昼下がりの店内。
戦争のようなランチタイムが終了して、漸く訪れたのんびりした時間。


今日の話題は当然の如く「平次と和葉の話」だった。
一昨日までぎこちなく心あらずの和葉がいつの間にか復活しており。
不思議に思っていた新一と蘭だったが、夜の8時半きっかりに訪れた男の登場で全てを理解した。


照れたように微笑む和葉と、赤くなっているはずなのにそうは見えない色黒男。
平次は珍しくどもりながらめでたく心を通わせあったことを二人に報告した。

とてもとても喜んだ蘭の隣で、新一は喜びながらも少々、不機嫌も混ざってはいた。
自分が上手く言った途端、死にそうになってた前日までの姿はどこへやら。
からかいモード全開の平次を新一がボコにしたのは許されることだろう。


今日に至るまでには園子や志保にも報告がなされた。
女のゴシップ好きはどこでも共通らしく。
根掘り葉掘り聞き出そうと姦しく盛り上がっていた。


そして女の話の話題はちょっとしたことで代わりがちで、いつの間にか話題は店の事になっていた。
それに関連して思いついたのか、園子は蘭におもむろに尋ねた。


「ねえ、蘭。」


のどを潤していたティーカップを静かに定位置に戻し、蘭は首をかしげた。

「ん?なあに?」
「このお店の由来ってどんななの?」
「由来?」
「うん。蘭の名前ってこのお店から取ったんでしょ?」
「そうよ。「胡蝶蘭」って意味なの。そこからお父さんがね、付けてくれたの。」
「へえ・・・じゃあ、本当にこの店と共に育ってきたって事か?」


蘭の話題になると途端に口を挟んでくる新一に蘭以外の3人は苦笑いしてしまう。
しかし長くはない付き合いではあるがここまで毎回毎回だと新一とて慣れてきていた。
気にするまい。と心に言い聞かせてポーカーフェイスを保つ。


「このお店の名前はね?お父さんがお母さんにプロポーズするためにつけたの。」
「・・・おじさんも結構ロマンチストよね・・・。」

ぽそり。と事情を知る志保はブラックのコーヒーを飲みながら答える。
どこか呆れたような口調の志保とは180度違い、蘭は乙女な表情で弾んだ声で応える。

「素敵じゃない。その話聞いたから私、この店守りたいって思ったんだものっ!」
「うん。店やろうって言ってくれた蘭ちゃん結構必死やったもんね。」
「・・・自分ひとりじゃ無理って分かってて・・・和葉ちゃんと一緒なら心強いかなって・・・ごめん。」
「なんであやまるん?アタシもすっごい嬉かってんで?」
「ありがとう、和葉ちゃん。」

ニコニコと笑いながら料理人同士、友情を深めていた。
しかし、肝心の話からは脱線しかかっていたのを園子が止めた。

「友情を深めるのはいいとしてさ。ご両親がどうやって知り合ったのよ?」

園子の好奇心が勝ったといったほうが正しいと思われる。


「うん、あのね。私の両親って調理師の学校で知り合ったの。」
「おじさんが調理師でおばさんが製菓だったよね。」

志保が蘭の言葉を受け取って続ける。

「うん。知り合って、恋におちて。将来の夢が二人でお店を持つことになっていったの。」
「それで・・・。」
「うん。でも卒業間近になって、二人して大喧嘩したんだって。」
「大喧嘩・・・?」
「うん。その原因が何なのかはいまだに教えてくれないけどね。」

くすり。と笑いながら蘭は答える。
蘭自身もそこまで事細かに知りたいとは思っていないようだ。


「うーん、気になるなぁ!そのケンカ!」

和葉は心底残念そうだ。
自分が平次とつい最近まで大喧嘩していたことは最早忘却の彼方の様子で新一は思わず苦笑いしてしまう。

「でも、きっとつまんないことだよ。」
「やけに確信めいたこというのね。・・・それに志保もうなづいてない??」

にこりと笑ってきっぱりと言い切る蘭。
そして、園子の隣で無言でうなずいていた志保。
志保の隣に居た光彦は苦笑いを零すばかりだった。

「どゆこと?」
「さあ・・・?」
「・・・??」


幼なじみばかりがうなずいているからその他の人間はクエスチョンマークを飛ばすばかりだ。


「ああん、もうっ!いい加減に教えてよっ!」

じれた園子が大声で懇願する。
気持ちは同じなので、和葉もうんうん。と頷いていた。


「おじさんとおばさんのケンカってほんっとうに日常茶飯事だもの。」
「ケンカするほど仲がいいとはいいますけど・・・あれは、ね。」
「は?」

呆れたような口調で言い切る志保とちょっと言いづらそうな光彦の言葉。
カウンターの中では蘭がくすくすと笑っている。


「例えばね?今日のランチのメインは何にするかでしょっちゅう揉めてたのよ?」

蘭がケンカの一例を出してみせる。
それに頷くように志保も言葉を挟む。

「私が居たときはレアチーズケーキのソースを何にするかだったわね。」

すると光彦も苦笑いで思い出の話をひとつ披露した。

「初めてこのお店に来たときはおじさんとおばさんが店に置く花について議論してました。」


「・・・・。」
「・・・・。」
「・・・・。」


一同唖然とする。
流石の園子が言葉を失っていた。


「私もくっだらない言い争い平次とするけど・・・そこまでは行かへんで?」

和葉は上には上がいるものだと言いたげだった。


「普段そんな言い争いしてるのに「大喧嘩」なんて・・・あんまり信用できないでしょ?」
「確かにな。」

蘭のね?と言いたげな言葉に新一も頷く。

「でもね、プロポーズの言葉は素敵だと思ったの、本当に。」

ふふっと笑っている蘭を見て思わず新一はみとれる。
それに気づいている回りはにやにやと見ていた。
新一が蘭に一目ぼれしたことなど、周りの人間にしてみればバレバレなのに。
何故か蘭にだけは綺麗に伝わっていない。
蘭が鈍すぎるのか、それとも新一が蘭にだけは綺麗に隠し通せているからなのかは図りかねた。

しかし、志保と園子は新一に協力するようなそぶりはない。
まだ園子のほうが少しは協力的ではあるけれども。

「大事な幼なじみをどこのウマの骨とも分からない奴になんて渡さない。」

志保に至っては、そうきっぱりと宣言されたことさえあった。



蘭はまだ、皆と話しに盛り上がっており、時折楽しそうに笑っている。
ひと時の活力剤には十分なる、新一にとっての何よりもの特効薬。

ここでバイトするようになって、少しは近づけたと思っている。
今では彼女の名前さえも呼び捨てで呼べるほどに親しくなった。


だけれども。
このままお友達で終わるつもりなど毛頭ない新一にとって、ここから先へのステップアップは何よりも重要だった。


これまでにも軽いアプローチもしてみたりしたが、鈍い蘭にそんなものが通じるはずもなく。
本当は新一は限界に近かったので、いつか自分も服部のように爆発してしまうのではないか?との危惧もある。
しかし、幼なじみだった平次と和葉と違って、自分たちは知り合って間もない。

今まで築き上げてきた関係など脆く、一瞬で崩れ去ってしまうだろう。
それに、万が一蘭を泣かせたとあったら宮野あたりに出入り禁止令を突きつけられる気がしてならなかった。


コレからをどうするか?新一は思わずため息が漏れる。


「きゃああっ!」


新一が誰にも見られずにため息を吐いた瞬間、女性陣から歓声が上がった。
何事だ!?と新一が少しだけ身を乗り出す。


「な、何だ、何だ!?」

新一は何か良からぬことが起きたのではないか?と危惧する。
しかし、女性陣の表情は切羽詰った感じは全然しなかった。


「・・・え?」


新一の聞いた言葉は、彼が脱力するのに十分な威力を持っていた。


「すっごい!蘭のお父さんって凄いロマンチストなんだね〜・・・。」
「バイトして貸し店舗借りられるだけの資金調達して。」
「おば様連れてきてプロポーズとは恐れ入ったわ。」


蘭の両親のなれ初めについての話が最高潮に盛り上がっていたところだったらしい。


世界中の誰よりも好き・・・・かぁ。
オレだって蘭の事・・・。


両親のプロポーズの言葉をどこかうらやましそうに語る蘭にちくりと痛みを覚える。
つまり、それは言ってくれる相手など一切居ないということ。
それが新一にとっては嬉しくもあり、同時に悔しかった。

と、同時に。
ひとつの疑問が沸いて来た。



そういえばこの店を作ったのは蘭の父親。
だけど今、この店を切り盛りしているのは蘭だ。

と、云うことは・・・??



「あれ?じゃあ蘭の両親って今どこに??」
「私が専門学校に入学してすぐの頃、ヨーロッパの小国に請われて行ってしまいまいた。」
「すごいのよ、蘭の両親その小国の大使館員に気に入られてお抱えの料理人になったんだもの!」
「え・・・。」
「お父さんが憧れていた料理人がその小国の人で、近くで学びたいっていうのもあったみたい。」
「すげぇ・・・。」

新一は素直に驚いた。

確かにそうだろう。
こんな小さな店の料理人をお抱え料理人として迎えたいだなんてよっぽどだ。

「その時にこの店閉めて蘭も一緒に連れて行くつもりだったのよ、おじさんは。」
「分からなくはあらへんよね。まだ成人満たないしかも女の子一人置いていくなんてこと。」
「おじさんもおばさんも蘭を溺愛してたしね。」

繰り出される言葉はどれもこれも納得いくものだった。
でも、蘭は今ココに居る。
ぱっと蘭を見ると新一に綺麗に微笑んで見せた。

「だって、私は料理人として第一歩を踏み出したところだったし、まだ学ぶべきことは多いと思ったの。
 それに、この店を潰してしまいたくは無かった。」
「それで・・・。」

「随分とケンカしたのよ?」

ふふっと蘭は少しおかしそうに笑っていた。
志保は呆れたように蘭を見つめてわざとらしくため息を吐いて見せた。

「結局ご両親が蘭に根負けした形でこの店を任せて旅立っていったってわけ。」
志保が「言い出したら蘭は聞かないから」と言いながら。


蘭のなかにある強さが垣間見えた気がして、新一は少しだけひるんでしまった。
きっと蘭の仲にはまだ恋愛よりも店が一番と言う気持ちがあるのだろうと思う。

でも、それでも諦めるなんてことはしないし、したくない。
新一は決意を新たに燃えていた。

志保と園子はそんな新一に気づきつつ、見てみぬふりを決め込んだ。



漸く新蘭編へと戻ってまいりました。
やっと最終局面へとたどり着きました。長かったですね。

ですが、次で終ればちょうど10でキリがいい!と思いまして、また中途半端なところで切ってます。
新一の決意新たといったところでしょうかね。

コゴエリはこのお話では別居はしておりません。
日常茶飯事のケンカは絶えなかったようですが、それでもラブラブしておりましたのよ?
小五郎さんも一流のコックでしたし、英理さんも一流のパティシエです。
蘭ちゃんは二人の娘ですから、料理からデザートまで全てをこなすのです(こじつけ)