Angel Sugar

「悪夢のバースディ2」 (80万ヒット)

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 困ったことになっていた。
 本日はリーチとトシ達の誕生日であったのだが、押し問答の末、利一の主導権をリーチが奪っていた。だが、本来ならトシに権利があった。いや、あったというより、普段からリーチがトシの権利をことごとく奪っていたために、約束として以前から誕生日は先にトシが取るということになっていたのだ。
 当然、リーチはそんな約束など忘れていた。悪気はない。企んでいたわけでもない。ただ、少しだけトシより我が儘なだけなのだろう。
 そうして問題が発生した。
 いつもならトシはブチブチ文句を言いながらも、すぐに諦めてスリープしていたのだが、今日に限っては起きていた。最初は適当にからかってやれば、すぐにスリープするのだろうとリーチは軽く考えていたが、名執といちゃつく姿を見たトシは事もあろうに勉強するんだと張り切りだしたという予想外の事態になっていた。
 一体どういう勉強をするんだとリーチは思うのだが、元々何かを学ぶことに熱心なトシだから分からないわけでもない。しかしながら、今トシが学ぼうとしていることに大きな問題があった。
 いや、問題があると思うのはリーチであってトシではない。トシはからかうわけでもなく真剣そのものだ。だから余計にリーチは困っていた。
「リーチ……?」
 焦っているのが分かるのか、怪訝な表情で名執はリーチを見ている。いつもとは違うリーチを雰囲気で名執は気付いているのだ。
「……なに?」
 バックでトシが起きているなどと口が裂けても言えないリーチは、ソファーの上で組み敷いている名執に普段と同じような笑みを向けた。
「……何となく……リーチが何時もと違うような気がするんです……」
 困惑したような表情で名執は言う。
「そうか?何時もと同じだぜ……あ、先にケーキ食おうか?俺……甘いの食べたいなあ……」
 覆い被さっていた身体を起こし、リーチはテーブルの上に置かれているケーキを見た。
「リーチがそう言うなら……。飲物は何がいいですか?」
 名執も同じようにソファーに座り直すと窺うように聞いてきた。
「シャンペンがいいな……。無かったらワインが飲みたい。なんだか飲みたい気分だからさあ……」
 アルコールでも入れて酔わなければ、リーチはトシの存在が気になって仕方がないのだ。
「分かりました。用意しますね」
 言って名執は立ち上がり、リビングからキッチンの方へと歩いていった。それを見送りリーチはソファーに身体をもたれさせて息を吐いた。
『なあ……トシ……寝ろよ……』
『え、どうして?』
 トシはリーチが何故そう言うのか分かっていない。
『……お前だって、幾浦といちゃついている姿を俺に見られたくないだろ?俺だって嫌だな……』
 当初は見せておろおろさせてやろうと思っていたリーチだがこの頃になると立場が逆転していた。
『リーチが悪いんだろ?今日は僕のプライベートになるはずだったのに……』
 不服げにトシは言った。当然と言えば当然なのだ。が、リーチにしてもここまで来て主導権を渡すわけにもいかない。
『そんなこと言うんだったら、俺だってお前のプライベートの時に寝たふりして覗いてやるぞ!』
 イライラと言うとトシは逆ギレした。
『だからっ!どうしてリーチが怒るんだよっ!怒ってるのは僕だろ?だって約束したじゃないかっ!僕だってこの日を楽しみにしていたんだよ……。それに……恭眞だってきっと僕のこと待ってる……』
 最初勢いがあったトシだったが、最後は小さな声になっていた。
『……ああもう……んじゃ、俺が電話してやるからさあ……諦めろよ』
 だからといって身体の権利を渡すところまでリーチはいかない。
『……どうして恭眞にリーチが電話するんだよ。また変な物まねでもする気なの?』
 じと~っとトシに睨まれたリーチは苦笑するしかなかった。
 時折、トシの真似をして幾浦を混乱させたり、からかうのがリーチの楽しみになっているのだ。それをトシは快く思っていない。
 やめてよ~と何時もトシに言われるのだが、それが本当に面白いのだから仕方ないのだ。当然、この趣味をやめるつもりはリーチになかった。
『いや……利一の口調で、今日は忙しいからって言えば良いんだろう?』
『……それなら良いけど……』
 ようやく諦めた口調でトシは了承した。
 今回はリーチも少々悪いことをしたなという気持になっているが、どちらにとっても誕生日が特別であったから問題だったのだ。
 来年は先にトシにとらせてやろうとリーチは本当に考えた。だがそれが来年の同じ日に覚えているかは自信がない。
 リーチはそういう男だった。
 名執がまだ戻ってこないのを確認し、リーチは身体を横向きにして幾浦のうちに携帯をかけた。むろん相手はすぐに出た。
「隠岐です。今日は仕事でそちらに向かえそうに無いので、又連絡しますね」
 慣れた利一の口調で言うと、珍しく幾浦が言った。
「……トシ、何処にいる?」
 どうしてそんなことを聞くのだろうと思いながら、リーチは更に言った。
「え、捜査本部です。あの……忙しいので、明日にでもまた改めて連絡をしますね」
「違うだろう?一体何処にいるんだ……」
 目一杯不信感をこめた声で幾浦は言った。
 あわあ……
 ばれてる?
 リーチであることがばれているのではなくて、捜査本部ではないと言うことがばれているのだった。いつもはもっと周囲が五月蠅いからだ。だがここは名執のうちで、もちろん静かだ。
 やべえええ……
「あははは。まさか……。今、人が居ないんですよ。じゃあ又明日」
 早口で言って携帯を切ると、トシが後ろから怒鳴ってきた。
『リーチ……ぜ……絶対恭眞は誤解したよっ!だって……今日は僕たちにとって特別な日だし……なのに、僕が嘘をついたと思った恭眞はなにか違う風に誤解したと思うっ!どうしてくれるんだよ……!!』
 半分泣きそうなトシだった。
『そんなこと言われてもさあ……』
 一応努力したよな?なあんて思っていると人の気配を察知してリーチは顔を上げた。するとリビングとキッチンの境目にある上部がループ状になった通路からじーっと名執がこちらを見つめていた。
 ……うお……
 聞いたな?
 ってことは……
 こっちも誤解したって事か?
「リーチ……」
 名執はお盆の上にワインのボトルとグラスを乗せたまま立ちすくんでいた。
「え?なに?」
 リーチはとぼけた風に言った。だが名執は顔色を無くしていた。
「……誰に電話……」
 そこまで言って名執の言葉は切れた。
「いや、幾浦だって。幾浦。幾浦に電話してたの」
「……幾浦さんにそんな丁寧に……電話されたことがありましたか?」
 鋭い……
 ん~でも事情があってさあ~
 話してしまいたいのだが、トシが起きていることをリーチは名執にどうしても話すことが出来ないのだ。それを知ると名執は当然、己の姿に対して羞恥と、トシが起きていた事実を知らせなかったリーチに怒りをぶつけてくるに違いなかった。
 それほど今、名執は普通なら人には見せない姿をしているのだ。
 シルクのパジャマは名執の肌をうっすらと布地に映し出し、しかも下着類を一切付けていない身体はあらゆる所が部屋の明かりに浮き上がって見える。
 もちろん、リーチのために名執はそんな姿でいるのであって、自分がまさかトシに見られているとは思わないだろう。二人きりだから名執も出来ることだ。
 最初からトシが起きていることを知っていたなら、絶対にこんなパジャマを着ることはないはずだった。
 気づかれると……不味いなあ……
 本心でリーチはそう考えた。
「トシが今日、幾浦のうちに行くことが出来ないとっていうのを電話し忘れていたんだ。だから落ち着いてから電話しておいてね~なんてトシはここに来る前に俺に話してたんだ……。だからトシはもう寝ちゃってるから俺が変わりに連絡したってことだよ」
 なんだか文章が変だな……と思いつつもいいわけがましい言葉を並べた。すると名執はテーブルにお盆を置くと、リーチの膝に座り手を回してきた。
「嘘……」
 そう言った名執は、うす茶色の瞳をこちらに向けて、リーチの目をじっと見つめてきた。
「……嘘じゃねえよ……」
 と、言ったリーチの口を、名執は自分の唇で塞いできた。当然口内に滑り込んできた名執の舌をリーチは受け止めて、逆に翻弄する。そうしている間に名執の身体はジワジワとリーチの腰元近くまでにじり寄り、身体を擦りつけてきた。
 ユキって可愛いな……と、リーチは今の状態を一瞬忘れ、名執の着ているパジャマの上着に手を掛けたのだが、トシが息を殺して様子を窺っていることに気が付き、反射的に名執の肩を掴んで自分から離した。
『寝ろって言ってるだろっ!トシの言うとおりに幾浦にも電話してやっただろう!』
 イライラと叫ぶとトシはムッとしたように言った。
『誤解するようなことしか言わなかった癖に……』
 又ブチブチとトシは文句を言い出した。
『あれはしかたねえだろっ!俺は別に嘘付いた訳じゃないんだから……』
「……リーチ……」
 バックにいるトシと揉めていると名執が本当に辛そうな表情になっているのが見えた。
「……え……と。ごめん」
 急に突き放したことで名執は不安になっているのだ。ここまできても、やはり事情を話すことが出来ない。
「……嫌ですか?」
 今にもこぼれ落ちそうな涙をたたえた名執の瞳は、見るのが辛い。
「ユキ……違うよ……」
 とりあえずリーチは宥めるように名執を引き寄せ、不安に陥っている身体を抱きしめた。だがリーチの挙動不審を気にしている名執は瞳を閉じて抱擁に酔うことはなかった。
「……あの……何かあったんですか?」
 上目遣いにこちらを眺めながら名執は聞いてきた。
「気のせいだよ……はは」
「でも……リーチ……変です」
 うるうるとさせた目でじっと見つめてくる視線がリーチには痛かった。
「変じゃないって……」
「じゃあどうして私を拒否するんですか?嫌だからじゃないんですか?」
 真剣で、そして必死の表情の名執を見るとリーチは脂汗をかきそうになった。笑って誤魔化そうかと思ったが、余計に名執を落ち込ませるような気がしたリーチにはそれすら出来なかった。
「……違う。先に飲みたいなあ……って」
 どう考えても下手な言い訳になっていた。その事にリーチは自分で気が付いているのだが、上手い言葉が出てこないのだから仕方がない。
 二人で雪崩れ込む前に、どうあってもトシを説得し、スリープさせなければならないのだ。何をするにしても、それが今一番の優先事項だった。
「……分かりました……」
 名執は目元を拭うと、ワインをグラスに注いだ。赤い色はゆるやかに波打ち、円をかきながらグラスを満たす。半分まで入ったところで名執はボトルを上げて、テーブルに置くとグラスをこちらに差しだした。
「あ……悪いなあ……」
 ワインの入ったグラスを受け取りながらリーチは言ったが、落ち込みはじめている名執が肩を落としているのを見ると、己の体を掻きむしりたくなるほどの、苛立ちを感じた。その所為か、ワインを一気に飲み干してグラスをテーブルに置いた。
『……だーかーら……寝ろっ!迷惑なんだっ!』
『寝るもんか。僕は勉強するんだっ!』
 一体何をどう勉強したいのかリーチにはやはり分からない。もちろん、トシが幾浦とどういう付き合いをしているのか見たことは無いにせよ、大体予想がつく。
 だが、名執は名執であるから、可愛い。同じように幾浦の方もトシがトシであるから可愛いのだとリーチは思う。
 そうであるからトシが名執の行動をまねて幾浦にしてみせたとしても、果たして喜ぶだろうか?と、思うのだ。逆に奇妙なトシの行動に幾浦は何かあったのかとオロオロするか、もしくはまたリーチに何か焚き付けられたのだと勘違いするに決まっている。
 なんか……
 結局、俺に怒りをぶつけてきそうな気がするんだけど……
 幾浦の事であるから、うぶだったトシを返せ等と詰め寄ってくるかもしれない。もちろんトシとて何時までも子供っぽい恋愛をしているわけではないだろう。いつか、慣れてくると自分から上手に誘う方法も身につけていく可能性だってあるのだ。
 ……
 ユキのように積極的なトシ。
 ……う~ん。
 いやぁ、なんかそれも恐いけどな……
『お前がさあ、勉強したところで、今ユキが見せている姿は俺にとっては好ましいけど、幾浦がどう思うか分からないだろう?人のやり方を真似るのと、勉強とは違うぜ』
『……分かってるけど……』
 俯きながらトシは言った。
 このまま、雪久さんに悪いな……と、いう気持ちか、人の真似をしても仕方ないな……か、どちらかの気持にトシが傾いてくれると後の扱いはとても楽だ。
「リーチ……」
 名執が小さな声でリーチを呼んだ。
「え?」
 空になったグラスに自分でリーチはワインを注ぎながら答えると、名執は目元を拭っていた。
 ……
 さ……
 最悪じゃねえかあああ……
「な……何、泣いてるんだよっ!」
 名執のことを見ていられないリーチは、またワインを一気に飲んだ。もうワインの味など分からない。
「……だって……」
 ここで襲いたいほど、名執が可愛くて仕方がない。だがそちらに伸ばしてしまいそうな手は、しっかりとグラスを掴むことで衝動を抑えた。
『寝ろっ!寝ろったら、寝ろっ!』
『……なんで雪久さんの泣いてるの?』
 場にそぐわないトシの疑問が、余計にリーチを腹立たせた。
『うるせえな!お前が寝ないからあいつは泣いてるんだよっ!』
『それは変だよ。だって雪久さんは僕が起きてるの知らないのに、どうして僕の所為で泣いちゃうの?リーチが悪いんだろ?』
 こ……
 この……
 天然っ!
 幾浦がいたらトシを押しつけられるのに……と、本気でリーチは考えたが、本当に押しつけられる状態であっても、体が一つしかないのだから到底無理な話だった。
 それでも本気でリーチはトシを幾浦に今押しつけたくて仕方がない。
「な……泣くな……」
 ガブガブとワインを飲みながら、リーチが更に言うと名執はソファーに掛けていた腰を上げて立ち上がった。
「……私……」
 思い詰めたような瞳をリーチに向けた名執は、細長い指をパジャマのボタンにかけた。
「あ……」
 ま~さ~かーーーー!
「ぬっ……脱ぐなっ!」
 ボタンを外そうとした名執の手を掴んでリーチは叫んだ。いくらトシでも裸になった名執の姿を見せる気など無い。
「……っ……痛い……」
 意外に強く握りしめたのか、名執は眉をひそめて声を上げ、弾かれるようにリーチは手を離した。
『……雪久さんってこんな所で裸になるつもりなの?寒いよ……』
 トシはキョトンとした顔で言う。
 ぐはあああ……
 この極楽トンボをなんとかしてくれ~
『だから……な、トシ。俺が悪かったから寝てくれないかなあ……。ユキといちゃいちゃするの見られたくないんだ……って』
 リーチには珍しくお願い口調で言ったのだが、逆にトシはそれが気になったらしく、不思議そうに聞いてきた。
『リーチ……なんだか変だよ。どうしちゃったんだよ……』
 俺の心配をどうしてするんだ?
 そう言う状況下か?
『良いから、寝ろよっ!頼むからっ!来年は絶対お前に先に権利を譲る!誓約書を書いても良い!だから寝てくれよ!』  
 両手を合わせることができたなら、リーチは間違いなくそうしていたであろう。それが出来ない理由は、自分が今、利一の主導権を持っていて、目の前に名執がいるからだ。
「リーチ……もういいです。他に約束があるようでしたらそちらに行って下さい。私は構いませんから……」
 名執は何度も目元を拭ってそう言った。すると先程掴んだ手首が赤くなっているのがチラチラとパジャマの袖から見えた。
 ゆ……
 ユキ~!!
 俺が悪かった~
 心の中で叫ぶものの、声に出せないところがリーチには辛い。
「違う……あの……違うんだって」
 弁解のしようがないリーチは自分でもどう名執を宥めて良いのか分からなかった。どんな理由であっても自分のことで名執を泣かせている事実がリーチには耐えられないのだ。
『え、僕、恭眞のところに行って良いの?』
 うってかわってトシはわくわくとした口調で言う。
『寝ろ。俺の言うこと聞かねえんだったら、今月は絶対にお前に主導権を渡さない。絶対……ぜえええっったい俺のもんにしてやるからな。それが嫌なら今すぐ寝ろ!』
 もう脅すしか手がないリーチは凄味を利かせて言った。
『そ……そんなの無いよ……』
 トシは諦めて寝るどころか、こちらまで泣き出す始末だ。
『うわあああ……お前まで泣くなよ……』
 今度はトシを宥めながらリーチが言うと、名執は怪訝な表情を向けてきた。
「リーチ……もしかして……」
「え?」
 己の顔が強ばっているのが分かる。それを何とか取り繕うとするのだが、余計に顔が強ばってリーチは奇妙な表情を作った。
「……さっきから……妙に……その……会話に間が空くんですが……。そんな状況は……一つですよね?」
 じわじわと名執は顔色を赤く染めながら、尋ねると言うより確信に近い声で聞いてきた。
「……え……あ、あはははは」
 仕方なしにリーチは頭をかきながら笑うと、名執は叫んだ。
「……どういう事なんですかっ!」
 自分の姿を隠すようにソファーに置いてあったクッションを掴んで抱え込むと、名執はいきなり怒り出した。
「あ~その~」
「ふ……二人して私をからかったんですか!酷いです……っ!」
 真っ赤な顔で泣き出した名執と、バックで泣いているトシをどうやって宥めて良いか分からないリーチは遠い目で笑うしかなかった。

―完―
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遅くなりましたがようやく80万記念のお楽しみ小説をお送りします。珍しくリーチの立場が弱いお話でした。せっかくのロウソクはどうなったんだ。あわわ。まあこんなもんでしょう。あはははは。おい。こちらまだまだ続く予定。もちろんトシバージョン。翌日のお話ですね。リーチは逆襲に出るのか? 誤解した幾浦はどうトシに対してでてくるのか~こうご期待?
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