前のページへ 次へ 第4幕 イスタンブール @

出発の朝

2000年11月15日(水)


遅い。イライライライラ・・・・
ホテルの前でバスを待つ。

HotelPerissiaは、プールがついている近代的なホテルだった。
部屋もきれい、レストランもたくさんあって申し分なかった。
しかし、何か物足りなさを私達は感じていた。
ホテルに着くと、レストランに出かける気にもなれず、
かと言ってルームサービスを取る気にもなれず、
まだ夕方の7時というのに、とうとう何も食べず、何も飲まず、
シャワーも浴びず、2人ともそのまま寝てしまった。

翌朝4時過ぎ、寒さで目が覚める。
夫を起こして、布団をかけ、シャワーを浴びて、再び、寝る。

ぎゅるるるる〜。6時、空腹で目が覚める。
そのままチェックアウトできるように支度をして、7時にレストランで朝食を取る。

7時半に空港へのシャトルバスがホテルの前に迎えに来ることになっている。

昨日、ハヤットが、トルコ航空のシャトルバスを1人10US$で手配してくれたのだ。

7時15分。ホテルの前でバスを待つ。
<夫>「あれじゃない?」
<嫁>「違うよー。だって、トルコ航空のバスやってハヤット言うてたやんか。
バスにトルコ航空のロゴマークが入ってるんやないの?」
夫、ウロウロし始める。あのカイセリオトガルの時と同じ。
<出たとこ勝負・嫁>と<心配性・夫>の構図。
<嫁>「もう〜。ちょっと、落ち着いたら??もうすぐ来るって。大丈夫。」
<夫>「絶対やな。」
出ました。だから絶対なんてこの世の中にはないっっちゅうの!

約束の7時半を5分過ぎて、さすがに私も少し不安になってきた。
ウロウロし始める。
すると、予想通りトルコ航空のマークが入ったバスが到着する。
<嫁>「ほらね〜。(得意気。)」
<夫>「ほんまや。でも、よかった。」

<嫁>「うん。」

バスは、3日前にここへ来た時の道を空港へと向かう。
カッパドキアを見渡せる山の頂上で、

「この街に、いつかまた来ることがあるのだろうか」
夫と私、それぞれがいろんな事をしみじみと考えながら、
黙って外の景色に見入っている。
バスは下り坂に入り、山の稜線に隠れて、
次第に、街は見えなくなっていった。

山を越え、荒野の中を1時間半走る。
だんだん眠くなってきた。

ここへ来るときも、迎えに来てもらったバスの中で、
だんだん眠くなってきて、目が覚めたら、あの不思議な奇岩地帯に
到着していた。今度は目が覚めると、空港に到着しているだろう。
この3日間の事が、あの時の、居眠りから始まった夢だったのかも知れない。

そんな事を考えながら、ウトウトしているうちに空港に着いた。
空港でチェックインを済ませ、搭乗までの間、

カフェで、私はネスカフェ(普通のコーヒー)、夫はトルココーヒを飲み、
夫の実家に出す絵ハガキを書く。
"2人ともお腹も壊さず、ケンカもせず、仲良く旅を続けています・・・・・"
<嫁>「そう言えば、ケンカしてないね。」
<夫>「そうやなぁ。」

・・夫のヒゲが少し伸びてきた。
もみ上げからあご、鼻の下、口の周り一体に伸ばしていたヒゲが

少しむさ苦しくなってきて、「変なおじさん」みたいになっていたので、
<嫁>「鼻の下だけにしたら?」
と言ってみた。
鼻の下だけにしてもらったら、思っていた以上に似合っていて、
<嫁>「似合うやん、似合うやん。」
を連発していた。
私は、実はヒゲ好きである。
自分の写真にヒゲを合成してみた事もある。
それが結構似合って男前になった。
自分の顔が、男顔だということにこの時気がついた。
夫も男前になった、と思う。

会社が大丈夫なら、ずっとこのままでいて欲しいなぁと思った。
イスタンブール

2000年11月15日(水)

朝11時過ぎ、イスタンブール・アタチュルク国際空港に到着した。
乗り継ぎなんかで、この空港に来るのは既に4回目だ。

前回は、夜遅く到着したのと、目的地が空港近くのホテルだったのとで、
タクシーで移動したが、今回は、ハバシュというリムジンバスを利用する
事にした。本では、1人1,000,000TL(160円)と書いてあったが、
実際は、2人で3,5000,000TL(550円)だった。

空港から、イスタンブールの、いわば新宿アルタ前に相当する
タクシム広場まで、約20分。
バスを降りて、今日から泊まる事になっているHotelPeraPalasを
目指して歩き出した。
早めにチェックインし、荷物を預けて、今日は、観光はせず、
街をブラブラしようという事になったのだ。

イスタンブールの坂道はきつい。
交通量の多い、歩道が狭く歩きにくい坂道を大きな荷物を背負って歩く。
たしか、タクシム広場から徒歩15分、と書いてあったが
異常気象で暑いのと歩きにくいのと荷物が重いのとで、
休みたい、と思っていたところに、「有曇也」という看板。

<嫁>「う・ど・ん・や・・・??うどん屋!うどん屋!うどん!うどん!
食べていこ!食べていこ!」
入り口のメニューを見てみる。日本語。・・間違いない。中に入る。
<店員>「いらっしゃいませ〜」
おお〜!日本語やん。
夫がトイレに行っている間に、注文をする。
<嫁>「メルハバ!冷やしざるうどん、ツー。」
<トルコ人の店員>「ヒヤシザルウドン、フタツ、デスネ?」
<嫁>「Evet(はい).」
<トルコ人の店員>「ナニカ ノミマスカ?」
<嫁>「No、Thank you.」
・・・・・・って、言ったけどさー、確かに、言ったけどさー、
水もお茶も出んって、どーゆー事よっ!!!
日本の心が分かっちゃいないねー
まだまだよ、あんたたち。
でも、おうどんは、久々で、美味しかった。
Hotel Pera Palas

2000年11月15日(水)


408号室から


エレベーターボーイの
お兄ちゃんに撮ってもらった。


ホテルの廊下

うどんを食べて少し元気になり、またホテルに向かって歩き出した。
15分くらい歩いて、ヨーロピアン調(当たり前か!)の
古いが雰囲気のあるホテルが見えてきた。
<夫>「ここかぁ〜・・」
<嫁>「いいねぇ〜いいねぇ〜」
今日、明日、ここで2泊することになっている。

正午過ぎ、チェックイン。
ホテルのマネージャーらしき人がチェックインの手続きをしてくれた。
そして、パンフレットを私達に渡しながら、英語でものすごい早口で、
リズミカルに、身振り手振りで、イスタンブールの観光ツアーについて説明をした。
<マネージャー>「・・・・OK?」
<夫>「OK.!」
と夫が言うと、カウンターの隅にあったベルをチーンと鳴らした。
さぁ!お客さんですよ!案内して〜!チーン!
という意味なのかなぁ・・・

エレベーターホールに行く。
これが噂の手動式のエレベーターか・・・
雰囲気があっていい感じ。
エレベーターボーイのお兄ちゃんが、荷物を持って、
部屋に運んでくれた。

部屋は408。
少し、狭いような気もするが、なかなかいい部屋。眺めもいい。
<夫>「着替えて、少し休んだら、出かけよう。」
<嫁>「うん、そうしよう。」

このホテルは、

1892年にオリエント急行の乗客の為に作られた老舗ホテルで、
作家アガサ・クリスティが執筆に使用した部屋(411号室)は、
当時のまま残されている。
私達が、AtamanHotelの次に、どうしても泊まりたかったホテルである。

 
アガサ・クリスティの部屋