こんにちは


私.千はどんな立派な経歴の持ち主かと
期待に胸をときめかせ、初めてお越し頂いた皆様。
公式プロフィール(営業用)には、色々書きますが
突き詰めていくと、ただの主婦
・・いえ、ちょっと激しく箏に狂った、主婦です。
普通の主婦がどうして、こんな人生を歩むことになってしまったか・・・
連続小説のつもりで、ごゆっくりお楽しみ下さい


箏をひき初めてもう00年。
そんな私の箏人生。そして音楽遍歴を少々お話ししましょう。
壱.千と箏の出会い
弐.箏、及び他の音楽遍歴
参.再び箏を弾きはじめる
四.三度目の正直?

五.邦楽アンサンブル彩<AYA>
六.邦楽アンサンブル彩<AYA>その2
七.邦楽アンサンブル彩<AYA>その3

八.音楽集団94
.ムーヴ
・・・・の九つの段落があります。お好きなところからどうぞ。


壱.千と箏の出会い


初めて箏にさわったのは、00年前。まだ10代の初め頃。(もう記憶がはっきりしない)
小学校からの同級生が、何を思ったか「お琴ひいてみない?」と私に話しかけて来ました。
そう言われて、なぜその気になったのか、何にも覚えていませんがとにかくその子の家に
ついていき弾かせてもらいました。
こういうときの定番。さくらを弾いたような、弾かなかったような・・。やはり記憶が・・・・。
でも今でも鮮烈に残っているのは、「こうしてひくんよ」と手を取り弾かせてもらった、「春の海」
の冒頭部分。柔らかな音色。分散和音の響き。
(この分散和音が私の箏人生に、暗い陰を投げかけ、,私は道を踏み外してしまうのです。
その件については後日・・。)
上手になって是非この曲を弾きこなしたい。と思ったのが私の箏との出会いでした


弐.箏、及び他の音楽遍歴

さて、高校受験もそっちのけで楽しくお稽古しながら、進学したのはよかったのですが
高校に入ってから落とし穴が・・。
選択で選んだ音楽の授業で、ギターを弾くことになりこれがまた面白かった。
そこで私は気がついた。
私って、和音・。それも分散和音が大好きだったのです。
その間も、お稽古は続けながらほとんどギターにのめり込み、さらに進学してからも一向に
熱が冷めません。

ここでも、箏曲部と、フォークソング同好会の2足の草鞋。
さらに和音であれば何でもよかったのか、人手が足りないエレキバンドのサイドギターまで・・。
そして就職したら自分の家に帰るつもりが、決まった就職先は京都市内のみの勤務。
帰ったら元の先生のところにまた習いに行こうと思っていたのに、
私の箏人生はふっつりととぎれてしまったのです


続き