Angel Sugar

「悪夢のレッスン1 (祐馬視点)」 (2万ヒット)

タイトル次頁
 もうすぐ念願のHをするんだ……
 チラと横でこちらに持たれている戸浪を眺めながら祐馬は、ごくっと唾を飲み込んだ。
 戸浪の膝には今ギブスがはめられているが、後暫くでそれも取れる。そうなったら、本当に戸浪と最後まで出来るのだ。
「……ん……」
 サラサラとした絹のような髪をこちらに落として、戸浪は眠っていた。大地の所から連れ戻してから数日、疲れているのか良くこうやって祐馬の肩にもたれては、うつらうつらとするのだ。
 上品な小さな口は薄く開かれている。
 この口が喘ぎ、快感を訴えたとき、どんな風に見えるのだろう……
 やや長いまつげに涙を滲ませ、どう俺に訴えてくれるんだろう……
「……ああ……もう……たまんねえ……」
 眠っている戸浪を見ているだけで、頭の中はそんなことばかり考えている。眠る戸浪は祐馬がそんなことを隣で考えているとは思いもせずに、気持ちよさそうに身体を傾けていた。
 だが問題がある。
 男とするのは初めてなのだ。
 もちろんやり方くらいは知っている。だが実践はまだだ。戸浪とはそこまで行ったことが無い。
 これがどちらも初めてなら、別に問題は無い。が、こんな事を言えば戸浪に殺されるだろうと思って言えないのだが、戸浪は経験者だ。
 較べるなと言っても絶対心の中で較べるはずだ。
 如月より下手だ……とか
 うわ~痛い~下手くそだなあ……とか
 もうこいつとは二度としたくない……なあんて、最悪思われる場合だってあるのだ。
 もちろんこちらは本当に初心者なのだから、悩んだって仕方ない。が、下手は下手なりに戸浪を悦ばせてやりたいと言う気持ちがある。いや、如月の方が上手い等とは思われたくないのだ。
 まあ……思われたくないって言っても、仕方ないんだけどね……
 はあと溜息をついて祐馬は、又、隣の戸浪に目がいった。
 痛がらせたくないんだけど……
 気持ちよがって欲しいし……
 やっぱりそう言う言葉が聞きたい……
 痛い目に合わせたら、思いっきり拳が飛んできそうだし…… 
 初めての祐馬にそんなことは無いだろうと思うのだが、気持ち良いわけでもないのに「良かった……」なんて後で言われてもちっとも嬉しくないのだ。逆に「下手だ……」と言われたら、もう勃たなくなるかもしれない。
 デリケートなんだよな~こういうのって……
 これが女性相手なら誰かに相談できるのだが、男とセックスすることを誰に聞けると言うんだ。
 誰に……
 あ、いるじゃんか~
 ものすごい先輩がいたことに祐馬は気が付いた。それは大地の彼氏の博貴だ。何より博貴はホストで、その辺りの経験が豊富に違いないのだ。
 恥ずかしいとか言ってる場合じゃないもんな……
 祐馬はそう思い立つと、眠っている戸浪をそっと抱き上げて寝室に連れて行き、ベットに寝かせた。
「……祐馬……?」
 うっすらと目を開けて戸浪は言った。
「うん。俺、買い物行ってくるから、戸浪ちゃんちょこっとこっちで眠っててね。すぐ帰ってくるよ」
 そう言うと戸浪は「そうか……気をつけてな……」と言って又眠ってしまった。
 戸浪ちゃん、俺むっちゃ頑張るからね。
 そう祐馬は心に誓いながら、寝室を出ると早速大地に電話をかけた。

 電話を取ると相手は兄の恋人である祐馬からだった。
「……あのさ、俺三崎さんに文句あったんだけど……。兄ちゃん連れて行くのは良いんだけどね、畳がビショビショだったんだぞ。せめて拭いてから帰って欲しかったよ……」
 ムッとしながら大地がそう言うと、祐馬は慌てて謝りだした。
 何か情けない男だなあ……
 と、そんな祐馬の謝罪の言葉を聞きながら大地は思った。
 まあ、兄の戸浪が好きだと言うのだから仕方が無いのだが、なんかこう、二人を見ていていしっくりこない。
 その問題の祐馬は突然博貴が居るのか聞いてきた。
「……え、大良?いるよ。何か用?」
 聞くと祐馬はちょっと相談があって、二人で話がしたいと言ってきた。
「……俺は別に構わないけど……何だよ相談って……」
 大地は何となく、そう聞いたが、祐馬は大したこと無いの一点張りで、相談内容を話しはしなかった。
「え、今から来るの?俺出かけるんだけど……あ、大良はうちに居るけどな……え、都合が良いって何だよ……」
 大地はこれから仕事場に忘れた物を取りにちょっと出かけるつもりだった。だがそれを言うと祐馬は都合が良いと口を滑らせた。
 こいつ無茶苦茶~怪しいぞ……。
「あんた、何か企んでるのか?」
 と言うと祐馬は何でも無いと笑い出した。
 いや……だから、そんなお前が怪しいんだ。
 と、思っていると、祐馬はさっさと電話を切ってしまった。
「……あいつ……」
「大ちゃん、今、帰ってきたのに、又出かけるのかい?」
 部屋の扉から顔を出した博貴が寂しそうにそう言った。 
「あ、でも忘れもの取りに行ったら、すぐに帰ってくるし……そんな時間かかんねえよ」
 と、それは祐馬には言ってなかった。と言うことは二人が話をしている所に帰ってきて、こっそり聞けば良いのだ……と、大地は思った。
 くだらねえこと話してやがったら、ぶん殴ってやるっ!
「そうだ、なら、送ってあげるよ……そのままドライブして帰りに夕食を食べて帰るっていうコースはどうだい?」
「……それがさあ、三崎さんがこれから来るんだって。でもって、大良になんか話しあるって言ってた……」
 靴を履きながら大地はそう言った。
 とにかくさっさと取りに行って帰ってこなければならないのだ。
「私にかい?」
 なんだろうという顔で博貴は言った。
「らしいよ。相談内容聞いても教えてくれなかったけどさ……、じゃ俺行ってくる。三崎さん来たらお前中入れてやってくれよ」
 博貴にそう言うと、いつもの如くキスをしようと近寄ってきたので、それを無視して大地は飛び出した。今はそんな時間は無かったのだ。 



 大地の住むコーポに着くと、祐馬は車を降りて階段を上がった。そうして大地の住む部屋の扉を叩くと、博貴が扉を開けてくれた。
「あ、今晩は大良さん」
 何となく照れながら祐馬はそう言った。今から聞こうとしていることで、なんだか目線が合わせづらいのだ。
 うわ~心臓バクバクしてるぞ~
 勢いで来たとは言え、博貴を目の前にすると急に恥ずかしくなってきたのだ。
「今晩は。今、大ちゃん出かけてるんですよ。聞いたんですけど、私に何か相談があるそうですねえ……」
 言いながら博貴は祐馬を中に入るように促した。
「そ、そうなんです……ちょっと、話しづらいのですけど……大良さんなら相談に乗って貰えると思って、恥を捨ててお伺いに来たんですっ」
 そう博貴に言いながら、自分の顔が赤くなるのが分かる。額からは汗がだらだらと落ちてきた。
 ここまで来て急に狼狽えるなんて……俺って小心者~
「……それはもちろん……お兄さんの彼氏さんからの相談なら何でも乗りますけどねえ……変な事じゃないでしょうね……」
 ちょっと困ったように博貴がそう言った。
 ぎくっ……
「へ、変なこと……かも……」
 そう言うと、博貴が後ろに下がった。
「い、嫌ですよ。告白なんかしないで下さいよ……。攻め同士なんてどうにもならないんですからねえ……」
 と言うので、祐馬が目が点になった。
「ちっ!違いますよっ!そ、そんなこと言いませんっ!お、俺っ、その、男とは初めてだったもんだから、やり方っ分かんなくて……あ、違うっ!やり方は分かってるけど、経験が無いから……その……大良さんに色々教えて貰えてもらえればありがたいなって……」
 一気にまくし立てるように祐馬がそう言うと、今度は博貴の目が点になった。
「あ、あのっ!もちろん変なこと相談してると俺も思ってるんですっ。でも、俺にしたら結構切実で……誰にもこんな事相談できないし……そんで……あのっ……」
 もう、半分何を言ってるのか分からない状態で祐馬は言った。すると暫くじーっとこっちを見ていた博貴は急に吹きだした。
「わははははははっ!」
 って、だから笑い事じゃないんだよ……
「……」
「す、済まない……いや、馬鹿にしてるわけじゃなくて……はははっ、そ、そうなんですか…もちろんそう言う事なら相談に乗りますけど……はははははっ……っ、痛い……お腹が……っ」 
 もうお腹がよじれるような笑いに反発しながら博貴がそう言った。
 笑ってるじゃん……
「……はあ~もう、そうですかア……それは切実ですねえ……」
 言いながらもちっとも同情している顔はしていない。博貴は必死にまだ笑いを堪えているのだ。
「ホントに真剣なんですけど……」
 じと~と博貴の顔を見ながら祐馬が言うと、ようやく座り直した博貴が言った。
「分かりました。お兄さんの幸せのために私が力になりましょう」
 それって戸浪ちゃんの幸せなのか?
 なんだか良く分からないが、博貴は力になってくれるようだ。
「宜しくお願いします」
「じゃあ、……う~ん……こっちじゃちょっと練習でき無いなあ……」
 意味ありげに博貴はそう言って立ち上がった。
「私の方でしましょうか?こっちには何も無いですし……」
 何も無いってどういう意味か分からなかったが、とりあえず博貴について、部屋についている扉をくぐった。
「……こっちは全然違うんですね……」
 博貴の部屋は何処かの奇麗なマンションの一室のように内装されている。大地の畳間のあの独特の雰囲気はない。
 それにこちらの方が広い。
「こっちはね、上二部屋ぶち抜いて、別に内装してあるんですよ。で、一階も別室として合計三部屋借りてるんです」
 ニッコリと笑みを浮かべながら博貴は言った。
「そうなんですか……へえ……奇麗ですね……」
「そうだ、三崎さんは男同士の絡んでるビデオとか見たことあります?」
 言いながら博貴は棚をガサガサと開けている。
「……随分前に見たことはあるんですけど……」
「エロじゃなくて……やり方を詳しく解説したようなものは?」
 そ、そんなもんあるのか?
 祐馬は思わず顔を左右に振った。
「じゃあ、これかな……一が基本編、二が応用編、三がプロフェッショナル編。まずこれの一から見ると良いですよ。一本そんなに長い訳じゃないですからすぐ見終わりますよ」
 プロフェッショナル編が妙に気になったが、とりあえず、祐馬は一から見ることにした。
 ビデオは見ると、恥ずかしいと言う感じはなく、本当に丁寧にこういう場合は~なんて、図や、本物の男が絡んで居る横で解説者が説明してくれている。
 それにしても、こんなビデオって何処に売ってるんだ??
 さすが蛇の道は蛇……
 と、感心しながら、ちらりと博貴の様子を伺うと、何故か毛布を持ってきて、紐と格闘している。
 まあ、良いか……

■    ■    ■

 三本目の途中くらいになると、もう自分がプロになった気分になってきた。そうかこうやって感じさせるのか~なあんて、妄想に浸っていると、怒鳴り声と共に大地が帰ってきた。
「何やってんだっあああっ!」
「うわっ、大ちゃんっ!」
 博貴が逃げた。
「三崎さんっ!あんたっ、一体何見てるんだよっ!」
 こっちは丁度良いところだったので、画面から目を逸らせる訳にはいかなかった。
 何より真剣に勉強中なのだ。
「俺?勉強してるんだけど……」
 後ろで怒っている大地に目もくれずに、画面で組んづほぐれつの男同士の絡みに見入っていた。
「なっ、なあにが勉強だあああっ!」
「あのさあ、こっちは真剣なの。ちゃちゃ入れないでよ。大地君が見るの嫌なら、あっちに行ってくれる?」
 ムッとしながら祐馬は言った。
 戸浪を悦ばせる為には、沢山学ばないといけないのだ。大地が怒ろうが殴ろうが知ったこっちゃ無い。
「おいっ!大良っ!どう言うことなんだよっ!お前一体何吹き込んだんだっ!」
「だからねえ、三崎さんも言ってるだろう。彼勉強しにうちに来たんだよ。だから私は好意で教えてあげているんだって……」
「あ、あれの何処が勉強だって言うんだよッ!エロビデオ大会なんかしてんじゃねえぞ!」
 後ろでバタバタとやり合ってる二人が五月蠅くて、祐馬は切れた。
「五月蠅いっ!俺真剣だって言ってるだろっ!喧嘩するんなら、隣の部屋に行ってよねっ!」
「……あ、はい……って違う~大良あ、マジ一体なんなんだよこれ……」
「だからねえ……」
 ボソボソと博貴が大地に説明しているようだった。すると、最後の一本が終わった。
「あ、全部見終わりました~」
 祐馬がそう言って振り返ると、大地が真っ赤な顔でこっちを見ている。だが怒鳴る様子もなく、なんだかもじもじしているのは何故だろう?
「……あ、そう。じゃあ次は、これだっ!」
 と言って、博貴は先程格闘していた毛布を見せた。だが毛布を縛って、そこにタオルを紐でやっぱり縛ってあるのだが、よくよく見るとタオルを手足に見立てた妙な人間型になっていた。
「それなんですか?」
「ダッチ毛布!」
 異常に嬉しそうに博貴が言った。
「ダッチ毛布って……」
 確かに人間に見ようと思えば見えるけど……
 ダッチ毛布なる物を渡されて、また途方に暮れた。これをどうして良いのかいまいち祐馬には分からないのだ。
「で、これがダッチ大ちゃん」
 と大地を指さして言うと、博貴は思いっきり大地に殴られていた。
「痛いねえ……大ちゃんはほおんと冗談通じないんだから……」
 殴られている割には、博貴は嬉しそうに言った。
「つ、通じるかあっ!」
 もうさっきから真っ赤な顔が更に赤くなっている。
「大ちゃんのことは気にしないで、三崎さんはこれをお兄さんだと思って、体位の勉強をね……」
 と言ったところで又大地が博貴を殴った。
「お、おおお、お前っ!いい加減にしろおっっ!」
 いちいち大地が間に入る物だから話が進まないのだ。
「大地君ッ!俺、本当に真剣なんだっ!怒るのも殴るのも俺にしてくれない?本当に俺必死に今頭に覚えさせてるんだ……頼むよ」
 大地が怒るのも無理はないのだが、本当に祐馬は真剣だったのだ。
「……分かってるけど……」
「分かってるんだったら、静かにしててよ。嫌だったらマジでこっから出ていってくんない?俺邪魔されたく無いんだ」
 息荒くそう言うと、大地は何か言いたそうに口を開いたが、結局何も言わずにその場に座り込んでクッションを抱きかかえた。
「分かってくれたら良いんだ」
 ニコリと祐馬は大地に笑いかけたが、複雑そうな笑みを向けるだけだった。
「……あの、で、これはなんですか?」
 さっき博貴がビデオを出してきた棚に、見たビデオを片づけようとすると、棚の一番下になんだか異様な物がごろごろとでてきた。一つ掴んで引っ張り出すと、男のシンボルをかたどった物だった。
「あ、それ、使ったこと無いけどね、お客さんがくれるんだよ……こんな物貰ってもほら、使いようないんだけど、不燃物の日にゴミに出すわけにもいかなくてねえ……仕方無しにそこに放り込んであるんだ」
 博貴はそう平然と言ったが、大地の目は点だった。
「使ったことあるんですか?」
 ごろごろ出てきた似たような物を持って祐馬が言った。
「……え?」
「ねえよっ!そんな物使うわけないだろっ!」
 と、何故か大地がそう怒鳴った。
 あ、そうか、これは大人の玩具なんだと、祐馬は納得した。博貴はホストなのだから、女性の客からこういうものを冗談紛いに貰うのだろう。
 まあ確かにその辺にぽいと簡単には捨てられない。それにしてもどうして大地があんなに否定するのかいまいち分からない。
「ああ、君は初めてだから、こういう物を使った方がいいね」
 棚の前に座っている祐馬に博貴が靴墨の入っていそうな缶を差し出した。
「ホットゼリーだよ。ほら、痛い目に合わせるわけにはいかないから、最初はこう言うので慣らせばいいんだ。君が慣れたら使わなくても上手くやるだろうしねえ……」
「貰って良いんですか?」
 嬉しくて祐馬はそう言った。大地はもう無言を通り越して固まっている。
「いいよ。さて、大ちゃんが大人しくなったところで……と、まず私が色々体位を教えてあげますね」
 と言って先程のダッチ毛布を博貴が抱きかかえた。
「これが正常位、これがバック、騎乗位、次が69、でもってこう言うのが仏壇返し……」
 と、ちゃっちゃと毛布を器用に人間に見立てて、博貴は実演?してくれた。最初はすごい~と感心していたのだが、ふと大地が気になった。
 これって……普段、大良さんが大地君にしてることだよなあ~
 なあんて思いながら大地を見ると、思いっきり睨まれた。だが目は泣きそうだ。
 ってことは……すげえ、先生に仕込まれてるんだあ~
「……んだよっ!何でそんな目で見るんだよっ!」
「え?別に……ははっ……」
 笑って誤魔化すしかなかった。
「……ぜって~変な想像しただろっ!」
 バレバレだった。
「してないよっ!」
「ぜってーしたっ!」
「だからしてないって……」
「だ~い~ちっ、そんなことはどうでも良いの。はい、今度は三崎さんが実演する番だよ。分からなかったら聞いてくれたらいいから。やっぱりこう言うのは足の位置とか結構自然に持っていくのが難しいんだよ。下手に無理して足を引っ張ったりすると、一気に相手の快感が興ざめするからねえ……」
「あ、興ざめしちゃうんですか?」
 ダッチ毛布を抱きしめて祐馬は言った。
「するする。思い切りしちゃうよ。折角いい雰囲気で持ってきていても、たったそれだけのことで、最初せっかっく盛り上げたものが全部ぶち壊しになってしまうから、気をつけないとね」
「攻めって大変なんですね……」
 本当にそう思ったから、祐馬は自然にそう口に付いて出た。  
「そうなだよねえ、攻めって大変なんだけど、受け側って分かってくれないんだよ。こっちはとっても必死になって悦ばせようって考えているのに……ねえ大地……」
 博貴はそう言って大地をチラと見ると、下を向いたまま拳を握りしめて座っている。
「……受けって何かしてくれるんですか?」
 と、祐馬はフッと思ったことが口をついて出てしまった。するともう、堪らなくなった大地が烈火の如く怒り出した。
「てめえっ!ふざけんなよっ!出ていきやがれっ!も、ぜってー兄ちゃんにばらしてやるからなっ!お前みたいな失礼な奴は二度と来るなっ!」
 大地はクッションで思いっきり祐馬を叩き始めた。
「はははははっ!」
 博貴の方はそんな大地を止めるわけでもなく、二人の光景を見て無茶苦茶楽しみ、笑っている。
「違うって、別に大地君に聞いた訳じゃないよ……」
 だがこの状況でそんな言い訳など通用するわけなど無い。
「うるせえっ……うるせえっ!うるせえええっ!!出ていけっーーっ!もう帰れっ!二度とくんじゃねえっ!二度と敷居をまたがせねえからなっ!」
 涙目で怒った大地にとうとう部屋を追いだされてしまった。
 ありゃ……どうしよ……
 ダッチ毛布を抱えたまま祐馬は扉の前で悩んだ。
 これ、返さないと……
 と、そっと、キッチンの窓のある格子から中を覗くと、博貴が怒る大地を宥めていた。
「んっだよっ、何で俺こんなやな目に合わされなきゃならないんっだっ!」
「大地……別に大地を嫌な目に合わせるつもりで三崎さんが来た訳じゃないだろ?ちゃんと事情は話したね」
 博貴は大地を後ろから抱きしめながら、耳元でそう囁いている。
「わ、わかってっけど……俺、ああいうのは嫌だっ!」
 と言って振り上げる手をやんわりと博貴は回している手で掴む。
「君にそう言う顔は似合わないだろ?駄目だねえ……大地……二人で居るときはそんな顔しちゃ反則だろ?」
 上手いっ!
 上手すぎるっ!
 あの声のトーンと言い、相手を懐柔させる臭い台詞が、博貴が言うともう相手は手の内だっ!
 あんな風に宥めると良いんだ……
 なんて、思いながらこれ以上は覗いちゃ駄目だと思った祐馬は、ダッチ毛布を抱えたまま車に乗り込んでエンジンをかけた。
「やっぱ、すげえよ……あの人……師匠と言わせ貰わないと……」
 最後は追いだされたが、あの博貴が最後まで宥めてくれている筈だ。いやあの侮れない男は祐馬を餌に、自分達を盛り上げる為に利用した様な気もする。
 まあ、それでも俺は一杯勉強できたし……
 そんでいいよなあ~
 これで自信もついた~
 うきうきと祐馬は車を走らせ家路を急いだ。



「祐馬……これは一体なんだ……」
 ようやくギブスを外しに行く日となり、戸浪を車の後部座席に乗せたまでは良かったが、祐馬はあることを忘れていた。
「何って……何が?」 
 祐馬は戸浪が何を言っているのか分からなかった。
「この不気味な人形は何だときいてるんだっ!」
 松葉杖で後ろからこづかれながら振り向くと、暫く前に大地のうちへ行った時に持って帰ってきてしまったダッチ毛布を戸浪は掴んでいた。あの日、返すことも出来ずに、車の後部座席に置いたまますっかり忘れていたのだ。
「あわっ!」
「あわって……お前……こんなもので……遊んでいるのか?」
 ジロリと戸浪に睨まれ祐馬は返事に詰まった。
 どういう言い訳が良いのか、全く分からない。
「え、別に遊ぶ訳じゃあ……」
 と言うと、戸浪の顔がかあっと赤くなった。それは恥ずかしいのではなく正に怒りでだ。
 あ、なんか言い方変だった?
 と、思うのも遅く、松葉杖で思いっきり叩かれ始めた。
「あいたっ!いてえ!そんなんで叩くなよっ!」
「お前はっ!私がいるのにこんなものとっ!信じられない奴だっ!この大馬鹿ものがっ!」
「だって……って、違うっ!そんなんと何するって言うんだよっ!」
 なにやら大きな誤解をさせてしまったのだが、理由は口が裂けても言えなかった。
「何とお前が言うのか?こんなものを隠していたくせにっ!」
「べ、別に隠してた訳じゃ……あてっあてっ!」
 忘れてたんだよ~
 さんざんぱら殴られて、病院に着き、ギブスを外し、帰りの車の中でも散々殴られ、もう祐馬はぐうの音も出ないほどだった。
 うちに帰り着いて、少しは気が晴れたような戸浪であったが、その後かかってきた電話で又噴火した。
 こっちはもう、一日では鎮火出来ないほどのものだった。
「きっきっきっ……貴様という奴はっ……」
 もう、戸浪は怒りで倒れるんじゃないかと言うくらいの激怒の仕方だった。
「……え?どしたの?誰から電話?」
「おっ、弟の大地だっ!貴様先週、弟の家に何をしに行ったんだ?ん~?」
 ぺしぺしと頬を叩かれてようやく何に戸浪が怒っているのかが分かった。
「あっ!はははは。うそおん……反則だよ……大地君……」
 まさかバラされるとは思わなかったのだ。
 澤村兄弟とっても仲がいい。
 じゃなくて……
「おのれというやつは~何処までも恥ずかしい男だなっ!余程私に半殺しにされたいようだな……」
 ずいっと近づかれて、祐馬は慌てて逃げ出した。こんな戸浪を相手にしたら、本当に半殺しにされてしまう。いや入院ものだ。
「待てっ!何処に逃げるんだっ!」
 と言われて待つわけなど無かった。
 祐馬はトイレに逃げ込むと、速攻鍵をかけた。膝も治った戸浪は全開だ。こんな状態で表に出るわけには行かなかった。
 バンバンとトイレの扉を叩かれ、あ~んど、戸浪からの罵声にも耐えながら祐馬は溜息を付いた。
 俺……これでまた思いっきりお預けされんだよな……
 当分復活できそうにない祐馬だった。

―完―
タイトル次頁

このストーリーは途中から大地視点へと分岐致します。

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