「ん〜・・・!!さすがにここまでくると空気が美味しいわね〜・・・。」
「ホントね。気持ちいいわ。」
「来てよかったでしょ〜?蘭。」
「うん!気分転換になってよかったわ。」
蘭は、園子と志保とともに、東京近郊の高原のキャンプ場へ来ていた。
季節的にも最適な時期で、都市部よりも若干涼しく、天気にも恵まれた絶好の日和だった。
うん!気持ちいいし・・・誘ってくれた工藤君に感謝しなくちゃね!!
「工藤君!・・・あれ?」
感謝の気持ちを言葉にしようと、蘭が新一を呼んだのだが、そばにいるはずの新一はいなかった。
「新一君なら他の男どもと一緒に力仕事のほうさせてるから。」
「あら、工藤君目当ての女の子たちが良く見せようと手伝ってるみたいよ?」
3人が目にした方向には、他の男たちとともに、キャンプ設営をしている新一の姿があった。
なるほど、確かに新一の周りには彼目当ての女たちが、かいがいしく手伝っていた。
一人や二人じゃないので、新一の指示を仰ごうとする女たちの静かな戦争みたいなものが繰り広げられていた。
「やーっぱり、あやつがいると違うわ。」
昔から見慣れた光景を飽き飽きといった具合に見ていた園子は、あきれ果てた声を出した。
「ふう・・・ん、工藤君ってもてるんだ・・・・。」
「まあね。頭脳明晰、容姿端麗、スポーツ万能。しかも家はお金持ち!とくりゃね〜・・・・。」
「女はほっとかないってわけよね。」
「そゆこと。」
「ふう・・・ん。」
園子と志保が丁寧に教えてくれた蘭の知らなかった、新一の一面を見て、ちょっと複雑そうな顔を見せた。
ウェイターとして働いてくれてるときも・・確かに女の子の視線を集めてるって・・・和葉ちゃん言ってたけど・・。
ここまでもててるなんて・・・思ってなかったな・・・。
うん・・・でも。わかるかな?
工藤君、かっこいいもんね。優しいし・・・・。
「きゃっ・・・!!」
女の子のかすかな悲鳴に導かれるように視線を向けた蘭は、その光景に釘付けになった。
「大丈夫か?」
新一のすぐそばにいた女の子が、転びそうになったところで、すかさず新一が腕を取って助けた光景だった。
「工藤君!ありがとう〜vvv」
「ユッコずるーい!工藤君に助けてもらえるなんて!」
「へへ〜vv」
助けられた女の子の周りには友達が集まってきては、うらやましそうにさっきの光景の話をしていた。
新一はというと、その輪からは外れたところで、もくもくと設営準備をしていた。
その新一の姿から目をそらせなかった蘭の視線に気づいたのか、新一が不意に蘭の方へと顔を向けた。
やだっ・・・・!!
新一とばっちりと視線が合い、蘭は思い切り顔を背けてしまった。
「・・・・・???」
新一は蘭が顔を背けた理由など分かるはずもなく、いきなり顔を背けられた意味も分からず、呆然とした。
思いっきり・・顔背けられなかったか・・・今???
お、おれ・・・蘭ちゃんになにかしたっけ・・・・?
そんな新一の戸惑いにも気づかずに蘭は自己嫌悪に陥っていた。
や・・・やだ。なんで思い切り顔そむける必要があるのよ・・・・わたしったら・・・・!!
工藤君が優しいのは今に始まった話じゃないじゃない・・・!!
・・・・・そうよ。工藤君はみんなに優しいんだから・・・・・・。
その蘭の顔が複雑に、かつ今にも泣き出しそうな顔をしたことに蘭は気づかなかった。
もちろん新一も。
気づいたのは・・・そばにいた志保だけだった。
・・・・・私って・・・悪い予感だけはどうしてこんなに当たるのかしらね・・・・。
しばらく店に行ってなかったから・・・。
いつから・・??
いつから、蘭は・・・・・・??
志保は、蘭自身も気づいていない心の変化にいち早く気づいたようだった。
・・・・応援したい気持ちとそう思えない気持ちにゆれながら志保は蘭になんの言葉もかけられずにたたずんでいた。
「志保!連絡あったわ!」
「ああ・・・じゃあ行かなきゃだめね。」
全員で設営準備の終えた周りで諸作業を続けていたが。園子が時計を見ながら志保を呼んだ。
「?どこいくの?園子。」
「うん、遅れてくる子達がね、最寄の駅に着いたから迎えに行ってくるわ。」
「園子、行くわよ!」
「了解!じゃ準備しててね〜!!」
志保と園子はそう全員に言い渡して、キャンプ場を一旦跡にした。
駐車場まで二人を見送った蘭がキャンプ場に戻ると大勢いたはずの人間は誰一人として、いなくなっていた。
もちろん、新一までも・・・・。
「あれ・・・?」
きょろきょろと周りを見渡した蘭は、すぐに二人の女の子を見つけた。
「ああ・・・よかった。あの・・・他の人は・・・?」
「ああ・・貴女たしか宮野さんと鈴木さんの知り合い・・・。」
「え。ええ・・・。」
「みんな遊びに行ったわ。貴女は準備やっててよ。そのための人でしょ?」
「え・・・??」
「じゃ、頼んだわよ。」
二人の女の子は、きょとんとする蘭にそう言い渡して、さっさとその場を後にした。
ぽつん・・・と一人残された蘭は、周りをぐるりと見渡し、食材のチェックを始めた。
「工藤君、工藤君!テニスしようよ!」
「だめよ!私たちと散歩しよ?」
新一は一人、のんびりと散歩をしていたはずなのに、いつの間にか女の子たちに囲まれていた。
勘弁してくれ・・・・うるせー・・・。
たくさんの女の子に囲まれていても、新一はちっともうれしくなさそうにうんざりした顔を隠そうともしなかった。
「ご、めーん!遅れちゃった〜!」
「飲み物とかお菓子とかあった?」
「ばっちりv持ってきたよ〜!」
袋を抱えた女の子が二人、足早に近づいてきた。
どうやら、設営準備中の食材の中から手軽に食べられるものを物色してきたようだった。
「工藤君も一緒に食べようよ!」
「一息入れなきゃね〜!!」
ぐいっと新一の腕を引っ張り、近くのテニスコートへと移動を始めた。
「でもさ〜、鈴木さんと宮野さんが戻ってきたとき、何の用意もできてなかったら怒るんじゃない?」
「そうそう。」
「ん〜・・?あれ?そのためのお手伝い要因でしょ?あの子・・・。」
「あの子?」
「ほらあ!鈴木さんと宮野さんの知り合いっぽい子!」
「あ〜!!そのための子なんだ、あの子!」
「そうでもなきゃこんなところまでのこのここないわよ〜!」
女の子たちがきゃいきゃいとかしましく話していた内容に、新一は動きが止まった。
・・・・あの子・・・・?
お手伝い・・・要因・・??
それって・・・まさか・・・。
いやな汗がたらりと新一の背中を伝った。
「おい・・・・。」
「く・・・工藤君・・・??」
地の底を這うような低い新一の声に女の子たちは言葉を失った。
「あの子って・・誰のことだよ・・・?」
「だ、誰って・・・ほら、学外の・・・ねえ!」
「そう!髪の長い・・・・」
「女の子」といいたかったが、新一の鋭い視線におびえ、最後まで説明することはできなかった。
「・・・お手伝い要員・??ふざけんなよ、てめーら!普段忙しくしてる彼女にのんびりしてもらおうと誘ったのに・・・。」
「あ・・・あの・・・。」
「それを『お手伝い要員』だって・・・・?」
一歩新一が、女の子たちに向かって詰め寄ると女の子たちは一歩後ずさった。
「く、工藤君・・・。」
おびえきった女の子たちを一瞥して、新一はくるりと向きを変えて走り去った。
馬鹿だ、俺は・・・・!!
蘭ちゃんを気にかけてなきゃならなかったのに・・・!!
新一は自己嫌悪に陥りながら、キャンプ場へと戻ってきた。
「蘭ちゃん!!」
蘭の名を思い切り叫ぶが、蘭の返答はない。
「な、なんで返事がないんだよ・・・!!蘭・・・どこかいっちまったのか・・・!?」
ここはキャンプ場といえど、山の中なのだ。
たった一人で何かあったのか・・・と不安に駆られる。
「蘭・・・!!蘭!!どこだ、らああああああああああああん!!」
「なあに?大きな声で・・・びっくりしちゃった。」
両手いっぱいに何かを持った蘭が不思議そうに新一に話しかけてきた。
「ら・・らん・・・。どこに・・・・。」
「あ、ごめんね。ちょっと洗い場に野菜を洗いにいってたの。」
「あ・・・えと、それは・・・・・?」
新一は蘭が両手いっぱいに持っているものに指差した。
「ああ、これ?そこの洗い場で同じようにキャンプに来ていたご家族にいただいたの。」
「あ、そうなんだ・・・。びわ・・・・?」
「そう!今季節でしょ?いっぱい持ってきたんだけど食べきれないだろうからっていただいたの。」
「ら、らん・・・。」
「美味しそうでしょ〜?地のものでしかも完熟で最高なんだって!」
新一がとても居心地が悪そうにしているのにも気づかずに蘭はうれしそうにはしゃいでいた。
「ん・・・??工藤君、どうかしたの?顔色悪いよ?」
あまりにも新一が済まなそうな顔をしているから流石の蘭も気になった。
「ご、ごめん・・・・!!」
だが、新一から聞こえてきたのは理由ではなく、突然の謝罪だった。
「ど、どうしたの?いきなり・・・。」
「知らないやつばっかりなのに誘っておいたくせにほったらかしてて・・・。」
「ああ・・・。そんなの気にしなくていいのに・・・。」
「それに!やな事言われただろ!?」
「嫌な事・・・・?」
新一の言葉の意味が分からず蘭は首を傾げてしまった。
「手伝いに来てるとか・・・言われただろ・・・?」
「ああ〜!・・・別に気にしてないよ?」
「え・・??」
「彼女たちだって事情を知らないんだし、そういわれてもしょうがないかなって思うしね。
それにお料理するのは大好きだから苦にはならないわ。」
にっこりと笑顔で蘭は「なんでもない」といった風に受け流していた。
「だ、だけど・・・!!」
それでも新一は腹の虫が収まらない。
自分のふがいないせいで、蘭がお手伝い要員に間違われ。
挙句、こんな森の中で一人きりにしてしまった。
それが悔しくて、情けなくて、胸がむかむかしてくる。
「工藤君。」
「え?」
!!!!
不意に名前を呼ばれ、油断していた新一は蘭の突然の行動に驚きを隠せなかった。
蘭は新一の口の中へ、ぽいっと皮をむいたびわを半分に割って投げ入れたのだ。
「な、な、な・・・・!!」
言葉にならない言葉が新一の口からこぼれてくる。
一種のパニック状態に陥ってしまったようだった。
そんな新一を見て、蘭はくすくすと笑っている。
本当に嬉しそうに、楽しそうに笑っている。
そんな蘭に見とれながら、新一はなんだかこんなにも思い悩んでいた自分が馬鹿らしくなってきていた。
・・・と思うと、なんだか笑いがこみ上げてきた。
蘭が楽しそうに声を上げて笑っているのに同調するように新一も声を出して、笑い出した。
あはははは・・・・・!!
あははは・・・・!!
しばらく二人して笑いあって、そうして新一と蘭は顔を見合わせた。
「・・・・びわ、美味しかった?」
「ああ・・・。うめー・・・・。」
「全員分はないから・・私と工藤君の二人だけの秘密・・ねv」
蘭はそういって自分の指を口元へあて、内緒・・・というしぐさをして見せた。
「・・・・ふたりだけ・・・の?じゃあ、園子や宮野にも・・・な?」
「了解しました!」
新一がどきどきしながら条件を少し増やした。
蘭は、おどけたように敬礼をしてみせた。
蘭と二人きりの秘密。
ほんの些細な、たわいもないことだけれども、新一にとってはとても大事なことのように思えた。
「よおし!食事の準備済ませてしまおう!」
「で、でも、それは・・・!」
「みんなにはね!後片付けをしてもらうわ!」
ふわりと長い髪をなびかせながら蘭は新一ににっこりと微笑みかけた。
「分かった!よおし!俺も手伝うぜ、蘭!!」
「え・・??」
「あ・・・・。」
きょとんとした顔で見られ、新一は自分の失言に気づいた。
しまった・・・!!
さっきまで、慌ててたから・・・!!
とっさに「蘭」と呼び捨てで呼んでしまっていたことに気づいた新一がどう取り繕おうか考えていた。
蘭はそんな新一の百面相を見ながら、くすり・・と笑った。
「変な顔。」
蘭の言葉に新一が顔を上げた。
「いいよ、蘭で。」
「え・・・・?」
どうしようか?とぐるぐる考えていた新一の耳に飛び込んできた蘭の了承の言葉。
一瞬、どう反応すればいいのか戸惑ってしまった。
「工藤君の呼びやすいように呼んでくれて構わないよ?」
「あ・・・・ああ・・・じゃあ・・・うん。」
「さて!じゃあ、準備してしまおう!」
「了解!」
なし崩し的に・・・ではあるが、新一は蘭にまた一歩近づけたように思えて、嬉しかった。
園子と志保が遅れてきた人間とともに帰ってきて、サボっていたことが発覚した。
女の子たちは新一にすごまれたこともあり、蘭に素直に謝った。
わだかまりがなくなったところで蘭の特製料理が振舞われた。
当然のように美味しい料理に舌鼓を打ち、楽しいひと時が過ぎた。
後片付けは蘭と新一以外の人間が率先して行うことになった。
そうして行われた後片付けを誰一人文句を言うことなく、平穏に過ぎていった。
戻ってきてからどこか先ほどよりも仲良くなっている新一と蘭に対して、志保は疑惑の目を向けた。
だが、今は追及しないでおこう・・・と成り行きに任せることにした。
こうして、キャンプの夜は更けていった。