Book Review

素敵な言葉達との出会い

クスクスフレーズ

- 森の中の海 宮本輝 -

腹のたつこと、悔しいこと、哀しいこと、理不尽なこと・・・・。そういうものが身辺に生じると、ヤカンのなかにそれらをすべて閉じ込めてしまう。それらは自分のなかから消えたのではない。いったん自分のなかから出して、ヤカンのなかへと入れ替えたにすぎない。
マンションへ帰ると、いつもそのヤカンは目の前の壁に吊り下がっていて、中には一年前の怒り、八ヶ月前の悔しさ、半年前の哀しみが入ったままになっている。
「バカヤロー。そこにずっと入ってろ」
ときおり、それぞれの感情が詰まったヤカンにその悪態をついているうちに、ヤカンは元のからっぽに戻って行くのだ。

七十を超えた男が、自分の会社の二十歳過ぎの若い女子社員に教わった知恵。つらいことや苦しいことは忘れたい。しかし、受け入れないと乗り越えられない。受け入れるためには向かい合わなければならない。でも、抱え続けるには重過ぎる。若い人は若い人なりに、老いた人は老いた人なりに、男は男なりに、女は女なりにそれぞれ乗り越えようとしている。この小説は阪神大震災を発端にし、自分を乗り越えようとする様々な人間模様が展開される。2009/4/4

- 北から東洋へ アン・リンドバーグ - 

「さようなら、とこの国の人々が別れにさいして口にのぼせる言葉はもともと『そうならねばならぬのなら』という意味だとその時、私は教えられた。 『そうならねばならぬのなら』、なんという美しいあきらめの表現だろう 」

上の文章を直接読んだわけではありません。須賀敦子さんのかかれた「遠い朝の本たち」という本に引用されていました。一度、英語で書かれた原文をみてみたい。『そうならねばならぬのなら』は英語でどう表現されているのだろうか。さらに、興味があるのは“あきらめ”はどう表現されているのだろうか。あきらめを美しいと捉えられるアンの感性に敬服してしまいます。

- 生まれもった川 星野道夫 -

誰もが何かを成し遂げようとする人生を生きるのに対し、ビルはただあるがままの人生を生きてきた。それは自分の生まれもった川の流れの中でいきてゆくということなのだろうか。ビルはいつかこんなふうにも言っていたからだ。

「誰だってはじめはそうやって生きてゆくんだと思う。ただ、みんな、驚くほど早い年齢でその流れを捨て、岸にたどり着こうとしてしまう」

世界が明日終わりになろうとも、私は今日リンゴの木を植える・・・・ビルの存在は、人生を肯定してゆこうという意味をいつもぼくに問いかけてくる。

星野道夫はアラスカをベースに自然の写真をとりつづけた写真家。彼のエッセイはいろんなことを教えてくれます。しかも、すんなりと彼の主張がはいってくるのが不思議です。ここに書かれているビルという老人の生き方に感銘をおぼえます。様々な悲しみを絶対語らず、慈しみのある笑顔をうかべ、幼稚園の子供に音楽を教え、外国人留学生に英語を教え、自らスペイン語や日本語の勉強をし、ソーシャル・ダンスの会もかかしたことがない。彼は死の直前までこの生活を続けるのだろう。

-すべての雲は銀の・・・ 村山由佳 -

ひとに甘えたり寄りかかったりすることを、世間ではとかく弱さと結びつけて非難する傾向があるけれど、それも時と場合によるのかもしれない。苦しくて苦しくてどうしようもない時に、ほんのつかの間でいい、無条件に甘えさせてくれるものの存在はどんなに人を安らがせ、勇気づけることだろう。人間は機械とは違う。時には休みだって必要なはずだ。体ではなく心が休息を必要とする場合だってあるはずなのだ。

「せや、なあ、考えてみ?人とまったくつながることのできひん『個性』なんぞ、誰にも理解されへん。だーれもええとは認めてくれへん。けど、たとえば、美里ちゃん、あんたがここで生けた花をやな、誰か客がみて、ふわーこれはきれいな、なんときれいな盛り花やろ、もっとこんなん見たいなあて思たとしよや。これ見るためやったらまたここへ来てもええなあ、思たとしよや。そしたらそれは、無意識かも知らんけど、あんたの中にあった一つの『個性』と、それを見る人の心がうまいことつながった瞬間や。そういう、なんちゅうか・・・・・人とつながるための端末というか端子みたいなもんをやな、いっぱい持ってたら持ってただけ、あんたはたくさんのひととつながることができるわけや。わかるか?」

本カバーの後ろに、「壊れかけたこころにやさしく降り積もる物語」とかかれていました。最初の文は登校拒否の子供に対して書かれた文章ですが、一人で頑張り過ぎなくてもいいよと語りかけてくれます。二番目の文は、人と違うことが個性とされる昨今、個性は人とつながることだと、教えてくれます。いずれにせよ、様々の世代の人が、お互い他人を必要としあい生きてゆく姿は、やはり、ほっとさせられます。心を壊すのも人なら、壊れたこころをそっとつつんで癒してくれるのも人なのでしょう。本の中にも書かれているが、このタイトルは″Every cloud has a silver lining″ということわざからきている。私の辞書にはこう書いてある:″every sad or unpleasant situation has a positive side to it″(COBUILD DICTIONARY)

-ミラクル 辻仁成-

「ああ、そうだ。ママは最後はお前の味方になる。たとえ、世界中からお前が非難されても、最後はママがお前を助けるんだ。お前の罪をママはきっと一身で背負おうとするだろうよ。命を投げ出してもお前を守ろうとするんだ。逆に、悪いことをしたお前を最後まで許さないのがパパの役目なのさ」
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「許さないのもまた愛情なんだ」

書店で男子高校生が“あったあったと”買ったので私もつられて買ってしまいました。妻を亡くしたピアニストが、ママはどこかにいると信じている子供についた優しい嘘。とうとう、ばれそうになった時奇跡は起こるのだが・・・。母親はやさしい、父親は厳しい。なぜ、「許さないことが愛情」なのだろうか。許さないことで父親は一生その子と係わろうとしているのだ。たとえ、子供が、そんな父親から離れていっても・・・。とてもつらいことだ。子のおかした罪の責任は父親にあると考え、自分も一緒に一生罪を背負ってゆく父親の姿が見えてきます。

-「いのち」と枯葉 安野光雅-

「自然はすべて美しい」と言ったが、それは話が逆で、わたしたちは、しぜんのありかたに感応することによって、“美”とは何かということを知らぬ間に(自然から)まなんでいるのだといったほうが正しい。

「自然から何が美しいかを学ぶ」だから、折り重なって霜枯れ、朽ちてゆく草葉も美しく見える。

きれいに老いる、ということは無理だが、美しく老いるということならできる。

人は誰でも年老いて朽ちてゆきます。お肌の曲がり角もそのひとつでしょうか。醜くなってゆく自分を励ましてくれる言葉です。きれいに年取るなんて無理と最初に明言してもらうと、安野さんはきれい事をいってるのではないんだという気になります。そのあとで、大丈夫、美しくなら年取れるからといってもらうと妙に説得力がせてきます。美しく年取るためにはどうしたらいいのか考えようかな。

-風よ、万里を翔けよ 田中芳樹-

花木蘭の視野いっぱいに雪が乱舞していた。肌に触れても冷たくない雪である。春、柳が綿毛のような種を風に乗せて飛ばすのだ。柳絮(りゅうじょ)という。数億、数十億、数百億の白い綿毛が風にひるがえり、天と地の間を埋めつくす。その光景はさながら吹雪であり、木蘭は雪を全身にまとったかのごとく見える。

私は漢字の多い文章が結構好きです。歯切れがいいからです。これを読んで、ぜひともこの光景の中に自分を置いてみたいとおもいました。スキー場のガスがかかったようになるのかな。

-モルディブ 谷村志穂-

 とても好きだった人へ  あなたと出会った島が、今沈もうとしているのだそうです。あなたが生まれた島もまた、沈もうとしているのだそうです。美しい褐色の肌の柔らかな巻き毛の、瞳の力の強いエネルギーに溢れた人たちを生み、育ててきた島々が今、沈もうとしている。それは、単純に言ってしまえば先進国に生きる私たちが無駄に資源を使い尽くそうとした結果なのです。

 モルディブへ通うようになってもっとも変わったこと。   いつも日に焼けているようになった こと。二の腕が細くなったこと。水着にショートパンツという格好で平気でそこいら辺を歩けるようになったこと。夕焼けを見るとお酒を飲みたくなるようなったこと。悲しい夢をあまり見ないようになったこと。波の音を聞くと胸の奥のほうで何かを思い出すようになったこと。海が心底好きになったこと。

モルディブがこんな状況にあるとこの本を読んで知りました。何かを好きになることで自分が変わることがある。好きな人がいる好きな国。すごい、メッセージです。私には自分を変えるほどの好きな人や好きな物があるのだろうか。あれば、きっと幸せ者です。

-湯飲み茶碗 乃南アサ-

 もう二度と来るものかと言い残そうとした時、彼はそっと後ろを向いて、棚に並べられていた小さな湯飲み茶碗を取り上げ、彼女に差し出した。「この景色が、今回の俺の作品の中では一番いいと思っている。今年は、これ、持って帰ってくれませんか」
彼女は唇を噛みしめたまま、その湯飲み茶碗を受け取った。
「思い通りにならないから、祈りもする。あとは無心で土をいじる。祈りが通じたときだけ結果が生まれます」

これは新潮文庫の「行きつ戻りつ」に入っています。いろんな問題をかかえて旅に出る妻のお話が集められていますが、ほとんどすべて、最後がすっきりとした終わりかたをします。涙があふれてくる話もあります。陶芸家のように自然を相手にしている人は、どうにもならないことがあることをよくわかっているんでしょうね。人の気持ちも同じかもしれないな。どんなに説明しても、どんなにお願いしても、その気になってもらえない限り、どうしようもない。理屈じゃないものね。ちょっと、祈ってみようかな。

-とらいトライアングル 河原理子-2001.2.18朝日新聞 

 雪は音がしない。それがみぞれに変わり雨になると、傘の上で音がした。ああ、はるだと思った。花が一斉に咲く。「春」はそれからしばらくしてやって来る。いま私は、雨は目で確認することが多い。あの雨の音をもう一度聞きたい。

子供の頃は部屋の中からよく雨の音が聞こえた。雨の匂いもした。雨音って、結構、落ち着くんですよね。

-人間の土地 サン・テグジェペリ 堀口大學 訳 - 

 ある一つの職業の偉大さは、もしかすると、まず第一に、それが人と人を親和させる点にあるのかもしれない。真の贅沢というものはただ一つしかない。それは人間関係の贅沢だ。

人間であることは、とりもなおさず責任をもつことだ。人間であるということは、自分には関係ないと思われるような不幸な出来事に対して忸怩(じくじ)たることだ。自分の僚友が勝ち得た勝利を誇りにすることだ。人間であるということは、自分の石をそこに据えながら世界の建設に荷担していると感じることだ。

最近は仕事の価値が無くなって来たのかな。利益だけが問題なら、主婦は全然仕事をしてないことになる。そうじゃないでしょといいたいね。サン・テグジェペリは、小型飛行機で、大西洋を横断し南米へ、また、砂漠を越えアフリカまで手紙を運んでいました。自分達は、命をかけ、危険を冒して、恋人や家族の心をつないでいると書いています。そう言う風に仕事を見ることができることがすごく素敵に思えます。そして、その気持ちを分かち合えるのは、マネージャーではなく同じように危険をおかしている僚友なのです。仕事の後ろにはいつも人がいる。そのことを意識するだけでも仕事に価値がでてくるかもしれませんね。

-四日間の奇跡 朝倉卓弥- 

 -祈りはすべて成就した。 ありがとう。
よかったわ、・・・・・・。

ごめんなさい。この小説に関する限りうまく言葉が選べません。ミステリーに属すらしいのですが、最後がすごすぎて、言葉が選べません。抜き出してしまうと何の変哲もない言葉なのですが、話の中では感動してしまいます。「犠牲」と言う言葉の周りで話が展開しますが、最後の方にいろんなことがわかってきます。ミステリーだから単純な謎だと思うかもしれませんが、そうではありません。少女とピアニスト、そしてもう一人の女性の抱える心の重荷が見えてきます。誰が悪いのでもない。そして、最後は・・・。あえて、キーワードとしてこの言葉をあげました。ぜひ、自分で読んでください。損はないです。今、最後の部分を読み返してみました。ベートーベンのピアノソナタ「月光」を聞きながら・・・。