『15歳恋愛事情』 「なあ大石、女の子好きになったことある?」 ぶっ。 準備体操中にいきなり出た英二の発言に、大石は思わず吹きだしそうになった。 (なんか元気ないと思ってたら…) 大石は、今日英二が部室に現れた時、英二の顔が少し曇っていたことを気にしていたのだが、まさか英二の口からこんな言葉を聞こうとは思ってもみなかった。 「?なんで黙んの?」 肩越しに尋ねてくる英二。大石は英二の背中を押していた手を止める。 「あ、いや…あまりにも唐突だったから…。なんでイキナリそんなこと聞くんだ?何かあったのか?」 「うん、まあ…」 珍しく歯切れの悪い英二に大石は首を傾げる。 「まあ…って…」 「…オレさ、この前告白されてさ」 「へぇ」 大石は、ムードメーカー的な明るさや誰とでもすぐ馴染むことのできる性質で、英二がかなり人気があるらしいということを知っている。 加えて、中学一年の頃の英二は背の小さかった方だったが、この二年でぐんぐんと伸びてとうとう170を超えた。まだ子供っぽい振る舞いが抜けない英二だったが、そのせいか時々大人っぽく見えるときもある。そんなアンバランスさも魅力を感じる点だろうとも大石は思っている。 だから大石は、英二が告白されたと聞いても、別に珍しいとも思わないし、特に驚きもしなかった。 しかし、誰が英二に想いを寄せているのか、友達としては気になる。 「誰に?」 大石がそう尋ねる。 「えっと…2年だって言ってたかな」 「英二の知ってる子?」 「ううん、全然知らない子」 「そっか…で?何て答えたんだ?」 「オレ、その子のこと何も知らないし、ごめんなさいって言ったよ」 (英二らしいな) とりあえずつきあってみて相手のことを知ろうとかは考えないらしい。 とはいえ、大石も、もし自分が英二と同じ立場に立ったとして、そのような、相手をより深く傷つけかねない曖昧な返事はしないだろうが。 「…振ったことに罪悪感を感じているのか?」 「?」 「英二、なんだか元気ないから。そういうことなのかなって思って」 「うんにゃ、そんなんじゃないんだ」 英二はふるふると首を横に振る。 「オレのこと好きだって言ってくれたのは正直言ってすごく嬉しかったよ。それが知らない子だったとしても」 「そうだな、人に好かれて嫌がる人間はいないよ。嫌われるより好かれる方がいいに決まってる」 「うん、そうなんだよな。でも…」 「でも?」 「”好き”ってどういうことなんだと思う?」 「?」 「告白してくれた子は2年生で、オレと何の面識も無くて…一体オレのどこを好きになったんだろ?」 英二は珍しく何か考えるように目を伏せた。 「”好き”になった理由でさ、一緒にいたら落ち着くとか楽しいとか安らぐとか、人として尊敬できるからとか、よくそんなのを耳にするけど…そんなの、特定の一人相手にしか感じられないものかなぁ?」 英二はくるんと首をまわして、大石の方を見た。 「この世に人間なんていっぱいいるんじゃん?だから楽しさとか安らぎを与えてくれる人や、尊敬できる人なんて一杯いるはずなのにさ、なんでその中からただ一人に絞って、その人を”好き”になれるんだろ?」 英二は両手の指を指折り数えながら言う。 「そんな理由なんだったら、オレ好きな人いっぱいいるよ。姉ちゃんだろ、兄ちゃんだろ、父さん母さん爺ちゃん婆ちゃん、そんで、大石に、不二に…」 両手の指を全て折ってしまって、英二ははぁとため息をついた。 「だいたいさ、”好き”っていう気持ちに順位があるのっておかしくない?”好き”は”好き”で、その中から特別に誰か一人を選べ、なんてこと、オレには出来ない。オレにとっては姉ちゃんも兄ちゃんも父さんも母さんも爺ちゃんも婆ちゃんもみんな大事だし、それと同じくらい、大石のことも大事だよ」 言い切って、どこかしゅんとうなだれる英二。 「オレ、なんだか”好き”っていうのがよくわかんなくて。大石は女の子好きになったことあんの?」 英二の目が大石の目をじっと見詰める。 英二には珍しく、さんざん悩んだんだろう。答えが欲しくてたまらないといった顔をしていた。 大石はやや考えて、ぽつりと答える。 「…ある、と思うよ、多分」 「あるんだ?大石はなんでその子のこと好きになったの?特別な”好き”ってのはどういうこと?」 「うーん…答えるのは難しいな。なんて言ったらいいのか………」 好きになるのに理由は無い、などと言う人もいるが、大石はそんなのは嘘だと思っていた。 そんなのは、ただ単に一時的な、上辺だけの情に流されているという隠れた事実への言い訳にしか過ぎないと考えている。 本当に好きなら、その人のどこを好きになったのか、ちゃんと胸を張って言うべきだと思う。 だがしかし。 (特別な”好き”ってのはどういうこと、か…) この問いには大石は正直言って参った。 (恋愛の”好き”っていう気持ちが、英二にはまだ掴めないんだな…って俺も良く分からないけど) 『あると思う』と曖昧に答えたのは、自分でも良く分からないからだ。 恋に恋するお年頃とは誰が言ったのか知らないが、短いながらすごく的を得た言葉だと思う。 同じクラスの女の子を意識して、気になったことはある。 でもあれが”好き”という気持ちなのかと問われても、肯定するだけの自信はない。 恋がしたくて、意識的に自分の気持ちをそちらへ促していたんだろうと言われたら、否定できない。 (難しいなぁ…) 大石も思わず考え込む。すると、突然、 「あっ!!わっ…ちょっと、大石!!」 英二が慌てたように声を上げる。 「なんだよ、英二、いきなり…」 言いかけた大石の言葉を遮るように、無機質な声が上から振ってきた。 「…なに手を休めているんだ」 大石は背中を冷たい汗が伝わり落ちるのを感じた。 振り向かないでも分かる。傲慢とも思えるほどに冷たいこの口調は、彼しかいない。 「て、手塚、これはその…」 「グラウンド10周」 冷然と言い放つ部長手塚。 「げ」 「菊丸は20周がいいのか?」 「いやっ、10周でいいです!!さー行こ〜、大石!グラウンド10周10周v」 額に冷や汗を浮かべながら明るく装って立ち上がる英二。 「じゃ部長!行ってきまーす!」 英二はそう言って兵隊の如く指を揃えた手を額にぴっと当てた後、大石の襟首をひっ掴んで走ろうとする。 「あ、こら英二!!待て!!く、苦しいって!ちょっ…英二!!離せ!!」 「ふん…」 絞まる首をなんとか守ろうと襟首に手をかけながら喚く大石の目に、手塚が腕を組んで辺りを睥睨する様が映る。 (…手塚だったら、英二の問いにどう答えるんだろう) なんとなく気になって、今度機会があったら聞いてみたいものだと思う。 (でもそんなこと聞いたら、グラウンド30周では済まされないような気がするな) 大石はそう思って、苦笑した。 とりあえずはグラウンド10周。 英二の言う”好き”について考える時間はたっぷりありそうだった。 <了> ※あとがき※ |