『Bloody Valentine




「あー、終わった終わった」
 桃城はそう言って、大きく背伸びしながら腕をグルングルンと回す。
「お疲れ様」
「お疲れ様ッスー」
 部室を早々に出る大石と手塚に挨拶を返し、そして部室に三年生がいないことを確認して、桃城はやおら口を開いた。
「おい、越前、お前明日が何の日か覚えてるか?」
「…明日?」
「越前、なにボケてんだよ!明日はバレンタインデーだろ!?」
「ピンポーン♪堀尾ご名答〜」
「はぁ。それがどうかしたんスか?」
 しれっと聞き返してくる生意気な一年生ルーキーにニヤリと笑みを返しながら桃城は言う。
「青学男テニの伝統でな、どのレギュラーが一番多くバレンタインチョコを貰うかってゆー賭けをするってーのがあるんだよ」
「……伝統なんスか?」
「んなわきゃねーだろ。嘘だよ嘘」
「……………」
「んでさ、当然俺たちも対象に含まれるわけだけど、賭けてみねぇ?きっと面白いと思うぜ」
「何が面白いのかな〜?」
 突然した声にぎょっとして振り向くと、そこにはクルクルとラケットを回しながら立つ英二と、ニコニコと笑っている不二の姿があった。
「なーんかまたよからぬこと企んでるんじゃないのかにゃ?んん?」
 面白そうに首を突っ込んでくる英二の後ろで、不二が口を開く。
「英二、ほらあれだよ。明日は…」
「んあ?ああそっか、バレンタインね。今からもらえるチョコの数数えてたりすんの?桃は気が早いな〜」
「違いますよ、エージ先輩。ちょっと賭けをしようかな〜って言ってるんスよ」
「賭け?」
「レギュラーの中で誰が一番チョコを多く貰うか当てる賭けを」
「へぇ、面白そうじゃん!オレ乗った!!」
 英二がきらきらと目を輝かせて名乗りをあげる。
「なあ、不二も参加してみようよ〜」
「僕?…うーん……英二がそういうなら参加してみようか」
「そうこなくっちゃ!!」
 パチンと指を鳴らす英二。そこに―――。
「何騒いでるんだ?」
 そう言って部室に入ってきたのは乾。後に続いて河村、海堂も入ってくる。
「賭けするんだって!!明日のバレンタインデーにレギュラー陣の中で誰が一番多くチョコを貰うか賭けるの」
「ほう。それは面白そうだな」
「でしょ?どう?乾も参加してみない?河村も海堂もどう?」
「俺は遠慮しとくよ。賭けとかいう柄じゃないし」
 河村が困ったように笑いながら言う。
「…くだらねぇ」
 海堂は唯一言そういって答えるが、すかさず不二がにこやかに言った。
「くだらないはないでしょ?僕も英二も参加するんだし、海堂もやろうよ」
「………」
 そのように先輩に言われては参加するしかない。海堂は不機嫌そうに桃城を睨んだ。
「乾は?」
「賭けということは、負けたら何か罰ゲームがあるのか?」
「さあ?どうなんだ、桃」
 自分が主催した賭けなのに何故か全ての説明を英二にされて呆気に取られてた桃城は、話を吹っかけられて突然我に返る。
「いや、まだ考えてないんスけど」
「なら、俺に任せてもらおうか」
 乾が眼鏡を押し上げながらそう言った。
「い、乾先輩にっスか?」
「嫌か?」
「あ、いやいや」
 桃城は手をぶんぶん振って否定するが、脳裏には、あの半面VS全面練習で用意されていた乾特製野菜ジュースやら、関東大会直前トレーニングでお目見えしたペナル茶が浮かんでいた。
 あんなもの飲まされた日にゃ、生きて帰れそうにない。しかし。
「それいいね、乾に任せようよ。あのジュース、また作ってきてくれるんでしょ?」
 桃城の心中を露も知らずそう言ったのは、言わずと知れた不二。
 しかし乾は首を横に振って言う。
「いや、あれは準備が大変だから」
「なんだ、そうなんだ」
(…どうしてそこで残念そうに言うんスか?不二先輩…)
 心の中でツッコミつつ、桃城は罰ゲームとしてあのジュースの可能性がなくなったことに胸を撫で下ろす。
 しかし後に続いた乾の言葉は強烈だった。
「もっといいのを考えてきてやる」
「うわぁ、楽しみだなあ♪」
 不二が楽しそうに声を上げる。
「……なんか俄然ヤル気出てきた」
 しかしそんな不二とは対照的に、半眼で呻くように言ったのは英二だった。乾が言う”いいの”というのは、こちらにとっては最悪に違いないと考えているのだろう。桃城も同意見だった。
(これは負けられない)
 英二と桃城は人知れず決意の拳を握っていた。
「それぞれのチョコの数も、俺が調べてきてやる」
「よろしく頼みます、乾先輩」
 どうやって?と思いながらも、まあ乾先輩のことだからなんとかするんだろうと思った桃城は、そう言って頭を下げる。
 そんな桃城の横で、英二はふと先ほどから部室の隅でごそごそと帰宅準備に勤しむリョーマを見つけた。
「そういえばさっきから黙ったまんまだけど、おチビはどうすんの?まさか参加しないとか言うんじゃないだろーね?」
 英二に問われて、リョーマは動かしていた手を止めて振り返る。
「…そのつもりッスけど」
「だーめー!!おチビも参加しなくちゃ駄目〜!!でないと面白くねーじゃん!!」
「そうだぜ、越前!お前も参加しろよ!!」
 英二と桃城が詰め寄る中、リョーマは面倒臭いと言わんばかりに、聞こえよがしな大きいため息をついた。
 そんな越前を見下ろしながら、不二はにっこりと笑いながら口を開く。
「そうだよね、越前は以前罰ゲームで乾にさんざん酷い目に遭わされたものね。逃げたくなるのも当然だよ。ね?」
「…別に逃げたいわけじゃ…」
 ムッとして口を尖らせるリョーマの頭を英二はぺしぺし叩く。
「んじゃ決まり!!おチビも参加な!!」
 リョーマは不満そうに呻いたが、誰も取り合ってくれなかったので、リョーマは仕方なさそうに英二に頭を叩かれるままになっていた。
(しっかし…不二先輩もなんてーか…)
 その様子を見ながら、桃城は、リョーマの負けず嫌いな性格につけこんだセリフをしれっと言い放つ不二に恐怖を感じずにはいられなかった。


「んじゃ参加者は、オレと不二と桃と海堂とおチビと…何?堀尾も参加すんの?」
 全員制服に着替え終わり、英二が嬉しそうに言う横で、桃城はレギュラーの名前を紙に書いていた。
「レギュラーは手塚部長に大石副部長、エージ先輩に不二先輩、それにタカさん、あと俺と海堂と越前…っと」
「なんだよ、桃。お前字汚いなぁ」
「…余計なお世話ッス」
「英二も人のこと言えないでしょ」
「ちぇっ、不二ってばいつも厳しいの」
 英二が不貞腐れて言うので、不二はくすくすと笑った。
「じゃあ誰に賭けるか決めようか」
 不二がそう切り出すと、みんなそれぞれ考え始める。


「はいは〜い!!オレは不二に賭ける!」
「エージ先輩は不二先輩に…っと」
 不二の名前の横に英二の名前を書き連ねる桃城。
「うーん、じゃあ俺も不二先輩で〜」
「堀尾は不二先輩な」
「桃はどうする?」
 英二が横から尋ねてくる。
「どうしますかねぇ…やっぱ無難に手塚部長ッスかねぇ…。越前は?」
「………誰でも」
「おいおい、それじゃ賭けになんねーってば」
「……じゃ、手塚部長で」
「俺と越前は手塚部長…っと。海堂は?」
「……………手塚部長」
「なんだなんだ?手塚と不二ばっかで面白くないな〜…あ、不二はどうすんの?」
 紙を覗いていた英二は振り返って尋ねる。
 不二は顎に手を当てて考えていたようだった。
「んー…そうだね…じゃあ僕は、越前に賭けるよ」
「越前に!?」
 声を上げたのは堀尾。
「いいんですか?」
「別に構わないよ。僕は越前に賭ける」
「えっと、不二先輩は越前…」
 桃城は、リョーマの名前の横に不二の名前を書いた。
 そして乾が眼鏡を押し上げながら言う。
「チョコレート受取数の結果は、15日の昼休み、部室にて発表するから、みんな忘れず来るように。罰ゲームもそこで発表だ」
『ウィーッス』
「了解」
「オッケー♪」
『………』



 さて、日付変わって14日。
「不二、待ってよ!一緒に行こうぜ」
 たったったっ、と駆けて来る足音に、不二は立ち止まって振り返る。
 英二が自分に追いつくのを待って、二人は並んで歩き出す。
 朝練が終わって制服に着替えた二人は、校舎に向かっていた。
「いよいよだな!不二〜、オレお前に賭けてるんだから、たくさんチョコ貰ってくれよ♪」
「そんなこと言われても…どうなるかわかんないよ」
「ま、そりゃそーだ」
「おはよ、不二君、菊丸君」
「あ、おはよ〜」
「おはよ」
 クラスメートの女の子の挨拶に各々答えつつ、校舎の扉をくぐる。
「まず第一関門だな」
 英二はそう言って下駄箱を指差す。
「関門って…」
 不二が聞き返しながら下駄箱の扉を開けると、同時に、どさどさっと箱型のものやら袋状のものが落ちる。
「…………」
「やっぱすごいなあ、不二は」
 覗き込むと、チョコレートだと思われる包みがまだたくさん上履きの上に残っていて、上履きは踵の部分しか見えていなかった。
 それに、まだ下駄箱に入ったままのチョコレートの山の間には、手紙らしきものが多数挟まっている。よく見ると、落ちたチョコレートの山の中にも、それらしきものが埋もれている。
「これラブレターじゃん」
 英二が落ちたものの中から一つ拾い上げてしきりに裏返したり表に返しながら言う。
「困ったな…」
「何が?」
「こんなに持ちきれないよ」
「あ、それなら大丈夫。オレ、不二用に紙袋持ってきたから」
「………英二…」
「だってオレ、不二に賭けてるんだぜ?これくらい貰ってもらわなきゃ」
「…………」
 不二はなにやら複雑な表情で、手渡された紙袋にチョコレートを入れ始める。
 すると――。
 どさどさ。また似たような音。
 音のした方を振り向くと、英二が下駄箱の扉を開けたまま硬直していた。
 英二の足元にはチョコレートの小山が出来ている。
「なんだ、英二モテるんじゃない」
「え?え?」
 困惑しきった顔で見返してくる英二。
 そして下駄箱の扉を開けたり閉めたりしながら、言う。
「…オレの下駄箱?だよな…。あれ?オレ、間違えてたりしないよな?」
 心底困惑気味に問いかけてくる姿が妙に可笑しくて、不二はくすくすと笑った。

「英二はお姉さんやお母さん以外にチョコレートを貰ったのは初めて?」
 不二と英二はお互い自分宛てのチョコレートが詰まった紙袋を提げ、自分の教室に向かっていた。
「うんにゃ、別に初めてってワケじゃないけどさ…こんなにいっぱい貰ったのは初めて」
「そうなんだ?」
「うん。なんだかオレってあんまり男扱いされなくてさ」
「そういえば英二って中1中2の頃は背が小さかったっけ。この一年間ですごく背が伸びたよね」
「うん。成長痛で悩まされた。制服も買いなおさなくちゃいけなくてさ」
「そっか」
「でもまさかこんなに貰えるなんて思ってなかったなぁ」
 嬉しいのだろうが、予想外の出来事に少々戸惑っている様子がありありと出ている英二の顔を、不二は目を丸くして見る。
「そう?僕は別に意外には思わないけど?英二は人気あるんだよ、気付いてなかったの?」
「っへ?」
「その様子じゃ全然気付いてなかったみたいだね」
 少々頬を赤らめた英二に、不二は笑って言った。

「?」
 大石は机の中に教科書を入れようとしていた手を止める。
 何かがつっかえた感触。
 教科書を机の上に置いて空いた手を机の中に突っ込むと、固いものが指先に当たる。
「?」
 不思議に思ってそれを掴んで引き出してくると…。
「あ、チョコじゃん」
 後ろの席の友人が声を上げる。
「チョコ?」
「なんだよ、お前バレンタインデー忘れてたのか?」
「ああ、そうか、今日は14日だっけ?」
 大石は先ほど下駄箱に入っていた包みを思い出す。じゃああれもチョコか。
「余裕だねぇ。俺たち凡人はいつもらえるか楽しみにしてるのに」
「別に余裕とかそういうわけじゃ…」
 大石は困ったように頬を掻いた。

「もっもしっろくん♪」
「ん〜?」
 休憩時間中、行儀悪く机に足を載せてテニス雑誌をめくっていた桃城の肩越しに、クラスメートの女子が声をかけてくる。
「はい、チョコレート!」
 にこにこと笑顔満面で差し出してくれたのは、プラスチックの円い箱に入れられてリボンがけされたチョコレートクッキー。
 桃城はそれと女の子の顔を見比べながら言う。
「俺にくれんの?」
「うん!」
「そっか、さんきゅーな」
 桃城はチョコレートの包みを受け取ってにかっと笑った。
「…おい、桃、お前今日でそれいくつ目?」
 違うクラスにもかかわらず遊びに来て前に座っていた荒井が尋ねる。
「ああ?忘れた」
「忘れたって、お前なぁ…」

 キーンコーンカーンコーン。
 海堂は5時間目開始のチャイムの音で目がさめた。
 次の時間割は英語だったか。
 5時間目の英語なんて睡魔を誘うだけで、最悪極まりない。
 海堂が内心毒づきながら机に伏せた体を起こすと、ぽとぽとと机の上に何かが落ちる。
「ああ?」
 寝ぼけた目でそれらを見詰める。
 チェックの小さな袋と赤いうすべったい箱が机の上にあった。それぞれ金色の円いシールが貼ってあり、そこには「HappyValentine」とある。
「……」
「ああ、それ、なんかどっかのクラスの女の子が昼休みに来て置いてったぜ」
 通り縋ったクラスメートの男がそう言う。
 その時、海堂は自分の上着の左ポケットごしに、何か固いものが触れるのを感じた。
「……」
 それを取り出すと、案の定チョコレート。
 右のポケットにもまたチョコレート。
 ズボンの両ポケットからもチョコレート。
「…お前、手品師みてーだな。ってーか…そこまでされても起きなかったのか?」
「……………」

「あ、あの、手塚君…これ、受け取ってくれます?」
「………」
 手塚はまたか、と思ってため息をつきそうになるが、かろうじてそれを押し留めて無言を押し通す。
「それと…これ、読んでください」
 チョコレートとともに差し出されたのは潔癖な感じのする真っ白い封筒。
「それじゃ…えっと…クラブ、頑張ってください」
 頬を赤らめてとてとてと走り去る女の背中をちらりと一瞥して、手塚は肩に提げた鞄をかけ直す。
「…別に隠れなくてもいいだろうに」
「――そういうわけにはいかないでしょ」
 物陰から姿を現したのは不二。
「告白するのってすごく勇気がいるんだよ?そんな一大決心の舞台に、無関係者が割り込んで台無しにするわけにはいかないよ」
「…まるで経験有りとでもいった風な物言いだな」
「別にそんなワケじゃないけど」
 不二は少々困ったように微笑む。
「手塚、今年はどれだけチョコレート貰ったか知らないけど、まさか捨てたりしないよね?」
「そんなことはしない」
「ならいいんだけど。その手紙、ちゃんと読んであげなよ?」
「…………」

「リョーマ様リョーマ様!!」
 部室の扉のノブを掴みかけたリョーマを呼び止めたのは、いつも通りの黄色い声。
「チョコレート、作ったの!!受け取って!!」
「………手作り?」
「そうなの!!桜乃と一緒に作ったんだ!!ね、桜乃」
「わ、私に話を振らないで…」
 小坂田朋香の陰に隠れるように居たのは竜崎桜乃。
「何言ってんのよ!!あ、リョーマ様、桜乃もチョコレート作ったのよ!!」
「と、朋香ちゃん!!」
「へぇ、意外」
「でしょ!?一応ちゃんと形はなってるのよ!!」
「……形”は”?」
「あははは、まあ気にせずに!!私の共々、受け取って★」
 朋香がリョーマの腕の中にチョコレートの包みを押し付ける。
 甘い匂いがリョーマの鼻腔の奥をくすぐる。
 そしてしばしの沈黙。
「…そっちは?いいの?」
 リョーマは表情一つ変えず、相変わらず朋香の陰に隠れて出てこない桜乃を見やる。
「あっ!そ、その…え〜っと…!!」
「………」
 元から目付きが鋭いリョーマの無表情はかなり怖い。
 怒っているわけでもなさそうだが、眼光の鋭さに、桜乃は思わずびくっと身を竦ませる。
 リョーマは大きくため息をつく。
「貰ってくよ」
 すたすたと歩み寄って、リョーマは桜乃の腕の中に大事そうに抱えられていた包みをおもむろに取上げる。
「あっ…!」
 桜乃が声を上げるが、構わずリョーマは部室の扉のノブを回す。
 そしてその時、包みの端を止めるシールの上の”リョーマ君へ”という桜乃直筆の文字が目に入る。
「………せんきゅ」
 リョーマは口の端を僅かに上げながら小さく言って、部室の中へと入っていった。

「お兄〜ちゃん♪」
 クラブが終わって下校しようとしていた河村を校門で待ち構えていたのは、河村の妹だった。
「あれ?なんでこんなとこに居るんだ?」
「えへへ、今日バレンタインだからチョコレートケーキ買って帰ろうと思って。お兄ちゃんが好きなのを選んで欲しいの。一緒にケーキ屋さん行こ?」
 腕に飛びついてくる妹に困ったように笑いながら、河村は傍らに居る二人に声をかける。
「じゃ、俺こっちに行くから…」
「うん、じゃあここでバイバイ、河村」
「じゃあね」
 英二と不二が各々手を振る。
「……妹って可愛いなぁ…。オレも妹欲し〜」
「妹ね…。英二がお兄ちゃんって呼ばれてるの、僕は想像出来ないなぁ」
「なんだよー」
 英二と不二は、河村と河村の妹の後姿を見詰めながら、そんな会話を交わしていた。



 あっという間に日付が変わって15日。
「おはよ!!不二」
「おはよう、英二」
「いよいよ今日だな。賭けの結果が出るの」
「そうだね」
「どうなったのかなぁ?…あ、不二は結局昨日いくつチョコ貰ったの?」
「えっとね…」
 不二は答えようとして口を開きかける…が。
「…やめた。内緒」
「えぇ?なんで〜?」
「だって最初に数を知っちゃってたら賭けが面白くなくなるでしょ?だから言わない」
「いいじゃん、ちょっとくらい教えてくれたって〜。不二のケチー」
 口を尖らせる英二に不二は笑顔で答える。
「駄目ったら駄目。お昼までのお楽しみってことにしとこ?」
「うにゅう…」


 キーンコーンカーンコーン。
 運命の時間がやってきた。
 各々弁当を持って部室に集まる。
「全員揃ったな?」
 乾がそう言って、睥睨するような目付きで辺りを見回す。
「では結果を発表する」
 乾は例のデータノートをぱらぱらとめくった。
(んなとこにそんなデータ書き込むなよ…)
 英二は心の中でツッコミを入れる。
「まずは誰も賭けていなかった者から…」

 乾は次々と名前を挙げてチョコレートの数をあげていく。その結果は次の通り。
 河村…5個。
 海堂…11個。
 大石…12個。
 桃城…16個。
 菊丸…22個。
「間違いは無いな?」
 乾がここに揃っている海堂と菊丸を見ながらそう問うと、海堂はこくりと無言で頷き、英二は居心地悪そうに頬をぽりぽりと掻いた。
「あ、うん。まあ…」
「エージ先輩すっげーっ!!」
 声を上げる堀尾に、菊丸は困ったように笑った。
「賭けに名前が挙がった残り三名については、ホワイトボードに書く。書き終わるまで後ろを向いているように」
 乾がそう高らかに宣言する。乾を除いた全員が、乾の言葉に促されてホワイトボードに背を向けた。
 乾はそれを確認すると、ホワイトボードを裏返して白い部分にリョーマと不二と手塚の名前と、獲得したチョコレートの数を手早く書く。
「いいぞ」
 部室に顔を揃えた全員が、緊張の余りこくりと喉を鳴らし、振り返った。
 すると、そこには信じられない結果が書かれていた。
「手塚部長32個!?」
「うっそ!手塚部長が3位!?」
「………何かの間違いじゃ…」
 桃城や堀尾、海堂があげる声に、部室が一時騒然となった。
「俺のデータに間違いは無い。手塚の敗因は、今年は手作りのマフラーやらセーターやらが多かった点だ。純粋なプレゼントの数だけ見れば、一位確実だったんだが」
「くっそ〜、読み違えたか!!」
 桃城は悔しそうに唇をかむ。
「じゃあ一番は不二先輩!?」
「不二先輩は…ああ!?38個!?」
「おチビが…39個!?」
「ってーことは、一番は…」
『越前〜!?』
 リョーマと不二、乾を除いた全員の声が唱和する。
「ほら、僕の言った通り」
 不二はにっこりと笑っている。
「お前いつの間に!?」
 堀尾がリョーマの胸倉を掴みかけない勢いで詰め寄る。
「なんで越前が!?」
 驚きを隠せない桃城。
 それを宥めるかのように、乾はお得意の説明を始める。
「やっぱり一年でレギュラーというのは目立つ。それに近年稀に見る超ルーキー。アメリカ帰りで英語ペラペラ。加えてなかなかのルックス。それが13歳から15歳の婦女子に幅広く支持され、評価されたということだろう。また、不敵で倣岸不遜な態度がさらに年上の女子層に支持されたとも考えられる。事実、高校生からもいくつかもらっていたようだな。何はともあれいいデータが取れたよ、越前」
「はぁ、そうッスか」
 気のない声で答えるリョーマの頭を、英二はぺしぺしと叩く。
「やるな〜、おチビ!!」
「痛いッス」
「じゃあ、罰ゲームを発表しよう」
 何やら盛り上がっている中、乾はやおらそう言って、胸ポケットから一枚の紙を取り出した。
 先ほどとは違い、不安と恐怖で、息を飲む一同。それに対して勝利者の不二はのほほんとしたままだ。
 乾はその紙を伏せて置き、続いてサイコロを取り出した。
「にゃ?なんでサイコロ?」
「この紙には1〜6の数字と、その横に罰ゲームの内容が書いてある。負けた者はサイコロを振って、出た目の罰ゲームをする、とまあ、そういうことだ。ちなみに罰ゲームは本日中に行うこと」
「…?この場ですぐ出来るものじゃないんスか?」
「ああ。少しでも面白くする為に、色々考えた」
(そんなに真面目に考えてくれなくてもいいのに…)
 桃城はこっそりツッコむが、怖くて当然口には出せない。
「じゃあそれぞれサイコロを振れ」


「えっと…1がオレで、2は誰も居なくて…3は堀尾、4は誰も居ない、5が海堂、6が越前と桃」
 英二がサイコロを振った結果を乾に報告すると、乾はおもむろに紙を広げた。
「それでは、各々この罰ゲームをやってもらおう」
『……!!?』
「ちょっと待て乾!!なんだよコレは!!」
 声を上げたのは英二。
「だからいいのを考えてきてやると言っただろう」
「全然よかない!!こんなことしたら、オレ達の命がヤバいって、絶対!!」
「そんなことはない。俺が青学テニス部の連中にそんな危険なことをさせると思うか」
「……いや、これはそう言う意味でもないというかなんというか…」
「……………」
 皆が口々に文句を言う中、乾は窓から入ってきた昼の陽光に、きらりと眼鏡を光らせた。
「サイコロを振ったからには、皆にこの罰ゲームの遂行を遵守してもらうぞ」
「…エージ先輩、遺書とか書いたほうがいいッスかね…?」
「わーお、桃ってばナイスアイデア」
 目を伏せて沈んだ声で言う桃城に答える棒読み口調の英二の目は完全に泳いでいる。
「健闘を祈る」
 眼鏡を押し上げながら言う乾の眼鏡がきらんと煌めいた。
「一体何を…」
 不二は呆然としている皆を押しのけて、罰ゲームの書かれた紙を取上げる。
 そこには、こう書いてあった。

1、手塚の前でヒゲダンスを踊る
2、スミレ先生の前で伴爺(山吹中)のモノマネをする
3、手塚の前で「カトちゃんペ★」をやる
4、手塚の前で雨上がり決死隊の宮迫の持ちネタを、自分の名前で
5、スミレ先生に告白
6、手塚の前でホリケンサイズを踊る

「……乾…」
「なかなか面白いだろう?」
「……血を見るんじゃないかな………特に手塚相手には」
「まあ、みんなのことだから大丈夫だろう」
「……そうだね」
「不二ぃ、ちっとは助けてくれよ!!」
「…英二、頑張ってね♪ヒゲダンス楽しみにしてるよ」
「不二のいぢわるー!!」
「桃先輩、ホリケンサイズってなんスか?」
「えっ…」
「……告白…」

 2/15昼下がり。
 戦乱の幕が開けた。

<了>




※あとがき※