22. 雨上がる
「あの、列車1本遅らせます。はい、10:51の便に合わせて。いいですか?ええ、スミマセン……」
ついでに支払いを済ませ、もう一度部屋へ戻った。
まだ敷いたままの布団に、ゴロリと横になる。身体が鉛のように重く、関節にも力が入らない。一度寝転ぶと、もう起き上がるのがかなり億劫だ。
(ダメだ……。あんまり快復してないな……)
開け放った障子の向こうには、灰色の霞が一面に広がっている。雨はまだ相当強く降っていた。
駅からまた歩き続けるのなら、何もわざわざ列車の時刻に合わせて出発する必要はない。だが今朝起きた時点で、この雨と、そして体調もあまり芳しくないことから、歩くという意志がすっかり萎えていた。
明らかに、休養が必要なのだ。昨夜も2:30、5:30、6:00、と三度も目が覚めてしまった。その都度、耐え難い悪夢にうなされていたような……。ハッと我に返ると、空気が真冬のように冷たく、浴衣のはだけた肌に水のような汗をかいていた。
駅に着いたら……。今日は一歩も歩かずに、列車で甲府まで出てしまおうか?適当な宿に泊まって、十分に身体と天気の快復を待って、それから戻ってくればいい。一日でも休むのは勿体ないが、ここで体調を大崩ししてしまったらそれこそ取り返しがつかない。もし本格的に風邪をこじらせてしまったら……。いざとなれば東京まで列車で戻っても大した金額じゃないが……。
いや!そんなモンダイじゃない。そんなこと考えなくていい。
とにかく、ちょっとでも目を閉じて休んでおかなきゃ……
駅へ送ってもらう車中で、連泊している職人さんの宿賃はいくら位なのか聞いてみた。仕事での長期滞在はたいてい会社からの買い上げ手当てで支払われるそうだが、一般客の8割程度と思ったほど安くはない。井伏鱒二や太宰治にとっても、長い投宿はやはり贅沢だったのだろうか?ただし、今は1人客での連泊は難しいとのことだった。
富士見駅で女将さんに礼を言って別れ、待合室へザックを運ぶ。中央にストーブが焚かれていて、室内はムワリと暖かい。ここらあたりも、特に雨の日はまだ真冬のような寒さだ。
列車の時刻を確かめに券売機のところへ行こうとして、ふと足が止まった。空が……、明るくなってるんじゃないか?
外へ出てみると、まだ雨は止んでいない。しかし朝のような大粒の雨ではなくなった。風も弱まり、上空を無数のちぎれ雲がゆっくり流れている。……天気の回復が、思ったより早い。
時計を見ると、10:41。次の甲府行きは10:51で、その次は12:00過ぎ。約1時間間隔である。
(……1本やり過ごして、次の信濃境駅まで歩けないかな?)
頭の中で呟いてから、自分でもハッと驚いた。さっきまでと全然違うことを考えてる。
今日は完全休養日にした方がいいんじゃないのか?風邪の前兆なら、駅の近くにいる限りまだなんとかなるが、ここからは人家もほとんどない高原の野道が続く。電話もないし、車だってほとんど通らない……。
どうする?だが、迷っている時間はない。もう列車が来てしまう。
ぼくはもう一度外に出て、灰色の空を見上げた。
(吉と出るか、凶と出るか……!)
ひと思いに気合いを入れ、置いてあったザックに雨よけカバーをかけ直し、傘を取り出して開く。切符を買うために握っていた小銭も、ポケットに放り込んだ。不思議と身体に力が戻り、新鮮な活力の勢いを感じる。
行くと決めれば、もう列車が入線するところも見たくない。ぼくは駅前の地図で、もう一度地道のルートを頭に叩き込み、そのまま後は振り返らずに歩き出した。
(さっきの交差点、やっぱり右だったかな……)
道は、ますます寂しい谷に沿って続いている。おまけに緩やかな登り坂で、遙か前方は霧と林に遮られてよく見えない。少なくとも、明らかに旧道のルートではなかった。
地図で見ても、何処を歩いているのか細かくは確認できない。しかも何故か地図の距離表示が縮尺とズレていて、書いてある距離よりも実際にはずっと長い道程のような気がする。単に疲労と雨のせいで、そう感じるだけなのだろうか?
とはいえ思い切って歩き出してみると、身体は朝心配していたほどグロッキーな状態ではなかった。傘を持つ手先は凍えるほど冷たいが、適度に湿った冷気がスッと鼻を抜けて気持ちいい。
いずれにせよもうこの山道へ入ってしまったのだから、次の町まではとにかく歩くしかないのだ。それ以外に選択肢はない。そう覚悟が定まると、余計な迷いも吹っ切れて無意識に淡々と足が運んだ。
長い坂を登り切り、やがて広大な高原の農場に出た。見渡す限りの畑と牧草地に、処々境界線を示す松林が整然と植わっている。
どうやら、八ヶ岳中腹のルートに逸れてしまったらしい。開けた視界の先には、まだ雪を残した南アルプス連峰がガスの中に見え隠れしている。ちょうど水準点標識があり、ここが標高1000mであることが分かった。どうりで寒いはずだ。
それにしても、壮大なパノラマ……。自分の吐いた白い息の行方を目で追いながら、しばし立ちつくす。
いつの間にか、傘が要らないくらいに雨が収まっていた。
改めて地図で確認すると、ルートが北寄りに逸れたため、信濃境駅は既に逆方向になっている。迂回しようと思えば行けるのだが、早々に列車に乗る考えが薄れてきた以上、無理に立ち寄る必要はない。
途中信濃境へ向かう道との分岐点で、バス停脇に東屋を見つけて荷物を降ろした。雨の日はこうして荷物を下ろせる場所が少ないため、こういった休憩ポイントは貴重だ。
とそこへ、向こうから口にマスクをした甚兵衛姿のお爺さんがやって来た。
(多分、話しかけてくるだろうな……)
ぼくはまだ休んで間もなかったが、徐にザックを背負い直し、軽い会釈をしただけでお爺さんと入れ違いにそこから出てしまった。お爺さんはマスクの向こうで、何か小さく口ごもっていたような気がする。しかし振り返らず、足早に遠ざかった。
しばらく……。歩きながらさっきのその場面が脳裏に焼き付いて離れない。話す気力がなかった、風邪を引いているようなので移されるのが怖かった、ただ気恥ずかしかった……。次々と言い訳が浮かぶものの、しこりのような後味の悪さは消えない。
(今までさんざん、都合良く人の好意に甘えてきたくせに……)
自己嫌悪で悲しくなった。
だが辛い気持ちのときは、なおさら立ち止まらない方がいい。歩き続けていれば、痛みも早く和らぐだろう。
幸いこの白い霧は、シンと心を鎮めてくれる……。
……ホントに、都合のいいヤツだな。
思わず舌打ちしたとき、不意に頭上を鳥が飛び去った。真っ白な空を一直線によぎる、真っ黒なカラス……。
不思議にそれは、とても美しい鳥に見えた。
14:00、ようやく小渕沢駅着。大きく迂回して、ペースもゆっくりだったが、結果的には4時間近く歩き詰めだったことになる。
しかし心配した体調のことも、歩いている間はほとんど忘れていられた。それより今は、とにかくハラが減ってしょうがない。
駅前には小さな商店が並んでいるものの、飲食店は軽食喫茶風のが1軒だけだ。しかもガラス窓越しに見ると、店内はハイカーらしき中年客で一杯になっている。
ぼくは角をひとつ曲がり、適当にそれらしい店を探して歩いた。一歩入っただけで、観光客はおろか住民の往来もほとんどない路地……。
その奥に、小さな白い洋食店があった。ただ、開いているかどうか遠目には分からない。近づいてみても、ドアの表に小さなメニューを張ってあるだけで、なんとも静かな佇まいだ。カーテンが邪魔で窓からも中が見えない。仕方なしに恐る恐るドアを押してみた。
「……いらっしゃいませ」
驚いたことに、店内は外から想像もつかないほどお洒落に整えられていた。白塗りの壁、板張りの床、7台の二人掛けテーブル、薄桃色のテーブルクロス、ひとつひとつに小さな水差し、窓際に飾られたたくさんの造花、そして店内にはボサノバ……。客はスーツを着た若い男が一人だけ。奥の厨房から顔を覗かせた声の主は、白い帽子を被った小柄なシェフだった。
メニューを見ると、割合いい値段の上等な洋食が並んでいる。ぼくが注文できるのはせいぜいカレーくらいだったが、その横に小さく「シェフこだわりの3日間煮込んだカレー」と付記してあるのを見て、ちょっと楽しみになった。
料理を待つ間レースのカーテン越しに窓外をボンヤリ眺めていると、外の田舎道がちょと洒落た裏通りに思えてくる。不意に白い傘を差した女性が通りかかり、写真を撮ろうとしたが間に合わなかった。
「はい、どうぞ。ちょっと辛いからね」
期待のチキンカレーは、市販のカレールーの箱でしか見たことのないような、ライスとカレーが別々になった上品な形で現れた。シェフはもう一度「ちょっと辛いからね」と繰り返しながら、コップ一杯に水を注いでくれる。短い円筒形の帽子を少し斜めに被ったシェフの顔をチラリと見て、この人は昔魚屋さんだったんじゃないかな?と、自分でもよく分からない想像を膨らませたりした。
「オオッ……!」
晴れてる!
店を出た途端、まぶしい光に一瞬声が出てしまった。
アスファルト道に降り注ぐ白い光線が、濡れた路面に乱反射している。空もさっきまでとうって変わって、抜けるような青空だ。そして散り散りにちぎれた雲が、一方向へ向かって次々と飛び去っていた。
まさに、一瞬の好転劇。
(……今朝起きたとき、当然の如く今日は休養日だと断じていた。
にもかかわらず、歩き始めた。
歩くべきか、列車に乗るべきか、迷う時間の間にも、こうしてちょっとでも先へと進んでいる。
距離のモンダイじゃない。
ただ、歩くしかないじゃないか。
歩かずに考えていても、何も変わらないじゃないか。
出発して良かった。
歩こう、晴れても、雨でも、暑くても、寒くても、
ときどき余計なことを考えて、俯いたりもするけれど……
言い訳のない道は清々しい。
そしてこの瞬間に出会えたヨロコビは、あの冷たい雨の中を歩いたからこそだ。
ただ、とにかく歩くこと、
どんなときも、歩き続けること……)
地面という地面から、白い水蒸気が立ちのぼっている。それらは新しい太陽を浴びて輝き、見たこともない幻想的な世界を演出していた。
自然とまた嬉しさがこみ上げてくる。
そして、沸々と元気が戻ってくるのを実感した。
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