われとるやろ、平次!」
小さな子供をしかるようにお小言を言う和葉の声にも気づかないで卵焼きを食べる平次。
そんな姿を見ていたら、ま、いいか。と思えて、そのままイスに腰掛けた。
「うまい!美味いで、和葉!」
ぱああっと満面の笑みで平次が応えるその姿に和葉はどうしようもなく嬉しかった。
料理って素敵だな。と改めて心の底から思えた瞬間だった。
「だからな。その時の気持ちが忘れられんかったから・・・料理人になりたいと思ったのかもしれんねん。」
そうきっぱりと新一と蘭に宣言して見せた和葉はとても輝いて見えた。
ついつい、追加してしまいましたちび平和。
大体・・・小学校2、3年くらいでしょうかね?
和葉ちゃんが料理人を目指すことになったきっかけです。
やっぱり平次がらみであればいいなぁ。と思うわけです。
平和シリーズ、やっと終わりが見えてきました。
しかし長いです。スミマセン。