「宇都木の憂鬱」　(20万ヒット)

＜ タイトル ＞

　これはどういう癖と言ったら良いのだろう……
　宇都木はある光景を眺めながらそう思った。
　現在宇都木は、如月のマンションで暮らしていた。日々穏やかな時を過ごし、休日は二人でゴロゴロしたりと、最近の宇都木の日常は毎日が信じられない程の幸福に満ちていた。
　だが、一緒に暮らすと言うことは如月の様々な面が見えると言うことだ。そのうちで宇都木が不思議に思うことが出てきた。
　それは偶然に見つけた事であった。
　どうやったらこんな風になるんだろう……
　じっと如月の寝姿を見て宇都木は更に考えた。
　宇都木の寝相はとても良い。まあ眠っている間のことは本人にはよく分からないのだが、寝た姿の形で朝も起きる。だからきっと寝相は良いのだと思っているのだ。
　だが今見ている如月は、寝相が悪いのかもしれない。いや、どうすればそんな風に寝られるのかという疑問の方が大きかった。
　宇都木は身体を起こし、じいっと如月を見るのだが、本人は幸せそうな寝顔で眠っている。その顔を見ると別段何か嫌な夢をみてあの様な形になったのではなさそうであった。
　……変なの……
　如月は宇都木の方に足を向けて、本来足がある場所に頭があるのだ。一言で言うと現在逆向きに寝ている。元はちゃんとこちらに頭を置いて寝ていたのだ。それがいつの間にか逆向きになっている。その上、ただ逆さまになるわけではなく、時間が経つ事に身体が動き、最後には、元通りの位置に頭が戻ってくるのだ。
　一周してるんだ……
　宇都木は笑いが漏れそうになるのを必死に堪えた。
　ただし、この現象は宇都木が如月に腕枕をして貰っている時や、抱き合って眠っているときは起こらないようであった。だが普通に二人で眠った時、こんな風に如月は一晩かけてベットを一周するのだ。
　それを考えると、腕枕などの時は宇都木の頭の重みが、その一周する動きの邪魔になり、如月は動かないのだろう。
　本人は知ってるのだろうか……
　でも邦彦さんからこんな話は聞いたことが無いですし……
　知らないんだ……
　宇都木はベットに座り込んでひたすら如月を見ていた。すると身体が動いて今度はやや斜めになる。
　駄目……
　可笑しい……
　動いてる……
　手で口元を押さえて宇都木は笑いをかみ殺した。
　だがそんな風に笑っていたのも最初のうちだけだった。気が付くと毎晩ベットを回っている如月に宇都木は不審を抱くようになった。

　以前はこんな癖無かった。
　宇都木はまだ如月とつき合っていなかった頃の事を思い出していたが、こんな寝相を見たのは初めてであった。
　それとも今まで気が付かなかっただけとか？
　リラックスしている時に一周するとか？
　でもリラックスして一周するなんて話しは聞いたことなんか無い……
　じゃあ……
　もしかして……
　私が一緒に暮らすようになってから邦彦さんにこんな癖が出たとか言いませんよね？
　毎晩の様にその回転を目撃するようになった宇都木は、不思議な如月の寝相を見てそんな風に思うようになった。
　無意識では宇都木のことを邪魔に思い、如月が逃げるようにぐるぐる回っているとしたら？
　あ……なんだか……
　嫌なことを考えてしまった……。
　宇都木は気持ちが落ち込んで来るのが分かった。
　眠っている時は無意識だ。如月自身、表面上は宇都木と一緒に暮らすことを望んでいるが、無意識の部分で納得をしていないのだろう。きっと、宇都木に起こった今までの出来事が如月の心に痼りとしてあり、如月自身も知らないところで、腹立ちを今も持っている。
　だから宇都木から逃げるように逆さになり、逆さになってしまうと、今度は宇都木からは逃げられないと考えて元の位置に戻ってくるのだ。よくよく考えると妙な原因なのだが、宇都木にはそんな風にしか考えられなかったのだ。
　元々悪い方にばかり物事を考える宇都木の性格は、こんな所にも如実に出ている。
　……もしそうなら……
　嫌だ……
　聞いたら良いのだろうか？
　だが、いきなり「貴方は寝ているときに一晩かけて身体を一周させているのをご存じでしたか？」と、聞けるわけなどないのだ。聞いたところでそれが無意識の行動である限り如月本人の自覚は無い。だから例えこの話を聞かせたとしても困惑するだけだろう。
　……私は……
　どうしたら良いんだろう……
　宇都木はそれからというもの、毎晩眠ることが出来きなくなった。何度も如月に尋ねようと思ったのだが、夜中にじろじろと宇都木が自分の寝姿を見ている。と、如月に思われるのが嫌だった。
　実際、宇都木は見ているのだが、それを知られると変な奴だと必ず思われてしまう。
　宇都木も、ただの癖か習慣だと思えば良いのだが、ある日突然始まった如月の回転は、次第に宇都木を困惑させるだけのものとなった。
　ぐるぐる……
　毎晩、何を考えて回って居るんだろう……
　逃げようとして逃げられないという何かストレスがあるんだろうか……
　私から……
　逃げようとして？
　……嫌だ……
　宇都木は毎晩そんな事で心を一杯にし、結局眠ることが出来ない日々を暮らした。そんな中、如月は宇都木が不安を抱えていることなど全く気づかないまま、ぐるぐる回っていた。

「おい、未来……お前昨日ちゃんと寝たのか？」
　二人で朝食を摂っていると、如月は不審な顔をこちらに向けた。ここしばらく宇都木は例のぐるぐる問題に頭を悩ませており、その所為で睡眠不足が続いていたのだ。
「え……あ……はい……」
　にこやかな笑みを如月に向けて宇都木はそう言ったが、如月の目は怪訝に細められた。
「目の下のクマ……ここしばらく酷いぞ」
　コーヒーを飲みながら如月は言った。
「……ええ……何だか……色々考えてしまって……」
「何を？」
　こちらを射抜くように如月の青い瞳は向けられた。
「その……寝相が……」
　言いにくそうに宇都木はそう言った。すると勘違いした如月は笑いながら言った。
「なんだ、未来はそんな事で悩んでいたのか？お前の寝相は良いぞ。私がベット下に落とされることも無いしな」
　違う……
　貴方の寝相が……
　そう言いたいのだが、やはり心に引っかかっている無意識の行動という事が、宇都木に本当の事を言えなくしていた。
「……なら良いんですけど……」
「全くお前は、本当に小さな事で悩むんだな。例え未来の寝相が悪かったとしても、私は気にならないよ」
　……だから……
　貴方の寝相に私が気になって……
　駄目だ……
　言えない……
「ありがとうございます。そう言っていただけたら……安心できます」
　とは言ったものの、全く不安など解消されていなかった。
「さてと……会社に出るか……」
　如月は腕時計で時間を確認し、椅子から腰を上げた。そうしてスーツの上着を羽織る。その姿を見ながら宇都木も出社する準備を整えた。
　言えなかった……
　言っても仕方ない事だったけど……
　宇都木の不安は益々心に積もる。その上もう一つ気になることがあった。
　朝食を終え、会社に行く支度を整えた二人は、いつものように地下駐車場に降り、車に乗る。運転はいつも宇都木の仕事なのだが。大抵、会社に着くまで如月はたわいのない事を色々と話しかけてくる。それが如月の寝相を宇都木が発見した前後くらいから無口になりがちになった。
　そう言うとき、ミラーで後に座っている如月を確認すると、大抵手元で携帯をパチパチとやっているのだ。
　もしかして……メール……？
　メル友が出来たのだろうか？
　そんな事を考えてしまうほど、朝晩の会社までの道のりを如月は一心不乱に携帯にパチパチとなにやら打ち込んでいる。
　……
　最近流行の出会い系サイトにでも行っているのだろうか？
　そこでメル友でもできた？
　そ……
　それは嫌だ……
　ベットでぐるぐる回る如月といい、車の中でひたすら携帯にメールを打ち込む如月といい、宇都木にとってどちらも不安材料にしかならない。
　聞くのが恐ろしくてどちらも尋ねようが無いのだ。
　こんな不安をずっと抱えていくのはとても苦しい。そう思った宇都木は何か自分でしなければと思った。
　夜は……腕枕をして貰おう……
　そうしたら一周することも無いはずだ。
　朝晩の携帯メールは……
　私がひたすら話しかければ良いのかもしれない……
　ようやく宇都木はその不安を打破するための行動を起こすことにした。
　だが……

　その日の晩、宇都木は如月に言った。
「あの……邦彦さん。お願いがあるんですけど……」
　宇都木は視線をやや如月から離してそう言った。
「……ん？なんだ？」
　毛布を身体に引き寄せようとしていた如月の手が止まった。
「申し訳ないんですけど……その……」
　もじもじとしている宇都木に如月は何やら誤解したようであった。
「平日はお前の身体の負担が大きいから週末だけと決めているだろう？」
　別に平日でも良いんですけど……
　あ……
　エッチの話じゃなくて……
「ち……違います……その……腕枕で眠りたいと……思って……あの……駄目なら……せめて……その……抱き合って……あ……あの……」
　かああああっと顔を赤くして宇都木は言った。
「可愛いなあ……未来は……。以前の積極的なお前も私は好きだが、あれはお前が無理をしていたんだな……。最近それがよく分かるよ……。でも私は今のようなお前の方が良い……好きだ……」
　言って如月は宇都木の身体を引き寄せてその腕に抱いた。
　以前は……
　その……
　自分から誘えたのは……
　がむしゃらだったから……
　ああ……どうしよう……
　昔の自分を思い出して恥ずかしくて堪らない……
　顔の火照りが引かない……。
　赤々とした顔で宇都木は冷や汗が出そうな気分になった。
「……宜しいでしょうか？その……邦彦さんの腕……痺れてしまうかもしれませんけど……」
　如月の腕の中から顔を上げ、宇都木は言った。すると、如月は満面の笑みで言った。
「甘える未来は好きだよ……。私の腕のことなど気にしなくていいから……」
　言って如月は宇都木の頬にキスを落とす。
「あ、あ、ありがとうございます」
　もう宇都木はそれしか言えなかった。
　そうしてその日は腕枕をして貰ったのだが、最初は如月の温もりに睡魔の虜になった。しかし、深夜近くにふっと目が覚めた。
　……ん……
　あれ……
　何だか……
　寝室の景色が違う……
　……
　宇都木は目を見開いて、自分の状況を確認した。腕枕で眠っているのは良いのだが、いつも目を覚ませたときに見る周囲の景色が何となく違うのだ。もちろん部屋は暗いのだが、目が慣れてくると周囲が見えてくる。
　う……
　嘘！
　腕枕をして貰ったまでは良かった。が、本日は宇都木の身体が重りにならなかったのか、自分まで一緒に回っていた。
　いやああ……
　き……
　気持ち悪いっ！！
　がばっと身体を起こし、如月から離れると自分が枕とは逆の方向に眠っていた。それはある意味恐怖だ。如月の方はこちらの驚きなど気づきもせずにぐっすりと夢の中だ。
　邦彦さん……
　ど、どうなってるんです？
　私まで回ってるっ！！
　バクバクと心臓が鼓動を早めるのが宇都木にも分かった。何が怖いのか良く自分でも分からないのだが、このまま如月と共に一周する気にはなれなかった。
　やだ……
　なんか……
　一体どうしちゃったんですか？
　今までこんな事無かったのに……
　宇都木は涙が出そうだった。　
　仲良く一緒に毎晩ベットを一周すれば良いのだろうか？
　それは嫌だった。
　どうしよう……
　腕枕が怖い……
　抱き合うのも怖い……
　もちろん腕枕をしてもらうのは好きだ。抱き合うことも宇都木は気持ちが落ち着くために好きだった。だが一周回るのは嫌だったのだ。
　眠りの浅い自分を呪いながら、宇都木は又朝まで眠ることが出来なかった。



「未来……一体どうしたんだ？仕事は無茶をさせていない。晩の事もそうだ。週末だけと決めてお前に触れたくても何もしていないだろう？それなのにどうしてお前は日々目の下のクマを黒くしていくんだ。それは怖いぞ」
　週末、宇都木の様子にとうとう耐えかねたのか如月は、怒ると言うより心配そうにそう言った。
「……だって……」
　もう宇都木も限界だった。その為思わず涙が頬を伝った。
　決心した筈のことがことごとく失敗に終わっていたからだ。
　自分も一緒に回転していることが分かった翌日、如月に宇都木は言った。
「やはり申し訳ないですから腕枕は結構です……」と。それ以来、腕枕無し、抱き合って眠るのも無しで来た。だが相変わらず如月は一人で回転している。
　その上、会社へ行く車の中で、携帯から如月の気持ちをこちらに向けさせようと、宇都木は必死に如月に話しかけようしたのだが、話題が無い。何をどう長々と話しかけて良いのか分からないのだ。
　最初はぽつぽつと話しが続くのだが、すぐにお互い無言になる。そうなると如月はやおら携帯を取り出して、またパチパチと打ち出すのだ。
　とにかく宇都木にはもう打つ手が無かった。
「なんだ？何を悩んで居るんだ」
　自分の寝相や、車の中で携帯メールをひたすら打つ自分の行為など、これっぽっちも分かっていない如月はそう聞いてきた。
「邦彦さん……ご自分が……どんな寝相なのか分かってます？私は……それに悩んで……。その上……会社へ行く車の中でもずっとメールばっかりして……私……」
　そこまで言って宇都木は涙が更に落ちた。
「え、私の寝相？あ、車の中での事は……はは……」
　如月はただ笑った。
「わ、笑い事じゃないんです……私は……私は……」
　もう……
　ずっと悩んでいたんですっ！
「車の中での話だがな……携帯用のゲームがあってそれをやってるんだ。なかなかこれが……上手く行かなくて、クリアーしてしまったらそれで良いんだが……こう、終われないと意地になるだろう？」
「……何ですかそれは？」
　宇都木の瞳から零れていた涙がピタリと止まった。
「会社の女子社員がはまっているらしくて、それを私もやっている訳だ。最初は馬鹿にしていたんだが……。これが……なかなか難しくてな……。気が付いたら私もはまっていたんだよ。くだらないことだからお前には言わなかったんだが……。いや……済まなかった」
　頭をぽりぽりとかきながら如月は言った。
「女子社員がはまっているって……どういうゲームなんですか？」
　呆れた風に宇都木は聞いた。
「十二個の宝物を、円状になったプレートから取るというゲームなんだ。それでいつも十一個まで取れるんだが、最後の一個が取れない。それで意地になってるんだ……。ま、お前が気になるようだったら、もう止めるよ。私もそろそろ嫌になってきていたんだ。どう頑張っても最後の最後が取れないなんてなあ……嫌になるよ……全く」

　十二個の宝物を、円状になったプレートから取る？

「邦彦さん……まさかそれ……夢に迄出てきていませんか？」
　宇都木は訝しげにそう言った。
「あっ……未来、よく分かったな。そうなんだよ……毎晩、毎晩円状のプレートで私は走り回っていたよ……で、夢の中では十二個全部取れるんだ。だから余計にあと一個を現実で取ろうと必死になってたんだ」
　ははははと笑いながら如月はそう言った。
　この人は……
　だからぐるぐる回っていたんだ……
　幸せそうな顔をしていたのは、現実のゲームで取れない最後の一個を取ることが出来ていたからだろう。
　なんて……
　なんて迷惑なゲーム……
　がっくりと肩を落とした宇都木は言葉がすぐに出なかった。
「それで……寝相のことだが……そんなに悪かったのか？」
　何も知らない如月はそう言って苦笑した。
「……邦彦さんは……毎晩身体ごと回ってましたよ。そんな気持ちの悪い寝方をしてしまうようなゲームは止めてください」
　はっきり宇都木はそう言った。
「なんだって？」
　如月は驚いた顔でそう言った。
「回ってたんです。寝ながら……ベットの上を……一周……ぐるぐると……それが……気持ち悪かったんですよっ！」
　私まで巻き込んで回ろうとしていたんですからっ！
　原因が分かると宇都木は呆れ、そんな事で悩んでいた自分が馬鹿らしくなった。だが逆にホッとしたというのが本音だった。
　もっと早くに聞けば良かった……
「で、そんな面白い寝相をお前は毎晩眺めて楽しんでいたんだな……」
　何故か如月はそう言って怒っていた。
「面白くなんかありませんよ！怖かったんですっ！本当に……怖くて……」
　止まっていた涙が再び零れ落ちた。
「うわ……泣くな……。悪かった……。もうゲームのデータは消すから……」
　如月は宇都木を引き寄せてそう言った。その言葉に宇都木はようやく安堵した。
　だが……
「でも……面白いな……。一晩かけてぐるぐる回るのか……。なあ宇都木……今晩私をビデオに撮ってくれないか？」
　宇都木は冗談だと思ったが、如月の顔は酷く真剣だった。
「なあ……撮ってくれ」
　その言葉に宇都木は頷くことを決してしなかった。

―完―

＜ タイトル ＞

如月って一体何者？　という感じに仕上がりましたねえ……。何をぐるぐる回ってるんだろうと書いていて思わず私も笑ってしまった。でもこういうの目撃した方が一番怖いんですよ。見たことあるし……。友達と旅行に行って、その友達がぐるぐる回っているのを私は見たことがある。とても怖い。意味もなく怖い。見ないとあの怖さは分からないと思う。そういう怖さです(笑)。災難だったのは宇都木かも……でもってまた誤解してるし。しかし……変な話し……(苦笑) なお、こちらの感想も掲示板やメールでいただけるととてもありがたいです。これからもどうぞ当サイトを可愛がってやってくださいね！