雪月花によせて
さて少しづつ変わってゆく、私と彩の面々。
この頃までに吉崎克彦先生の名前が、邦楽ジャーナルで誌上をにぎわし初めていました。
丁度この年の秋。
正確には、「九州民謡」の年に奈良秋篠音楽堂で
吉崎克彦コンサートがありました。
さっそく
いきましたら、写真で拝見したとおりの立派な体格。
「哀歌」の演奏の力強さにびっくり。
十七絃はあんな風に弾くのか、と素直に思いました。
彩の活動が、メンバーの家庭の事情で思うように行かなくなり
物足りなさを覚えていたらしい利恵子さんが、このコンサートを機会に
吉崎先生の元にレッスンに通い始めました。
そして次なるアンサンブルは必然的に、「雪月花によせて」となったのです。
けっこう吉崎ワールドにのめり込んでました。
いつもは一つのアンサンブルも、この年はもう一つ「戯曲」を同時進行で弾いてました。
牧野由多可とは又違う、でもちょっと似た系列の活気のある曲作りは
どこか、のりの良いロックとまでは行かなくても
吉崎先生のCDなんかを聞きながら高速を走ってると
気がついたら130キロなんて事もよくありました。
ドキドキさせてくれるところがあるんですね。
こうして始まった「雪月花によせて」
これまで、千と利恵子の演奏に関するバトルが多かったのですが
ここに来て、吉崎先生をバックに背負った利恵子さんが圧倒的有利に立ちました。
それはそれで、作曲者の意向というしっかりした筋が通っているので
やりやすくなりました。
だんだん練習時間が少なくなり、困りつつも
でもまだ、練習の鬼ぶりは、消えておらず
Yukiさんの職場に押し掛けて昼休みに練習したりしました
その頃の職場の皆様、大変ご迷惑をおかけいたしました。
本当にこういう所は私と利恵子さんの困った性格です。
細かいリズムの刻み方とか、早く弾けないときのやり方
利恵子さんのお陰で、吉崎先生からの情報は
私たちを、少しづつこれまでの自己流と違う
系統だった方向に導いてくれつつありました。
元気は良くなったけど、お客様の反応は色々でした。
「前に比べて、演奏に優しさがなくなった」
「雰囲気が変わった」
確かに、立って箏を弾く、ポピュラーを取り入れる
と言うのをこの時からやらなくなりました。
一応まだサービス精神は残っていて、唱歌を取り入れて弾きました。
今も大好きな、尺八2重奏の和音が美しい、アレンジ物でした。
ただ、聞いてくださる方の意見を取り入れたいとは思う物の
一方では「演奏が平坦だ」と言われ
頑張ると「優しさがない」と言われ
どうしたらいいんでしょ??
と、とまどいがあったことも確かです。
今なら、激しさも、優しさももう少し併せて出せるような気がするけれども
この頃はその辺のメリハリがうまく出せませんでした。。
そして、次なる曲も吉崎ワールドから
「かごめの主題による箏四重箏曲」です。
不定期にどこへともなく・・続く
音が苦