Angel Sugar

第6夜 「戸浪のお誘いマスターへの道―後編―」 (殿堂入り記念)

タイトル
「誘ってくれるんだろ……その……色っぽく誘ってよ……」
 チラと戸浪の方を見ると、祐馬はもじもじと俯いた。
 ……
 お前がもじもじするな……
 私が、もじもじしたいっ!
 いや……
 その……
 誘うと一概に言ってもだな……
 慣れているわけでは無いんだ……
「……もう……良い」
 戸浪が眉間に皺を寄せ、また布団にもぐろうとすると今度は祐馬が引き留めた。
「狡いよ。戸浪ちゃんがその気にさせたんだぞ。なのにそうやって何時も途中で止めるのってすっげー残酷だと思わないか?」
 祐馬は珍しくご立腹だった。
「……お前が無理なことを言うからだ」
 この私に誘えだと?
 お前がムードを作れないのがそもそもの間違いなんだろうが……
 ムカムカしながら戸浪は、自分が最初誘おうなどと考えたこと等すっかり忘れて、ジロリと祐馬を睨んだ。
「……なっ……だ……だって、戸浪ちゃんが言ったんだろっ!誘ってるって……なんで戸浪ちゃんが怒るんだよ~。俺が寝ようとしてたの、起こしたの戸浪ちゃんじゃないか……」
 こちらの怒りが分かったのか、祐馬はあわあわと言い訳をする。
「……まあ……考えるとそうだが……」
 そういえば先に言いだしたのは自分だとようやく思い出した戸浪は、こほんとせき払いをした。
「……う~も~そんな難しいことじゃないと思うけど……。ほら、あのテレビのドラマでもやってたし……ああいうの見て……似たようなことしてみるとかさあ……あっ!別にまんまじゃなくても良いんだ……その……」
 両手を振って祐馬は言ったが、どうも先程見た二時間ドラマの女性に余程入れ込んでいるようだった。
「私はすけすけネグリジェなど持ってないっ!」
「誰もそんなの着てって言ってないだろ~。んも~戸浪ちゃんってどうしてそうぶっ飛んだこと言うんだよ……。俺、逆にすけすけネグリジェ着て出迎えられた方が恐いって……」
 本当に嫌そうに祐馬は言った。
「どうして気に入らないんだっ!」
 戸浪は自分が無茶苦茶な言いがかりをつけていることに気が付いていない。だが祐馬が言うことなす事、むかつくのだから仕方がないのだ。
「どうしてって……別に良いけどさあ……戸浪ちゃんが着たいって言うんだったら……」
 怪訝な顔で祐馬は言った。
 はっ……
 違う……
 私がネグリジェを着る話はどうでもいいんだ……
 ああもう……
 どうしたって言うんだ……
 髪を掻きあげ、深呼吸をすると戸浪は言った。
「私は……お前を気持ちよくしたいんだっ!」
 ……
 あ、なんだか言葉尻が違ったような気が……
 戸浪は言ってから日本語がおかしいと気が付いたが、目の前に座り込んでいた祐馬の顔が真っ赤になっていた。
 何を……
 想像したんだろうか?
 私は……お前と気持ちよくなりたいんだと言いたかったんだが……
 ……
 う~ん……
 似ているし、大体同じ意味だから、構わないか……
「戸浪ちゃん……その……良いよ……」
 耳まで赤くし、カクカクとした声で祐馬は言い、何故かいそいそとパジャマのズボンを脱いでいた。
 なんだかムードは無いが……
 仕方ないか……
 思いながらも久しぶりに肌を合わせられるという高揚した気持ちに戸浪はなっていた。そうして自分もそろそろと上着を脱いだのは良いのだが、祐馬の方は何を思ったのか、パジャマのズボンを脱ぐと下着も脱いだ。
 すると立派な祐馬のモノが目に入る。
 普通、下から脱ぐか?
 もう少し羞恥心が欲しいんだが……
 というより、羞恥心が無くなるほど私達はこういうことに慣れていない筈なんだが……
 いや……
 そんなことを言ってたら何時までも出来ない……
 とりあえず、良いことにしよう。
 戸浪は自分も上着を脱ぎ去り、下をどうしようか考えたのだが、祐馬のようにあからさまに脱ぐことが出来ず、そのまま祐馬に近寄った。
「祐馬……」
 下半身だけを露わにした祐馬の姿がとてもエロティックに見え、実はこれも祐馬の思惑なのかもしれないと思った。
「戸浪ちゃんど~ぞ……」
 ……?
 どうぞって何が?
 チラリと祐馬の表情を見ると、満面の笑みを浮かべている。その下に視線を落とすと、祐馬は自分のナニを掴んでおったてていた。
「……なんだそのポーズは……」
 じーっと祐馬のモノを眺めながら戸浪は言った。
「……え?気持ちよくしてくれるって言ったじゃんか……」
 慌てて祐馬はそう言った。
「……気持ちよくって……だから?」
 戸浪には祐馬が求めていることが分からなかった。
「……俺の舐めて気持ちよくしてくれるって事じゃないのか?」
 思わずこちらの身体が固まりそうなことを言った祐馬に、戸浪は枕元に置いたアイスノンを素早く取ると、祐馬のモノに押しつけた。
「ぎゃああああっ!つめっ!つめてえええええっ!」
「なあにが、舐めてっだっ!この大馬鹿者がーーーーー!」
 グリグリとアイスノンを押さえつけ、戸浪は頭に血を昇らせていた。
「戸浪ちゃんが誤解するようなこと言うからだろっ!」
 アイスノンを奪った祐馬はそれを床に投げつけてそう言った。
「私は舐めてやろうなどと言ってないだろうっ!」
 もう青筋まで立てそうな勢いで戸浪は怒鳴った。
「あ~そ、あーーーーもーーーいいよっ!俺……マジむかついてきた。何だよ……その気にさせて、そんなんないって……。はあもう……一人で期待していた、俺ってすんげー馬鹿じゃんか……」
 祐馬は悪態を付きながらすごすご下着を身につけ、ズボンを履いた。
「お前がそう言うことをするからだっ!」
 戸浪が言うと祐馬は目の端に涙をうっすら溜めていた。
 ……
 怒鳴りすぎたか?
「俺……もう寝る」
 ごそごそと本気で怒った祐馬は毛布に頭まで潜り込ませた。
「……祐馬?」
 窺うように声を掛けたが祐馬からの返事はなかった。
 ちょっとやりすぎたか?
 アイスノンはまずかったか?
 確かに冷たそうだな……
 ベッドにぽつんと座り込み、戸浪はまた髪を掻きあげた。
 なんだか祐馬はかなり怒ってるような気がする。
 いや……
 ああいうことを突然言う祐馬が悪いんだ。
 とはいえ、最初言い間違えたのは戸浪の方だった。よくよく考えると、確かに誤解しそうな言葉を言ったような気がしてきた。いや、言ったのだろう。
「……悪かった」
 戸浪が小さな声でそう言ったが、やはり返事はなかった。
「……祐馬って……」
 毛布の中にくるまっている身体を、上からユサユサと揺らしたが、祐馬は顔すら出さなかった。
 ムカッ……
 私が悪いのか?
 ……
 悪いんだな……
 そうだな……
 怒りすぎたんだな……
 戸浪は自分の脱いだ上着を掴み、それを着直すとボタンを留めて自分も毛布に潜り込んだ。
 ……ああもう……
 どうして私は何時もこうなんだ……
 肩を落としながら戸浪は考えた。何故か喧嘩腰になってしまう自分のこの性格がとても気に入らないのだ。しかも他ではこんな事はない。腹が立つことを言われても表情にすら出さないのだ。
 それが祐馬相手だとこんな事になってしまう。
 年下相手だからと言う訳ではない。ただ単に、戸浪独特の照れ隠しなのだ。もちろん「いや~ん」という言葉が似合う男か、女であれば良かったのだが、戸浪にそんな言葉は似合わない。
 ……
 可愛げが無い……
 分かっている…… 
 可愛げのある男が誘いを掛けたらさぞかし似合うだろう。だが自分をどう評価してもそのような言葉をが似合う男には見えないのだ。
 だから誘うという言葉自体に戸浪は躊躇してしまう。  
 別にプライドが高く、腰を低く出来ないわけではない。ただただ戸浪は恥ずかしいのだ。特にそれはセックスという、恋人達の秘め事に関する事に対し、顕著に現れる。
 ……ああもう……
 折角その気になってくれたのに……
 怒鳴りながらも、戸浪はそんな自分が嫌だった。祐馬に対して言葉を投げつけてしまう自分がいつだって情けないと思う。
 だが情けない、何とかしたいと思う以上に恥ずかしいのだから仕方ない。
 まだ祐馬が押しが強い性格で、何を言おうとこちらをそのままベッドに押さえつけてくるような男であれば良かったのだろうが、優しい祐馬にはそれは出来ない。
 ……
 うう……
 私の性格は分かっているはずだろうっ!
 だが、それも的外れなのは戸浪にも分かっていた。祐馬の優しさに何度戸浪は助けて貰ったか分からないのだ。
 逆に言えば、祐馬だからこうやって一緒に暮らせるのだろう。
 駄目だ……
 ここで私がこんな風に意地を張ったら……
 素直に祐馬に寄り添ってだな……
 思いながら、戸浪はそろそろと祐馬の背中にピタリと身体をくっつけた。すると祐馬は戸浪の行動に気が付いたのか、折角くっつけたはずの身体を離した。
 ……
 怒ってるんだな……
 ったく……
 戸浪は今度は怒ることなく、もう一度祐馬に擦り寄った。だがその度に身体を離された。
 私は努力をしているぞ。
 ちがうか?
 ムカムカしながら戸浪はそれでもなんとか腹立たしい気持ちを抑え、祐馬に何度目か分からない擦りよりを敢行した。
 ドサッ……!
 あまりにも端まで移動した祐馬は毛布と一緒に床に転がった。
「あいたっ!」
 毛布にくるまった祐馬は言うが、戸浪は呆れただけだ。
 じっと床に転がった祐馬を見ていると、毛布を持ったまますっくと立ち上がり、ぐるりと、ベッド脇を廻ると、逆の方から戻り、そこで丸くなった。それは元々戸浪が横になっていた場所だ。
 ……
「祐馬……わ……悪かった」
 絞り出すように戸浪は言った。だが毛布の塊はピクとも動かない。
「……祐馬……怒らないでくれ……その……私が悪かったんだ。ほら、私が……こう……上手くそう言うことが出来ないのは知っているだろう?……あの……どうも……誘うということが照れくさくて……ああ……上手く言えないんだが……」
 恥ずかしいのだが、言わなくてはならない時と場合がある。それが今だと戸浪は思ったのだ。
 どれだけ恥ずかしくても、祐馬にはきちんと言わなければ、このまま誤解は続くに違いない。
 それは戸浪も望まなかった。
「……」
 だがやはり祐馬は無言だった。
「……祐馬……本当に……その……立派に誘ってみたいんだが……経験も……ほら……な?」
 かああっと一人で顔を赤らめ、戸浪は言った。
「戸浪ちゃんって……俺のこと実は嫌いなんだろ……」
 ぼそりと祐馬はそう言った。
「すっ……好きだ。上手く……言えないが……何時も……祐馬には感謝してる……」
 手をあちこち彷徨わせて戸浪は言った。祐馬が毛布に潜り込んでいるために顔は隠れている。だからこそ言える言葉だった。
「ほんとか?」
「……ああ。祐馬が……好きだよ……」
 ようやく戸浪はそう言って息を吸ったり吐いたりを繰り返した。
「……俺も……戸浪ちゃんが……好きだよ……」
 やはりボソボソとそう言った。
 なんだか……
 可愛いかもしれない……
 戸浪はそんなことを考えて、また毛布にくるまっている祐馬に近寄った。だがまた逃げられるのは困るので、毛布の端をしっかり掴んで言った。
「祐馬……機嫌を直してくれ……私が悪いんだから……」
 突然近くで声がしたことに驚いたのか、祐馬は毛布から顔を出した。目は驚いて見開かれている。
 なにを驚いてるんだ……
「戸浪ちゃん……すげえ変だ……」
 ムッ……
 駄目だ……
 ここで怒鳴るからいつも駄目なんだ……
 戸浪は必死に怒鳴りたい気持ちを抑えた。
「別に……変じゃない。私だって……たまにはその……」
 言いながら自分の言葉に顔の温度が上がるのが分かった。
 は……
 恥ずかしいぞ……っ!
「……んなあ……俺……考えたんだけど……」
「ああ……」
「もしかして、あの二時間ドラマに煽られちゃった?」
 ……
 何故……
 何故、康子に私は煽られなければならないんだっ!
 ああもううう……
 怒鳴りたくてたまらないっ!
 だが戸浪は何とかそこでも耐えた。
 今夜は祐馬を誘ってエッチに雪崩れ込むのだと決めていたからだ。
 そうだ……
 誘うんだっ!
「私は……ドラマを見て煽られたわけじゃない。ただ……一度くらいは……その……私が誘って……何というか……」
 もごもごと言うと祐馬は嬉しそうな顔をこちらに向けた。
 ……ほっ……
 なんとか分かってくれたんだろうか?
「うん。温泉良いよな……。俺もああいう所に旅行が行きたい。だってなあ……戸浪ちゃんって、色々あって、旅行行きたがらなかったからな……俺は何時だって戸浪ちゃんと二人で旅行に行きたいと思ってた」
 えへへと急に機嫌を直した祐馬がそういって足をばたつかせた。
 違う……
 何かが間違っている……
 だが……
 どうも、故意に私の言葉をねじ曲げて解釈していないか?
 戸浪は祐馬の言動に不信感を持った。だが当の本人は引きつった笑いをこちらに向けている。それが明らかに不自然である。
「旅行じゃない。あんなもの……誰が行くか!」
 ややこちらも顔を引きつらせてそう言うと、また祐馬は毛布に潜り込もうとしたが、その頭を掴んだ戸浪は無理矢理毛布から身体を引っ張り出した。
「あちっ……あいたたたたたた。なっ……何するんだよっ!」
 と言った祐馬は股間を押さえている。
「なんだ……何をかくしているんだっ!見せろっ!」
 ぐいぐいと祐馬の腕を掴んで隠している部分から引き剥がした。すると、ズボンの中で祐馬のモノが勃ちあがっているのが分かるように、股間が盛り上がっていた。
 ……
 こいつ……
 実は一人で興奮していたんじゃないかっ!
「……ええっと……アイスノン無しな?」
 窺うように祐馬はそう言った。
「私は最初お前を誘うと言ったっ!」
 言ったぞ……
 言ったあああ……
 戸浪は既に頭がパニック状態だった。したことのない誘いをしようと決めたのがそもそもの間違いだろう。
「……嬉しかったけどさあ……なんか戸浪ちゃん、その度に沈思黙考するんだもんなあ……なんか企んでるんじゃないかと思うだろ……」
 祐馬はまた股間を隠してそう言った。
「何がチン○モッコリだーーーー!それはお前だろうがっ!」
「とっ……戸浪ちゃんっ!ち、違うよっ!俺、俺が言ったのは沈思黙考……」
 慌てて祐馬は戸浪を押さえ付けてそう言った。
「は?」
 私は……
 一体どういう間違いをしたんだ?
「チン○モッコリじゃなくて沈思黙考……もう……なに言ってるんだよ……」
 苦笑して祐馬はそう言ったが、戸浪は自分の聞き間違いのあまりのすさまじさに穴があったら入りたい気分に陥った。
「……あ……あ、そ、そうか……。お前が突然小難しい言葉を使うから……」
 言葉を濁しながら戸浪は言った。
「あのさあ、俺……思ったんだけど……俺達ってこういうの似合わないよな?俺はムード作るの下手だし、戸浪ちゃんは……その……」
 言いにくそうに祐馬は言う。
「そうだ。誘うのが下手だっ!」
「そ、そんな睨まないでって……だからさあ、合図決めようよ。リビングでもいいから、お互いそう言う気分になったら分かる合図を置くんだ」
 祐馬は嬉しそうにそう言った。
「合図……か?」
「うん。ほら、例えばぬいぐるみと旗を買って、ぬいぐるみが旗を持っていたら、その日はどっちかがやりたいって思ってるってことで……やる日って決めるの。旗は俺でも戸浪ちゃんでも、持たせて良いって事で……お互い見えないところでそっと、旗突き刺す方が楽だし……」
 なんだそれは……
 と、思いながらも戸浪はその方が良いような気がしてきた。
「……ま……そ……そういう方法もあるな……」
「うん。そうしようよ。俺明日会社帰りに買ってくるから……」
 ニコニコとした顔で祐馬は言った。
「……そうだな……そうするか……」
 意外に戸浪も賛成だった。
「じゃあさ、そろそろ寝ようか?いくらなんでも、もう三時だし……」
 苦笑しながら祐馬は言った。それに促されるように室内時計を見ると、確かに三時を指していた。
 一体私は何時間こんな馬鹿げたことをやっていたんだ??
 そんな気持がふっと起こったが、確かに今からでは遅すぎる。
「……ああ……分かった。寝ようか……。疲れた……」
 はあと溜息を付いて戸浪は言った。
 この騒動で、先程まであれ程抱き合いたいと思っていた気持ちは何処かに飛んでいたのだ。
 結局人間は自分に出来ないことをしようとすると、無理が出るんだ……
 無理は禁物だ……
 私は私であればいいんだから……
 と、戸浪は考えながら眠りについた。

 翌日、リビングのキャビネットに旗を持つことが出来るクマのぬいぐるみが鎮座することになる。

―完―
タイトル

いやあ……今後このクマのぬいぐるみでも遊べるなあ~なんて思っている私は酷い奴かもしれない……うふふふ。さて~ちゃんと旗が立てられるのか謎。まあ……戸浪にはお誘いなど難しかったということですね。仕方ないよ。逆にできたら恐いかもしれない……う~ん……。しかしおったてた祐馬は後どうしたんだろう……まあいいか。これこそ想像に任せるという奴ですね(おい)。

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