『春水面』
「遅くなっちゃったな」
高校の卒業式が恙無く終わり、校内に残っている人間がほとんどいなくなって、ただ花弁が舞い落ちる微かな音だけが支配していた校庭を、桜乃は歩いた。
校門を出て、なんとなく家路につく気になれず、帰路とは逆の道に折れた。
やがて現れる高い土手。
それを抜けて、一人春の川辺に佇む。
中学の卒業式の日、リョーマが行ってしまった後、数十分泣き続け、いい加減泣きつかれてフラフラと校門を出たときも、同じ行程を歩いた。
それは、あの時、リョーマがこちらの道を歩いていったのを見ていたから。
3年前は、リョーマの後を追いかけるように、歩いていた。
今その時の道を歩いているのは、その幻影を追って歩いているからなのかもしれない。
彼女でも何でもなかったけれど、助けてもらってばかりだった。
今思えば、守られるように過ごしていた中学の3年間。
どんどん変化するリョーマの背中を夢中で追いかけていた歳月。
同じ道を辿っていると、すべてが懐かしく、色鮮やかに蘇る。
蘇った記憶を胸に抱いて、水面を覗き込む。
三年前同じように覗いた時には、顔が涙でぐしゃぐしゃになっていて、本当にひどい顔だった。
中学の卒業式から3年。
高校の卒業式を迎えた私は、少しは変われたと思う。
いつでも泣いてばかりいた中学時代。
なんだかんだと、頼ってばかりだった。
でもあの時、中学の卒業式であなたと離れて、そして今日、本当の卒業式をひとりでやった。
今なら悲しくても、少しは涙こらえて声を出さないで泣けるくらいに、大人になったよ。
水面に映る私の顔は、あの時みたいな顔じゃないもの。
風に舞って水面を揺らした花弁と自分の影が重なる。
弥生の風は霞さえ消して、春水面は空を映して青く染まる。
嗚咽を殺して、頬に流れる涙を誰にも見せることのないよう、一人きりで、青い水面にうずくまる影。
それは―――――私。
<了>
※あとがき※
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