Angel Sugar

「トシのラブラブ日記」 (25万ヒット)

タイトル
 ようやくトシのプライベートの週が訪れ、幾浦はその到着を心待ちにしていた。
 一週間は長すぎる……
 思うが、トシ達の身体の事情を知っているだけに、はっきりと口に出して言えないことが辛いところであった。
 ピンポーン
 来たな……
 幾浦はウキウキしている自分を押し込め、いつも通りの顔を装うと、緩やかに玄関に向かった。アフガンハウンドのアルはそんな幾浦を放って、勢いよく玄関に走っていく。
 アルのように走っていきたいが……
 かなり恥ずかしいな……
 結局幾浦はいつものように歩き、玄関に着いた。
 すると既に扉の鍵を開け、靴を脱いでいるトシがいた。アルの方はトシを見つめたままきちんと座り、トシが玄関を上がるのを待っている。
「こんばんは……恭眞」
 ニッコリ笑顔のトシは抱きしめて頭を何度も撫でてやりたいくらい可愛い。
「今日は早かったんだな……」
 いつもの仏頂面をやや緩めた顔で幾浦はスリッパを差し出した。
「うん……あっ……」
 いきなりトシはポケットに手を突っ込んで携帯を取り出すと、話し始めた。
 まさか……
 いきなり事件か?
 こちらの不安など全く分からない顔で、トシは利一の口調で会話をしていた。
「はい……はい。分かりました。一旦戻ります」
 ああ……
 またか……
 トシは刑事だ。それも警視庁捜査一課という休みなどほとんどない係りに所属する。幾浦は理解しているのだが、こういう場合はやはり気分が悪くなった。なによりトシと会えるのは二週間のうち一週間だけだ。それも必ず会えるという保証は何処にもない。
「ごめん恭眞……」
 会話を終えたトシが、携帯をポケットに入れながらそう言った。
「いや……」
 残念であるが、トシに嫌われたくない幾浦は彼らが刑事として働くことを一応認めているという態度を取っていた。そうであるから、例え緊急の場合で呼び出しを受けたとしても、快く送り出してやろうという気持だけはいつも持つつもりで居た。
 だがそれは持つつもりであって、本来の気持ではない。
「なんか、僕が作った書類見つからないらしくて……、一度警視庁に行って来るよ。すぐ戻ってくるから、暫く待っててくれる?」
 一旦脱いだ靴を履き、トシは既に玄関のノブを掴んでいた。
 そういうことなら……
 事件ではなくて書類の事だと知った幾浦は急に気分が浮上した。意外に単純だと思うのはそんなところであったが、トシに関してはこうなのだから仕方ない。
「ああ……待っているから長居するんじゃないぞ」
 笑みを浮かべた幾浦は、快く送り出す気持になっていた。
「うん。すぐ済むよ。どうしてあれが見つからないのか……もう……あっ、そうだ。僕が帰ってくるまでにこれを読んで置いてよ。すっごい可笑しいの」
 トシは鞄からスプリングノートを取りだし、幾浦に押しつけるように渡すと、そのまま玄関を飛び出していった。
「可笑しい?何だ?」
 渡されたノートを見ると、ごく普通のスプリングノートであった。
 幾浦はそれを持ってリビングに引き返すと、ソファーに腰をかけ中身を開いた。隣にはもちろんアルが登り、幾浦の膝に頭を置いて豊かな尻尾を振っている。
 ノートの一番最初にこう書かれていた。

 トシの日記帳

「はあ?トシは一体何を私に読ませようとしてるんだ?」
 驚きで思わず幾浦は一人そう言っていた。
 良いのか?
 読んで……
 トシの日記だろう?
 だがトシは読んでくれと言ったはずだ。と言うことは読んで良いのだ。
 人のプライバシーを見ることに躊躇はするものの、書いた本人が良いと言うなら読んでも良いのだ。と、幾浦は思い直し、ページをめくった。


×月×日 晴れ

 僕は恭眞がすっごく好きだ。どのくらい好きかというと、頑固な犯人を供述させることよりも好き。他に言い方を変えたら、パソコンで一人遊びをしているよりも好きって事かな。要するに、何をするよりも一番好きなのが恭眞だって言いたかった。でも恭眞は僕のことどう思ってるのかなあ……


×月×日 くもり

 今日は天気が悪い。外もどんよりと曇ってる。事件もややこしいのばかりだ。折角の僕のプライベートもつぶれそうな気配……。
 でも今は少しだけ恭眞に会えないことが嬉しいかもしれない。嬉しいと言うより自分が情けないからあんまり会いたくないと言った方が良い。その理由は今日分かったことだった。
 リーチが僕に言ったんだ。マグロって。そりゃ僕は何も出来ないかもしれないけど……恭眞はそれで良いって思ってくれているみたいだから僕はこのままで良いんだって反論した。でもリーチはそんな僕にいずれ恭眞が飽きるって言うんだ。
 そうなのかな……
 マグロってそんなに駄目なことだったんだ。
 僕は今度リーチに色々教えて貰うことを約束した。


×月×日 雨

 リーチは早速色々教えてくれたけど、僕にはちんぷんかんぷんな事ばかりだった。ホントにこんな事をして恭眞が喜んでくれるのか分からない。逆にリーチから聞いたことで僕はとても気分が悪くなった。こんなのがセックスなんだろうか?僕は経験が無いだけに全く理解できないでいる。でも恭眞が喜んでくれるのならやってみたいことが沢山ある。だけど、本当にそれで良いのかやっぱり分からないし、恭眞に聞くのも何だか躊躇われる。
 うじうじと僕が考え込むと、リーチは僕にすかさず言ったんだ。あーあ~トシってもう絶対飽きられるね。って。そうなの?僕はプロフェッショナルにならなきゃ恭眞飽きちゃうの?でもでも……確かに恭眞のことを思うと僕も色々してあげないといけないんだろうけど、出来ることと出来ないことがあるよね。そんなの僕求められても分からないし、出来そうにない。
 正直に僕はリーチにそう言った。するとリーチは鼻で笑ったんだ。酷いや……僕だっていつも必死なのに……。
 僕は何時だって恭眞に嫌われたくないって思ってる。でもこんな僕……やっぱり駄目なのかな……。自己嫌悪の日。


×月×日 雨

 いつまで経っても雨が止まない。その上事件も難航していてプライベートが取れない。恭眞にはメールでまた今日も行けないことを連絡して置いた。このままだと僕はきっと恭眞に捨てられるような気がする。でも僕は今の仕事が好きだ。リーチに言わせると、仕事好きのマグロちゃんが一番捨てられる可能性があるよなあ……なんて言う。
 マグロマグロって五月蠅いんだ。僕は僕でどうしようもないことだってある。だって、どう聞いてもリーチの言う事って変態チックなんだもん。そんな事されて恭眞が喜ぶわけ無いって僕は思う。だけどリーチは男はみんな変態チックだ……って言う。
 そうなのかな……恭眞も変態チックなのかな?
 何となく嫌だった。


 しーん……
 一体これは何だ?
 幾浦は真っ青になっていた。リーチは一体トシに何を教えて居るんだ?
 だが、リーチがトシに何を言っているのか迄は書かれていない。それが酷く幾浦には気になった。
 妙な知識や、セックスの仕方を教えて居るんじゃないだろうな……
 まさかとは思うのだが、あのリーチのことだった。何やら怪しげな事ばかりトシに教えているような雰囲気がこの日記からはする。
 この変態チックって……なんだ?
 嫌に気になる記述が幾浦の頭から離れなかった。マグロで悩んでいるのは可愛いと思う。だが変態チックっとは……。
 幾浦は他に書かれていないかページをめくった。


×月×日 くもり

 リーチがあんまり変態チックな事ばかり僕に言うので、少しだけ考えることにした。あんまり訳の分からないことは出来ないけど、少しくらい努力してもいいんじゃないかなあ……なんて思い始めてる。
 だって僕は恭眞に飽きられたくないし、嫌われたくない。捨てられるなんて絶対に嫌だ。何でも努力すればなんとかなる。きっと恭眞も喜んでくれるよ……と僕は自分に言い聞かせた。
 小道具を使えってリーチは言った。どういうのが良いのか聞いたら、何だかいろんな食材を言われたので、そんなものを持ち出すのが嫌だった僕は、ネクタイ位ならと言う気持になった。
 縛って~なんて言われると相手は喜ぶんだって。好きな人を縛るなんて僕には出来ないけど、リーチは興奮するって言っていた。リーチは攻めだから恭眞と同じ立場でその辺り良く分かるのかもしれない。
 いきなりロープはまずいから、ネクタイをさりげなく差し出すと良いらしい。
 変なの……これって雪久さんも縛られてるのかなあ……。リーチにそれを聞くと笑うだけで答えてくれなかった。
 まあ良いけど……
 兎に角僕はまずネクタイを使おうと思う。これなら僕にも言えそうだ。でも何を縛るの?と聞いてもリーチは教えてくれなかった。それは恭眞がやってくれるからいいって言うんだけど……何となく不安……。


 げほっ!
 げほげほっ!
 喉が詰まった幾浦はいきなり咳き込んだ。
「り……リーチは一体……トシに何をさせるつもりなんだ?」
 真っ青な顔色が、今度は色を無くしていく。
 何も知らなくて良いのだトシは……
 あの少し恥じらいのあるウブな所が可愛いのだ。それがいきなりネクタイなどを差し出されて「縛って」と言われても、困るだけだ。そんなセックスなどしたいと幾浦は思っていない。
 リーチが名執とどういうセックスをしているのかは知らないが、人様の性生活に口を挟むとはどういう了見なのだ。
 幾浦はとにかく頭に来ていた。余りにもイライラしたため、幾浦は煙草を一本口に銜えると火を付けた。
 全く……
 いい加減にしろ……
 だが日記は更に続いていた。


×月×日 はれ

 リーチにネクタイの話しをすると、とても喜んでいた。良かった。僕は間違っていないんだ。何だかとても嬉しい。気分と同じく本日は快晴だ。他にも色々考えてみる価値はあるなあと僕は思い始めていた。マグロから卒業しなきゃね。きっと恭眞も喜んでくれるに違いない。
 他にもオプションを付けたら?というリーチに僕はどういうオプションが良いのか聞いてみた。するとリーチはブランコのあるようなラブホテルに行ってみたら気分も変わるぞ。なんて言う。そのブランコをどうするのか全く分からない。
 乗るんだよ。とリーチは呆れた風に言ったが、乗って二人で楽しいのだろうか?
 ブランコと言えば、小学生の頃、良くブランコに乗ったし、友達と二人で乗ってそのまま転んで怪我をした記憶しかない。その話をリーチに言うと、無茶苦茶笑われてしまった。何が可笑しいんだろう……。
 ブランコは良いから、回転するベットにでも乗って楽しめば?とも言う。回転するベットって……ぐるぐる回るのだろうか?そんなところに二人で乗ってもちっとも面白くないような気がする。
 目が回るよう……と言うと更にリーチは笑った。その笑いの意味が分からない。
 お前ってほんとマグロだよ……
 最後にはそう言われた。何だか馬鹿にされた気分だ。いや、リーチは僕がマグロだと言うことでずっと馬鹿にしている。それは分かるけど……僕だって好きでマグロしてるんじゃない!何時だって恭眞のことを考えてるんだよ!そう叫ぶとリーチは、んじゃラブホに行って来いよ。と言った。
 ラブホテルは経験が無い。行けば分かると言われたんだ。連れて行ってくれるかなあ……リーチは遊園地みたいで楽しいと教えてくれた。僕が悩んでいることもそこに行けば色々なものがそろっているから自分で揃える必要がないそうだ。
 その方が良いのかもしれない。
 恭眞に言ったらなんて言うだろう……。


 ぶはっ……
 がはっ……げふっ……
 幾浦は煙草の煙を妙なところに吸い込み、先程よりも咳き込んだ。そのお陰で、灰が机中に飛び散った。
「なっ……なあっ……なんて事を教えてるんだ?」
 涙目になりながら幾浦は日記に向かって言っていた。この先を読むのが怖い。一体トシが本日どんな決心を付けてうちに来るのかを考えると、想像が付かないのだ。
 いきなりラブホテルに行こうと言うのだろうか?
 言って……
 ブランコに乗りたいとか……
 あの道具使ってみる?とか……
 縛って~と甘い声で囁いたりとか……
 ベットを回転させてそこでしようとか……
 他には……
 他にはあそこには何があった??
 あたまの中が既に回転ベットで埋め尽くされている幾浦は思考が回らない。回っているのはベットだけだ。
 ああ……
 り……リーチ……
 トシにそんな教育など何故するんだっ!
 私は……
 あのままのトシが好きなことを知っているだろう……
 多分リーチは分かっていながらトシをからかっているのだ。トシの方は多少からかわれていることに気が付いているのだろうが、自分がマグロだと言うことを悩んでいるために、必死にリーチの話すことを理解しようとしているのだ。そんなトシが可愛いのだが、恐ろしくもある。
 トシは真っ白なのだ。だから今どんなことでも吸収できるに違いない。そうなると妙な知識ですら吸い込んで、自分のものにしてしまいそうで怖いのだ。
 これだけリーチに余計な知識を頭に詰め込まれたトシは、今何を考えて、何をしようとしているのだろう……。それが幾浦には恐ろしかった。
  

×月×日 はれ

 更に喜ばれるよとリーチがまた教えてくれた。ラブホテルに行ったら、まず僕から服を脱いで甘い声で囁いてやると良いんだって。甘い声ってどんな声か聞いたら、自分で考えろって言われた。
 甘い声……
 分からないけど……小さな声で言えばいいのかな?いまいち分からない。だけど何事も努力だと僕は思う。頑張ったら頑張ったなりの成果というものが必ずあるものだ。人間は知らなかったら知ろうとすればいい。無知なら無知で良いんだ。これから一杯学んで恭眞を気持ちよくさせて上げられたら、きっと僕の努力も認めてくれると思う。益々好きになってくれるよね。僕はこれでマグロから脱却して、素敵な恋人になれるに違いないんだもん。
 考えるととってもウキウキしてきた。
 恭眞。待っててね。僕絶対素敵な恋人になってみせるから。


 ……
 いや……
 トシ……頼む……
 お前はそのままで居てくれたら良いんだ……
 何も無理しなくても……
 違う……
 変な知識で頭でっかちにならなくて良いんだ……
 頼むから……
 がっくりと肩を落とし、幾浦は心の中で呟いた。リーチに対する怒りと、真面目に何事も努力しようとしているトシを思うと切ない。
 では本日トシは妙な知識で一杯になった頭で来るのだ。どうする?ラブホテルに誘われて行けるか?行く気にもならんが……
 だがもしトシの誘いを断ったとしたら、今度どんな風に落ち込むだろう。自分に非があったと思いこみ、更にもう僕なんか嫌いになったんだ……とまで考えたらどうする?
 頭をがりがりと掻きながら幾浦はどうしようか悩んだ。
 トシの望むこと、してくれることを何も知らない振りをして受け入れてやればいいのだろうか?だが幾浦の許容範囲もそれほど広くないのだ。幾らなんでも、あれやこれやの道具を持ってきて使って見せてと頼まれても出来ることと出来ないことがあった。
 断る事にやはりトシは落ち込んでいくのだろう……
 その姿が想像できるだけに、幾浦の悩みは深い。日記にはまだ先があったのだが、もうこれ以上読む気にならなかった。
 更にエスカレートした事が書かれていると、幾浦自身の戸惑いも増すからだ。
「はあ……」
 大きく溜息を付くと、膝に頭を乗せていたアルが顔を上げ、くうんと鳴いた。その表情は心配そうな顔だった。
「何でもないよ……」
 アルの額を撫でながら幾浦はトシにどういう態度を取ろうかと考え様としたとき、インターフォンが鳴らされた。
 ピンポーン……
 同時にアルはこちらの膝から飛び降り、また玄関に向かって疾風のごとく走り出した。幾浦のほうと言えば、今まで読んでいたノートを机に置くと重い腰をユルユルと上げ、足取り重く玄関に向かった。
「ごめーん……遅くなっちゃった……」
 えへへと笑いながらトシは靴を脱ぎ、スリッパを履いていた。
「アル。こんばんは~」
 尻尾をぐるぐると回転させ、嬉しそうにトシにまとわりつくアルを見ながら、幾浦はまた心の中で溜息を付いた。
 いつも通りだ……
 そうだ……
 私は何も見なかった。
 これは人の日記なのだから、幾ら見ても良いと言われたとは言え、結局見なかったことにすればいい。
 この日記を見せたと言うことは、本日こういう行動に出るんだよ。……と、言うことをトシ自身が分かって貰いたいために、幾浦に読んでと言ったのだろう。先に知らせておけば、いきなりの言葉も幾浦が受け止めてくれるに違いないとトシは考えたのだ。
 その気持ちは可愛いと幾浦は思う。だが内容が問題だったのだ。知らない振りをする方が楽だった。
 ホテルに誘われたら断る……だが、こちらは読んでいないのだから断ったとしてもトシを傷付けたりしないだろう。
 幾浦はそう決心した。
「今晩何作ろうか……」
 ぺたぺたと廊下を歩きながらトシは言った。
「え、ああ……何でもいいよ……」
 トシの後を幾浦はアルと共に追いかけるように歩いた。
「でさあ、あの日記読んだ?」
 くすくすと笑いながらトシは聞いてきた。
 来たぞ……
「いや……人の書いた日記を読む趣味はないからな……」
 表情は変えずに幾浦はトシを見た。するとトシの方は残念そうな顔になる。
「そっか……面白いのに……って言っても僕も最初しか知らないから……」

 ボクモサイショシカシラナイカラ……

 とは?どういう意味なんだ?
「え?トシが書いたんだろうが?」
「違うよ。リーチがねえ……昨日暇だったからって勝手に書いたみたい。僕、偶然それを見つけて最初の一日目だけ読んだんだけどね。何書いてるんだよ~なんて思ってたんだけど、後忙しくなって読めなかったんだ。でも結構面白いなあって……。恭眞にも見せてあげようと思って持ってきたの。どうせリーチがまた僕を苛めるために書いたんだよ。腹が立つだろ~。いっつもリーチって僕を苛めるんだから……」
 あはははと笑ってトシはリビングに入った。
「トシじゃないのか?」
 驚いた顔で幾浦はトシを見つめた。
「当たり前だろ。頑固な犯人を供述させることよりも好き。パソコンで一人遊びをしているよりも恭眞が好き……なんてすっごい変だと思わない?逆にリーチって僕のことそんな風に暗いタイプだと思ってたっていうのがむかつくけどね。どうして犯人とかパソコンとかと恭眞を較べてるんだろう……ってさ。全く……リーチってほんと変なこと思いつくんだから……」
 トシは日記を手にとって笑った。
「最初しか読んでないのか?」
「うん……他何が書いてあるのかすごく気に……あっ……」
 幾浦はトシの手からスプリングノートを奪い去った。最初は良い。だがその後半が問題なのだ。それをトシに読ませるわけにはいかないのだ。
「読むな」
 取り上げたノートを上に振り上げて幾浦は言った。
「えっ?どうして?リーチは別に良いよって言ってくれたんだけど……」
 きょとんとした顔でトシは幾浦の方をじっと見ている。その視線に幾浦は思わず汗が出そうだった。
「いや……からかわれてるんだろう?嫌なことを書かれていたらトシの性格上落ち込むからな。こういうものは読まない方が良いんだ」
 きっぱりと幾浦は言った。
「え~でも。悪口は書いてないって言ってたよ」
 余計なことを……
 リーチ……
 今度会ったらぼこぼこにしてやるからな……
 という気持を沸々と煮えたぎらせながら、幾浦はそのノートをトシに再度渡すことをしなかった。
「……もしかして……実は読んだの?」
「……少しだけ……な」
「……で、酷いこと書いてたんだ……」
 トシは目に薄く涙を浮かばせた。
 済まない……
 嘘を付かせてくれ……トシ……
「ごめん……恭眞……僕それ見ないことにする……」
 目元を擦りながらトシは項垂れた。
 許すまじリーチ……
 幾浦はこれでもかと言うほど頭に来ていたのだ。
 こんな風にトシを泣かせる原因を作ったリーチに幾浦は本当に腹を立てていた。
「いや……そんな無茶なことは書いていなかった。でもな、嫌だろう。無いことばかり書かれている日記を読むなんてな……」
 幾浦が言うと、トシはこくりと頭を振った。
「でも……やっぱり気になる……見せてよ。僕、泣いたりしないから……」
 トシは幾浦から必死にノートを奪おうと手を伸ばしてきたが、幾浦は決してトシに奪わせることをしなかった。
「恭眞……」
 涙目再び……
「良いんだよ……トシはこのままで充分なんだから……気にするんじゃない……」
 トシを引き寄せ、幾浦は腕の中に抱き寄せた。
 暫く宥めるのに時間がかかりそうだと内心幾浦は溜息を付く。だが、こんな風に泣いている方が可愛いのだから仕方ない。
 まあ……
 良いか……
 変な知識は入っていなかったんだから……
「愛してるよ……トシ……」
 そう言うとトシは嬉しそうにニッコリと笑った。
 可愛いトシを腕に抱きしめたまま幾浦は、自分もリーチの日記を書いて名執に渡してやろうと固く決心をしていた。

―完―
タイトル

なんだこりゃ……何がラブラブなんだ……という様な結果に終わってしまった日記。一体これは何だろう……ううむ。ごめんなさい。アマアマ期待された方。どうも書き進むうちにへんてこな感じになってしまいました。熱できっと(おひ)苦笑しか出ません。うう……ごめんなさい。これ、リーチバージョンもある予定。お楽しみに……(脱兎)
こちらの感想も掲示板やメールでいただけるととてもありがたいです。これからもどうぞ当サイトを可愛がってやってくださいね!

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