---------- 車両解説 ----------

10000系(ビスタカーT)

 1958年(昭和33年)に製造された10000系は通勤車に使用されて実績をあげたWN駆動・MMユニット方式を採用した近鉄初の高性能特急車である。電車としては世界で初めての2階式客室構造を採用し、ビスタカーと呼ばれるようになった。

 編成は上本町側よりモ10001(Mc)+モ10002(M)+ク10003(Tc)+サ10004(T)+ク10005(Tc)+モ10006(M)+モ10007(Mc)で、全編成の7両編成をはじめ旅客数の増減にてMc+M+Tc+T+Tcの
5両編成やMc+M+M+Mcの4両編成も自在に組むことが出来た。このうちTc車を2階構造とし、Tc+T+Tcを連接構造とした。

 平坦線では平均速度135km/hという高性能を有する一方、法定の600m以内停車を可能にする制動能力も有する。主として先頭に出るMc車は前頭部を流線形として床面を室内よりも600mm高い位置に運転台を設けた。また、窓ガラスは、一般客室には厚さ17mmのペアガラスを、運転台正面、出入口扉には熱線吸収ガラスを用いた。座席は、一般席は2人掛け回転式を配し、ビスタドームには1人掛けと2人掛けの回転式で背ずりの低いものとし、進行方向に10度外側に向いている。何れも薄いエンジ色のテレンプを張り、背ずり上部にシートラジオ用消毒箱を設置していた。塗色は当初窓回りはオレンジ、その上下をブルーとした3段塗装であったが、後に10100系に準じたものに変更された。

 1966年(昭和41年)11月12日に大阪線河内国分駅構内で発生した上本町発宇治山田行き特急の上本町発名張行き準急への追突事故で大破したモ10007を復旧するにあたり、正面流線形をやめて18200系に準じたデザインとした。また復旧されたモ10007のみ側扉を4枚折戸から2枚折戸に変更し、運転台側連結器を密着連結器に交換して1967年(昭和42年)6月竣工した。1970年(昭和45年)には黄害対策で、モ10001・10007のトイレ部に汚物タンクを設置、床下スペースに余裕のないサ10004についてはトイレを撤去、新たにク10003の運転台を撤去してその位置にトイレを設置した。なおこれによってク10003はサ10003に称号変更された。

 試作的車両で編成・定員など特殊な存在であり運用上においても支障を来したことから、1971年(昭和46年)に廃車となり登場から13年という短命に終わった。なお、電装機器は2680系1200系(後の1002F、既に廃車)に流用された。
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さよなら運転時の10000系
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←上本町
 モ10000形(Mc) + モ10000形(M) + ク10000形(Tc) + サ10000形(T) + ク10000形(Tc) + モ10000形(M) + モ10000形(Mc) 
10001 + 10002 + 10003 + 10004 + 10005 + 10006 + 10007
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形式 車種 番号 両数 定員 全長
(mm)
全幅
(mm)
全高
(mm)
台車 電動機 出力
(kW×個)
製造初年 製造所 備考
モ10000 Mc 01・07 2 72 20450 2736 3865 近車KD-26 三菱 125×4 1958 近車  
モ10000 M 02・06 2 76 20000 4150  
ク10000 Tc 03・05 2 74 17100 4060 近車KD-27  
サ10000 T 04 1 48 13700 3865 近車KD-27A* *連接

2022年 5月 6日 更新

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