『15歳恋愛事情2』


※題名のとおり、この話は『15歳恋愛事情』の第二弾です。『15歳恋愛事情』を読んでいなくとも支障はありませんが、話中の時間の流れ上、先に『15歳恋愛事情』を読んでいただくことをお薦めします。


「うー…」
「どうしたの?英二?」
「…なんだか頭がボーっとする〜…」
 放課後3-6の教室。校庭掃除から帰ってきた不二が見たのは、自分の席の机にへばりついている英二だった。
 怪訝に思った不二がそんな英二の席の前に立つと、英二は目だけで見上げてきた。
「風邪でも引いたんじゃないの?」
 不二はそう言いながら、英二の前の誰もいない席の椅子を引いて、逆向きに座る。
「そうかなぁ?」
 不二の動きを目で追いながら呟く英二。
「そうでもないと思うんだけど…」
 不二は背もたれの部分に組んだ腕を乗せて、英二と目線を合わせた。そしておもむろに口を開く。
「そういえばさ、昨日走らされてたじゃない。英二ならともかく、大石まで」
「…にゃんだよ、オレならともかくってのは」
「いや、別に大した意味はないよ。大石がランニングを命じられるなんて珍しいなって思って見てただけなんだけど。一体何したの?」
 昨日の部活の時、軽く準備体操及び柔軟体操をしている最中に、コートを飛び出していく英二と、その英二に首根っこをつかまれて引きずられていく大石、そしてその二人を腕を組んで睨むように見送る手塚を、不二は見ていた。
 大石が手塚に走らされるということがあまり無い為、妙にその様子が印象に残っていた。
「んー…別に、たいした事はしてないんだけど。ちょっとダベってただけ」
「ふーん」
 不二が相槌を打つと、英二はハタと何かに気がついたようにがばっと身を起こした。
「何?どうしたの?」
「あ…そういえば、結局分からずじまいじゃん」
「何が?」
 不二がそう問うと、しばらく英二は考えるように虚空を見詰めていたが、やがて不二の方に視線を戻した。
「ねぇ、不二」
 そう言った英二の声はいつもより幾分低めだった。
 何か真面目な話をしようとしている、という空気を嗅ぎ取った不二は、英二と同じく体を起こす。
「好きになるってどういうことだと思う?」
「………は?」
 全く予想だにしなかった話に、不二は目を瞬かせながら素っ頓狂な声を上げる。
「いや、だからさぁ、前言ったじゃん。告白されたって…」
「それは、知ってるけど」
 確か二年の子だと言っていた。全く知らない子で、断ったと言うことも聞いている。
 さらに、英二が”なんで自分のことを好きになったんだろう”と首をかしげていたことも知っている。
 が、しかし。
「どうしてそういう質問になるわけ?」
 不二が怪訝そうに問うと、英二は口を尖らせる。
「だって…よく分からないんだもん。恋とか愛?とか?…”好き”って言われてもさ、それってどういうこと?って思っちゃう。オレは家族全員大好きだし、友達大好きだし、クラブも大好きだし、好きなものはいっぱいあるもん。でも、女の子から”好き”って言われる時って、そういう”好き”の意味じゃないんだろ?」
「…そりゃあ、違うんじゃない?」
「……なんで”好き”って気持ちに区別があるんだろう…。オレにとって”好き”は”好き”で、オレには恋愛の”好き”と物事の”好き”のどこが違うのか分かんにゃいんだよね…」
 珍しく眉を顰めながら真剣に話す英二。
「もしかして、それを大石に聞いてたわけ?」
「うん」
 英二が頷く。
 不二は、大石は一体どう答えたんだろう、と考える。大石はそういうのとは無縁のような気がするのだが、どうなのだろう。
(そういえば…)
「ねぇ、僕たちに聞くよりも、お姉さんとかお兄さんに聞いた方が早いんじゃないの?」
「え、ヤダ」
 不二が言い終わるや否や、英二はきっぱり短く即答した。
「だってそんなこと聞いたら、『やっぱり英二はまだまだお子ちゃまね』とか言ってからかわれるに決まってるじゃん。んなの絶対嫌」
「あ、そう…」
 不二はあまりにきっぱりと答える英二に呆気に取られながらも、何か自分に答えられることが無いかと考える。
 基本的に、英二が何かを悩むというのは珍しい。
 いつもなら、持ち前のポジティブさで、なんだかんだと物事を解決してしまう。うじうじと悩むのは性に合わないのだろう。
 しかしその分、悩み始めると、悩みは深く、長くなるようである。とはいえ、その悩みで自分を追い詰めたりということはないみたいだが。ここら辺はライトな考えの持ち主の英二っぽいところだと言えるだろう。
 そんなわけで、いつもなら立場が逆なのだが、英二が悩むのは珍しいだけに、英二が悩んだ時には、何らかの力になりたいと不二は思っていた。
 不二は暫く考え、そして唐突に呟く。
「……『恋は目で見ず、心で見る』」
「ん?」
「シェークスピアの言葉だよ」
 不二はにっこりと微笑んだ。
「英二にとっての”好き”は、目で見える”好き”なんじゃないかな。心で感じる”好き”っていうのが、きっと恋愛の”好き”ってことだよ」
「心で?でもオレ、みんなのこと、心から大好きなつもりだけどなぁ」
 難しげに眉間に皺を寄せて、ぽりぽりと頭を掻く英二に、不二は言う。
「解らないなら解らないでいいんだよ、きっと」
「…どして?」
「十人十色っていうくらいだから、心の数だけ恋の種類があってもいいんだと思うよ、僕は。きっといつか、英二なりの”好き”って気持ちが分かるようになるよ。それに…」
 言いさして、不二は一端間を置いてから英二の目を見る。
「きっと、口で語れる気持ちは心で感じる気持ちとは違う。分からないって言える英二こそ、”好き”っていう気持ちが分かる一番近い距離にいるんじゃないかな」
 不二はそう言ってくすりと笑った。すると、英二が驚いたように目を丸くする。
「……不二って」
「ん?」
「…すごいな」
「そう?」
 不二が小さく首をかしげると、英二はこくこくと頷いた。
「うん。だってさ…なんかすっごく………大人っぽい」
 言われて、不二はぷっと吹き出した。
「何それ、大人っぽいって」
「なんかそう思ったんだもん。もしかして不二、今好きな子とかいたりすんの?」
 今度は英二が首を傾げて尋ねる。不二は、んー、と考えるように顎に手を添えて僅かに視線を上に向ける。
「…何、マジでいるの?」
「……秘密♪」
「不二ーっ!!なんだよ、教えてよ!!」
 英二はばんっ、と机を叩いて勢いよく立ち上がった。しかし――――。
「あれ?」
 立った途端、視界が狭くなって平衡感覚を失い、英二はぺたんと椅子の上に尻餅をついた。
「大丈夫?」
 また椅子の上に逆戻りした英二に、不二は心配そうに声をかけた。
「うー…あんま大丈夫じゃないかも…」
 唸るように言う英二に、不二は手を伸ばした。英二の額に右手を当てて、左手を自分の額にあてる。
「…熱があるみたいだね」
「え、ホント?うぅ、なんでだろ?風邪…じゃないと思うんだけどな〜」
 英二は自分の額に手を当てて首を捻る。
「…慣れないことしたからじゃないじゃない?普段あんまり物を考えないから」
「なんだよー、普段あんまり考えないって〜。不二、オレのことバカにしてるだろ」
「してないしてない」
 不二は笑いながら立ち上がる。
「どうだか」
 完全に不貞腐れてそっぽをむく英二に、不二は苦笑を禁じえなかった。
 するとさらに英二がムクれて呟く。
「…笑ってるし」
「英二、そんなにスネないでよ。僕も英二のこと、凄いと思ってるよ」
「……………どこが?」
 イマイチ信用してないような目付きで睨んでくる英二に、不二は苦笑しつつ答える。
「いつも楽しそうな所」
「なんだよ、人を能天気馬鹿みたいに言ってぇ」
「そうじゃなくて…毎日を楽しく生きることが出来るのって、一つの才能だと思うんだ。英二は本能的にそれを知ってるって気がする」
「…やっぱり本能とかそれ系なんじゃないか〜」
「………あれ?」
 不二は誤魔化すように視線を逸らす。
「何はともあれ、今日はクラブ休んだ方がいいみたいだね」
 言って不二は自分の鞄を素早く手にし、これ以上英二に問い詰められないうちに、教室の扉をがらりと開けた。そして一言。
「お大事にね、英二」
「むぅ、不二のバカ〜」
 英二の声に後押しされて、不二は廊下へ滑り出た。
 手をひらひらと振ると、英二がおざなりに手を振り返してくる。
 不二は、手塚に何と言って英二のクラブ欠席理由を説明するか考えをめぐらす。
(知恵熱…って言っていいのかな?)
 暫く考えながら廊下を歩いていた不二だったが。
(まあ…適当に言っておくかな)
 そう結論付けて、ぱたぱたと走り出した。
 早く行かないとクラブに遅れそうだった。
(手塚に走らされるのは嫌だしね)

<了>




※あとがき※