第3夜 「幾浦(実は)観察エロ?報告」 (殿堂入り記念)
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タイトル
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今、トシは一本のビデオを持って、怪訝な表情で黒光りするテープを眺めていた。本日は珍しく休みで、朝から幾浦のマンションに出かけようとしていたのだが、リーチがスリープする前に意味深に笑いながら言った事が理由だ。
『テレビの下に入れてあるビデオを見てから行けよ。お前の為になるものだから絶対見るんだぜ』
どうせくだらないものだと思いつつ、やはり気になるのはトシの為になるものだと言う言葉だった。
本当なのかなあ……
テレビの前で座り込んだまま黒いビデオを裏返してみたり表を見たりするのだが、内容までは分からない。貼られた背表紙は「トシのお勉強ビデオ」と、書かれているだけ。
どうしようかなあ……
ちらりと時間を確認すると、ようやく九時を回ったところだった。幾浦の方は昼から半休を取って帰ってくる予定になっていたので、今からだとまだ早いだろう。
どうしよ……
どうしようか……
何度も時計を見て、ビデオを見る。
そうして辺りを見回し、当然なのだが、誰もいない事を確認する。
さわりだけ見て、またからかわれたと思ったらビデオを巻き戻し、見なかったことにすればいいのだ。
そうすればリーチにからかわれることも無いだろう。
トシはそう決めて、持っていたビデオをデッキにセットした。
貴方のセックスライフは大丈夫?
はあああ?
いきなりの問いかけにトシは目を点にさせた。
長年同じ相手とセックスをするとやはり飽きが来ます。そこで貴方に耳寄りな情報をお届けします。
……
耳よりって……
何?
あの……
これって……
こんなの深夜番組でやっていいの?
そわそわしながらも、トシは画面に釘付けだ。
まず、貴方は相手の性感帯をきちんと把握していますか?
せ……
性感帯って……
えーと……
恭眞の?
う~んと……
し、知らないけど……
知っておかなくちゃ駄目なのかな……
今度はモジモジして何故か両足を抱えて座った。
これはとても重要なことです。きちんと把握し、相手を充分に悦ばせてやることが長く続けられる秘訣といえるでしょう。
秘訣……
うん。
僕は恭眞とずっとつき合っていきたいよ。
じゃあ……
脱マグロしなきゃ駄目って事だよね。
だって僕は……
その……
悦ばせるって下手だし……
分からないし……
誰も教えてくれないし……
トシが色々と考え込んでいると。画面に、怪しげな人体の模型が出てきた。
その模型には赤い斑点がいくつも印され、場所によると、オレンジ色に塗られていた。他に青い線が引かれている。
なにこれ?
人間地図?
目を見開いてトシは半分口を開いたまま驚いていた。こんなものがあるなど初めて知ったのだ。
この赤い印は特に感じる部分を指しています。そしてこのオレンジ色に塗られた部分が敏感な部分。それに重なるように青い線で示されているのは性感帯の並ぶ場所です。これをしっかりと覚えておきましょう。
しっかり覚えておくんだね。
うん。
僕、覚えるよ。
飽きさせない僕に変身するんだ。
トシはやる気満々で目を閉じることをせず、画面に集中した。
赤いのが特に感じる所だね。
うん。
オレンジ色に塗ってあるのが敏感な部分。
覚えたぞ。
それから……
青のラインが……
そうして必死に目を凝らしていると、いきなり画面の下にフリーダイヤルの番号が表示された。
こちらの商品をお買いあげのみなさま全員に、このヤン医学博士専修の「セックスとは日々努力」の冊子と、実践ビデオをお付けして、ご奉仕価格49,800円でご提供させていただきます。
すごいもの売ってるんだ。
あ、そうか。
みんなこっそり買って勉強してるって事だよね。
でも……
こういうのって法律に引っかからないのかな?
とはいえ、裸の人間そのものが映し出されている訳ではないので、問題が無いような気がトシにはした。
でもなあ……
ヤン医学博士って聞いたこと無いけど……。
明日警察のデータベースで調べてみようかな……。
トシが色々考えていると、ビデオは終わった。すぐさまそれを巻き戻し、トシは鞄に入れると幾浦のマンションに向かった。
一緒に見て勉強するのだと意気込んでいたのだ。
幾浦宅に着くと、アルが嬉しそうに尻尾を振って走ってきた。
「こんにちは。アル。遊びに来たよ」
言いながらトシは靴を脱ごうとしたのだが、見慣れた幾浦の靴がそろえられておかれているのを見た。
幾浦は帰っているようだ。
「あれ。ご主人様、帰ってきてるの?」
玄関を上がり、隣を歩くアルにトシが言うと、まるでそうだという風に尻尾を振って一声小さく啼いた。
そろそろとリビングに入ると、幾浦はソファーに身体を伸ばし、スーツの上着をだらしなく床に放り投げたまま、眠っていた。
「あ~……寝てる。しかも行儀悪いよ……」
と、言いつつも口元に笑みを浮かべ、トシは床に脱ぎ捨てられたスーツを掴むとハンガーに掛けた。
その間も、幾浦はトシのことなど気付かずに眠っている。
「疲れてるみたいだね」
「くうん……」
床に座り込んでトシとアルが幾浦の顔をじっと見つめているのだが、眠っている男は起きる気配が無い。
昼食でも作って待っていようかと思ったのだが、トシはふと先程見たビデオを思い出して、そろそろと幾浦のシャツの前をはだけた。
性感帯かあ……
じーっと幾浦の胸元を眺めて、記憶した例の人間地図と重ね合わせる。だが、それを知ったからと言ってどうすれば良いのかまでトシには分からない。
う~ん……
性感帯って触ると気持ちがいい場所なんだよね。
多分。
そう言う意味なんだよね、性感帯って。
何処かずれている事にトシは気がつかない。
でもなあ……
最中にそんなこと思い出せないよね。
う~んう~ん……
色々考えて、トシはいい方法を思いついた。抱き合っていても思い出せるように印を付けておけば良いのだ。
油性は不味いから、水性のペンで書いておこうかな。
棚においてあるペン立てからトシは水性のペンをいくつか取り、また幾浦の眠るソファーに戻ってきた。
起きたら困るけど……
説明したら納得してくれるだろうし。
あ、ビデオもちゃんと持ってきたから良いよね。
なあんて、トシは考え、ペンのキャップを取ると、そろそろと幾浦の胸元に例の人間地図を再現しようとした。
胸元にまずそっと円をかく。次にポイントになる箇所を塗りつぶす。その間、幾浦がもぞもぞと動いていたが、起きる様子はなかった。
良かった。
上半身は書けたぞ。
でも……
下半身は……ちょっと無理だよな……
チラリとズボンを眺めてトシはため息をついた。どうせなら全部書いてしまいたいのだが、幾浦のアレを見ながら書くのはかなり照れくさい。しかもポイントはアレに集中しているのだから余計に躊躇いがあった。
上だけでいいか……
再現された地図はカラフルな色合いを見せている。
これ本当に感じる場所なの?
ふと疑問に思ったトシは、ペンにキャップをはめて問題の箇所を突いてみた。すると幾浦の身体がビクンと震える。
わ……
ほんとみたい……
もう一度、今度は別な場所を突いてみる。すると幾浦は小さな声で「う」と、呻いた。
……
なんだか……
変。
笑いそうなのを堪えて、トシは胸の尖りを突いてみた。すると今度は幾浦の目が開いた。
「あっ!」
「あって……あああああっ!なんだこれはっ!」
はだけられた胸元よりも、そこに描かれたものをみて幾浦は腰を抜かす程驚いていた。
「……と……ととととと……トシっ!こ、これは何だ?一体どういう遊びだ?」
胸元とトシを何度も見比べて幾浦はあわてふためいた声で叫ぶ。こんな幾浦も珍しい。よほど驚いたのだろう。だがトシは驚かせるつもりで書いたわけではないのだ。
「……え……その。それさあ、性感帯だって」
トシが真面目な顔で言うと、幾浦は凍り付いたように一瞬身体を固まらせた。
「な……なんだ?一体……お前はリーチにまた何を吹き込まれたんだっ!」
次に真っ赤な顔で怒り出す。
「別に……そう言うんじゃなくて……ほら、性感帯って把握しておかなきゃ駄目だっていうからさあ。ちょっと勉強したんだ」
得意げに言ったつもりなのだが、幾浦はシャツの端で胸元をがしがしと拭い、更に怒鳴った。
「お前が勉強する事じゃないっ!そう言うことはな。私がするもんだっ!トシは気にしなくて良いんだっ!……あっ!」
自分で訳の分からない事を言ってしまったという表情を見せたが、トシにはその理由が分からない。
ただ、何か不味いことをしたのだ。
しかも勉強は幾浦がすることで、トシではなかったようだ。
「……僕は良いの?」
「ああ……そう。そうなんだ。お前は良いんだ」
笑いで誤魔化そうとしているのがトシには分かった。
「ふうん。じゃあ、これ、恭眞にあげる。さっきの性感帯の場所、これにちゃんと入っているから」
持ってきたビデオを、トシは驚きで目を丸くしている幾浦に渡した。
「じゃあ、僕さあ、お昼作ってくるから、その間見てて。だって、それ、恭眞に必要なんでしょう?僕にいらないんだったらあげるよ。ちゃんと見てね」
怪しげなビデオを手渡された幾浦は、半分口を開いたまま、その場を暫く動かなかった。
―完―
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すみません。謎な報告になっています。エロ期待してくださった方大変申し訳ございません。なぜか笑いに走ってしまいました。最初は逆だったのに……なぜ? これが記念になるのかという疑問はそっと心の奥にしまってやってください。と、とりあえず……その。このたびは楽園にて本当にたくさんの票をいただきましてありがとうございます。これからもがんばりますね!! これに関して感想がいただけるのであれば幸いです(汗)。 |