=前編= 私たちは同じ。 好きなもの。 恋人と豪語してやまないもの。 私とアイツの共通点は、野球に人生を捧げていることだ。 「牛尾。今年はどう?」 目にまぶしいほどの金髪を見つけ、私は廊下で彼を呼び止めた。 振り向いた牛尾は、今日も絶好のキャプテンスマイル。 髪の色よりもまぶしいそれにクラリとくる女の子も少なくないという話だが、実際のところそれは宝の持ち腐れ。 コイツは天然なほどの野球バカで、野球LOVE、恋人はグラウンドだと恥ずかしげもなく宣言するような奴なのだから。 「ああ、くん。今年も強力な子たちが入ってきたよ。今年から入部試験も導入されたし、それをかいくぐってきた人たちだ。それなりに期待できそうだよ」 「それは良かった」 そこで『それなりに』という表現をする辺りがとてもコイツらしいと思う。 過大評価も過小評価もしない奴だけど、その点数は結構な厳しさだ。 よほどのことがなければ、彼から高得点をいただくことなどできはしない。 それでいて厳しいばかりではないからこそ、彼は部員たちに慕われているのだろう。 「今年こそ、行けそう?」 目的語なんて明確にする必要もない。 高校野球児にとって目指す場所なんて、たった一つ。 甲子園以外にありえるはずが無いのだから。 私のその問いに、牛尾はそれでもその笑顔を崩さずに、腹のうちの見えない顔で言った。 「さぁ、どうだろうね」 けれど目はしっかりと言っている。 今年こそ、と。 3年になった私たちにとって、最後の機会なのだから、何が何でもそうしなければならないのだけど。 これほどの実力を持った牛尾が高校三年間一度も甲子園の土を踏めなかったとしたら、それは絶対に間違っている。世の中が。 「けど、期待はできそうだよ。若干不安材料もいるけどね」 その不安材料とやらがどんなものなのかなんて、私は興味がない。 ただ彼が、夢をかなえられるかどうか。 そして私の夢をかなえてくれるかどうか。 問題はそこだ。 「期待とか言ってないで、本気で行ってよ」 少し厳しい顔をして言った私に、彼はやはり余裕の伺える顔で「ああ」と答えた。 私と牛尾の共通点。 それは野球LOVE 別に私はアイツほどにグラウンドが恋人だとか突拍子もないことまで言い出したりはしないが、それでもそれに近いものがあると思っている。 小・中学生のときに自分もやっていた野球。 女であるというだけの理由で中学卒業と同時にやめさせられた時は、憤りを感じて仕方なかった。 このまま人生投げ出しそうなほどにまで。 けど、この十二支に来てアイツに会った。 正確には再会した。 昔、一度だけリトル時代に対戦した牛尾に。 彼の金髪は野球児の中でも目立ったから覚えていた。 そして、そのプレイも。 優男な風貌に似合わず、走・攻・守ともに揃った強力な選手。 どんな球でも的確に判断して周りを驚愕させるほどの守備。 一度対戦して彼を覚えていなければ、それはきっと本気で野球をやっていない奴だということではないかと思うほど、彼は印象強かった。 牛尾の方も、私のことを覚えていた。 男の子ばかりの中、たった一握りの女の子プレイヤーである私のことは印象に残って当然だろう。腕前など関係なく。 けれどアイツはこう言った。 「僕をあそこまできっちり3打数1安打に抑えたピッチャーを、忘れはしないよ」と。 女だとか男だとか関係なく実力を認めてくれる者は、そうはいない。 特に野球という、完全に男のものである種目である以上は。 だから、その牛尾の言葉はとても嬉しいものだった。 「ちーっす、センパイ☆今日も美人ですNe」 マネージャーにはならなかったけど、私はこうして時折野球部を覗きにくる。 最初はマウンドに立てないことを思うと足を運ぶのもためらわれたが、牛尾のあの笑顔に騙されて幾度となく来るようになった。 来れば大抵最初に声をかけてくるのが、この2年の虎鉄大河くん。 ナンパな感じだが、腕は悪くない。それどころかかなりの実力者。 性格がこうなので素直に褒めるのに抵抗を感じてしまうのが難だが、彼も攻守ともに優れたプレイヤーだ。 そして、この強豪と言われる十二支で、2年にしてすでにレギュラーを獲得しているほどの人物。 ファーストである彼は、おそらく部内でも一番牛尾の球を受けることが多いだろう。 「はいはい。そんなどーでもいいことより、準備はいいの?」 「ちぇー、つれないスNe 俺はこんなにLOVEなのに」 そんな虎鉄くんの言葉は軽く受け流す。 彼は女の子に対してはほとんどこうなのだ。 まともに相手をしても疲れるだけ。 悪い子では無いのだが、これだけは何とかならないだろうか。 「Neーセンパイ。キャプテンと付き合ってないってホントですKaい?」 ぶっ。 フェンスにもたれて、ちょっと真面目な顔をして何を言い出すのかと思えばそんなこと。 バカバカしいと言ってしまうのは失礼かもしれないが、彼だって知っているはずだろうに。 私たちが、共通の恋人を持っていることを。 「何言ってるの。私も牛尾も、恋人はグラウンドよ」 最初の頃に比べて、随分簡単にそんな言葉が出るようになったものだ。 これも牛尾の影響か。 ニコニコ穏やかそうな顔をして、周りを自分のペースに合わせることなんて造作もない。 その私の答えに、虎鉄くんは、それでもまだ納得していないようだった。 「でも、グラウンドと結婚はできNe−じゃないスKa」 「そういう問題じゃないし。何だったら、生涯独身でも問題無いでしょ」 少なくとも、わけのわからない男と無理やりお見合い結婚でもさせられるくらいなら私は独身でいることを選ぶ。 第一、私と牛尾は本当にそんなんじゃないのだ。 言うなれば、同志。 そう、この表現が一番的確だろう。 性別なんて、私たちの間では関係ない。 ただ、同じ野球を好きで、そしてその愛が尋常じゃなくて(自分で言うのも何だけど) アイツだっていつも言っている。 『野球のLOVEを語るなら、やはりくんだね』と。 私も野球に関して話をするのに、牛尾以外の人だとどうしてもやりにくい。 私を女として扱う奴らと、そもそもその次元で話が合うはずが無いのだ。 「虎鉄くん、サボリかい?」 「Ge、キャプテン!」 私の向かい。つまり虎鉄くんからすれば後ろから、ニコヤカな表情で現れた我らがキャプテン。 顔は笑っているけど、それが許容という意味を指すわけではないことを、部員なら誰しも知っている。 少なくとも、野球に関することで手を抜けば、後にどんなことが待っているかは想像に難くない。 「や、牛尾」 「いらっしゃい、くん。何だったら手伝ってくれるかい?」 牛尾がこう言うのは、別に仕事をやらせようということではない。 少しでも野球と関わっていたいという私の気持ちをわかっているから。 同志として、放っておけないのだろう。 けれど、結局マネージャーになることをしなかった私が勝手に手を出すのは間違っているという分別くらい、私にだってある。 丁重に断って、虎鉄くんと共にグラウンドに戻る彼の後ろ姿を見送りながら、私はこの恋人を見回した。 けれど転換期は訪れた。 きっかけは些細なこと。 彼に思いを寄せる大勢の女の子の一人が、彼に告白した。 それだけなら、今までだって何度もあったこと。 私が気にするはずもない。 関係無いことだし。 けど、その子は私に頼んできた。 牛尾に自分の想いを伝えて欲しいと。 噛み砕いて言えば、私にラブレターの代役を頼んだのだった。 断る理由も思いつかず引き受けた。 何か自分の中に残る違和感。 けど、自分でもそれが何なのかわかっていなかった。 否、自分の中の女である部分を認めたくなかったのだろう。 「2−Bの名城さんって子が、牛尾のこと好きだって。返事してもらえるなら、裏庭で待ってますってさ」 その子に頼まれた伝言を至極簡潔に必要事項のみ述べた。 どういう言い方をすればいいのかなんてわからない。 今まで頼まれたことだって、せいぜいラブレターの運搬係程度。 私にそれそのものの役割をして欲しいなんて言ってくる子は初めてだった。 牛尾は何の脈絡も無く言われたそれに面食らったようだったが、すぐにまじまじと私の顔を見た。 「どうしたんだい、急に」 「伝言頼まれただけ。そう珍しいことでもないでしょ」 「まぁ、そうだね」 牛尾はそれでも平然としていた。 告白されるのも、それを断るのも慣れた奴。 そして断っても、彼の評判が落ちることなど無いのだ。 少々考えた後、牛尾は真面目な顔をしてこう言った。 「そうかい。それじゃ、行ってくるよ」 その言葉に、衝撃を受ける自分がいた。 そんな答えが返ってくるなんて、思っていなかった。 絶対『野球以上に愛せるものなんてないよ』とかって言うと思っていた。 だから、予期せぬその言葉に驚いた。 そう、驚いただけ。 ショックなわけじゃない。 「おう、行ってこい」 笑顔で見送る私。 けれど、心は反対だった。 なぜだかわからない。 胸の内がモヤモヤして一向に晴れない。 わからなくなかった。 けど、認めなくなかった。 私は冷静になって考えることすら嫌で、鞄を掴むと急いで家路についた。 To be Continued... NEXT ******************************** 初の牛尾キャプ夢。 なのに突然前後編ですみません。 長くなりすぎたので分けます。 4巻で彼に惚れましたv 野球LOVEな彼にLOVEです(照) いや、もちろん本命司馬くんですけども。 キャプと子津の野球バカコンビ好きです。 そして密かに蛇神教信者な私(笑) ’02.6.8.up |