Angel Sugar

「如月の憂鬱」 (30万ヒット)

タイトル
 真夜中過ぎ、如月は宇都木の声で目を覚ませた。
「……ん?」
 だが、隣で眠る宇都木は横向きになったまま、ピクリとも動かずにぐっすりと寝込んでいた。
 気のせいか……
 額にかかる髪を撫で上げ、時間を確認すると真夜中の二時だった。
 寝直すか……
 如月は一旦起こした身体をまたベットに倒す。真横には愛しい宇都木が、如月がじっと見ていることも知らずに眠っていた。
 小さな口元は薄く開かれ、寝息を立てている。一応、二人で決めた約束事の中に、エッチは週末……と、いうのがあったので平日には抱き合うことは無かった。
 もちろん、如月の方は宇都木が良いというなら平日でもお構いなしなのだが、自分のことではなく、如月の身体を心配する宇都木が誘いをかけることなどあるわけがない。
 心配されるのは嫌ではないのだが、そんな宇都木に少しだけ不満がある如月は、時折こちらから、誘いをかけてみるのだが真面目な宇都木がそれに乗ってくることなど無かった。
 たまには良いと思うんだが……
 小さく溜息を付き、そっと伸ばした手で宇都木の首筋から耳元にかけて撫で上げる。すると宇都木が小さく震えた。
 可愛いな……
 大の大人に可愛いという言葉は適切ではないだろう。だがこの宇都木に関してはその言葉がぴったりと当てはまるのだ。
 誰よりも献身的に尽くしてくれるその姿は、時に悲壮感が漂うほどだ。それも如月だけに向けられる宇都木の健気さは、堪らなく愛しい。
 誰にでも振る舞われる笑顔など如月は欲しくなど無い。そんな独占欲を元々持つ如月に、宇都木という存在はとても大きい。
 宇都木は誰に対しても優しいわけではないのだ。
 誰にでも笑顔を見せるわけでもない。
 もちろん社交辞令的な要素は完璧に持っているのだが、そこには本心からというものは無かった。それは如月が毎日宇都木を見ている事で気が付いた。
 本心からのものは全て如月に対してだけに向けられている。それを確認するたびに、如月は益々自分も宇都木にのめり込んでいくのが分かるのだ。それは戸浪では全く感じられなかったものだった。
 如月がそんな事を考えている等これっぽっちも知らずに宇都木は深い眠りに落ちていた。
 お休み……未来……
 如月は伸ばしていた手を引っ込め、目を閉じた。
 何か良い夢でも見られたらいいなあ……と思っていると、また宇都木の声が聞こえた。
 気のせいじゃない……
 目をぱっちりと開け、目の前に居る宇都木を伺うと、なにやらぶつぶつと小さな声で話していた。
 寝言か……
 ぷっ……
 笑えるぞ……
 笑いを堪えながら如月が耳を澄ませていると、ようやく宇都木が何を話しているのか聞こえはじめた。

「……あ……も……いやです……」
 
 おいおい、何が嫌なんだ……

「そ……そんな事出来ません……」

 何をしろと言われてるんだ??
 誰に?

「……く……邦彦さん……いや……っ……」

 私かっ!!

 宇都木の口元に耳を寄せていたが、自分の夢を見られていることに気が付いた如月は思わず顔を上げた。
 一体……
 どういう夢を見てるんだ??
 もしかして……
 夢のなかでエッチなことでも私と未来はしているのか?
 なんだかな……
 夢に見るくらいなら誘ってくれても良いんだが……
 まあ……
 可愛いことは可愛い。
 今考えたことで急に照れ臭くなった如月は、ぽりぽりと鼻の頭を掻きながら、もう一度耳を近づけた。

「……ん……ん……包丁……」

 ほ……
 包丁ってなんだ?
 突然宇都木が言った言葉に如月は驚いた。何がどうなって包丁なのかわからないのだ。一体どんな夢を見ると包丁を持ち出すのだろう。

「……嫌です……出来ません……あっ……そ……そんなこと……」
 
 包丁が出てきて何が出来ないんだ?
 如月の思考は益々混乱してきた。

「やっ……あ……吸い付かないでください……」

 聞いている如月の方が、本当に恥ずかしくなってきた。自分は一体宇都木の夢のなかでどういうセックスをしているのかを考えると、どうも普通っぽく感じられなかったからだ。
 宇都木……
 欲求不満なのか?
 だから妙な夢を……
 全く……
 そうならそうと言えばいいのに……
 仕方なしに如月は宇都木の肩を掴んでゆさゆさと揺り動かした。
「未来……おい、起きろ」
「……ん……邦彦さん……」
 うっすらと目を開けた宇都木はまだ夢の中に居るような表情をしていた。
「ああ、良いから起きろ」
 先程より強めに肩を揺らす。
「……どうかしましたか?」
 ようやく少し意識をはっきりさせた宇都木がそう言った。
「なあ……未来……」
 言いながら如月は宇都木を自分の胸元に引き寄せた。自分より狭い肩幅の宇都木は、如月の腕の中にすっぽりと収まる。
「……駄目です。まだ火曜です」
 すぐにどういうことかを理解した宇都木がぐいぐいと、如月の身体を押しやった。
「そう堅いことを言うんじゃない……欲求不満なんだろう?」
 言って如月は宇都木の額にキスを落とした。すると宇都木は喜ぶどころか怪訝な顔で言った。
「……どうして私が欲求不満なんですか?それは邦彦さんの方でしょう?駄目です。お仕事に響くような事は幾ら邦彦さんの頼みでも聞けません」
 宇都木は頑固にそう言った。
 って……
 お前がセックスを夢にまで見ているから、私は……
 いや……
 それは良いとして……
「宇都木……お前、夢を見ていたの覚えているか?どんな夢を見てた?」
「……え……っ……別に……大した夢では……」
 宇都木の顔がそこで赤らむだろうと思っていたが、逆に真っ青になった。
 ど、どういうことだ?
 楽しいセックスをしていたのではないのか?
 だがこの顔では違うようだな……
 酷い事でも私はしていたのか?
 ……ああもう……
「……そうか……ならいいんだが……」
 宇都木を少し離し、如月は息を吐いた。例え夢のなかであっても、如月が宇都木を酷いやり方で抱いていたなら、今ここでどれだけ誘っても、宇都木はその気にならないだろう。
「邦彦さん?」
「いや……週末まで待つよ……」
 苦笑しながら如月はそう言った。
「……何かあったんですか?」
「いや……眠るお前を見ていて急にやりたくなっただけだ……。冗談だよ……。もう遅いから寝るか……」
 如月はニッコリ笑ってそう言った。
「……そうなんですか?……」
「ああ……お休み……未来……」
 不安げな顔をしている宇都木の頭を撫でながら、如月は今度こそ二度目の眠りに落ちた。
 だが宇都木の寝言はその日から毎晩のごとく繰り返された。

 一体何だって言うんだ……
 寝られないぞ……っ!
 イライラと如月は冷蔵庫から缶ビールを取り出し、プルトップを開けると中身を一気に飲んだ。
 ダンッ
 半分まで飲んだ缶ビールを机に音を立てて置き、今度は溜息を付いた。
 ……毎晩……
 どうしてあんな声を聞かされなければならないんだ……
 つい先日、宇都木が寝言を聞いたその翌日の晩もやはり宇都木はぶつぶつとなにやら不穏な寝言ばかり言っていたのだ。
 何時から始まったかは如月には分からなかった。気が付いたのが先日のことであるため、以前から寝言を言っていた可能性もある。
 楽しいセックスの夢なら良いだろう。だが、どう聞いても余り楽しそうには思えなかった。いや、どちらかというと、如月が酷い抱き方をしている様に聞こえるのだ。
 寝言と言うよりうなされているのだろうか?
 よく分からないが、毎晩可愛らしい声で、ぶつぶつと「いや」だの「やめて」だの聞かされる身にもなって欲しいと如月は思ったのだ。
 テープにでも録って宇都木に聞かせてやろうかとも考えたが、寝言というのは話しかけるのも余り良くないそうだ。それに寝言をテープなどに録り、当人に聞かせるのも余り良いことでは無いらしい。
 どう良くないのか如月にはいまいち分からないのだが、良くないと言われるととたんに後込みしてしまったのは、やはり宇都木の事を考えたからだ。
 だが……
 未来はどう思っているのだろう……
 どうも宇都木は夢の内容を覚えているようなのだ。だが如月にはその事を話してこない。もちろん数回夢の内容を如月は尋ねたが、宇都木はいつも沈黙するだけだった。
 ……未来の願望……?
 まさか……
 如月もついこの間まで、ベットで一回転していることを聞いた。原因は、当時こっていたゲームの所為だった。あのゲームを止めてから、如月はもう回転することが無くなった。
 あれは撮影しておいて欲しかったが……
 まあ……
 寝ているときのことは本人は全く無意識だからな……
 無意識のことで宇都木を責める事など出来ない。
 どうしたらいいんだろうなあ……
 再度缶ビールを掴んだところで、宇都木がキッチンに入ってきた。
「邦彦さん。まだ寝ないんですか?そろそろ眠らないと明日辛いですよ……」
 宇都木はそう言って、こちらの持っている缶ビールをやんわりと取り上げた。
「そうだな……明日はようやく週末になるし……」 
 如月が意味深に言うと、宇都木は頬を赤らめた。
 だから……
 週末なんて約束を無くしてしまえば良いんだ……
 そうすれば宇都木の欲求不満もだな……
「未来……」
 宇都木の頬に伸ばした手は払われ、如月はがっくりと肩を落とした。
「……あ……明日……明日は……」
 益々顔を赤らめて宇都木は言ったが、如月の方の気持は急激に冷えた。
「ああ……そうだったな……寝るか……」
 取り上げられた缶ビールを宇都木の手に残し、如月は足早に寝室に向かった。
 先に寝てしまえばいいのだ……
 寝室に入り、如月はすぐに毛布に潜り込んだ。その後、宇都木が寝室に入ってきた。
「邦彦さん……あの……」
「お休み……」
 先に寝ないと……
 あの寝言は耐えられない。
 目をしっかりと閉じ、如月は必死に眠ろうとした。
「……私……」
 なにやらまた誤解した宇都木がそう言って、如月の側でこちらを見下ろしている気配がした。
「寝るぞ」
「……一日くらい……その……早くても……あの……」
 そう言った宇都木の顔は見なくても想像がついた。だが如月には完全にそんな気は失せていた。
「もういいから寝ろ」
「……邦彦さん……私……」
 なにやら宇都木の声が涙声に聞こえた如月は、閉じていた目を開けた。すると宇都木は如月の横に座り、目元を拭っていた。
「なんだ……?どうしたんだ……。何を泣いているんだっ……」
 驚いた如月は身体を起こし、宇都木を自分の胸に引き寄せた。
「……なんでも……無いです。済みません……。私……我が儘言って……。寝ます……御免なさい……」
 折角引き寄せた宇都木の身体であったが、その宇都木から離れると、すごすごと毛布に潜っていった。
「未来……」
「お休みなさい……」
 そう言った宇都木に如月は何も言えなかった。
 結局……
 先に寝られてしまった……
 先程泣いた宇都木の顔が忘れられなかった如月は、まだ眠られずにいた。
 今日こそは先に寝るはずだったが……
 頭をがしがしと掻き、如月は背を向けて眠っている宇都木を覗き込んだ。するとまつげがまだ濡れた状態で、無理矢理眠ったという表情をしていた。
 う……
 私が悪いんだな……
 はあ……と溜息をついていると、宇都木の寝言が聞こえてきた。

「御免なさい……邦彦さん……御免なさい……」
 
 何度も夢のなかで謝っている宇都木が、如月に酷い罪悪感を植え付けた。
 ああ……悪かった……
 私が悪いんだよ……
 宇都木の背中を撫でながら、如月は心の中でそう言った。

「……でも……出来ない……私には……や……いやですっ!」

 私はまたお前を夢のなかで苛めてるのか……
 未来……
 そんなに私はお前を普段苛めているか?
 優しくしているはずだ……
 大事にしている……
 なんだか……
 悲しいぞっ!

「……いやっ……出来ない……包丁なんて……持たせないでっ!」

 おいおいおいーーーー!
 私がお前に包丁を持たせて刺せとでも言っているのか?

「貴方を傷付けることなんか……できないっ!」
 
 刺せと、言っているんだなっ!
 どういう私なんだっ!
 如月の方も半分パニックだ。
 一体どんな内容の夢を見ると、今宇都木が言うような状況になるかを考えると、最悪な内容にしか思えないのだ。

「……来ないで……触らないでっ……気持ち悪いっ!」

 未来……
 涙が出そうなのは私の方だ……
 気持ち悪いって……
 それほど嫌なのか?
 本当は私のことが嫌なのか?
 だからそんな夢を見るのか?
 だんだん如月の気持もふか~く沈んできた。

「きゃーーーーっ!!」
 と、今度は絶叫して宇都木の身体が飛び起きた。そして、如月と目線が合うと、恐怖の面もちで、後ろに後ずさった。
 ……それは……
 あんまりじゃないか?
 如月が怯える宇都木を、じろ~っとを眺めていると、ようやく向こうも自分が起きたことに気が付いたのか「あのう……」と言ってきた。
「なんだ……」
 不機嫌な顔で如月は言った。
「私……変な声を出しませんでしたか?」
 もじもじと視線を合わせずに宇都木は言った。
「出したっ!」
 ムッとしたまま如月は大声で言った。
「済みません……起こしてしまいました?」
 チラと視線をこちらに向けて宇都木は申し訳なさそうな表情になった。
「起きていた」
「……本当に済みません……」
「謝るのはもう良い。一体どういう夢を見ているんだっ!どうして私が酷い男になってるんだ?」
 堪らなくなった如月はそう言っていた。
「え?」
 宇都木は奇妙な顔で驚いていた。そんな宇都木に如月はここ暫くどういう寝言を言っていたのかを思い出せる限り宇都木に話して聞かせた。
「……ご……ご迷惑をかけましたっ!」
 平謝りに宇都木はそう言って頭を下げた。
「そんな事はどうでもいいんだよ。で、お前が見ている夢を考えると、どうも私のことを良く思っていないような気がする……。どうなんだ?私のことを本当は気に入らないのではないのか?」
 如月がそう言うと、宇都木は泣きそうな顔で顔を左右に振った。
「違うんです……だって……言えば……きっと……その……変な奴だと思われそうで……」
 ん……?
 やっぱり私は宇都木に対して変態なセックスを強要していたんだな……
 だがな……
 それはお前の欲望だぞ。
 私のじゃない。
「思わない。だから話してくれ。そうでないと私はもうお前と一緒に枕を並べて寝るのを遠慮したいところまで来て居るんだ」
 言い過ぎだな……とは思ったが、口を固く閉ざすと、どんなに宥め賺しても口を開かない宇都木の性格を知っている如月は、どうしても言わざる終えない状況まで追いつめるしかないと考えたのだ。
「……済みません……あの……怒らないでください……」
 宇都木の視線は逸らされたままだった。
「ああ……怒らないから言ってくれ……」
 どんな変態セックスがしたいんだお前は……
 できそうなら希望を叶えてやる。
 等と如月が、考えていると想像も付かないことを宇都木が言った。
「タコ……」
「タコ?なんだタコって……??」
「週はじめに……その……水産の取引現場に立ち会ったのですが……そこでものすごく大きなタコが水揚げされるのを見て……驚いていたら、そこの人がタコを下さったんです。でも……うちの冷蔵庫に入らないくらい大きくて……、仕方なしに切ろうと思ったんですけど……吸盤も大きくて……ぬるぬるしていて……怖いんです。だから……その……置き場所もないし……。また箱に入れて車のトランクに入れたんです。それから……その……く……車のトランクに入れっぱなしになってるんですっ!それがずっと気になって……折角下さったのに……捨てられないし……でももうトランクを開ける勇気も無くなって……どうしましょう!!」
 どうしましょうって……
 お前……
 それ……
「腐ってないか?」
 宇都木が如月の代わりに水産の取引現場に行ったのは今週の月曜だった。それからずっとトランクに入れっぱなしだとすると、既に恐ろしいことになっているだろう。
「……で、ですよね?」
 涙目で宇都木は言った。
「で、夢とどうタコが絡むんだ?」
「毎晩……その大きなタコが夢に出てくるんです……。もっと大きなタコに変身していて……それも……タコの頭の所に、邦彦さんの顔がぽつんとあって、しゃべるんです。私を切れ~って……早く切れ~食え~って……幾らタコでも顔が邦彦さんだし……切れって言われても、切れなくて……。私……包丁持たされたまま…いつも部屋の隅まで追いつめられて……怖くて……その……吸盤が大きいんですっ!」
 吸盤が大きいって……
 それは意味不明だ未来……
「どうして貰った日に言わないんだ……私が何とかしてやったのに……」
 溜息を付いて如月が言うと、宇都木は涙ながらに言った。
「だって……あのタコ……本当に気持ち悪いくらい大きかったんです。邦彦さんに巻き付いたりしたら……。それで噛みついたりしたら怪我をさせてしまう……そう考えたら言えなかった……」
 その気持は可愛いが……
 トランクは困るぞ未来……
「見に行くか……仕方ない。今のうちに処理してしまおう……。どうせ腐ってるだろうから、ビニール袋持っていこうな」
 そう如月が言うと、宇都木は青い顔をしたまま頷いた。

 駐車場まで行き、トランクを開けると、既にタコは腐っていた。確かにかなりの大きさだった。だがどうも当初は生きていたのか、箱から飛び出したタコはトランク一杯に広がっていた。
「……こ、怖いでしょう?」
 如月は鼻を押さえたまま苦笑するしかなかった。

―完―
タイトル

宇都木……かなりぼけぼけ?? タコくらい何とかしなさいよ……。大の男が……あははは。でもねえ、一度でかいタコを見たことあるけど、マジででかい!! 吸盤もものすごくでかいわけですよ。それを思わず今日は思い出して……あははは。いやその……(汗)福井の朝市で見た(爆死)。でも……タコに一体何をされたんだろう……宇都木……(ニヤリ)
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