「あら、新一君。」
「げ!園子!!」
大学の最寄り駅の近くで東都大学に通う工藤新一を目ざとく見つけたのは、
高校時代からの友人である、鈴木園子であった。
彼女は、何かと新一をおもちゃ扱いし、振り回していた。
しかし、園子にその気があるわけではなく、むしろ彼女にはラブラブな彼氏がちゃんといたし、
新一にしても、園子に片思いしてるとかそんなところは、全然なかった。
つまり、本当に新一をからかい、おもちゃ扱いする事に生きがいさえ感じていたのだ。
「丁度良かったわー!うちのサークルの会合の打ち合わせ、あんた出てよね。」
「何で俺が!やなこった!」
園子の命令とも取れるいきなりの話に新一は当然の如く、ノーを言い渡した。
「あらーあ・・・?いいのよー。私は別に・・・。でもねー・・・。先々週新一君、経済学の授業、
代弁たのんだらしいじゃなーい?あの教授、そーゆーのうるさいので有名だもんねー・・。
そういえば新一君、経済学の出席日数、やばいんじゃなかったっけー?」
まさに悪魔の如き声。
「て、てめー!どこでそんな・・・。」
ふるふると怒りを込めた声を出した新一に対応するかのように、新一の後ろから声が聞こえてきた。
「私よ。決まってるじゃない。」
「宮野!!てめえ!!」
新一の怒りに満ちた怒鳴り声にも全く表情を変えることなくその女は立ちはだかっていた。
「私はあなたなんて、来ても来なくてもどーでもいいんだけどね。あなたがいるかいないかで
サークル参加者の集まり具合が違ってくるのよね。」
しれっと新一に告げた表情に乏しい女の名前は、宮野志保。
新一と同じ学部に所属する、同期生だ。
志保は、新一にとって都合の悪いことにサークルで知り合った園子と意気投合してしまい、
新一いじめに参加してしまっていたのだ。
初めは新一に気があるのかと回りに思われていたようだが、どうやら、彼女も園子と同じタイプの人間らしく
新一をからかうことに生きがいを感じているようだった。
新一は、そのトップクラスに入る知力と、恵まれたルックスで、学内の人気が高いことは、新一一人の加入で
サークルの集まり具合が変わるという事実からも、お分かりいただけるであろう。
しかし、新一は、園子と志保におもちゃあつかいをされていることから、こと、女性に対して、強い関心を
持ち合わせていなかった。
「ほら、行くよ!新一君!!」
「早くして。時間の無駄でしょ。」
「いきゃー、いいんだろ!行きゃあ!!」
新一は半ばやけくそになって、園子と志保についていった。
「まあ、打ち合わせだから美味しいところに案内するわよ。」
(それくらいあたりまえだってーの!てーか、俺が払わされるのかよ!冗談じゃねー!)
半ば、脅しのように新一が連れてこられたのは、新一の自宅の最寄駅のひとつ先、
定期の効かない駅な為、行動範囲エリアからは外れたところにあった。
「『Phalaenopsis』・・・?なんだ、只の喫茶店かよ。」
美味しいところというから、どんなところかと思って来て見れば只の喫茶店。
新一は、呆れたような声を上げた。
「喫茶店と思って侮ってたらとんでもない目にあうわよ、工藤君。」
「そーよ!びっくりするから!!」
「あー?」
二人の力説にも半信半疑な新一。
「ま!びっくりして頂戴よ!」
と、園子が言いながら、その店のドアを開けた。
「いらっしゃいませー!!」
ドアをあけた瞬間、やわらかく、澄んだ声が、新一の耳に飛び込んできた。
それは、キッチンカウンターからこぼれる様な笑顔と共に対応した女性のものだと気づいた新一は、
自分の顔が赤くなっていく音を聞いた気がした。
「蘭。又来ちゃったよー!!」
「ありがとー。園子。」
「蘭、今は混んでない?」
「うん、ひと段落ってところかな。」
園子と志保は、知り合いらしく、蘭と会話を楽しんでいたが、新一はその場に立ったまま、微動だにしなかった。
新一は、出会った瞬間、その女性・蘭に一目ぼれしてしまったのだ。
園子と志保はそんな新一に目を丸くしていたが、悪戯心なのか、老婆心なのか・・。
「ニヤリ」というような笑みを浮かべていた。
立ち尽くす新一の真後ろから、
「ただいまー!!」
元気な声が聞こえ、一人の女性が入ってきた。
「和葉ちゃん。お疲れ様。」
まさに、新一が一目ぼれした女性が、声をかけた。
「お帰り〜。」
「あ、園子ちゃん、志保ちゃんもきてくれたんやねー!ん?どうしたん?この人、誰??」
和葉が不思議そうに立ち尽くしていた新一に疑問を投げかけた。
「さあ・・・?私も分からないのよ。園子、志保、知り合いなの?」
くすくすと笑いながら、園子が、
「ほーらあ!いつまでぼっとしてるの!!」
バシン!と園子に背中をたたかれ、新一がようやく我に帰った。
「新一君、改めて紹介するわね!彼女が、ここのオーナーの毛利蘭さん。」
「やだ、ここはお父さんのお店なのよ。私はちょっと留守をあずかってるだけ!」
「毛利・・・蘭・・・さん・・・。」
呟くように新一に名前を呼ばれた蘭は、向き直り
「は、はじめまして。」
と、どこかはにかんで、ペコリとお辞儀をする。
「蘭、で、こっちが工藤新一。大学の同期生なのよ。ほら、工藤君!」
志保に促され、新一は
「工藤・・・新一・・です。」
とだけ、返せた。
「で、こっちが、遠山和葉ちゃん。」
「よろしくな!」
和葉が、明るく挨拶する。新一も、和葉相手なら大丈夫なのか
「工藤新一、宜しく。和葉さん・・って関西の人?」
「そう!専門学校の為にこっち出てきてん。」
「え?でも、関西にも調理師の専門学校ぐらい・・・」
「和葉ちゃんは!!大学こっちに決まっちゃった彼氏の為にこっちにきたのよ!」
「ちがう!平次は只の幼馴染やって!!」
あわてて和葉が訂正するも、
「あれれー?私誰も服部君なんていってないわよー?」
「ぐっ・・・!」
話に詰まる和葉とそれを更にからかう園子と志保。
そしてそのやり取りをくすくす笑いながら見ている蘭。
その蘭に見とれていた新一が、
「いつもこんな感じ・・・なの?」
「そうよ。志保は高校の時の同級生なの。大学入ってから私がこの店引き継いだ時に園子を連れてきたの。
「え、引継ぎって・・・?」
「両親が海外に料理修行に出ちゃったのよ。それで・・ね。」
「だから、蘭さんが・・・。」
「まあ・・・。まだまだだけどね。」
「苦労してるんだ・・・。」
「全然!料理好きだし、苦にはなってないわ!」
いい感じに話を進めていた新一と蘭を3人は、ほほえましそうに、眺めていた。
「あー!!8時ー!」
いきなり叫んだ和葉の声は、いい感じだった新一と蘭の雰囲気を壊した。
「あ、ホント。」
「わーどないしょー??間に合うかなあ?」
いきなり慌てだした和葉を園子、志保、蘭は可笑しそうに見つめていた。
一人訳の分かっていない新一は、
「何か・・・あるのか?」
と、素直に疑問を口に出した。
「8時半になればわかるわ。」
そう、志保に切られてしまい、新一は、8時半になるまで、待つはめになった。
時計が8時半を指そうという丁度その時、
「出来たー!」
と叫んだ和葉の声と
「和葉〜!迎えに来たで〜!」
の声が重なった。
新一が「えっ?」と、ドアを見ると、同じ年くらいの男が一人、ドアを壊さんとする勢いをもって、店に入ってきた。
「毎回うるさいで、平次!ご飯、出来てるで!」
「おお、サンキュー!!」
いうなり、その男は、さっきから和葉が必死になって作り上げた一人分の食事に一心不乱に食べ始めた。
そんな男を目の前に、新一が目を白黒させ、園子に
「あいつ・・・何者だ・・・?」
と、問いかけると
「服部平次君。和葉ちゃんの幼馴染兼恋人。」
園子が、疑問に答える。
「ふう・・ん。すげーな。彼氏来る時間分かってんだ・・・。」
感心したような新一の声。それに答えるように志保が
「毎日だもの。」
「え?」
「毎日8時半に迎えに来て和葉ちゃんのご飯食べて、後片付けして、丁度お店閉まるのが9時ってわけ。」
「で!一緒に帰ってるの。」
「ふうん。」
「ところで蘭。アルバイト見つかった?」
志保が別方向へ話を向けた。
「まだよ。どんな人にしようか検討中なの。女の子にするか男の子にするかも決めてないから。
それ決めてから募集掛けようかな・・って思って。」
「バイト・・・?」
「そうなの。最近忙しくなってきちゃって、私と和葉ちゃんだけじゃ手が足りなくて・・・。
ウエイトレスか、ウエイターをって考えてるの。」
「俺!!」
蘭の言葉を受けて、これを逃してなるものかの勢いで、新一が自ら立候補する。
「俺、丁度バイト探してるところだったから!!!」
圧倒されるような新一の申し出に戸惑いながらも蘭は、
「じゃあ・・・。お願いできる・・・?バイト代はあんまり出せなくて申し訳ないんだけど・・・。」
「全然!ありがとう!!」
かくして交渉成立。勿論新一はバイト代云々の話はどうでもいい。要は、蘭がいたから。
(よっしゃあああ!決めたぜ!ぜってー、蘭を俺のものにしてやる!!)
固い決意を胸に抱いた。
「和葉ちゃん、バイト決まったよ!」
「え、ホンマ!?」
蘭が、和葉を呼ぶ。
「うん。彼、工藤新一さん。」
「ええ、そうなん!?よろしくなー。工藤君。」
「こちらこそ。」
そんなこれからの仲間への和気あいあいとした雰囲気を平次は面白くなさそうに見ていた。
「な、なあ和葉。」
「なんやの?平次。おかしな顔して・・・?」
「ホンマにあいつここで働くんか・・・?」
「そうや。今決まったらしいわ。男手足りんかったからめっちゃ助かるわ〜!」
和葉は平次の面白くなさそうな顔に気づかず、嬉しそうに話していた。
面白くなさ気な平次に新一が気づき、平次のシャツを引っ張り、店の隅に連れて行った。
「な!なにすんねん!おまえ!」
いきなり店の隅にまで連れてこられた平次は声を上げ、新一にファイティングポーズを取る。
そんな平次に新一が
「まあ、待てよ。お前何か誤解してねーか?」
「誤解・・・やて?」
「バイト決まったって分かった瞬間からおめー俺の事すげー顔で睨んでるけどさ。ここでバイトするからって
別に和葉ちゃんにその気あるわけじゃねーぜ?」
と、首をすくめて見せる。そのことで少し、ゆるくなった平次に向かってなおも話を続ける。
「俺の狙いはあくまでも蘭だから。」
「え?知り合いなんか?あのねーちゃんと。」
「いや?今日会ったばかりだぜ?」
「そ・・・。そーなんか・・・?」
平次は少し脱力して、新一をまじまじ見てしまっていた。
(こいつ・・・ええ根性しとるなー・・・。今日初めて会ったばかりで既に呼び捨てなんかい!)
思わず心の中で突っ込みを入れるも、新一のターゲットが和葉でなかった事にホッとする。
その様子を見ながら新一が平次に提案を持ちかけた。
「なんや・・て?」
「だからさ、共同戦線組まねーか?ってったんだよ。」
「なんやねん?それ?」
平次が困惑顔で新一の提案とやらを聞き込んでいく。
「店にいる間は和葉ちゃんも他の男の手から守ってやるよ。で、おめーは・・・。」
「なるほど?和葉にあんたがええ奴やって吹き込めッちゅー事か。
あのねーちゃんの周りから固めよって、作戦か。」
「そゆ事!悪い話じゃねーだろ?」
新一が、ニヤリという笑いで持って平次に持ちかける。
「まあ・・な。」
平次はあいまいに答えながらも
(和葉を他のヤローから守るってメリットはある。奴が和葉になびく事もなさそうや。)
「よっしゃ!ええやろ!その話乗った!!」
「じゃ、そーゆー事で。」
「ああ、幸運を祈る!」
「そっちこそな!」
こうして男二人の悪巧み・・・?の作戦が開始された。
「ねえ、志保。あれどうする?」
「うーん・・・。ここは工藤君からかって遊ぶのも手なんだけどね・・・。蘭がからんでるからなあ・・・。」
「そうなのよねー・・・。」
「ここは、まずは静観しておこうかしらね?」
「そうねー。遊ぶのはいつでも出来るしね。」