Angel Sugar

「祐馬VSユウマ」 (7万ヒット)

タイトル
 あいつは絶対俺をライバルだと思ってる。
 動物の分際で俺をライバルだと思ってる。
 むかつくーーーーー!
 鍋の蓋を持って祐馬はそう思った。その鍋の向こうにはユウマが毛を逆立ててこちらを睨み付ける姿があった。
 ユウマは真っ黒な子猫だ。戸浪が今住んでいるマンションの下で拾ったらしいのだが、これがまた、祐馬と相性が最悪なのだ。何より戸浪に対してはこれぞ猫なで声!という風な声色で鳴いてすり寄っていくのだが、祐馬の姿を見た瞬間、わざわざ走ってきて爪を立てるのだからとにかく安心できない。
 朝顔を洗っているところから始まり、朝食のキッチンでは人の椅子に我が物顔で座り、仕事に出て帰ってくると、玄関でものすごい形相で睨むのだ。そこからは戸浪が帰ってくるまで安心できない。
 こっちも対抗して、鍋の蓋だのほうきなど持って飛びかかろうとするユウマを牽制するのだが、全く堪えないのだ。
 ユウマは戸浪が飼い主であったので、無茶な事が出来ないのもある。下手にどつきまわして怪我でもさせたら、ただでさえ遠のいているラブラブな生活がそれこそどうなるか分からないのだ。飼い主である戸浪は、誰に対してもユウマはこうだと言うのだが、そんな事はない。
 ついこの間、宅急便が来たのだが、荷物を持ってきた女性にはこれでもかという位愛嬌を振りまいていたのだ。まさに、お前に対してだけだと言わんばかりのユウマの態度に祐馬は確信したのだ。
 こいつは俺をライバルだと思っていると。
 鍋の蓋をかざした向こう側に、小さな黒い身体が体勢を低くし、右へ左へしっぽを振っていた。ユウマは飛びかかる頃合いを見計らっているのだ。
 最初来たときは貧弱な身体であったのだが、ここに来てからの太りようは目を見張る物があった。
 ブタめ……
 ぶくぶく一人満足そうにこえやがって……
 お前は満たされてるか知らないけど、俺の心は北風ビュービューだぞ……
 そんな小さい頃から太ったら、将来ただのブタ猫だ。
 そうだ、お前は情けなく動けないほどブタになったら良いんだよ……。
 なんて祐馬が思いながら、鍋の蓋を左右に振っているところに戸浪が帰ってきた。
「お前……またユウマを苛めているな……」
 呆れたような声でキッチンの床にへばりついている祐馬にそう言った。相手をしていたユウマはすでに戸浪の腕の中だ。
 それは俺の場所だーーーー!
 と思いながらも祐馬は溜息を付きながら立ち上がった。
「そいつが俺にいちゃもんつけてきてるんだって、いっつもいってんじゃん。戸浪ちゃんはどうしてすぐに俺を悪者にすんの?」
「お前がいちいち反応するからユウマも面白がってお前を構うんだろうが。放っておけば良いんだ」
 黒い頭を撫で撫でとさすりながら戸浪は言った。ユウマは嬉しそうにごろごろと喉を鳴らしている。
「放って置いたら、こいつ噛みつくわ、爪立てるわ最悪なんだぞ。戸浪ちゃんだってそゆの知ってるじゃんか。俺だってこいつと仲良くしたいけど、こいつにそんな気が無いんだから仕方ないだろっ!」
 祐馬は鍋の蓋を机にバンッと置いてそう言った。むかつきと欲求不満が一緒くたになっているのだ。
「……お前がそこまで言うんだったら……」
 腕に抱きかかえているユウマを見ながら戸浪はぽつりと言った。
「なんだよ……そいつどっか他の人に貰ってもらうって言うの?」
 言い過ぎかも……と心の中で思いながらも祐馬はそう言った。
「こいつと住めるところに移るよ……」
 ってそれはなんだーーーー!!
「戸浪ちゃんって、俺じゃなくてそいつを優先するって言うの?なあ、なにそれ。いい加減にしてよ。なんでそいつをどっかにやるんじゃなくて、戸浪ちゃんが猫連れてどっか行くことを選ぶの?俺の立場はどうなるんだよっ!」
 戸浪の腕を掴んで祐馬がそう言うと、やはりユウマによってその腕をかじられた。
「ぎゃーーーーーっ!」
「ユウマっ!お前もいい加減にしろっ!」
 ぽこんと頭を叩かれたユウマであったが、こちらも一向に堪えていない。
「ああああもうううう……もう良い!もう良いよっ!戸浪ちゃんは俺よりそいつを愛しちゃってるのがすっげー今ので分かった。勝手にすれば良いんだよっ!何で恋人と一緒に暮らしてんのに、こんな事になんの?ラブラブなんかちっとも出来ないじゃないかっ!まだ戸浪ちゃんがそいつとどっかに住んでここに通ってくれる方が俺、なんぼかましだよっ!そいつと出ていきたきゃもう勝手にしろ!俺ぜってーそんな奴と仲良くなんかしねえからな!もう知るかってんだ!」
 バンッと机を叩いて祐馬はキッチンを出た。こんな風に怒った事はない。だがもう限界だったのだ。毎晩じゃまされてどこの彼氏が平然としてられるのか聞いてみたいほどだ。それほど祐馬はあの黒い子猫に腹を立てていたのだ。
 大人げないと思う。だからといって、戸浪がユウマを膝に置いて可愛がる姿をみせつけられるのはたまったものじゃないのだ。
 あの膝は俺のもんなのに……
 そう毎日毎日思っているのだから、何処かで切れても仕方ないだろう。
 祐馬本当に腹をたてて、寝室に入ると毛布に潜って丸くなった。

 ……怒らせてしまった……
 戸浪はユウマを抱えながら溜息を付いた。
 出ていく気などこれっぽっちも無いのだが、そう言えば少しは退いてくれると思ったのだ。だがそれすらどうでもいいのか、とにかく祐馬は怒っていた。
「なあ……お前……どうしてそう祐馬と仲良くなれないんだ……」
 じっとユウマを見るとこちらをちらりと見ていた。
「……お前が仲良くなってくれないと困るんだよ……」
 ユウマは可愛い。だが、それとこれと話は違うのだ。このうちに戻ってきてからというもの、祐馬と甘い生活などこれっぽっちも味わえなかったのだ。甘い雰囲気になるとこのユウマに乱入されるからだった。
 ユウマが祐馬とはそりが合わないと戸浪だって分かっていた。だからといってユウマにどうしろこうしろと言ったところで所詮動物なのだから分かってくれるとは思わなかったのだ。だから祐馬に仲良くなれと言い続けてきたのだが、進展の無い毎日に祐馬もほとほと疲れたのだろう。
「ユウマ。もう一度あいつにお前と仲良くなってくれるように話してくる。それと、今度お前がそんな風に私を困らせるんだったら、お前を誰か別の人に引き取って貰うからね。分かったかい?嫌だったら祐馬と仲良くするんだ」
 そう戸浪が言うとユウマは首を上げて、ニャーニャーとなにか抗議するように鳴いたが当然戸浪には何を言っているのか分からない。
「そう言うことだ。祐馬にもちゃんとお前が仲良くしたいって思ってることを話してくるからここで待って居るんだよ」
 黒い子猫を椅子の座布団の上に置くと、戸浪は「暫くそこに居るんだ。付いてきたら駄目だからな」ときつくいい、拗ねている祐馬がいるだろう寝室に向かった。

「祐馬……」
 ベットが揺れたことで祐馬は戸浪がベットに上ってきたことを知った。
「……」
「おい、拗ねるな」
 毛布から出ているこちらの頭をペシペシと叩かれ、祐馬は益々むかついた。こういう場合、叩くか?もっとこう~甘えてくれたらいいじゃんか~!等と怒りは際限ない。
「ユウマに言い聞かせてきた。お前と仲良くなれないなら他の人に引き取って貰うってね。お前も、もう一度チャンスを上げてくれないか?あいつも反省していると思うから……」
 まだそんな事を言う戸浪に思わず祐馬は毛布から上半身を起こして言った。
「無駄っ!無駄無駄無駄っ!そやって今までずっと失敗してきたじゃんか!」
「これが最後だ。もう一度仲良くしようと思ってくれ」
「……」
「その代わり……」
 戸浪が顔をやや赤らめて言った。
「なに?」
「仲良くなれたらご褒美をやるから……」
 益々顔を赤らめて戸浪は小さな声で言った。
「ご……ご褒美って……何?」
 ドキドキしながら祐馬は聞いた。
「……そんな事はお前が考えろッ!とにかく……もう一度頼むぞ」
 戸浪はそう言って、赤くなる顔を隠すように立ち上がると、寝室から出ていった。
 ご褒美……
 ご褒美って……
 何でも聞いてくれるって言うことだよな?
 うわああ~俺マジどうしよう~
 裸エプロンとか?
 コスチュームプレイとか?
 メイドさん戸浪ちゃん~とかとか?
 違う違うっ~!
 なんか変な方向へ行ってしまったぞ……
 じゃなくて……
 もしかして俺の舐めて……なんて言ってもオッケーとか?
 うわうわ~
 俺色々言っちゃいそうだよ。
 でも何でも聞いてくれるんだよな……
 ぼわ~とそんな事を考えて、祐馬は頭をかいた。
 仕方ないなあ~戸浪ちゃんがそこまで言ってるんだったらもう一回仲良くしてみようかなあ……やっぱ俺が大人にならないとなあ~なんて、今まで散々怒っていた事などすっかり忘れた祐馬は、ユウマともう一度仲良くなろうと心に決めたのだ。
 その後にはご褒美が待っているからだった。
 それからすぐに祐馬は「戸浪ちゃんとラブラブ大作戦」を実行に移した。  

 餌の面倒やトイレの掃除、毛繕い等、いつも戸浪がやっていることを祐馬は全部自分がこなすことにした。ユウマの方も迷惑気な顔を向けながらも、戸浪が言い含めたと言っていた事が分かっているのか、あの日以来爪を立てたりする事はなかった。
 ちょっとは仲良くなれたのかな?
 餌を今まで祐馬がやっても絶対食べなかったのだが、最近はきちんと食べるようになったのだ。そうなってくると何だか祐馬もこのユウマが可愛く見えてきた。祐馬がユウマの毛並みを整えるために櫛を通す行為にもじっと耐えている様だ。
 耐えてるぞ~こいつ~何だか可愛いなあ~
 目つきは相変わらず嫌がっているのが分かるのだが、それが又何だか可愛いのだ。
「なんだか……お前結構可愛いよな……」
 思わず祐馬はそう言って、餌を食べる子猫の頭を撫でると「ふぎゃっ」と抗議するような声を上げた。だが噛んだりしない。
 おもしれええ~
「えっへっへっへっ……実は俺にすっげーむかついてるんだろ~無茶苦茶噛みつきたいって顔してるもんなあ~でも出来ないから、んな顔してんだ~。でもさあ、そゆ顔可愛いぞ~」
 言って祐馬は止めればいいのに、今度は背中を撫でた。
「ウーーーーッ……」
 今度は唸りだした。だがやはり手は出さない。
「あれ……なんか背中にある……」
 毛の間に何か小さなこぶのようなものがあるのを祐馬は気が付いた。確か櫛を通しているときにいつも引っかかる所だった。毛が絡んでいるのだとばかり思っていたのだが、そうではなかったのだ。
 昔怪我でもした痕のようなもので、二センチほど筋状に盛り上がっていた。普段は毛に覆われていて分からなかったのだ。
「お前……これ怪我した痕……」
 と言ったところで、ユウマは背を触っている祐馬の手に噛みついた。
「いてえええっ!!」
 夕食の洗い物をしていた戸浪がその祐馬の声に驚いて振り返った。
「ユウマっ!またお前っ!」
 その戸浪の声を聞いたユウマはキッチンから走って出ていった。
「あ、違うんだよ戸浪ちゃん……俺が……」
 自分がユウマの古傷を触ったことでユウマが嫌がっただけなのだ。だが戸浪は本当に怒っていた。
「いいっ!あいつはどうしてああなんだっ!」
 そう言って戸浪はユウマを追いかけて走っていった。
「だからっ!俺が触っちゃいけないところを触ったから怒ったんだよっ!」
 戸浪を追いかけながら祐馬が言うと、戸浪は更に怒った顔をこちらに向けた。
「お前はッ!何処を触ったんだっ!馬鹿じゃないのかっ!」
 何か勘違いしている。
「あ、なんか変なとこ想像していない?」
 苦笑して祐馬は言った。
「え……ち、違うのか?」
 かああっと赤く顔を火照らせながら戸浪は言った。
「んも~んなとこなんで触るんだよ。戸浪ちゃんのなら触りたいけど……」
 と言ったところで殴られた。
「あいでっ!」
「余計なことは言うなっ!それよりユウマは何処に行ったんだ……」
 二人で家中を探し、結局ユウマの姿を見つけられなかった。
「何処隠れたんだろう……」
「……暫くしたら出てくると思うんだが……」
 戸浪は困惑したようにそう言った。そこに電話が鳴った。隣に住む老夫婦からだった。
「え、うちの猫がお邪魔してる?じゃなくて、そこから外に出ていったんですか?分かりました……済みません」
 電話を切った祐馬は、玄関に向かって走った。
「祐馬っ……ユウマがどうしたんだ?」
「隣のさ、ばあちゃんとこにどうもユウマがベランダから入ったようなんだよ。んで、じいちゃんが帰ってきたと同時に玄関から外に出ていっちゃんたんだって。あいつどっか行くつもりみたいだから、外探さないと……」
 靴を履きながら祐馬はそう言った。戸浪も自分の靴を履く。
 そうして二人で玄関を出ると廊下を猫の名前を呼んで探した。だが黒い身体は見あたらない。
「まさか……下に降りたんだろうか?」
 戸浪は不安げにそう言った。
「階段から下りてみようか?どっか途中で拗ねてるかもしんねえだろ?」
 不安そうな顔をしている戸浪の肩を叩いて、祐馬はそう言って、今度は階段から一階ずつ下に降りることにした。
 だが一階までおりて、途中でユウマの姿を見つけることが出来なかった。
「なあ……祐馬……私が怒ったから……出ていったんだろうか……」
 半分泣きそうな顔で戸浪は言った。
「違うよ。俺が古傷触ったから怒っちゃったんだよ。戸浪ちゃんの所為じゃないよ」
 言いながら、今度はマンションの周りを二人で手分けして探すことにした。だが時刻が夕刻であるため、周囲は暗い。水銀灯は幾つもあるものの、照らされている部分から向こうは真っ暗だ。あの黒い身体のユウマがこちらの呼びかけに答えてくれないと、何処にいるのか本当に分からなかった。
「祐馬っ!居た!」
 駐車場の方で戸浪がそう叫ぶのを聞いて祐馬はそちらに向かって走った。そうして呆然としている戸浪の隣に立つと、ユウマは金網で作られたゴミ箱の中に入って座っていた。だがこちらには背を向けていた。
「なんでゴミ箱に入ってんの?」
「……私は……この中からユウマを見つけたんだ……もしかして……また捨てられたと思ってるんだろうか……どうしよう……。名前を呼んでもこっちを向いてくれないんだ……」
 おろおろと戸浪はそう言った。
「拗ねてるんだって……。ユウマ~俺が悪かったって……お前が触られたくないとこ俺が触ったから怒ってるんだろう?もう怒るなよ……二度と触らないから……」
 ユウマを宥めるように祐馬は言った。だが黒い身体はこちらを向かない。
「……そんな態度とったら戸浪ちゃんが泣いちゃうんだって……お前の飼い主だろ。俺に怒っても戸浪ちゃんには怒るなよ……」
 そう祐馬が言うとちらりとユウマがこちらを向いた。その、黄金の瞳は寂しそうな表情を見せた。
「ユウマ……ごめんな……何も知らないで怒って……」
 戸浪がそう言って近づこうとすると、ユウマはゴミ箱から飛び出しまた走り出した。だが丁度、駐車場に入ってきた車の前にユウマが飛び出した形になった。
「ユウマーーっ!」
 絶叫する戸浪の声の中祐馬は既に走り出し、その小さな身体を捕まえて車の向こう側に転がった。
 いきなり飛び込んできた人間に驚いた運転手が、車を止めて降りてきた。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、大丈夫です。済みません、うちの猫が飛び出しちゃったのが悪いんですよ……俺もこいつも大丈夫ですから、行ってくださって結構ですよ」
 はははと笑いながら祐馬はユウマを抱きかかえてそう言った。戸浪の方を見ると、腰を抜かしてゴミ箱の前で呆然としたまま立ち上がれないようであった。
「そうですか……なら……良いんですけど……何かあったら、三階の立脇ですのでそちらに来てくださいね。本当にですよ……」
 男はそう言い、車を自分の所定の場所にとめると、また戻ってきてそう言った。
「ほんと大丈夫です」
 草むらにあぐらをかいた祐馬はそう言って笑った。相変わらず戸浪は呆然としたまま座り込んでいる。そんな戸浪に苦笑しながら祐馬はユウマを抱きかかえて立ち上がった。が、足首をひねったのか、かなりの痛みを感じた。
 そんな足を引きずって戸浪の側に戻ると、呆然とした顔が上を向いた。
「お前っ……お前っ……なっ……なんてこと……なんて事するんだ……」
 そう言って戸浪はその瞳からボロボロと涙を落とした。だがまだ立ち上がれないのか座り込んだまま怒っていた。
「ごめん……でもほら……ユウマ無事だったから……」
 祐馬の腕の中で、申し訳なさそうな顔をしたユウマが小さく「にゃ」と鳴いた。
「ふっ……二人ともだっ!二人とも一体どういうつもりなんだっ!こっ……こんな……こんな心配させて……こんな……」
「泣くなよ……大丈夫だったんだから……」
 言って祐馬は膝を折ると、戸浪を抱き寄せた。
「……も……もう二人とも……当分許さないからなっ……お前達……お前達なんか……」
「……はは……そんな泣きながら怒るなよ……俺達二人とも反省してるって。な、ユウマお前も反省してるだろう?」
 戸浪とユウマを一緒に抱きしめた形になっている腕の中を見ると、ユウマは「にゃ」ともう一度鳴き、戸浪の頬を舐めた。
「んでさ、悪いんだけど……俺、足首ひねったみたいなんだ……いてえのなんのって……」
 そう言って祐馬が苦笑すると、戸浪はいきなり立ち上がって「そこにいろ」と言って走っていった。
 あれ……
 腰抜かしてたのに……
 暫くして戻ってくると、戸浪は車のキーを持っていた。
「医者に行くぞ。二人ともだっ!」
 戸浪はまくし立てるようにそう言ってユウマを抱きかかえている祐馬を車に乗せて病院に向かった。
 病院で見て貰うと結局、祐馬は左足首捻挫だった。その治療を終え、次に動物病院にも寄りユウマの診察を受けたのだが、その最中ずっとユウマは戦闘態勢で大変だった。余程その背の傷に触られるのが嫌だったのだろう。そんなユウマを二人で押さえてつけてようやく診察が終わった。
「これは……かすり傷じゃないですね……小さい頃、刃物か何かで切られたんですよ。それが自然に治ってこんな風に傷が盛り上がってるんです。猫同士の喧嘩で付いた傷はこんな風に綺麗にまっすぐ切れません。きっと悪意のある人間がこんな事をしたんでしょう……。時々そういう犬や猫が居ますよ。酷いのはしっぽや耳をはさみで切られたのが連れてこられます。でもこの子の場合はもう昔の傷の様なので、このままにして置いても大丈夫ですよ」
 医者は溜息をついてそう言った。
「昔って……こいつまだ小さいですけど……」
 祐馬は不思議に思ってそう言った。どこから見てもユウマはつい最近生まれたばかりに見えるのだ。
「人間と同じで、小さい頃にショックなことがあると、成長が止まったり、非常に遅れたりするんです。それと同じで、その子猫も見た目は生まれて数ヶ月に見えますが、実は半年くらいは経っています。背を切られたショックで成長が芳しく無いのでしょう。まあこれから普通に可愛がってやれば、すぐに元に戻ります。心配されなくても大丈夫ですよ。今はとても毛並みも良くて健康そうですしね。良いお家に拾われたんですね」
 医者は笑みを浮かべてそう言った。それを聞いた戸浪は複雑な顔をしてユウマを腕の中で抱きかかえ、小さな頭を撫でていた。
 車で帰宅途中、祐馬はユウマをだっこしながら言った。
「お前……苦労してるんだなあ……。そりゃ小さい頃に人間にそんな酷いことされたら人間不信になるよな……うん。分かるよ……。その傷触られたく無かったんだな……。悪かったよ……もう触ったりしないからな……」
 言いながら膝の上に乗せたユウマの頭を撫でた。意外にユウマは嫌がることもなく膝に丸くなっている。
「でも、毛繕いはするぞ。傷は触らないけど、ちゃんと身綺麗にしないとな。お前だって将来可愛い彼女が出来るんだろうから、汚くて嫌われたくないだろ?それに可愛がって背中だって撫でてやるんだからいちいち反応するなよ……」
 祐馬は笑いながらそう言った。
「猫にそんな事聞かせても理解できないはずだぞ……」
 笑いを堪えた様な声で、戸浪は運転座席からそう言った。
「植物だって語りかけて水をやったら、すっげーよろこぶっていうじゃんか。動物だったらもっと喜ぶような気がするぞ」
 反論して祐馬がそう言うと「そうだな……そうだろう」と戸浪は言った。
「……こいつも少しは俺の良いところ見て、見直しただろうから……これからは仲良くなれると思うよ……」
 俺は命の恩人なんだからな~
 猫だってそのくらい分かるはずだよ~
 と、祐馬は本気で考えていた。
 それより~
 ご褒美があるんだよなあ~
 俺、こやってユウマと仲良しになったんだから~
 そんな事を考えながら祐馬はマンションに帰るまでずっとニヤニヤとした笑みを浮かべていた。そんな不気味な笑みを運転席からバックミラーで見ていた戸浪のことなど気付くことは無かった。

 松葉杖を使い片足を引きずりながらようやくマンションにたどり着き、うちに入るとユウマは速攻キッチンへ走っていった。食事の途中で逃げたものだからお腹が空いていたのだろう。そんなユウマを微笑ましく見ながら、戸浪の方を祐馬はじっと見た。
「なんだその目は……」
 狼狽えたように戸浪はそう言った。
「戸浪ちゃん約束してくれたよなあ~ユウマと仲良しになったら何でも聞いてくれるって~」
「はあ?何でも言うことを聞くなどと誰が約束したんだっ!」
 戸浪は腹立たしげにそう言った。
「何?なんだよ~今更そゆこと言う?」
 ムッとしながら祐馬がそう言うと戸浪が言った。
「私はご褒美をやると言ったんだ」
「それは俺に考えろって戸浪ちゃん言った!」
 祐馬は必死にそう言った。
「……確かに言ったが……何が欲しいんだ……」
 こほんと咳払いして戸浪が言った。
「え~そんなあ~何にしようかなあ~えへへへへへ」
 嬉しそうにそう言うと戸浪が青くなった。
「……す、すぐに出てこないなら私が決めるっ!」
「あ、駄目駄目。俺が決めるっ!良いって言ったじゃんか!今更撤回なんかさせないからねっ!」
 慌てて祐馬はそう言った。
「じゃあ……なんだ……」
 ぼそっと戸浪はそう言った。
「戸浪ちゃんと熱い夜が欲しい~」
「はあっ?」
「ラブラブナイト~!!朝までエッチコース!」
「なんだってええ!?」
 妙な声を上げて戸浪は言った。
「あ、今更駄目だなんて言わせないからなっ!」
 ジロッと戸浪を見つめて祐馬は言った。
「……だが……うちにはユウマが……」
 ちらりと餌を食べているユウマを見て戸浪は言った。
「夕ご飯やってから二人で綺麗なホテルでも泊まりに行けばいいじゃんか。で、翌朝帰ってきてからご飯をあげるの。それで充分だろ~猫って別に時間を決めて餌をやるもんじゃないって医者が言ってたじゃんか~多めに餌いれときゃ一晩くらいうちに置いてたって死んだりしないっ!」
 猫の飼い方を医者に一通り聞いて本日は帰ってきたのだ。
「……お前の……あ、足が治ってからだっ!」
 戸浪はそう言ってリビングに行ってしまった。
「足?あーーーーっ!俺、足捻挫してたんだっ!そんなあ~これじゃあ毎晩の事だって、当分またお預けじゃないか~」
 情けない声で祐馬が言うと、ユウマは顔を上げてニヤリと笑った。いや、笑ったような気がした。

―完―
タイトル

さてこのあと、本当に祐馬は戸浪とラブラブナイトを決行出来たのでしょうか? ふふ。それは今後の企画をお待ちください。それより祐馬が忘れていることが一つ、猫は恩を三日で忘れるということです。せっかく仲良くなったのも三日後にはいつものごとく邪魔される羽目に陥るのは見えてるんですがね。おそまつでした!
なお、こちらの感想も掲示板やメールでいただけるととてもありがたいです。これからもどうぞ当サイトを可愛がってやってくださいね!

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