「ダブル・ブッキング」 (2万ヒットキリ番リクエスト)
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タイトル
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こんな事になるとはお互い思わなかった事態が発生した。「何だって?明日の休暇は俺のプライベートじゃないかっ!ていうか、今週俺の番だろっ!」
リーチが激怒するように言った。
『何言ってるんだよ。リーチこないだ僕の休みを無理矢理取っただろ。今度は僕の番じゃないか……。駄目だよ、僕今回は譲らないからね。もう恭眞と約束したんだから……』
トシはブチブチとそう言った。
「……そうだったけど……俺もうユキと約束したんだよ。明日は駄目だ」
自分が間違っていたことに気が付いたリーチであったが、ここでひるむリーチではなかった。
『駄目だって?何言ってるんだよ!僕だって駄目だよっ!恭眞にメール入れてあるんだからっ!狡いよリーチっ!僕絶対、ぜえったい譲らないからねっ!』
だがトシは今回に限って強気で、全く譲ってやろうなんて気は見受けられなかった。
確かに俺が悪いんだけど……
でもなあ……
ユキと休みをすごすのは久しぶりだし……
俺だって譲れないんだよなあ……
と、それはトシも同じなのだが、その辺り全くリーチの頭に無い。もう自分の都合しか考えていなかった。
「じゃあ……思いきり譲歩して、お前に昼間やるから、夕方から俺の権利な」
『きーーーっ!何言ってるんだよっ!晩が一番肝心じゃないかっ……と……その……あの……だから……駄目なものは駄目なんだよっ!リーチだったら昼でも夜でも、そう言うのお構いなしなんだからいいだろっ!』
「俺は盛のついた動物じゃねえぞっ!ああいいよ。このまま俺お前に主導権渡さねえから。だってなあ~お前は無理矢理そう言うの切り替えられないんだからな」
リーチはトシが持っている主導権を無理矢理奪う事が出来る。それは緊急時に瞬時に主導権を切り替える事が必要なリーチの技であった。
慣れない間は良く怪我をしていたのだが、今ではトシが逆らおうが、リーチが本気になると簡単に利一の身体はリーチの主導権の下に置かれる。逆にリーチが交替するのを拒めばトシには無理矢理主導権を奪うことは出来ないのだ。
『そんなあ……そんなの狡いよ……』
と言ってマジでトシが泣き出した。
「げ、泣くなよ……その程度の事で……」
『その程度って……その程度だったら僕に譲ってくれても良いじゃないか……じゃなくて、本来は僕の休みなのに……』
ぐすぐすとトシは言った。
うう……俺、トシが泣くのに弱いんだよな……
リーチは名執とトシの涙に弱いのだ。
「で、お前はどういう計画を立てたんだよ……」
『……何……っ……ヒック……』
「だからっ!お前に合わせてやるって言ってるんだよっ!」
どうせトシは分刻みで予定を立てているはずなのだ。リーチはその日の予定など、旅行以外は会ってから決めるタイプだ。が、トシは何日も前からあそこだ、ここだと決めてその通りに動く。
全くお前らコンピューターかっての……
『合わせるって何?ぐすぐす……』
「いい加減泣くなよっ!たくもう……。お前が行くところに俺達も行って、交替しながら進行させたら良いんだっ。その代わりお互いHは無しだ。これでいいか?」
『……僕は……別に構わないけど……そんなの恭眞が嫌がるよ……』
「ユキだって嫌がるに決まってるだろっ!H無しなんてなっ!俺だってそんなの嫌だっての!でも仕方ないだろうっ!受け攻め一日でこなすのなんか、俺ぜってー嫌だからなっ!」
怒鳴るようにリーチはそう言った。
だが心の中で、隙を見て名執と何処かにしけ込む気ではいるのがトシとは違うところだった。
『……ちっ違うよリーチっ!そういう事じゃなくて、四人でデートって言うの嫌がるって言ってるんだよ』
うわ~俺って脳味噌むっちゃ腐ってるなア~なあんて思いながら「あ、そ」と言うに留まった。
「あのなあトシ……そんなの言わずに同時進行に決まってるだろ……」
『ええっ……そんなの出来るの?』
「出来るの?じゃなくてするんだよ……ばれないようにすれば大丈夫だろ……」
『……やっぱり嫌だ……僕の休みだっ!』
トシはそう言って叫んだ……が、
「うっせーよ!これが譲歩って言う奴だろうがっ!」
って無茶苦茶手前勝手な譲歩なのだが、リーチはそれで押し切った。トシもこういうリーチには逆らえない。
『何か理不尽な気がする……』
トシはそう言って又ブチブチと言い出した。
「じゃなにか?それでお前が良いって言わないんだったら俺は、主導権の切替しないからな。それで良いってことだよな?」
『またそんなこと言う……止めてよっ……』
又トシが泣きだした。
「だーーーっ!泣くなっ!ってことでお前の明日の予定はどうなってるんだよ」
『……パソコンの横にプリントアウトしてある……』
又、ぐすぐすと鼻を鳴らしてトシは言った。
ああもう……と思いながらリーチは、パソコンの隣りにあるプリンターに一枚の用紙が打ち出されているのを手に取った。
「なんじゃこりゃ……」
そこには分単位で行動する予定が、事細かに書き込まれている。夜の予定は幾浦の自宅になっており、いくらなんでもHの進行状況は書かれていないのだが、何処かにそれを書いたのが出てきそうな程だった。
「お前らなア……何だよこれ……何時も休みはこんな調子か?」
頭をかきながらリーチは言った。こういう細かさはリーチには無いのだ。
『明日は特別だったんだよ。色々見たい、行きたいっていうのがあって、滅多に休み取れないし……だからそんな感じになっちゃったんだ……』
『美術館に……水族館……それに映画ア?』
ガキの休みじゃあるまいし……
『そんなの僕たちの勝手じゃないかっ!嫌ならリーチが雪久さんに断ってよ』
『……誰も嫌だっていってねえけど……』
人混みは嫌なんだけどなあ……
リーチは溜息をついた。
名執をその辺りに座らせておくと、五月蠅いハエがはたき落としても落としても、寄ってくるからだ。
まあ……仕方ないか……
どんな休暇になるか分からなかったが、仕方無しにリーチはトシが作った日程表の時間を全部三十分ずらした物を作り、名執にFAXをした。
美術館の入り口で、幾浦はトシを待っていた。以前からトシがラファエロ画を見たいと言っていたのだ。それが、今月一杯、海外からの貸し出しで開催されることになった為、本日は鑑賞会となったのだ。
時計を確認してそろそろトシが来る頃だろうと、幾浦は組んでいた足を組み替えた。と、同時にトシが走ってきた。
「ごめんっ!遅くなった?」
はあはあと息をつきながらトシはそう言った。
「いや、じゃあ、入るか?」
この美術館は玄関は地上にあるが、美術品は全て地下に保管されている。地下だと日光もの心配もいらず、更に気温と湿度が一定に保つことが出来、絵画に取って理想的な環境になるからだ。
「あの……恭眞、ちょっと聞いてくれる?今日休みだけど、仕事が結構あって、定期的に連絡入れないと駄目なんだ……それで、時々抜け出しちゃうけどいい?」
トシは申し訳なさそうにそう言った。
仕事なら仕方ないだろうと幾浦は思ったのだが、なんだかそわそわしているように見えるのは気のせいだろうか?
何より現地集合というのが良く分からない。トシが言うには電車の方が早いからと言うのだが、それもよく考えると変だった。
まあたまには良いが……
「ああ、仕事なら仕方ないな。キャンセルされるよりましだからな」
笑みを作って幾浦はそう言った。
「そ、そうだよ。キャンセルなんて出来ないよね。折角の休みなんだから……あ、僕入場券買ってくるね……」
トシはそう言ってチケット売り場に一人で走ろうとするのを止めた。
「……おい、チケットは私が買っておいた。良いから行くぞ……」
「えっ……」
振り返ったトシが何故か「そんな~」という表情をしている。
「……なんだその顔は……」
「え、ううん。何でもないっ」
すぐに顔色を戻し、トシが言った。
「じゃあ入ろうか……」
幾浦が言うとトシは嬉しそうに頷いた。
暫くラファエロ画を見ながら、あれはどうとか、こうとか話し合い三十分ほどしたところで、トシがポケットに手を入れた。
「ごめん、僕ちょっと電話かけてくる……恭眞そのへんで待ってて……」
言いながらもうトシは走っている。
「ああ、それはいいが……そこの椅子で煙草でも吸って待ってるよ」
喫煙所を指さして幾浦が言う頃にはもうトシはいなくなっていた。
……どうもおかしい……。
と、思いながら幾浦煙草を取り出して吸い始めた。
『三十分交替って早すぎない?』
トシが情けない声で言った。
『うっせーな、これ以上はお互い相手をほったらかしに出来ないだろ!』
『……ほんとにこんなのでいいの?』
『うわっ、ユキもう待ってるよっ!』
リーチは走る速度を上げた。
珍しいことにリーチは休日の前日、予定表なる物を送ってきた。そんなことは未だかつて無かったことだった。何よりリーチは予定を組むと言うのが嫌いだ。普段の休みもどちらかというと、名執の家でごろごろとして過ごすか、ビデオを借りて二人で見たりする事が多い。たまに行くドライブも、海岸線を走ったり、海にぼんやりしにいったりと、人混みをこれでもかと言うくらいリーチは避けるのだ。
とにかく人混みが嫌いだからと本人は言っていた筈なのだが、予定表には何処も彼処も人が溢れている様な所ばかりだった。その上、美術鑑賞などしたいと聞いたことなど無い。いきなり芸術に目覚めたのだろうかと思わず名執は思って笑いが漏れた。
「ユキっ!お待たせ」
と、何故か後ろから声をかけられた。
「……リーチ……今、美術館から出てきませんでした?」
「えっ、あ、ああ、先についたからちょっとぶらついてたんだ……」
と、何故か虚ろな目で笑う。
「……どういう風の吹き回しですか?」
「俺だって芸術に触れたくなることもあるさ~」
益々怪しい笑いをリーチは浮かべた。
「もちろん私は構わないのですが……」
「あ、それでな、悪いんだけど俺、休みだけど、仕事が結構あって、定期的に連絡入れないと駄目なんだよ……それで、時々抜け出しちまうけど、いいか?」
初めてそんなことをリーチは言った。
「それは構いませんが……余り忙しいのでしたら、日を改めて、美術館に行くことにして、今日は私のマンションで待機した方が良いのではありませんか?」
「えっ、あ、駄目駄目、俺は今日これ見たいんだっ」
と、やっぱり虚ろな目で美術館を振り返る。
リーチ……目が死んでる……
あんな目で本当に見たいのだろうか?
と、思うのだが、美術館に行きたいと言ったのはリーチである。
「そうですか……リーチはチケット持っているんですね?じゃあ私は自分のを買いますよ」
と言ってチケット売り場で、大人一枚を名執は買った。
そうして二人で、入り口をくぐろうとすると、リーチが係員に見せたチケットはペアチケットの片割れだった。
……
もう一つのチケットは何処に行ったのでしょう……
と、思うのだが、聞くのを躊躇われて、名執は何も言わなかった。
暫く色々絵画を見たのだが、奥に行こうとするとリーチに止められた。
「どうしたんですか?」
「まだこっち見終わってないだろ……」
何故か一番絵を見ていないリーチが言った。
「……そ、そうですか?」
「見てない……」
リーチが言い張るので、名執は奥に行くのを止め、また同じ絵を見ることにした。その間中、リーチの視線は彷徨っている。ちっとも絵を見たい態度ではない。
「……リーチ……あの……」
と、言った瞬間に、リーチはいきなりポケットに手をつっこんだ。
「ごめん、ちょっと警視庁に連絡入れてくるわ……その辺りに座って待っててくれる?」
と言って何故か奥に走っていった。
……?
名執はそんなリーチを茫然と見送った。
『ま、まずかった!奥に行かれたら幾浦とはちあわせじゃねえか……』
と、はあはあ言いながらリーチが幾浦の元へ走っていた。
『……なんか僕不安になってきた……』
『で、何で俺が走ってんの?お前の番じゃねえか』
今気が付いたようにリーチが言った。
『あ、そうだったよね、替わるよ……』
トシはそう言って溜息を付いた。
何本か煙草を吸い、あまりにもトシが帰ってこないことに幾浦は逆に不安になった。
チラと時間を確認して、もうトシが行ってしまってから三十分も経っている。
どうなってるんだ?
そんなに忙しい事件を預かっているのか?
だが、もし本当にそんな事件があったとすると、本日の休暇自体がキャンセルされている筈だった。
そう思い苛つきだした頃、トシがハアハア言って帰ってきた。
「ごめん恭眞……何か話しに時間かかっちゃって」
「そんなに忙しいなら……日を改めるか?」
先程迄苛ついていたのだが、ハアハアと言うトシが可哀相になって、幾浦は言った。
「ううん。大丈夫っ!久しぶりに会えて、それに休日なんて滅多に一緒にいられないんだから、僕絶対恭眞と過ごすんだっ!」
と言って笑うトシは可愛い。
忙しいのは仕方ない。それでも一緒に居たいというトシを優先してやろう。こんな事で苛ついてはトシが可哀相だと幾浦は思った。
「次は地下三階に先に行って良い?地下におみやげやさんがあるんだ。僕そっち先に見たい」
「え、お前が一番見たかったのは二階じゃ無かったのか?」
「そうだけど……おみやげ先に見たいんだ~」
と本当に見たいのかどうか分からない顔でトシは言った。
「そうか……なら三階に降りるか……」
言って二人はエレベーターで三階下まで下りた。そこは手前が絵画を置き、奥には休憩所兼、おみやげ売り場だった。現在開催されている絵画の本や、タペストリーなどが所狭しと売られていた。
トシ達はまず、手前の絵画を見ながら奥へと向かった。
だが、嬉しそうにトシが絵画を見ている反面、心が何処かでふわふわとしているように見えるのは何故だろう?
「トシ……?」
「え、何?」
「楽しいか?」
「うん」
そう言って向ける顔は嬉しそうだ。
だが暫くするとまた、何処かに心が飛んでいく。
……
「ね、恭眞……僕絵も描いてみたかったんだ。でもね、もう全然才能無くて……中学の時、止めちゃったんだ。信じられないと思うけど、小学生の時は一度賞状貰ったんだよ」
「すごいな、見てみたいな」
「あ、でも……ほら、以前放火されてみんな燃えちゃったから……」
寂しそうにトシは言った。
「今からでも描いてみたらどうだ?」
「あ、駄目駄目、そんなことに時間取られたくないもん。絵を描き出したらきっと恭眞と会う時間取れなくなっちゃう……」
言ってトシ慌てて手を左右に振っていた。
もう理由が可愛すぎる……
「それなら反対するな……」
フフッと笑って幾浦は言った。
「恭眞は何か趣味あった?」
「……う~ん……趣味か……特にないな……。アルを飼い始めた頃は、何か芸を覚えさせよとは思ったが、アルが嫌がったからな……」
幾浦はうーんと唸っていった。
「あ、僕、喉乾いちゃった。恭眞、奥の喫茶店に行かない?」
「え、ああ。良いが……」
珍しいことがあるものだ。
見たいものを見ずに先に休むトシが信じられなかったのだ。いつもなら自分が見たいと思うものをどんなに疲れていても先に済ませるのがトシの性分だからだ。
不思議に思いながらも、二人は喫茶店にはいり、お互いコーヒーを頼んだ。
トシは相変わらずそわそわしている。
「……なあ、トシ……」
「あ、ごめん。ちょっと又連絡入れてくるね」
いきなり立ち上がってトシは言った。
「は?あ、ああ」
と、返事をし終える前にトシは、走っていった。
何だか変だ……
幾浦はコーヒーを口に運んで、奇妙なトシの行動に付いて考えた。
『もーー全然落ち着かないじゃないかっ!』
トシがそう言って怒り出した。
『んなこと言っても、ユキをあんな所にほったらかしに出来ないだろっ!幾浦は誰にもちょっかいなんか、かけられないただのおっさんだけど、ユキは違うんだよッ!人混みに一人座らせてると大変なんだって!』
リーチは階段を駆け上がりながらそう言った。
『おっさんじゃないよ!同い年のリーチが何言ってるんだよっ!』
トシはそう反論した。
『ぎゃーー!やっぱりはえが一匹たかってるじゃないかっ!』
一階に戻って、お静かにの看板を全く無視してるリーチは、名執にたかっている男を見て言った。
「うらっ!な~にちょかいだしてんだ?」
ようやく戻ってきたリーチがそう言って、先程まで絡んでいた男の頭を掴んで引っ張った。
「あ、あっ、いえ……」
急に頭を引っ張られた男は慌ててそう言った。
「さっさと行けっ!こいつに構うなっ!迷惑だろうがっ!」
そう言ってリーチは男を後ろに突き飛ばした。男はすぐに立ち上がって、あせあせと走って逃げた。
「リーチ……こんなに頻繁にお仕事が入るのでしたら、やはり今日は止めた方が……」
名執はそう言って笑みを浮かべた。
一緒に過ごせないのは寂しいが、これほど仕事で振り回されているリーチを見ているのは忍びないのだ。
「えっ、何言ってるんだよっ!俺はそれでもお前といたんだっ!」
と、名執の隣に腰をかけてそう言った。その言葉は嬉しいのだが、なら、自宅に居た方がいいのではないかと思う。
「……でもリーチ……私の思い違いかもしれませんが、余り楽しそうじゃないですよ……。絵画なんて、リーチ一度も好きだなんて言ったことありませんよね。見てる目も死んでますよ……。別に嫌なら美術鑑賞など止めても良いんですけど……」
「えっ!俺、そんな目してたか?」
と言って、驚いている。
「してますよ……」
じーっとリーチを見つめて名執は言った。
「……俺、すっげー楽しんでるんだけどなあ~お前の思い過ごしだよっ」
はははと笑うリーチの目はやはり死んでいた。
……何か企んでる??
いや、企んでいるならこんな死んだ目はしないはずだった。
「それなら良いんですけど……」
腑に落ちないのだが、リーチがそう言い張るのなら仕方ないと名執は思った。
「じゃ、次、二階へあがろっか?」
相変わらず、不審な笑いを浮かべながらリーチはそう言って立ち上がった。
「ええ……」
二階に上がり、リーチと一緒に絵画を眺めはするのだが、そわそわキョロキョロしている。全くこんなリーチは初めてだった。
ちっとも落ち着かない奇妙なリーチなのだが、なれない絵画鑑賞にそういう態度になるのかもしれない。とにかく全身から、けっくだらねえ~という雰囲気を発散させていることに本人が気づいていないのが不思議なくらいだった。
「……なんでデブの裸見て面白いのかなあ……」
なあんて、リーチは真剣に鑑賞をしている人の中で聞こえるように言うのだからもう困ったものだった。
「中世では、これが魅力的な女性像なんですよ」
フォローするようにリーチに名執は言った。
「へえ~でもよ、抱き合ったらこの脂肪の襞に埋まりそうだな……」
何を言ってるんですか~!!
リーチの言動に周囲の客は冷たい目を向けているのだが、本人全く気が付かない。いや、気が付いていてそれを楽しんでいるようだった。
別な楽しみを見つけたみたい……
溜息をつきつつ、名執は言った。
「訳の分からないことを言わないでください。リーチは芸術が分からないんですよ」
「で、裸なら全部裸に剥けばいいのに、なんで下はかくしてんだ?そいや、全裸の銅像ってあるけど、ああいうのは逸物ぶら下げて公共の場に置いてあるわけだろ?あれは芸術だからとか何とか言ってさあ、強制わいせつ物じゃねえもんな。法律の基準も曖昧なんだから~俺達困るって」
何が困るのかよく分からない。
「……そ、そんな事知りませんよ……」
答えに窮した名執はそう言った。
「ああいうのさあ、勃ったらどんくらいになるんだろうなあ~。あれが勃って飾られてたら、思いっきり作った奴捕まっちまうわな」
そう言うことをどうして考えるんですか~
「リーチッ!いい加減にして下さいっ!」
「……何で怒るの?純然な疑問じゃねえの?」
こういう芸術の分からない人間が鑑賞するのは間違っている。最初からこんな所に来なければ良かったのだ。
「貴方のは疑問とはいいません。いちゃもんつけるって言うんですっ」
と名執が言うと、周りで二人の会話を聞いていた人たちが無言で頷いていた。
「ちぇ~っ。普通考えると思うけどな~」
考えませんっ!
貴方の頭がエロいんですっ!
とは、この場では言えなかった。
「も、いいや……一階に下りよ。俺あっちの方がいい」
リーチはそう言って名執を引きずるように階段を下りた。
「一階も二階も作者が違うだけで、同じようなものでしょう?」
「でも俺、まだ一階の方がいいんだっ」
意味不明だった。
そうして一階に下りると、
「あ、ごめん、俺ちょっと連絡入れてくるわ……」
と言って、リーチは又奥へ走っていった。
不審なリーチに頭を抱えながら、名執は一人で鑑賞して待つことにした。
『馬鹿馬鹿馬鹿!!何が襞に埋まるだよっ!どうして銅像が強制わいせつ物になるんだよっ!リーチって最低っ!さいってーーーーーっ!』
実はリーチがからかっていたのはトシだった。
『おめえが、こんな所をデートコースに入れるからだろっ!ったくもー目が死ぬのは仕方ねえよっ!』
リーチはいいながら階段を駆け下りていく。
『頭の中がピンク色してるようなリーチに芸術なんか分からないよっ!馬鹿馬鹿ーー!』
『だからっ、何で俺が走るの?お前だろっ!』
『……あっ……』
トシは怒りで交替するのを忘れていたのだ。
コーヒーが既に冷たくなった頃、トシは帰ってきた。
「ごめん~遅くなっちゃった」
「……なあトシ、お前本当に大丈夫か?」
幾浦は怒るより、心配になってきた。
「え、大丈夫だよ。ちょっと色々ごちゃついてるんだ。次、二階行こうっ!」
椅子に座ることもせずにトシはそう言った。
「二階って……お前まだコーヒーは飲んでいない、その上本来ここでの目的だったはずの土産を買ってないだろう?」
呆れたように幾浦は言った。
「あ、そ、そうなんだけど、色々詰まって……あ、ほら、この後水族館行かないと行けないし……」
あわあわとトシがそう言った。
「……まあお前が行きたいのなら良いんだが……」
幾浦はそう言って立ち上がった。
エレベーターで二階へあがると、老人が近寄ってきた。何だか怒っているようだった。
「さっきのあんたの一言にわしは言いたいことがあるんじゃっ」
と、トシに向かっていった。
さっきというのが幾浦には分からない。
「えっ、えと……その……」
トシは幾浦の顔をちらちら見ながらそう言った。
「絵画に対して、デブだの強制わいせつだのっ……わしゃあ、いかっとるんだっ!」
老人は杖を持つ手を震わせてそう言った。
「えっあ、そうですよね……す、済みません」
「お前、二階に今来たんじゃないのか?」
「そうなんだけど……あの……」
おろおろとトシが言うのを後目に老人は更に怒って言った。
「で、さっきのご婦人は何処へ行ったんじゃ……」
「ご婦人?」
幾浦には意味が分からない。
「そうじゃ、この人はさっきその婦人とそこの絵画を見ながら失礼千万のことをいっておったんじゃっ!あの人はこんひとを宥めておったがの。あのご婦人はミューズのごとくのお人じゃった。こんな芸術のわからん男とは分かれろと言ってやりたいんじゃ」
「じじいっ!誰が失礼千万だっ!余計なお世話だってのっ!」
と、いきなりトシが言ったものだから、幾浦は愕然とした。
「じっ、じじいとはなんだっ!」
「じじいじゃねえかっ!」
「なんという失礼な男じゃっ!」
「失礼はお前じゃねえかっ!」
と、二人が言い合いしている横で幾浦は目が点になった。
「……リーチか?」
まさかずっとリーチ??
いやそんなはずは……
と言うことはご婦人は名執か?
「あ、えへ。トシだよ~ん。いやあん恭眞ったらっ!」
老人と言い合いしていたリーチであったが、急にこちらを向くと、くねっと身体を捩らせて言った。
気持ち悪いとしか言いようがない。
「だよ~んとか、たらっとか、トシはいわんっ!どういうことなんだっ!」
リーチの首根っこを捕まえて幾浦はそう怒鳴った。
「ああ~恭眞が苛める~僕泣いちゃうから~」
トシの真似をしているつもりなのだろうか?
「似ていない真似をするなっ!」
そのままリーチを引きずって幾浦は、怒る老人を置いて、一階へと下りると、やはり名執が椅子に座っていた。こちらを見つけて驚いた顔をした。
「幾浦さん?」
と、言いながら、引きずってきたリーチを見る。リーチの方は名執に向かって手を合わせて謝っていた。
「お前はここで何をしている?」
「今日は……リーチと遊びに……あっ!リーチまさか貴方、私と幾浦さんをからかっていたんですかっ?だからさっきから妙な行動ばかりしていたのですねっ!」
急に名執は怒り出した。
「……私を巻き込んで楽しかったか?ええっ、リーチ……」
「う~俺らからかったんじゃねえよ……トシだって今日のことは了解済みなんだから……」
リーチは不機嫌そうに言った。
「トシさんを出して下さい。貴方の言うことは信用できませんっ」
名執はそうきっぱりと言った。
「あっ、お前それ酷いぞっ!恋人にそんな事言うか?」
「何でも良いが、トシを出せッ」
と幾浦がいうと、仕方無しにリーチはトシと交替したようだった。
「ご、御免なさい……あの……僕とリーチ、色々あって、二人とも同じ日に約束してたんだ……前日に分かったものだから……どうしようもなくて……」
もう、下を向いたままトシは情けない声で言った。
「最初から隠さずに、四人でというならまだしも、こんな風に騙すのは良くないぞ」
幾浦はそう言うと、名執も頷いた。
「御免なさい~」
と、再度トシが言ったところで本当に警視庁から携帯が鳴らされた。
「あ、ごめん……ちょっと外すね……」
トシは慌てて携帯を使っても良いところまで走っていった。
「どう思います?あれ」
名執が不審気に言った。
「……さあ、わからん。さっきからあればっかりだったからな……」
「変だと思ったんですよ……リーチは絵画なんて鑑賞する趣味はありませんし、何度も席をはずしましたし……実はこんな事していたなんて……」
言いながら名執はくすくす笑いだした。
「馬鹿な奴らだな……本当に……」
幾浦も急に可笑しくなって笑い出した。
そんなところにトシが戻ってきた。
「ごめん、本当に仕事入っちゃった。だから……その~」
「良いんですよトシさん、このまま私は本日幾浦さんとデートしますから……ね、幾浦さん」
言って名執は幾浦の腕を掴んだ。
「え、ああ。そうだな。このまま帰るのもなんだから、名執と遊んでくるよ」
と幾浦が言った。
「なろっ、てめえっ!そんなの俺が許すとおもってんのか?」
いきなりリーチはそう言って怒鳴りだした。
本当にこの二人、よくまあころころと身体を交替できるものだと、幾浦は今回のことで腹が立つより感心してしまった。
「何を言ってるんですかリーチっ!散々振り回して置いて……。貴方は仕事に心おきなく行ってください」
じろっと名執がリーチを見てそういうと、リーチはシュンとなった。この男をこんな風に扱えるのも名執だけだろう。
すごいぞ名執……
と、幾浦は思いながら、名執に引きずられるまま美術館を出た。
まあ、たまにはいいか……
その数日後、利一の家に一枚の写真が届けられた、それは水族館で仲良く写る幾浦と名執のツーショット写真だった。
リーチが激怒する中、トシは肩をすくめ、二度とリーチの提案には乗らないと心に決めていた。
―完―
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タイトル
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nana様にリクエストいただいた作品を皆様にも納品させていただきます。もう視点がころころ変わるのはお許しください。自分で書いてそんなこと言うのも変なのですが、難しいと最初思ったところ、書いてみると意外に進み、このまま行くと短編ではなくなってしまうということで、最初の美術館だけで終わらせました。もうこれ、ほっとくと一日行動追っかけたくなって(笑)。今回の損な役回りは一体誰なのでしょうか?はは。今回は、リーチでした(苦笑) こちらの感想も掲示板もしくはメールにていただけると感激しますのでよろしくお願いしますね! |