『太陽の下で』
まだ夏と呼ぶには早いとある日、試合が行われていた。
長袖を着ていたらじんわりと汗ばむような陽気で、直射日光が降り注ぐコートが薄白く輝いているように見えるくらいに、太陽が翳ることのない日だった。
「越前、暑くねぇのか?」
ベンチに座っている桃城が、同じく横に座っているリョーマに声をかける。
そう言う桃城は既にジャージの上着を脱いで、涼しそうな半袖一枚になっている。
「別に、暑くないっスよ」
桃城に対して、リョーマはジャージの上を羽織ったままだった。
リョーマの言葉は別に強がりでもなんでもなく、ベンチは頭上に取り付けられた覆いのせいで陰にあり、このような日でも、陰の中にいるならばそれほど暑さを感じないからであった。
コート上では、黄金ペアによるダブルスの試合が行われていた。
試合は優勢に進んでおり、このまま無難にいくと、おそらくラブゲームで勝つだろう。
リョーマは試合の合間を見計らって、立ち上がる。
「どこ行くんだ?」
「エネルギー補給」
愛用の帽子を被りながら桃城の問いに短く答えて、リョーマはコートの外に出た。
「やっぱ、太陽が当たるとちょっと暑いかな…」
白く輝く太陽を見上げ、呟くリョーマ。
丁度その時、右手側に見知った人影が見えた。
今日の試合はそれほど重要な試合ではないためか、いつもに比べたらギャラリーの数は少ないのだが、ぱらぱらといる青学のレギュラー以外の部員に混じって、桜乃がフェンスの側に佇んでいた。
「…………」
一瞬声でもかけようかと思ったが、別に喋る内容も何も思い浮かばないので、リョーマは別にいいかと思い、踵を返しかけた。が、しかし。
桜乃の顔を見てリョーマは少なからず驚いた。
他人から見たら怒っているように見えたかもしれないが、リョーマは眉を顰める。
リョーマはつかつかと早歩きで桜乃の前まで移動した。
「あ、あれ?リョーマ君?なんでこんなトコにいるの?」
コートの中とリョーマの顔を見比べながら言う桜乃。
リョーマはそれには答えず、やおら腕を上げ、そして―――。
「ひっ…い、痛っ!!」
あろうことか、桜乃の頬をつねっていた。
「ひ、ひどいよ…リョーマ君!いっいきなり、何?」
桜乃はつねられた頬を手で押さえて、あまりにも痛かったのだろうか、目に涙を浮かべながら言った。
リョーマは眉を顰めて答える。
「いや、別にそんなに強くつねってないんだけど…もしかして竜崎、肌弱い?」
「…へ?」
「…顔真っ赤。腕も真っ赤」
「え?え?」
桜乃が言われて初めて気付いたかのように自分の腕を見、そして手で頬を覆った。
「ま、真っ赤?」
「まるで完熟トマト」
「っ!!」
桜乃は別の意味で顔を真っ赤に染める。
「日焼け止め、塗ってないの?」
「あ、うん…。まだ夏じゃないし、要らないかなと思って」
「…紫外線は夏よりも今の時期の方が強いんだよ」
「…そうなの?」
リョーマは軽くため息をつく。
「とにかく、ひどくなる前に家に帰って、冷たいシャワーでも浴びた方がいいよ」
「え?でも…」
困ったように目を逸らす桜乃。
「でも…何?」
「…試合の応援、したいのに…」
「ダメ」
リョーマは一言、ぴしゃりと言い放つ。
「それ以上ひどくなったらどうするんだよ」
「うぅ…で、でも〜…」
「………………」
「……どうしても、ダメ、かなぁ…」
「………………」
懇願するように手を合わせる桜乃に、リョーマは聞こえよがしに大きなため息をつく。
(リョーマ君、怒ってる…)
なんだか悲しくて泣きたくなって、桜乃は目を伏せた。
すると―――。
パサッ。
「え?」
頭に違和感を感じて目を上げると、リョーマがかぶっていた帽子がなくなっていて、代わりに桜乃の頭に、その帽子があてがわれていた。
突然のことに目を丸くする桜乃の目の前に、リョーマが羽織っていたジャージがぐいと差し出される。
「帽子かぶって、これ着て、日陰にいること」
「リョーマ君…」
「…早く受け取れよ。オレ、もうすぐ試合なんだから…」
「う、うん…ありがと、リョーマ君」
桜乃は笑顔でそう言った。
ベンチに帰ってきたリョーマを見て、桃城が首を傾げる。
「遅かったな、越前…って、あれ?帽子は?ジャージは?」
「……別に」
「越前、試合だよ」
顧問のスミレに急かされて、リョーマはラケットを手に取る。
『宜しくお願いします』
対戦選手と握手を交わし、ベースラインまで戻る途中、観戦者の中に混じってリョーマのジャージを着、帽子を被った桜乃の姿が目に入った。
フェンス越しに、こちらをずっと見ている。
コートを囲うフェンスの周りには、あまり陰らしき陰はなかった。唯一影があるのは、リョーマが試合をするコートからは遠い木陰のみ。レストハウスがないわけでもなかったが、そこからでは試合観戦は出来ないわけでもないが、やりにくい。
桜乃は近くでリョーマの試合の応援をしたかったのだろうが、リョーマはそんな桜乃の気持ちに気付いているのかいないのか、ぽつりと一言漏らす。
「あのバカ…」
その声は非常に小さく、試合開始のアナウンスに溶け込み、消えた。
<了>
※あとがき※
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