---------- 車両解説 ----------

コ3形

 近鉄では生駒山に生駒鋼索線、信貴山に西信貴鋼索線を保有しており、生駒鋼索線は宝山寺線と山上線の2線を乗り継ぐ形となっている。このうち宝山寺線では我が国で初めて開業したケーブル線となる。生駒山中腹には宝山寺があり大阪電気軌道では宝山寺への参詣客の便をはかるため、1913年(大正2年)7月に生駒鋼索鉄道を設立、1917年(大正6年)8月に鳥居前〜宝山寺間1.0kmが開通した。当時は大軌から直流送電を受けていたため、巻上機はDC550V・75馬力で、車両は木造であった。
 生駒鋼索鉄道は1921年(大正10年)1月に大軌に合併し、生駒山の観光客誘致をはかって宝山寺〜山上間1.1kmの山上線の建設企画をたて、1929年(昭和4年)に開通した。これと前後して宝山寺線ではもともと利用客があり、山上線の開業で山上に向かう乗客とが輻輳するために、1線増設も進められ1926年(昭和元年)に宝山寺2号線として完成した。また宝山寺1号線では木造車置き換えとして田中車輌で半鋼製のクロスシート車を製造した。宝山寺2号線・山上線は当初から三相交流440Vを使用し、当初は直流であった宝山寺1号線もこれと前後して三相交流440Vに改められた。
 宝山寺2号線・山上線車両は1953年(昭和28年)に近畿車輌で製造されたもので全鋼製である。宝山寺1号線はコ1形1・2でそれぞれ「いのり」と「めぐみ」の愛称が、宝山寺2号線はコ3形3・4でそれぞれ「すずらん」、「白樺」(漢字であるのは逆読みした場合の不具合のためである)、山上線のコ5形5・6は「こぐま」、「はくちょう」の愛称が付けられたが、現在残っているのはこのコ3形のみである。コ3形は一時「ゆめいこま」を名乗り、車体には昆虫や生駒山上遊園地遊具をデザインしたラッピングが施されたが、現在は登場時の塗装に復元されている。
 コ3形は宝山寺2号線用として1953年(昭和28年)の同線復活時に近畿車輛で製造された全鋼製車で、車内はクロスシートである。電動機・制動装置は1号線のコ1形と同じである。尚、コ4には山上側にコニ3形と称する荷物台を連結することができる。
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宝山寺線コ3 ”ゆめいこま”塗装の頃のコ4

2022年 5月 1日 更新

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