カッパドキアへ。 2000年11月13日(月) |
AtamanHotelから来てくれたバスは、カイセリの街を出ると、 いくつか山を越え、1時間半近く荒野の中をひたすら走る。 あまりにも単調な景色に、すぐにうとうとし始める。 そして、気がついた時には、 所々にキノコの岩を見せる小さな村に入っていた。 <2人>「おお〜!すごい。」 AtamanHotelに着くまでの間、「すごい」を何回言っただろう。 初めてみる、不思議な奇岩地帯。 時間をロスしたので、ホテルに着いたら速攻で荷物を置いて、 近くのギョレメ博物館に行き、残りは明日、朝から回ろうという事に。 午後1時頃、バスがAtamanHotelの前に着いた。 |
AtamanHotelでの 出会い。 2000年11月13日(月)
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<女性マネージャー>「こんにちわ〜。お待ちしてました〜。どうぞ〜」 おお!日本語が話せるようだ。しかも、うまい。 顔は、鈴木蘭々に似てるかな・・?間違いなくトルコ人だ。 彼女の名前はHyatt(ハヤット)、てきぱきと仕事をする気持ちの良い女性だ。 <ハヤット>「一つ、良いお知らせがあります。特別に、普通の値段で スイートをご用意しておきました。」 <2人>「えー!本当に?」 それはありがたい。 スイートに泊まるのなんて初めての事でとても嬉しい。 <ハヤット>「お部屋に案内する前に、少しお話があります。オフィスの 方へ来て下さい。15分くらいかかります。」 オフィスに入るなり、ハヤットは、私達に、半分、怒りながら言った。 <ハヤット>「どうして前の日に、シャトルバスをお願いしなかったのですか。」 <2人>「す、すいません・・・・・・・・」 前もって予約しておけば、わざわざ迎えに来てもらうこともなかった。 1人10US$という、日本円にして二人で2200円のシャトルバスの値段が高い、 と思ったのである。 つまり、バス代をケチろうと思ったのだ。 ・・・でも、そんな事、恥ずかしくて、ハヤットには言えず、 ただただヘラヘラ苦笑いする変な日本人の2人だった。 彼女は、私達の前に、地図を広げ、街の紹介とホテルの説明、 ホテルでツアーも手配できる旨、流暢な日本語で説明し始めた。 改めて地図をみると、見所はいっぱいある。 果たして、これらが私達2人だけで回れるかどうか・・・ 今までの、バスに乗る時のあの悪夢が頭をよぎる・・・・ 今日、今から簡単に食事をして、すぐ半日ツアーに出かけ近場を回り、 明日1日ツアーで少し離れた所を観光する。 彼女が提示したのは、日本語ガイド、昼食も付けて、1日半で 2人250US$(26,000円)。 ・・・・・高い。本当に高い。さて、どうする?? <夫>「そのツアー、お願いしますっ!」 <嫁>「え?・・・本当にいいの?」 <夫>「ここをちゃんと回ってないと後悔する。パムッカレの二の舞は いややからなぁ。ボーナスも出るし、よっしゃ、任しとけ〜!」 ハヤットは、25歳。 このホテルに来て、まだ一週間しか経ってなかった。 ハヤットに何を食べるか聞かれ、パスタとスープを注文。 食事ができるまでホテル内を案内してもらう。 いやっほー!!! スイート、スイート!すごい、すごい。洞窟の部屋。 洞窟のレストランで食べる食事は、埃っぽくていや、と『地球の歩き方』 に書いてあった投稿者がいたが、全然、そんな事は思わなかった。 料理の味もなかなか、美味しかった。 食事が終わると、ロビーに集合。 午後2時15分。ロビーに行くと、 ハヤットが日本語を話せるガイドを呼んでくれていた。 アリ。日本語を上手に話す若い青年。 現在、兵役中で、10日間の休みで、たまたまこの村に帰って来ていた。 そうだ兵役があるんだ。ここは日本とは違う。 兵役は、国民の義務なのである。アリは、1年半の兵役のうちの 3ヶ月を消化し、10日間休んで、また兵役に戻る。 貴重な休みを、私達に付き合ってくれるのだ。 <ハヤット>「私もガイドの助手として、同行します!いいですか〜?」 <夫・嫁>「もちろん!」 <ハヤット>「アリさんのを見て、勉強します!」 さぁ、いよいよ観光に出発。 |
ギョレメ野外博物館 2000年11月13日(月)
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最初に訪れたのは、『ギョレメ野外博物館』。 キリスト教徒が隠れて住んでいたという場所である。 そのため、所々に、教会がある。 「ヘビの教会」「りんごの教会」「「サンダルの教会」が有名。 |