「ああ、今日もお客さん、いっぱい入ったなあ・・!」
忙しい時間帯が通り過ぎ和葉は、ん〜〜・・とリラックスしたように伸びをした。
「本当ね、いつもいっぱいのお客さんが来てくださってうれしいわ。」
「うん、うん。美味しいって幸せそうな顔してんのみてたら凄いうれしいわ、あたし。」
この店のシェフを勤める蘭と和葉は本当にうれしそうにいつも忙しい店の状況を語り合っていた。
「・・・・そんなもんなんか?」
いつものように午後8時30分に店に飛び込んできて、和葉特製のディナーをむさぼっていた平次は漸くひと段落つけたように口をはさんだ。
「そりゃーそうやん!!いっぱいの人に食べてもらえるなんて料理人にとって一番の幸せやもん!」
「ふう〜・・ん・・・。」
和葉が料理人としての幸せをといていたのに、平次はどこか面白くなさそうだった。
それがみて分かった蘭は、不思議そうに近くにいて、一言も発しない新一にに声をかけた。
「ね、ねえ。・・・服部君、なんだか機嫌よくないように・・思うんだけど・・・??」
「・・・・。」
蘭が小声で話しかけたのに新一は一言も返すことなく、何かを考えていた。
「・・・工藤君・・・・?」
「・・・・。」
もう一度蘭が話しかけても何の反応も示さないので蘭はいぶかしがって、先ほどよりももう少し大きな声で新一を呼んだ。
「工藤君!!!」
「え!?」
蘭の思いがけない大きな声に驚き新一は自分では思ってはいなかった声が出てきた。
「やっと反応してくれた。」
うれしそうに蘭がニコリと新一に微笑みかけてきたので新一は、どきりと心臓を跳ねさせた。
「え・・・??呼んで・・た?」
「さっきから、3回ほどね。」
蘭はびっくり眼をした新一をおかしそうに見て、くすくすと笑っていた。
「あ・・・ごめん・・・。」
「考え事でもしてたの?・・あ、なにか悩み事とか!?」
「あ〜・・・いや、そうじゃなくて・・・。」
新一は頬をぽりぽりとバツが悪そうに掻いてあさっての方向を向いた。
・・・・まさか、園子から交換条件をつけてまで手に入れた試写会のチケットをどう蘭に切り出すか考え込んでいた・・・。
などと蘭本人に言えるわけがない。
「あー・・・っと。」
さて、どうごまかせばいいものか?と新一が悩んでいたのを蘭が勘違いしてしまい、真剣に新一に詰め寄った。
「本当になんでもないの?私じゃ頼りにはならないかもだけど・・・でも人に聞いてもらうと少しは楽になるよ!!」
「え・・・・。」
まさかここまでの心配をされるとは思ってなかった新一は、蘭を呆然と見つめた。
・・・・もしかして・・・これはチャンスかも・・・!?
そう思った新一は慎重に切り出した。
「ああ・・・別にそういうんじゃないんだけど・・・この店、日曜日定休だろ?」
「え・・・??うん・・そうよ。それが・・??」
新一によほどの悩み事があると思っていた蘭は、いきなり切り出された新一の言葉に拍子抜けした。
「あのさ、園子から日曜日の映画の試写会のチケットもらったんだ。園子用事あるらしくてさ。」
「うん・・・?」
新一の言い出した、真意が蘭にはまったく分からない。
「蘭ちゃん、行かない?」
「え・・・??」
「あ・・・いや、園子が蘭ちゃん好きそうな映画だって言ってたし・・・。」
「どんなの・・・??」
蘭が「好きそうな映画」という一言で反応を示した。
チャンス!!とばかりに新一はキラリと目を光らせた。
「あ、これなんだ!試写会のチケット!!」
新一はズボンの尻ポケットに入れていた財布を取り出し、試写会のチケットを蘭に差し出した。
「えーっと・・・。『夏のサンタクロース』かあ・・・。うん、この原作好きだったよ。」
「じゃ、じゃあ、行くよな!?」
「うん。ありがとう。」
蘭はにこりと新一に笑いかけ、了承を伝えた。
やった・・・!!!
新一は心の底からガッツボーズをした。
それはそうだろう。
蘭をまんまとデートに誘い出すことに成功したのだから・・・。
「蘭ちゃん、ええなあ!!『夏のサンタクロース』ってめちゃめちゃ人気の小説の映画化やん!」
二人のやり取りを聞いていた和葉がうらやましそうに声を上げた。
「あ・・・。和葉ちゃん、ちょっと前に真剣に読んでたっけ?」
「うん、めーっちゃええ小説やってん・・・!!」
「ふう・・・ん。和葉その映画みたいんか?」
平次はうらやましそうに楽しそうに話す和葉を見て、そう声をかけた。
「うん!!」
「あ〜・・じゃあ公開されたら見に・・・・。」
「行かへんか?」とまで平次は言うことはできなかった。
蘭がブロックをかけたのだ。
「あ・・・・これ和葉ちゃんも行けるみたいよ?」
「え・・・???」
驚いたのは新一だった。
「行ける・・・って・・・???」
慌てて蘭の持っているチケットを覗き込む。
「ほら、これ、小さく一枚で二人いけるって書いてあるみたい。」
「え・・・・・。」
蘭と二人きりでのデートを・・・と願っていた新一にとって、これは思ってもいないことだった。
「ホンマに!?めっちゃうれしいわ〜!!」
「楽しみだね〜!」
困惑する新一を置いて、蘭と和葉はすでに盛り上がっている。
「あきらめ。ああなったらとめられんやろ。」
平次にとっても公開されたら和葉とふたりで映画へ・・・という野望が崩れ去り、新一に同情と、悔しさをにじませていた。
「はあ・・・・。ま、初めて出かけるんだし・・・いいとしようかな?」
和葉に強く言うこともできず。
でもとりあえず、店の外で会えるのだから・・・と納得した。
よし!チケットちゃんと持ったし、彼女が喜びそうなレストランの情報も手に入れた!
服部と和葉ちゃんが一緒なのがちょっと気にかかるけど、一緒だったら変に気兼ねもしないだろうし。
ま!うまくいい方向へ向いてくれることを期待しよう!!
新一は待ちに待った日曜日。
いつもは寝坊して、昼まで寝ていそうな勢いなのに、すでに起き、準備を重ねていた。
「さて!行くか!!」
意気揚々として、新一は家を出て行った。
待ち合わせの場所は、4人の住んでいる場所の中間地点に当たる米花駅前の噴水。
一番にここに現れたのは蘭だった。
新一のように、うれしくて楽しみで仕方がない・・というわけではない。
彼女の性格上、約束の10分前には着いてないと不安なのだ。
事実、今日も約束は午前11時だったのに、今現在の時刻は10時45分を回ったところだった。
「よかった。遅れなかったわ。」
蘭はほっとして胸をなでおろした。
しかし、ここは駅前広場。
彼女自身は全く気づいていないが、彼女の周りには幾人かの暇人が集まってきていた。
ここで女の子をゲットして、遊びに行こうとたくらんでいる、いわゆるナンパ師という人間たちだ。
そんなナンパ師が、蘭のような美人を放っておくわけもなく、ちらちらと彼女を見ながら、周りを伺っていた。
同じ目的の男共をけん制しつつ、一人の男が蘭に声をかけようとしたところだった。
「ら〜〜〜んちゃ〜〜〜〜ん!!」
「工藤君。」
新一がことさら大きな声を出しつつ、蘭へと駆け寄ってきた。
「時間大丈夫かな??」
「うん、少し早いくらいよ、和葉ちゃんと服部君もまだだよ。」
「そっか・・・。」
にこりと笑う蘭に見とれながらも、新一はほっと胸を撫で下ろした。
・・・蘭には気づかれないように。
ナンパ師が蘭に声をかけようと動いた瞬間、丁度駅前広場に新一が到着したのだ。
もちろん、そんな新一にとって面白くない場面を目の当たりにして、そのままにしておくほど、腰抜けではない。
即効で、そのナンパ師を排除しようと、行動に移したのである。
走って駆け寄るのは間に合わないと踏んだ新一は、大声で蘭の名を呼んだのだ。
蘭に声をかけようとしていたナンパ師を排除するだけでなく、周りにいた、不埒な男共も一掃できる有効な手立てだった。
「蘭ちゃーん!工藤君〜!!」
「和葉ちゃん、おはよう!」
「おはよー!ごめんな、待った?」
和葉と服部がそろって登場した。
和葉はトレードマークのポニーテールをゆらゆらと揺らしながら、すでに待っていた新一と蘭に向かって両手を合わせた。
「ううん!丁度11時だよ!」
「よかったああ〜!」
和葉はほっと胸を撫で下ろし、隣にいた平次を小突いた。
「もう!いっくらいっても起きひんねんもん、平次!!」
「昨日、ちょーっとゼミの課題やっとってんやって。」
ふぁあ・・と大きなあくびをしながら平次は言い訳を口にした。
「あら、夜遅くまで課題やってたの?服部君。大丈夫なの?」
蘭は平次に向かって心配そうにそう声をかけた。
「ああ、気にせんとって。昨日の夜、ちょお時間できてな。暇に任せてやっとったら乗ってきて時間忘れただけやから。」
平次はひらひらと手を振り、なんでもないといった風に答えた。
「だといいけど・・・。」
蘭はとりあえず納得したようだ。
「じゃあ・・とりあえず行くか?」
新一がそう声を発して、4人は移動を始めた。
まず、試写会の会場付近まで電車で移動する。
時間によっては電車の込み具合によって彼女たちを守りながら密着できるかも。と思い描いていたが、
エアポケットのようにすいていて、それは新一と平次の儚い妄想として消え去った。
駅から5分程度の場所が試写会の会場となっていた。
会場開始時間は午後1時半。
まだ1時間以上時間があるので先にランチを済ませようという話がまとまった。
「おお!それやったら、この近くのファミレスに・・・・。」
「またあ!?平次と一緒やといっつもファミレスやん!」
和葉は平次の提案に即効で嫌悪感を抱いた。
「ええやんけ。手ごろで。」
「せやかて・・・!!」
「まあ、まあ。二人とも。近くにちょっといい店あるんだけどそこ、行かないか?」
まだまだ小さな小競り合いを続けそうな勢いの平次と和葉をいさめて、新一が提案した。
「え?」
「工藤君、そんな店知ってるん?」
「あ、ああ・・・まあね。」
ちょっと意外そうに蘭と和葉にそう尋ねられ、新一はちょっと上ずりながらそう答えた。
新一がこれから行こうと思っている店は、チケットを分捕ったとき、園子が志保と行こうとしていたカフェだった。
園子の開いていた雑誌をちらりと覗いたときに場所が丁度いいことをチェックしていたのだ。
もちろん、それが園子と志保の策略であることに気づかずに・・・・。
「工藤君やったらおしゃれな店とかしってそうやもんな!ええなあ、平次とはえらい違いや!!」
「和葉ちゃんったら!でもせっかくだし、そこへ行ってみようか?」
蘭と和葉はすっかり上機嫌である。
慌てたのは平次のみ。
「ちょ、ちょお待てや!んなとこでなくてもええやろ!ファミレスでええやんか・・・!!」
「なに、いってんだよ。たまのことなんだぜ?評判の店らしいし、いいだろうが。」
新一には平次がここまでごねる理由が分からない。
しかも女性陣は、上機嫌なのだから反対する理由もないはずなのだ。
すでにすっかりその店に行くつもりで歩き始めている蘭と和葉を追って新一は平次を促しながら歩き始めた。
「うらむからな・・・・工藤・・・。」
平次はそう、新一に一言、恨めしそうに低い声でつぶやき、しぶしぶ3人を追って、歩き始めた。
駅から歩いて5分ほどのところにそのカフェはあった。
「へえ!ここって今話題のカフェやん!!」
「そうなの?和葉ちゃん。」
「うん!雑誌とかでも取り上げられてて凄い有名な店やねん!めっちゃ嬉しいわ〜v」
和葉は本当に嬉しそうに喜んでいた。
蘭は雑誌を見ないのか。この店の事を知らない様子だった。
「ありがとう、工藤君!!」
「ああ・・いや。喜んでもらえて何より。」
和葉は満面の笑みをもって新一に感謝を伝えた。
新一もここまで喜んでもらえるとは思っておらず、ちょっと引き気味になっていた。
新一が引き気味になった理由は二つある。
ひとつは感激されたのが蘭ではなかったこと。
もうひとつは、和葉が感激して、新一に感謝すればするほど、平次の機嫌がどんどん悪くなっていくことだった。
まあ、新一にもその気持ちが分かるだけに、対処に困ったのだ。
・・・・まあな。自分の惚れてる女が他の男に感謝・感激してる姿見て、喜ぶ男も珍しいよな・・・・。
「お待たせしました、お客様、4名さまですね?こちらへどうぞ。」
4人は、さほど待たされずに店内へと案内された。
アジアンテーストでまとめられた店内は籐のいすとテーブルを設置しており、店員は4人を角の席へと案内した。
「こちらへどうぞ。」
メニューを渡され、蘭と和葉はきゃいきゃいと言いながら何にするか迷っているようだった。
「あ〜・・・これめっちゃ美味しそう〜!」
「でも、こっちも美味しそうね。」
盛り上がっている蘭と和葉を尻目に、平次はどこかはらはらとして、メニューも見ていなかった。
そんな平次を不思議そうに思い蘭と和葉が二人の前にメニューを勧めた。
「あれ?服部君、メニュー見ないの?」
「ランチも結構充実してて、迷うで〜!!」
勧められたメニューを見て、適当に決める平次を見て、新一は不思議そうにしていた。
・・・こいつ、一体何に、はらはらしてんだ?相変わらず変なやつ。
「工藤君も決めた?」
「あ。ああ。」
何にしようか盛り上がっていた蘭が、漸くメニューを決めたのか新一にそう、声をかけた。
新一自身も、そうそうメニューが分かるわけでもないので、適当に目にはいったメニューに決めていた。
「ほな、店員さん呼ぶな!」
そういって、和葉はウェイターを呼び、注文をしていった。
注文して程なく、料理が次々と運ばれていった。
さすが、おしゃれで美味しいと評判の店。
見目麗しく、美味しそうである。
なるほど、これなら女性客に人気なのもうなづける。
蘭と和葉もさぞや、目を奪われているのか・・・?と新一が二人へと視線を向けた。
あれ・・・???
見た瞬間、予想と違う表情をしていて、新一は不思議に思った。
彼女たちはてっきり料理に目を奪われ、他の女性客と同じように、歓声を上げていると思っていたのだ。
ところが、蘭と和葉は、歓声を上げるどころか、運ばれてきた料理に対し、真剣な顔つきで、じっ・・・と見ていた。
見ている・・・というよりは、「観察している」と表現するのが一番適切のように、新一には見て取れた。
平次はもう、先ほどまでしていた、はらはら・・・の表情はしていなかった。
どこかあきらめたような達観した表情さえし、ため息をついて自分の前におかれた料理を食べ始めた。