Angel Sugar

「甘い一夜―前編―」 (60万ヒット)

タイトル次頁
 突然ジャックが引っ越しをすると言いだし、その口に言いくるめられたような形で一緒に住むことになった。何から何までそろえられたマンションの一室は、恭夜には慣れないものばかりが目に入る。
 場所はマンハッタンにあり月$3000はするだろう。もちろんドアマン付きだ。
 今まで恭夜が借りていた部屋は欲しい物がすぐ手に届くところにあったものだから、現在のように何部屋もある場所は慣れるに時間がかかる。もちろん、日本の住宅事情とは違い、同じ家賃でもアメリカでは随分広い場所が借りられるはずだ。
 だがここは普通の家族が無理をして借りられる場所でもなければ、一介のサラリーマンに出せる家賃を超えていた。
 ジャックはまるで物語の主人公のように金を稼ぎ出す。その男からするとごく普通のマンションになるのだろう。
 ただ貧乏性の恭夜が落ち着かないだけだ。
 仕方ないよなあ……
 俺……
 結局ジャックに引きずられてるし……
 自分が流されやすいことは自覚している。それでもジャックのことが好きだから流されているのだと自分で自分のことを納得させていた。
 そうして現在に至るのだが、相変わらずジャックは強引で自分のことしか考えない。まあ、あの変人の考えなど凡人には理解できないのだから理解しようとする方が間違っているのだ。
 それでもそんなジャックに恭夜は愛されていると思う。
 ひしひしと愛情を傾けられていることを感じることもある。
 ただやっぱり何を考えているのか分からない男は、一緒にいるだけで居心地悪く感じることもたまにあるのが正直なところであった。
 仕事も違う、向こうは不規則。良くすれ違っているのも問題なのだ。
 俺は……
 普通の考え方しか出来ないからな……
 一人で眠ることに慣れた。
 広いクイーンサイズのベットの端で恭夜はここ最近丸くなって眠るのが習慣になっている。要するにジャックが忙しすぎるのだ。
 ネゴシェイターに仕事が入ると、当然長期になり、うちになどそうそう帰られないのは恭夜も理解しているが、自分から自宅に連れ込んだ責任を取れよ!と、言う気持ちにもなる。
 ただ、ジャックが在宅すれば今度は休みなしに身体を求められるために、本当にうちにいて欲しいのか、それとも留守にしてほしいのか恭夜にもどちらが最善なのかわからない。
 普通、平均という言葉をジャックは知らないのだ。
 何事も限度というのがある。
 俺だってな……
 あんな絶倫じゃなかったら反抗しないんだって……
 だいたいあいつは……
 と、ぶちぶち独り言のように文句を言いながら毛布にくるまっているのだが、今日は寒かった。もう一枚毛布を出そうかと思ったのだが、肝心の毛布が何処にあるのか恭夜は知らない。
 まあいいか……
 寝ちゃえ……
 恭夜は更に丸くなって目を閉じた。

 翌朝目を覚ますと動けなかった。
 うそ……
 風邪?
 喉が痛く、咳が酷いのだ。自分の手で額に触れると高い熱を感じた。
 朝方冷え込んだのか、部屋の空気もかなり冷えている。昨晩もう一枚毛布を出しておくべきだったのだ。
 後悔しながら恭夜はベッドから何とか身体を起こすと、市警に出かける準備をし始めた。だが足元はよろよろと頼りなく、視界がなにやら歪んで見える。
 やばい……かも?
 キッチンで朝食を作ろうとしたが、冷蔵庫を開けた所で床に座り込んでしまった。
 は……
 吐きそう……
 冷蔵庫の扉に付いているノブを掴んだまま、恭夜は立てなかった。
 気分悪い……
 何度も咳き込み、恭夜はその場で突っ伏してしまいそうになったが、ここで倒れるわけにもいかず、暫く頭痛と咳が収まるのを待ち次に立ち上がると、市警に本日休むと電話した。
「大丈夫?」
 電話向こうで同僚のキャスが聞いてきた。彼女は恭夜の同期だった。 
「あんま良くない。医者に行きたいんだけど、その体力も無いんだ……。一日寝てるよ……」
「あら、貴方のパートナーはどうしたの?」
 それはジャックのことを言っていた。もちろん、市警でもジャックと恭夜のことは有名だったからだ。
 元々ジャックは隠す男ではない。その上、市警がらみでジャックが良く仕事を引き受けている為に、気が付けば二人の関係が広がっていたと言っても良い。
「なんか……この一週間仕事に出たまま連絡ねえよ……。でもあいつがいたら俺、もっと風邪酷くなるし……」
 真面目に恭夜は言ったのだが、キャスは笑っていた。
「多分、ロスの事件だわ……確かそんな情報入ってるもの。ほんと、あのパートナーがいると、貴方はゆっくり出来ないでしょうね。ボスには伝えて置くから、ちゃんと寝てなさいよ。あ、彼がいないんだったら帰りに様子を見にそっちに寄るわ。一度高級マンション拝んでみたかったのよ~」
 キャスは嬉しそうにそう言った。
「……知らないぞ……風邪うつっても……」
「私、先週風邪引いたから抗体持ってるし、大丈夫、移らないわよ。じゃあねえ~」
 電話を切ると、またその場に座り込み、暫く後に恭夜は這いながら毛布を探した。が、やはり見つけられなかった。
「あんのやろ……何処に置いてるんだよ……くっそ……むかつく……」
 ただでさえ部屋数が多く、その一つ一つが広い部屋はあちらこちらに戸棚があり、何処に何があるのか恭夜は知らなかったのだ。最初にジャックから聞いておけば良かったのだろうが、こちらに移ってまだ日が浅かったことと、ジャックが仕事で殆どうちに居なかったことが互いの意志の疎通が図れなかった理由だった。
 ま、いても意志の疎通なんか滅多に出来ないけど……
 ああでも……
 そんな事はどうでもいいや……
 ……うう……
 死ぬ……
 吐く……
 毛布を探すことを諦め、恭夜はキッチンに戻ると氷嚢を作り、それをもって寝室までまた這った。とにかく立っているのが辛いのだ。
 ようやくベッドに上るとぐったりと恭夜は身体を伸ばした。その身体は寒さを訴えているのだが頭は熱い。
 恭夜は毛布を引き寄せて身体を覆うと、額に氷嚢を乗せた。そこでホッと息を付くことが出来た。
 あ……
 冷たくて気持ちいい……
 ……
 薬……
 薬を飲んだ方が良いよな?
 当然のように思うが、毛布を探せないことと同じように薬が何処に置かれているかも恭夜は知らなかった。
 俺……
 何にも知らないんだ……
 今度あいつが帰ってきたら地図でも書いて貰うしかねえよ……
 以前自分が住んでいたアパートでは手を伸ばせば必要な物が手に入った。今でははいずり回っても目的の物が見つけだせない。
 風邪は疲労から……
 薬より寝ることだよな……
 諦めて恭夜は眠ることにした。
 


 額に手を置かれているような気がした恭夜はうっすらと目を開けた。するとジャックがベッドに腰をかけて恭夜の額に手を置いていた。
「風邪か?熱があるな……」
「……あ~なんだ、帰ってきてたんだ……」
 ぼんやりとしながらも恭夜はそう言った。
「自分のうちに帰ってくると悪いのか?薬は飲んだか?」
 いきなりの悪態に恭夜は意識を失いそうになった。
「……飲んでねえよ。探しても分からなかったんだから仕方ねえだろ。大体……あんたが……げほげほ……」
 いきなり咳き込み、恭夜は頭の芯がふらついた。
「はは……そういう憎まれ口を叩くからそうなるんだ。病人は大人しくしてるんだな。薬を取ってくる」
 恭夜の額に乗せていた手を引っ込め、ジャックはベッドから腰を上げた。
「……あ……毛布……もう一枚欲しい」
「人に物を頼むときは何て言うんだ?ん?」
 ニヤニヤとした笑みを口元に浮かべながらジャックは言った。
「……お願いします」
 ムッとしながらも恭夜はそう言った。切実だったのだ。
「……ハニー……今日は素直だね」
 嬉しそうにジャックは言い、寝室から出ていった。
 ったく……
 んだよ……
 あんたが悪いんだっ!
 毛布無かったから俺は風邪を引いたんだっ!
 薬が見つけられないから俺は治らないんだっ!
 と、そんなことを一人ごちていると、ジャックが戻ってきた。
「ハニー……羽布団だよ……ほうら~暖かいぞ~」
 バサッとこちらの身体に覆い被され、恭夜は一気に暖かくなった。だが妙にうきうきしているジャックが気持ち悪い。
 ……なんか……
 変なの……
「……で、薬だ」
 次ぎにジャックはクスリをこちらに差しだし、ミネラルウオーターのボトルを手渡された。
「あ……飲む……」
 ゆるゆると身体を起こし、恭夜は薬を口に放り込み、ミネラルウオーターで流し込んだ。苦い味覚が口の中一杯に広がったが、何とかそれに堪え、またベッドに横たわった。
「夕食はリゾットでもするか……ならハニーも食べやすいだろう……。それともオートミールがいいか?」
 ポンポンと羽布団を整え、ジャックは相変わらず上機嫌に言った。
「……お粥が食べたい……」
 恭夜は本気でそう言った。
「ん?お粥ってなんだ?」
 ジャックは知らない様であった。
「リゾットの日本版」
 どう説明して良いか分からない恭夜はとりあえず似ているものを言った。
「良く分からないぞ」
「米をスープで煮るんじゃなくて、湯で煮るんだ」
 で、いいよな?
「それでは味が無いだろう?不味そうなものを日本人は食うんだな……」
 食べたことがないジャックがそう言うのも仕方ないのだろう。
「……それを梅干しで食べるんだよ……」
 思い出しながら恭夜は言う。
「……気持ち悪い民族だな……」
 本当に嫌そうな表情だ。
「うるせえな……げほげほっ……それしか食わないからなっ!」
 言って恭夜は布団に潜り込んだ。自分が無茶苦茶なことを言っているのは自覚しているのだが、我が儘を言ってみたかったのだ。
「……ハニー……もしかして……甘えてるんだね……」
 ずっしりといきなり身体に重圧をかけられた恭夜は、余計に咳き込んだ。
「のっ……乗ってくるな……っ!お、俺は病人だ……げほげほっ……」
「そうだったな……」
 と、言ったところでジャックの携帯が鳴った。
 ……
 こいつ仕事ばっかじゃねえか……
「……ああ……その件か……分かった……あとで改めて電話をするよ」
 ジャックは言って通話を終えた。
「……んだよ……また仕事か?」
 恭夜が羽布団からちょこんと顔をだし、ジャックに向かって言った。腹が立って仕方がないのだ。
「私は一流だからね……みんなが放って置いてくれないんだ。そんな素晴らしい男を恋人に持ったキョウは幸せだろう?」
 馬鹿だ……こいつ……
 何が幸せだっ!
「うっせー……お前……こんな俺を置いて仕事に行ってみやがれっ!捨ててやるからなっ!」
 と、叫び、また咳き込んだ。こんな時に一人にされるのは堪らなく寂しかったのだ。
「キョウ……」
 うわ……
 怒られそう……
 そう思った恭夜はまた布団に潜り込み、言葉にならない悪態を付くと目を閉じた。
「ハニー……。側にいるよ……」
 また上に乗ってきたジャックだったが今度は何も言わなかった。
「さて……まずはお粥と言う気持ちの悪そうなライススープでも作るか……」
 ジャックの声が聞こえ、次ぎにスプリングがギシリと音を立てた。ベッドからジャックが下りたのだろう。
 もう出ていったかな……と、そろそろと布団から顔を出すと、ジャックと目が合い、驚いた恭夜はまた布団に顔を隠した。だがその恭夜の仕草が可愛いとでも思ったのか、ジャックはベッドに飛び乗ってきた。
 ぐ……
 ぐは……
 お……
 重い……
「ハニー……可愛いね……そんな風に拗ねなくてもちゃんと側にいてあげるから……仕事よりハニーが一番大切なんだから……」
 全体重をかけて恭夜の身体に覆い被さる男は迷惑なだけだ。だが嫌だとは本気で恭夜の方も考えてはいない。
 ……
 ちょっと嬉しいかも……
 仕事より自分を優先して貰ったことが恭夜の驚きでもあり、心底嬉しかったのだ。
 ただ、こんな風にいちいち身体の上に登られるのは少々困りものである。
「お……重いよ……ジャック……」
 弱っている体でジャックの体重を受け止めるのはきつかった。
「ああ……済まなかった。今度こそちゃんと食事の用意をしてあげるからね」
 また身体を離し、ジャックは言った。本当に嬉しそうだ。
「……う……うん」
 素直に恭夜は言った。悪態を付く元気が無いといった方が正しい。
「ああ……キョウ……。今日のハニーは堪らなく可愛い……」
 何度目か分からないタックルをされ、いい加減にして欲しいと今度は本気で思った。いちいちタックルされると、胃に何も入っていないにも関わらず、何か出てきそうな圧迫感を感じるのだ。
「ぐるじい……死ぬ……よせ……乗るな……」
 ジャックの下で恭夜はじたばたと身体を動かした。
「ああ……キョウ……愛しているよ……」
 サワサワと布団の上から身体を触られ、恭夜は声を上げた。
「だから……っ!俺っ!風邪で死にそうなんだよ!よせよっ!も……止めろよっ!」
 半分涙目で言うと、ジャックはようやく身体を起こした。
「面白くない……。こう、熱っぽいときにやるとお互い気持ちイイという話を聞いたことがお前もあるだろう……。チャレンジしてみようと何故思わないんだ」
 うわ……
 訳の分からない事を言いだしたぞ……
 何か言って気持ちを逸らせないと……
 マジでこいつ俺のこと裸にしそうだ……
 恭夜は必死に言葉を考え、ようやく言った。
「……だって俺……ジャックの作ったお粥が食いたい……」
 出来るだけ甘えるように恭夜は心がけた。するとジャックの機嫌が一気に戻った。
「ハニー……そうだったな。お粥だ……作ってくる」
 スキップでもしそうな足取りでジャックはようやく寝室から出ていった。
 ほ……
 なんか……
 今の言葉が効いたみたい……
 胸を撫で下ろしながら恭夜はそう思った。
 薬が効いてきたせいか、また眠くなってきた恭夜はうつらうつらと夢心地になっていた。そうして恭夜が暫くうとうとしていうるとジャックが帰ってきた。
「キョウ~ライススープと梅干しだ」
 ものすごく大きな声で言われたため、恭夜は一気に目が覚めた。
「……え……あ……うん……」
 目をごしごし擦りながら恭夜は身体を起こし、枕を背にしてようやく座り、ジャックが持ってきたお盆を膝に置いた。
「なんだか良く分からないが……こんな感じか?」
 ……
 なんだこれ……
 ライススープというのは本当にライススープになっていた。ミキサーで廻したのか、米が粉々になっており、まるで糊のようにドロドロになっている。その隣りに小さな梅干しが二つ皿に入れられ乗っていた。
「ジャック……あんた……お粥を作ったことある?」
「無い」
 ……うわ……
 やっぱり……
 まあ……
 経験の無い男に作らせた俺も悪いんだけど……
 折角作ってくれたんだし……
 食べないとな……
 ニコニコしているジャックの為に、恭夜はスプーンをつっこみ自称お粥を掬った。だがお粥にあるまじき糸を引いている。
 ……ぐは……
 マジ糊になってる……
 チラリとジャックを見ると、こちらが口に入れるのを今か今かと待っていた。そんなジャックにいくらなんでも食えないと言えるはずもない。
 ……
 ううう……
 舌切り雀になった気分……
 仕方無しに恭夜は一口食べてみたが、口の中で糸を引いていた。
 ぐは……
 糊……
 糊だ~
 気持ち悪いぞ……
 しかも塩入ってねえ……
 涙が出そうなのだが、これで食べないと言うとまたジャックがどういう行動に出るか分からない。
 恭夜はひたすら糊を食べた。
「……そんな不味いものを日本人は良く食べるな……」
 ジャックは言って感心しているが、これは粥ではない。こんな糊は日本人も食わない……と喉元まで言葉が出たのだが必死に押さえた。
 本当のことが言えない……
 ようやく一皿糊を食べ終え、恭夜はゴクゴクとミネラルウオーターを飲んだ。胃が重くもったりした感じがして、吐きそうだった。
「……お腹一杯になったから……寝る……」
 は……
 吐きそう……
 胃が気持ち悪い……
 ゴロゴロなっているお腹を押さえながら恭夜は毛布に潜り込んだ。 
「ハニー……薬も飲まないとね……」
 優しげに微笑んでジャックは言った。
「……う……うん」
 薬を飲み、恭夜はまた横になった。熱い糊を食べた所為で、汗が出てくる。この状態は回復している証拠だと恭夜は思った。
 明日には起きられそう……
 糊は気持ち悪かったけど……
 ウトウトしていると、ジャックが隣りに横になるのが分かった。
「……ジャック……嫌だぞ……」
 ジャックの顔を見ながらそう言うと、呆れた風に言った。
「幾ら私でも、こんなに弱ったお前を裸にするつもりはない……」
 指で恭夜の髪を掻きあげジャックは微笑んだ。
 ……
 優しい……
 何時もこうなら俺……
 すっげーうれしいのに……
 ジャックの行動に感動しながら恭夜は思った。このまま風邪が治らなかったら、ずっと側にいてくれるのだろう。恭夜の我が儘を聞き、そして今見せているような瞳を向けてくれるのだ。
 それはいとおしむような瞳だった。
 なんか……
 愛されてるって感じる……
 髪を撫で、そして身体を撫でるジャックの手が酷く心地よいのだ。こんな風に扱ってくれることは滅多にない。
 こんな仕草は大切にされているような錯覚をおこす。いや……大切にしてくれているのだ。今も仕事よりも自分を優先してくれたことでそれらが分かる。そして恭夜のために慣れない粥を作ってくれた。味はさておき、その気持ちが恭夜には嬉しかったのだ。
「可愛い……ハニー……どんなときでも側にいてあげるよ……」
 そっと腕の中に包まれ、恭夜は暖かい抱擁に目を閉じた。ジャックからもたらされる温もりは心地よい。何をするわけでもなく、ジャックはただゆるやかに抱きしめ、恭夜を宥めるように身体をさすってくれる。
 されたこともないジャックの行動に恭夜は感動していた。
「……うん……」
 恭夜はようやく言うと、睡魔の虜になりつつあった。
 そのまま夢の中に突入するかと思ったが、玄関のベルで目が覚めた。
「なんだ?誰が来たんだ?」
 怪訝な顔でジャックは身体を起こした。
「……あ……そう言えば……キャスが来るって言ってた……」 
 今朝電話をしたキャスが夕方こちらに来るという話を思い出した。そろそろそんな時間だったのだ。
「キャスってなんだ?」
「……俺の同僚。今日休むって市警に電話したら、キャスが出たんだ。その時、夕方俺の様子見に来てくれるって……げほげほ……」
 恭夜が言い終えるとジャックはベッドから下りた。
「私がいるからもう良いだろう……」
 急に不機嫌になった顔でジャックは言った。
「え……あ、うん。ごめん、俺起きられそうにないからキャスにそう話して置いてくれよ……」
 恭夜が頼むと、ジャックはチラリとこちらに冷えた目を向け、さっさと寝室から出ていった。どうして急にジャックが機嫌を傾かせたのか恭夜には全く分からない。
 なんだ……
 なんなんだよ……
 俺、何にもしてねえじゃん。
 ブチブチと心の中で呟きながらも、またウトウトしているとジャックが帰ってきた。
「キョウ……。私がいないのを良いことに女を連れ込む気でいたのか?どうなんだ?」
 突然の言動に恭夜の方が驚いた。
「きゃ……キャスは俺の同期じゃん。俺のこと心配して来てくれたんだぜ。何言ってるんだよ……」
 呆れた風に言うと、ジャックはベッドに乗り上がってきた。
「そうだな……見舞いだと言って果物を置いて帰った。何が果物だっ!」
 って……
 普通じゃん……
「何怒ってるんだよ……。あんたが勝手に今日帰ってきたんだから文句言うな。仕事ばっかしてるんだから俺が誰と友人付き合いしようとあんたが口出せる訳ねえだろ。果物は俺が好きなんだからちゃんと冷蔵庫に入れて置いてくれよ……」
「キョウ……君は今までもこんな事をしていたのか?」
 ……
 何誤解してるんだ?
「……は?」
 目をうっすら開けてジャックを見ると、本当に怒っていた。
「……なんだよ……何怒ってるんだよ……」
「怒るなという方が間違いだろう。留守を狙って、ハニーは私がこれほど大事にしているにも関わらず、他の女と寝ていたんだからな……」
 ……まて……
 まてまてまてーーーー!
「何処まで想像を突っ走らせてるんだよっ!俺は女と寝てなんかねえよっ!訳の分からないいちゃもんを付けるなっ!」
 と、怒鳴ると頭の芯がくらくらとした。
「だったらさっきの女は何だ」
「同僚が心配してきてくれたのがどうして問題なんだよ……」
「私がいないと思ったからだろう……」
「つうか、お前の男だってばれてるのに、誰も俺を誘ったりしねえよっ!ったく……何を誤解してるんだよ……」
 ジャックとつき合っていると言うだけで、人によると敬遠され、最初から距離を置かれる。そんな恭夜に誰が手を出そうと思うのか聞きたいほどだ。
「ハニー……私は悲しいよ……」
 ギュウッと抱きしめてジャックは言う。こちらの言い分などこれっぽっちも聞いていない。
「あんた……俺の言ってること聞いてるか?」
「こんなに大切にしている恋人は私のいないのを良いことに悪い遊びを覚えてしまった……なんて悲しいんだ……」
 本当に辛そうな口調だ。
「聞けよっ!俺は何もしてねえっ!」
「キョウ……ハニー……どうしてこんなに私を苦しめるんだ?」
「訳の分からないことばっか言うなーーーー!!」
 きーーーーっと恭夜がわめくと、ジャックの瞳が細くなった。
 やべ……
 マジ怒った……
 つうか、どうして怒るんだよ……
「このうちは……私とハニーの愛の巣だ。そんな場所に赤の他人を入れるなど考えただけでも身がよじれるほど腹がたつ」
 だから……
 俺の……
 同僚だって……
 言ってるだろっ!
 なんだか泣きそうだった。
「お……俺……俺のこと信用ならないっていうのか?お前が留守してるの勝手だけど……それで……俺が独りぼっちなの考えたことがあるのか?お前は良いよ。仕事入ってきてそれで立派な事してるんだからな。だけど……何時帰ってくるか分からない男を待ってる気持ちって分かるか?それで他の奴をうちに入れたって怒ることお前に出来るのか?俺……そんな事してないってのに……ああ、勝手にそう思ってろよ……。思えば良いだろうっ!気に入らないんだったら、俺のことにもう構うなよっ!」
 そこまで一気に吐き出すと、恭夜は咳き込んだ。頭の中が真っ白に近い。頭痛と吐き気が最高潮だったのだ。
「そうか……」
 ジャックは言って身体を離すとベッドから下りた。そのまま寝室を出る音が聞こえる。
「馬鹿野郎……」
 恭夜はぐったりと身体をベッドに沈ませると小さくそう呟いた。
 風邪が余計に酷くなったような気が恭夜にはしたが、もうどうして良いか分からなかった。
 くそ……
 畜生……
 なんだよ……
 俺の何が悪いって言うんだよ……
 涙が滲むほど恭夜は悔しかった。見られるのが嫌で枕に顔を押しつけて何度も目元をそこで擦る。
 泣くなと例え言われてもこればかりは自然に出るものであるから止められない。
 するとまた戻って来たのか、ジャックは言った。
「果物食べるか?」
 恭夜が顔をあげると、皿に盛ったメロンをジャックは手に持っていた。

―完―
タイトル次頁

瞳さまのリクエストがいきなり前編攻撃ですみません。あわわ。書いても書いても終わらなかった。これでも削ったのに普通の1.5倍以上になっているという……どうせこの後恭夜はジャックの苛めにあうんだろうけど……おほほほほ。あまくねえ!!! というのはちょっと置いてと、ニューヨークでもあまり変わらない二人という感じを楽しみいただけましたでしょうか? 後編を気長にお待ちくださると嬉しいです。甘い意味が違うかもしれないけど……ぐは(脱兎だ)。
なお、こちらの感想も掲示板やメールでいただけるととてもありがたいです。これからもどうぞ当サイトを可愛がってやってくださいね!

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